我が名は魔王豚ゴブリンなり! ~豚ゴブリンと蔑まされた少年はVRMMOイアンカムスで魔王となり最強プレイヤーを目指す~

ぱいん

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記念日

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 結局、ノアはオレがログアウトする寸前まで目を覚ますことはなかった。
 オレが従魔帰還のスキルをタップすると、他の従魔のようにノアも姿を消した。本当は命の恩人にお礼を言いたかったのだが、それは次の機会でいいだろう。
 今日は疲れた。瀕死のダメージを受け、肉体が損壊する幻を垣間見た。今思い出すだけでも肉体損壊の幻を見るほどのダメージの痛みは想像を絶した。激痛だけで即死してもおかしくないレベルだった。
 今後はダメージ量だけじゃなく、痛みにも気をつけながら戦わなければならない。いや、そもそもあんなレベル9999とかの化け物と戦おうとしたのが大きな過ちだった。流石にあれはチートが過ぎた。1体でもS級ギルドを壊滅させられるボスモンスターが同時に3体も現れたのである。それはどう考えてもラストダンジョン前にしか現れないレベルの門番だろう。その先にいるラスボスの強さはまさしく次元の違う相手に違いない。あのエリアをクリアするには、廃都の門番〈アイアンゴーレム〉を瞬殺出来るレベルに到達する必要があるな。
 ならば、オレは魔王になったら残りの四大災厄も従魔にしよう。
 夢は覚めるもの。追いかけるのは目標。今のオレは夢が昇華して目標を追いかけている状態だ。なら、目標は大きければ大きいほどやりがいがあるってもんだ。

「まあ、オレはこれから30億人の全プレイヤーに喧嘩を売ろうとしているんだけれどもな。さて、どっちの目標がイカれているんだろうな?」

 四大災厄を従魔にすること世界に喧嘩をふっかけること。どう考えてもどっちもイカれているとしか思えず、オレは自然と苦笑していた。
 目の前の景色が真っ暗になった。ゲームをログアウトし、VRギアの電源が停止したのだ。
 オレは禍々しい魔王の兜の形状をしたVRギアを脱ぐと周囲の景色を確認する。自分は寝室のベッドの上にいる。間違いなく現実世界に戻ってきたことを確認した。

「またこっちの世界に戻って来ちゃったのか」

 ソウルリンクシステムを使う様になってから、オレは現実世界とイアンカムス世界の区別が曖昧になっていた。感覚共有の影響で、オレにとってはどちらも現実世界と変わりがなくなっている。強いて言えばスキルの使用に制限がある現実世界の方が不便に感じ、イアンカムスの方が現実世界だと錯覚することもあった。
 何故、こんな不便な世界に戻って来なくてはならないんだろうか? いっそのこと、オレは寝たきりになってでも一生イアンカムスの世界で暮らしたいとさえ思う様になっていた。
 イアンカムスの世界の唯一の欠点は食事は出来ても栄養補給が出来ない点にある。ゲーム世界でも調理スキルが存在し、実際に料理を作って食事をすることも出来る。共有感覚の影響でゲーム内でも味覚を楽しむことが出来る。むしろゲーム内の料理の味の方が美味いとさえ思えた。
 しかし、いざ、長時間のゲームプレイから帰還して最初に味わうのは耐えがたい空腹感と疲労感である。疲労はポーションでは回復することは出来ない。栄養補給も食事をとらなくてはならない。
 最近は命を保つためだけに現実世界に帰って来ているような気がして、ログアウトする度に憂鬱な気持ちが蓄積されていくようだった。

「いかんいかん。これってゲーム中毒の初期症状なのかもしれない」

 ただオレにとって現実世界は刑務所よりも悲惨な場所でしかないという認識だった。特に学校は地獄以外に形容する言葉が思い浮かばなかった。

「そう言えば、期末テストが来週から行われるっけ。そろそろ学校にも行かないと」

 本当なら、このまま学校は辞めてゲームに集中したかった。しかし、プロゲーマーになる為には高卒資格が必要になっている。もし、規約からこんなくだらない一文が削除されたならば、オレは今すぐにでも学校を辞めるだろう。
 そう考えるとオレの胸はたちまち憂鬱な想いで満たされてしまった。またあの地獄を味わわなければならないのか。
 すると、不意に腹の音が豪快に鳴り響く。食欲は無くとも身体が栄養を欲しているらしい。

「飯にするか。学校の事はその後で考えるとしよう」

 オレはドアノブに手をかけ、食卓に向かった。
 
「お帰りなさいませ、シュウト様!」

 部屋に入ると、上機嫌なメリルの笑顔がオレを出迎えた。
 やたらと上機嫌なメリルの態度に、オレは若干引き気味になる。

「今日はずいぶん機嫌が良さそうだな。メリル、何かいいことでもあったのかい?」

「何をおっしゃいますウサギさん。あっと、ウサギはメリルの方でしたね。こいつはうっかりだ」

 メリルはハイテンションのまま舌ベロを出しながら自分で頭を小突いた。
 いや、真面目にメリルの奴はどうしたんだ? まるでお酒に酔っているかのような勢いだぞ?

「シュウト様、今日が何の日かお分かりですか? 今日はですね、記念日なんですよ⁉」

 メリルは頬を染めながらウキウキした表情でオレの言葉を待っていた。こいつ、オレに何を言わせたいんだ?

「記念日? メリルの誕生日かい?」

 すると、メリルは頬を含まらせると、不満げにブーブー言い始めた。

「違いますよ! 本当に分からないんですか⁉ 今日はですね、シュウト様とメリルが出会ってからちょうど一か月が経過した記念日なんですよ!」

 そう言ってメリルは「おめでとうございます!」と叫びながらクラッカーを一発鳴らした。パン! と弾ける音が室内に響き渡る。
 メリルと出会って一か月? それの何がおめでたいのかは理解出来なかったが、ここに来てからもうそんなになるのか。
 偽りの家族に殺されかけ、ここに逃げ込んでからオレは一か月間も生き延びることが出来た。確かに、そう考えればおめでたいことなのかもしれないな。ただ、『メリル』の部分は余計だな、とは思った。

「メリルはオレのこと、最初は毛嫌いしていたじゃないか。別に無理することはないんだぞ?」

 あの時、初対面のメリルはオレの外見の醜さと身体に沁みついた生ごみ臭に顔をしかめながらオレのことを門前払いにしようとしていたっけか。それも今となってはオレに忠実なメイドさんとしてよく働いてくれている。人生って何が起こるか分からないもんだな、とちょっとだけ人生を達観したような気分になった。

「そんなことは記憶にございません! メリルは最初からシュウト様には運命めいたなにかを感じたような感じていないような気分になっておりましたので、何の問題もございませんから! あと、男が昔のことをいつまでも覚えているのは女の子に嫌われますのでそういうのは止めた方がいいと思います!」

 メリルはそう言ってオレの右手を強引に掴む。彼女の冷たい手の感触が心地よいと思ってしまった。メリルとは一か月間も共同生活をしていて彼女に対してだけは相当免疫が出来ているはずなのに、こうやって手を握られるだけでも気恥ずかしさのあまりオレの頬は強い熱を帯びた。
 モテない男子高校生の悲しい性なのだろう。いや、これは呪いと断じてもいい。女子に手を触れられるだけで恋心が育ってしまう。頭では拒絶しているはずなのに、本能が自分に優しく接してくれる女子を見境なく好きになってしまう現象は呪い以外の何物でもなかった。
 オレがメリルに連れられ向かった先には、豪華な料理で埋め尽くされた食卓の姿があった。
 
「さあ、メリルが腕によりをかけたご馳走です。シュウト様、遠慮なくご堪能下さいませ」

 ピザにポテト。チキンにお寿司。ステーキやチャーハンといった無差別多国籍料理の面々が食卓には所狭しと並べられていた。
 確かに豪華だ。でも、これ、近所のファミレスのデリバリーだよね? そして、これ、全部メリルの大好物だよね? とは思ったが、彼女の気持ちが嬉しかったので、それを口にするのは野暮だと思い素直に嬉しいと感じた。

「今日は色々あってお腹がぺこぺこなんだ。ありがたくちょうだいするよ」

 沢山あって食べきれないだろうから、メリルも一緒にどうだい? とオレが促す前に、メリルは既にオレより先に着席してピザを頬張っていた。

「シュウト様、何をしているんですか? 早く座って乾杯しましょう」

 メリルはピザをクチャクチャ咀嚼しながら赤ワインが入ったグラスを掲げる。

「あ、うん、分かった」

 何か解せないもの感じながらも、オレはコーラが入ったグラスを掲げた。

「それじゃメリルとシュウト様が出会ってから一か月と3時間11分を記念して、乾杯!」

 メリルのワイングラスとオレのグラスが打ち鳴らした音は心地よい余韻を残しながら消えて行った。

「さて、食べますよ! いっただっきまーす!」

 これは誰のお祝いなんだろうか? と思いながらメリルの言葉を思い返す。
 メリルとシュウト様の出会って一か月目記念日だっけか。そこで主語がメリルになっていることに気付く。
 そんなにオレと出会ったことが嬉しかったのかな? そう思いオレはピンク色のうさ耳メイドさんを見る。よく見るとメリルは騒がしい性格の持ち主だが、喋りさえしなければおしとやかなお嬢様風の美少女にしか見えない。あ、ワインをたらふく飲んでいるからもう成人か。でも、美女と呼ぶには幼さが残っている。
 オレは頬に熱を帯びるのを感じ、呪いが発動する直前でメリルから顔を背けた。
 危ない。オレは女子は苦手だが嫌いなわけじゃない。一応健全な男子高校生なのだから可愛らしい女性を前にすれば緊張もするし、いとも簡単に惚れてしまうことだってある。二度とあの時みたいな目に遭いたくないから、オレはあえて女性を直視しないように努めて来た。でも、こうしてメリルみたいな女性にフレンドリーに接しられ続けたら心がもたない。思わず「惚れてまうやろ!」というネタでブレイクしたお笑い芸人を思い出した。確かにオレもそう叫びたい衝動に駆られそうになっていた。

「それでシュウト様? 我が主様より課せられた試練の方は順調なんですか?」

 メリルはこんがりに焼けたチキンレッグにかぶりつきながら訊ねて来る。

「うん、レベルは1500になったし、後は従魔を20体ほど獲得すればクリアできるところまで来ているよ」

 オレはピザを一枚掴み上げるとそれを頬だった。チーズの香ばしい匂いが食欲を駆り立てた。

「凄いじゃないですか! それなら明日には試練をクリア出来そうですね」

「いや、明日からちょっとゲームはお休みしようかと思っている」

 すると、メリルは突然、「えええ⁉ いきなりどうされたんですか⁉」と大声を張り上げながらワイングラスを乱暴にテーブルに置いた。その衝撃でワインがこぼれ、テーブルクロスが赤く染まる。
 
「試験が近いからそろそろ学校に行こうと思っただけだよ」

「学校って、そんなところ行く必要はありませんよ⁉ シュウト様はイアンカムスで試練のことだけ考えていればいいんです!」

 珍しくメリルは感情を露わにしながらオレに迫ってくる。何か様子がおかしいぞ?

「授業日数は足りているけれども、流石に試験は受けないと単位がもらえないからな。プロゲーマーになるには高卒の資格が必要だし、ここは無理してでも学校に行かないといけないんだ」

「あんな場所にシュウト様をお一人で行かせたくはありません!」

 メリルは悲痛な叫びを上げた。その表情が歪んでいた。怒っているような表情だったが、何に対して怒っているのかが分からなかった。
 そうか、そういうことか。メリルの言葉を聞いてようやく彼女の真意を理解することが出来た。
 メリルはオレのことを心配してくれていたのだ。その怒りはオレを虐めている奴らに対してのものだろう。

「メリル、心配してくれているのかい?」

「当然です! だってシュウト様は私の大事なご主人様なんですから!」

「ありがとう、メリル」

 オレは嬉しさのあまり自然と笑みがこぼれた。

「何でメリルにお礼を?」

「誰かに心配されたのって随分久しぶりだったから嬉しくなっちゃって。でも大丈夫、オレはちゃんとメリルのもとに無事に帰って来るよ。だってまたメリルと一緒にご飯も食べたいし、楽しくお喋りもしたいからね」

 そう言ってオレはマグロの寿司を一つ口の中に放り込む。

「そんなことより料理が冷めちゃうから食事を続けようぜ」

 すると、何故かメリルは頬を染め、呆けた表情でオレのことをジッと見つめていた。

「メリル、どうした?」

「ふえ? い、いいえ! 何でもありません。それじゃ、お食事を続けましょう! メリル、ウニ軍艦いっきまーす!」

 こうしてオレ達は楽しいひと時を過ごした。
 明日は遂に学校に行くことになる。
 偽の家族のこともあるし、警戒は厳にしないといけないな。
 何事も起こらなければいいと願いつつも、その願いが決して叶わないことをオレは知っていたのだった。
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