死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

文字の大きさ
98 / 167
二章 猟犬の掟

第25話 猟犬の掟 終わらない人形劇〈前編 僕達は死を重ねて〉

しおりを挟む
35


 ステルスハウンドの館。その外廊下をチェスカル達三人は歩いている。

 任務を終え帰館したのだ。

 チェスカルが執務室への廊下、その先頭を歩いていると、背後でハルヒコとルークが騒ぎを起こしている。

「お、お、俺、後でカイム様にお会いするから、今は忙しいから」

「阿呆、これがお前の仕事だろう。他に忙しいってなんだ」ハルヒコがルークの首根っこ引っ張ってる。

 チェスカルはため息ついて眉間を寄せる。

「ルーク、カイム様にお会いするのが怖いのだろう」

「そんな事あるわけないじゃないですか」ルークがわけのわからない笑い声を上げる。

「幻覚を真に受けるな。どうせ直ぐお会いしたくなるくせして」ハルヒコが飽きれている。

「それは、それは……猟犬だから仕方がないだろう」

「もういい、お前達早く来い」

 執務室の扉を叩くと、聞き慣れた主の声が入室を促す。

 扉を開けると机に主がついている。

「よく帰った」

 緑の瞳は穏やかで、微かに伏せられている。

「状況も大体把握している。本当によく帰って来てくれた」

 チェスカルは主人の気遣いを感じた途端、激しい罪の意識に苛まれ、その穏やかな顔を見ていられなくなった。失礼だと分かりつつも俯いてしまう。それでもチェスカルは耐えられなくなり、身を崩すようにしてひざまずくと、赦しを乞うように頭を深く垂れた。

「申し訳ございませんでした。一つの村を消滅させるにまで至りました。民間人を綺士に虐殺され、己は恥知らずにも帰って来てしまったのです」

 チェスカルの背後でハルヒコとルークが、同じように跪く。

 カイムはしばらく無言だった。一つ大きく息をつくくらいの間を感じた時、机から離れチェスカルの前に佇む。

 頭にこびり着いた幻覚が蘇ってくる。恐れと痛み、悲しみが身体を引き裂くようだった。

「……立ちなさい」

 それは幻覚とまるで異なる静けさと、思いやりを乗せた声だった。

 チェスカル達がカイムの顔を見上げると、そこには酷く淋しげな顔で一人立つ主人の姿があった。立ち上がると、カイムは一つ頷き安心しているようだった。

「今回大勢の人が亡くなってしまった。の力が及ばなかった。取り返しも付かないだろう。けれど、君達の頑張りまで無になるわけではない」

「それでも……」

「チェスカルの思いも考えるに難くはない。後悔も大きいだろう。だが、そうだね、皆には聞くにえない話しをしよう――人間は死を重ねていくしかないんだ。僕達は死を重ねて抗って行くしかない。全てはその積み重ね。君達の頑張りも、その経験として世界に蓄積されていく……さて、僕は机上で生き死にを論ずるだけの、冷酷な男だと思うかい?」

 カイムは優しく笑む。まるで子供へ言い聞かせる父親のような姿だった。

 ルークとハルヒコは子供のように首を振っている。二人は最後の文句だけに気を取られているよう。カイムが敢えて最後に、主人自身に関する否定を含んだ話を入れたのだと、チェスカルには分かった。猟犬はそれだけで話しの本筋がボケて、主人を全肯定する方へ夢中になる。

 全てをたたむ工程に入っている。

 チェスカルは主人に言われたのだ。

 ――もう忘れろ、と。無益なのだから。

 チェスカル程度ではこれ以上、物を言うべきではないのだと思い知った。後は全てカイムが処理してくれるだろう。

 ――心さえも。

 もう既にルークは、何事も無かったかのように、カイムと楽しそうにお喋りしている。

「転化して綺士と戦ったんです。神獣も居ましたけど、俺も結構、綺士を押せていたんですよ」

「そうかルーク、よく頑張ったね。獣身でいられる時間は長くなったかな」

「それは……、いいっこなしです」

 カイムがルークの頭を撫でている。カイムよりもルークの方がニ、三センチ以上は確実に高いので、ルークは縮こまって嬉しそうに頭を撫でられている。

「ハルヒコはどうだったかな」

「恥ずべきことですが、これと言って何かの力になれたのか分かりません」

「そうかい? 村人へ手荒なことをせずに済んだのは、ハルヒコのおかげだと思うよ」

「え? その話は――、はい、そうであったら本望です」

「あの、失礼します。カイム様、詳細な報告は……」チェスカルは雑談が長くなりそうだったので、思わず口を挟む。

「今は疲れているだろう。皆、手当もしておいで。しっかり休むといい。仕事はその後でも遅くはない」

 カイムがチェスカルの腕を優しく叩いた。すると心が落ち着くような感覚が湧いて来て、自分の今まで抱えていた緊張がよく分からなくなった。

「カイム様……あの」

「いいんだ、止めなさい。今は休養が第一だ。分かるね、君達はとても弱っている。、この言葉でもう十分だろう?」カイムは有無を言わさずといった調子だった。これはもう喋るなと命令されたのだ。

「失礼を、承知致しました」

 チェスカルは執務室を出て、扉を閉めようとした瞬間、カイムが額を覆う姿を見た。

 何か困っているのかと、ぼんやり思った。だがそれ以上、何も考えることが出来なかった。

 今度はチェスカルの背後が、別の意味でやけに騒がしくなった。公共である外廊下で、ルークはまさしく、キャッキャというような子供地味た高い声を出している。主人のカイムに会ったうえ、褒められて頭を撫でてもらったので、ハイになっているのだろう。それにしても、興奮し過ぎだ。

「なあ、ハルヒコゲームしようぜ。ネメシスシリーズの最新作買ったんだ。任務が終わったらやろうと思って、大事に取って置いたんだ」

「ん? あのグロゲーか。人間が宇宙生物に寄生されて、クリーチャーになるやつ……ていうか使徒ヘビかよ。遊びでまで、それをするか?」

「何言ってるんだよ、俺等の方がいつも、もっとグロい事してるだろ。こんなのグロにも入らない。楽しいだろが、カスタマイズ自由な銃をぶっ放して戦えるんだから」

「おま……、いつも本物振り回してるだろうが」

「何やってるんだ、お前達。ゲームはいいから早く医療棟へ行くぞ」

 三人が医療棟への連絡通路まで出ると、夕暮れの心地よい風が吹いていた。

「今回の任務は、何だか長くてな」ハルヒコが何気なく笑う。

「綺士にも会ったし、何か役に立つといいけど――それ寄りも早くゲームしようぜ。副隊長もどうですか」

 チェスカルは赤々と焼ける空を見つめる。雲が滲むように空を霞めている。風の音に耳を澄ます。

 一つ風が吹くと、頬がひんやりとした。拭ってみると微かに濡れていることに気付き、チェスカルは理由も分からず微笑んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...