死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

文字の大きさ
66 / 167
二章 猟犬の掟

第3話 断罪の果て〈後編 鉄槌〉

しおりを挟む



「東占領区へは二度と行くな」

 ヘルレアの強い声に室内は静まり返った。カイムが東占領区への進行に付いての話を、切り出して直ぐの事だった。

「戦力差に付いては、結局、王頼りですが、関係筋は僕達で調査可能です。東占領区に入らずともクシエルの動向はある程度ですが探れます。ステルスハウンドの諜報員は優秀ですから。上手く行けば巣にまで辿り着けるかもしれません」

「違う。あれは堕綺羅ダキラかもしれない」

 ヘルレアがその言葉を口に出した瞬間、部屋に居る全員が息を呑んだ。それは王の口から聞くには、あまりにも禁忌に等しい言葉だったからだ。

 カイムとチェスカルが逡巡する中、ジェイドがヘルレアへ歩み寄る。

「馬鹿な。そんなものが……もし本当に堕綺羅ならば数百年振りの凶事だぞ」

「私自身、信じられない。だが、あの時事故車の近くで、綺士が頭をもがれて殺されていただろう。綺士に対して、あの殺し方が出来るのは双生児か同じ綺士だけだ。そして、あの綺士は、死んで数十時間以上経ってなおも、綺士としての原型を留め続けて、その上で人間に戻っていなかった可能性が高い。それが、どういう事か分かるはず」

 綺士及び使徒は、死んだ瞬間から人へと戻って行く。完全に人の姿に戻るのには個体差があるものの、動かしようのない絶対的な真理であった。しかし、王自らの手によって真理から逸脱させられる綺士がいる。

 死してなお、人には戻れない――。

 それは綺士が、王に最大級の罪を犯した証だった。

 ジェイドが渋い顔で腕を組んでいる。その姿には僅かな焦りが滲み出ていた。思案顔でヘルレアを見据えた。

「しかし、それはまだ、ただの憶測に過ぎないのだろう。正確な死亡時刻などは王にも分からないはずだ。そもそも綺士殺しも堕綺羅が理由だとは限らない。王に命じられて、綺士同士で殺し合ったのかもしれない……それも異常だが。その方が堕綺羅よりも可能性が高い」

「成功を急ぐあまり危機的な可能性を無視して、お前は堕綺羅の道連れになる気か。東占領区の状況は普通ではなかった。ジェイドは爆散された現場をその目で見た筈だ。はっきりと言おう、あれは偽巣ぎそうの滅殺痕だ。あれは手始めにしか過ぎない。クシエルがどこまで堕綺羅の罪を責め立てるか分からないが、堕綺羅の番《つがい》になった血族縁者は確実に根絶やしにされるだろう」

 ――堕綺羅。

 それは王に背いた綺士に下だされる烙印。

 綺士は王へと忠誠を誓う。王命に背かず、全身全霊を捧げる、と。人と綺士、ニ形を授けられたその時に、盟約を結ぶ。

 綺士には最大の禁忌がある。王に付き従うべき綺士が背反して、王の様に振る舞い、営巣の真似をする事だ。それを偽巣という。偽巣を営む綺士は、それ以降堕綺羅と呼ばれる。

 堕綺羅は王に知られた瞬間から、最も優先するべき抹殺対象とされ、偽巣のある土地は包囲される。

「今ならまだ、僕達に救えませんか。他の組織に協力を仰いで――あるいは連合軍に願い出て。堕綺羅の罪から人々を断ち切れないのですか」

「それはヨルムンガンドを殺すという意味か。既に分かっているはずだ。お前達にヤツを殺すことはできない。だいたい、連合軍だと? 先代を忘れたというのか。爆撃で殺し損ねた代償は如何ほどだった。どういう経緯で生まれた連合軍だと思っている。あいつらが動くわけがないだろう」

「……現実が見えていませんでした。連合軍は有ってないようなものですね」

「私はクシエルと戦ってみて実感した。いくら人間の技術が発達しようとも、人間がヨルムンガンドを殺すことは

、ではなく、許されない、か……」

 カイムは顔を拭う。

「先代の王、レグザイア――レグザは当時の人間が持ち得る力の限界を、軽々と踏み越えていきました。そして、報復の傷は今なお深く残されています。
 現在において、ヨルムンガンドは国家不可触とされ完全に忌まれているのです。
 それ故に、僕達のような古き組織が重武装を暗黙のうちに許されました。これが我が組織の近代に至る認識です。
 そして、僕達とて当時から足踏みしているわけではありません。十分とは言えませんが、猟犬の一般兵でも使徒を殺せるだけの力を手に入れました。だから、信じたのです。綺士を殺せると。王にすら手が届くと。
 ですが、これは馬鹿げた夢物語だったのです。僕達は王へ一歩も近付いてさえいませんでした」

「悪夢のなかで見る夢物語も、所詮は悪夢に過ぎなかったというわけだ。ヘルレアがクシエルに出会った瞬間、俺達の夢は覚めた」

「本当に堕綺羅ならば、これから時化しけが起こる。そうすればいずれ白黒はっきりする。人は近付くことさえまともにできなくなるだろう――東占領区で病が流行るのはそう遠くない」

「東占領区の動向を監視し続けます」

「時化の瘴気は土地を穢し大気を穢す。人は穢れに当てられればいずれ使徒になる。堕綺羅断罪の土地で起こる時化は、自然発生的な時化と比べ物にならない程穢れが強く範囲も広い。だからたとえ私が成熟した王で、断罪にさえ対抗出来る力を持っていたとしても、堕綺羅への制裁には関わらないだろう。それだけ時化は厄介なんだ。一度穢れれば落とすのは困難だという。後々災厄を招くのは明らかだ」

 今まで控えていたチェスカルは、うつむいていた。

「……無力ですね。王や綺士による意思の介在する死に、時化による自然発生的な使徒がもたらす死。逃げ惑う人々を思えど、我々が関われば関わるほど使徒を増やしていくという悪循環」

 いつの間にか部屋は色を失い、暗く重たい空気に包まれていた。カイムは言うべき言葉が見付からず、ただただ平然と話を続けるヘルレアを見ているしかない。

 ヘルレアは凜とした様子そのまま、机に着くカイムへ目線を下げて来た。ヘルレアとほとんど見合う形になると、青い瞳が無感動に開かれているのが見えた。

「堕綺羅と偽巣を葬ったと推測すると、これからクシエルは総力でもって殺しにかかる。ヤツ自らが殲滅に手を下す以上、終わりにそう時はかからない」

「分かりました……ステルスハウンドの役割は終わったのです。もう東占領区に関わる事はありません。――捨て置きましょう」

 カイムは拳を握り込む。

 これはステルスハウンドの罪であり、同時に決断を下したカイムの罪だ。対双生児組織としてありながら、双生児による災禍である堕綺羅への断罪に人々が巻き込まれて、殺されて行くのを黙認したのだ。

 しかし、カイムは守らねばならないのだ。組織を、組員を、親しい人々を、いてはヘルレアを。

 人は平等ではないと言う。カイムに取ってもそれは同じで、それはあまりにも明確で、残酷に突き付けられた現実だ。

 ヘルレアがカイムへ手を伸ばして来る。カイムが自然身を引くと、ヘルレアは彼の額を指で弾いた。ヘルレアの顔には何も浮かんでいなかったが、何となく苦く笑みを返すと、王は鼻で嗤った。

「カイム、自分の言葉で自分自身を傷付けることはない。背負わなければならないのは、お前だけではないだろう。一人で背負ってる気になって格好つけるな」

 カイムはヘルレアの氷のような容貌に、どこか気遣う色を見て、王の奇妙なを密やかに微笑む。

 ジェイドは勢いに任せて、大股を広げ床に座り込んでしまった。もう、ヤケを起こしているようにしかみえない。

「……あのカップケーキを出してくれたご老人達も、堕綺羅の犯した罪によって、罰を受けるのだろうか」

 ヘルレアは何も言わなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~

仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...