死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

文字の大きさ
99 / 167
二章 猟犬の掟

第25話 猟犬の掟 終わらない人形劇〈後編 無慈悲な手〉

しおりを挟む
36


 よく見慣れた精悍なオルスタッドの顔がそこにあったが、身体はベッドの上で固定されていた。彼はまだ身体を動かす事が出来ず、そして安定してからも、二度と自らの足で歩く事は叶わなかった。

「お帰り、オルスタッド」

「このような姿で失礼を――部下二人を死なせた上に、ヨルムンガンドに接触しておきながら、何のお役にも立てず申し訳ございませんでした」

「何を言っているんだ。帰って来てくれただけで嬉しく思う」

「もったいないお言葉、痛み入ります」

「しばらくゆっくりするといいよ。今後のことはそれからでもいい。クロエはどうしたんだい?」

「部屋の整理を頼んでいます」

「そうか、後で話しでもしようかな」

「はい、とても感激致しましょう」

 カイムは笑む。

「今は何も気にしなくてもいい。眠るといいよ」

 オルスタッドは不思議そうに口を噤む。そうしているうちにぼんやりとし始めて、瞼が重たげに下って来た。

 カイムが頭を撫でていてやると、ゆったりとした寝息を立てている。

 カイムは顔をしかめる。ハンカチで手を拭った。

 ――オルスタッドは何かおかしい。

 とても頑なものが固着しているような。カイムは不愉快な気持ちでため息をつく。クシエルに何か穢らわしいマーキングでもされたか。カイムはオルスタッドが帰って来てからというもの、苛立ちと不快感が止まらなかった。自分の持ち物を汚されたという意識が止めようもなく湧いて来る。

 カイムはそこでぞっと鳥肌が立った。自分の思考がどれ程いびつなものか全く気が付いていなかった。カイムは人間ではなく、猟犬の主人として思考していたのだ。

 ――何かが壊れてしまったのだろうか。

 ヘルレアと唇を重ねた時、固く閉ざしていた身心が、取り替しようもない程、壊れて失われてしまったのかもしれない。

 眠ったオルスタッド見守って、カイムは病室を出る。その足音は酷く大きく荒い。カイム自身あまり気付いていなかったのだが、絶対に起きないという考えが心の奥底に沈殿しているが為の、無意識な乱暴さだった。

 主人カイムが猟犬を眠らせたのだから、起きるはずが無い――。

 カイムは館へ戻ると、外廊下を歩くクロエを見かける。クロエは書籍や書類を両腕にたっぷり抱え込んで、歩き辛そうだ。

「クロエ、お帰り」

「ただいま帰館致しました」

「ご苦労さま」

「いいえ、そんな畏れ多い。サポートの仕事ですから」

「随分と荷物が多いね」

「今後の事もあるから、部屋を整理するように命じられました」

「僕も荷物持ち手伝おうか」

「カイム様に荷物持ちなんて失礼な事、お願い出来ません」

「僕も一応男だからね、任せてよ」ヘルレアとのやり取りを思い出して、苦笑いする。あれは巨人に赤ん坊が手伝うと、言っていたようなものだろうなと、今更ながらに噛み締める。

「いえ、そんなペンしか持った事ないようなカイム様には無理です」

「クロエ、それ結構な侮辱なんですけど」こちらもか、と、笑うしかなかった。

 カイムは、そんな天然丸出しのクロエから荷物を半分受け取ると、オルスタッドの自室へ行く。扉をクロエが開けると、大量の書物が部屋のに積んである。

「相変わらず本の虫だね、オルスタッドは」

 ソファ横の大型ラックには何十誌もの雑誌や、何十紙もの新聞が折り目正しく整頓されている。

 カイムはソファへ座ると、動き回るクロエをぼんやりと見ていた。よくちょこまかと動く猟犬だった。

 カイムはソファへ無防備に寄り掛かる。主人である彼は猟犬と一緒にいても、緊張も拒否感も感じない。それどころかむしろ何も感じないのだ。無として、いないものとして過ごせる。人間の家族である方が、余程様々な感情を抱くものだろう。

 カイムはやる事がないと、考え事をしてしまう。結局それは仕事についての整理が多い。頭を休めるべきと分かっているのだが、もうこれは身に付いた癖だろう。十二才ぐらいから始まった、止めようのない根深い癖だ。

 カイムは唐突に、外部から激しい感情の変化を覚える。チェスカル達の様子を見る為に特例で殻を開いていたのだ。意識を向けるとハルヒコとルークが遊んでいるようだった。

 カイムはチェスカルも探してみる。チェスカルは精神的に不安定な感じを受ける。希釈では駄目だったようだ。

 ――剥奪して埋めてしまおうか。

 影が安定しないのはカイムにとって深刻な問題だ。やはりヘルレアの影響が大きいのか、以前はこれ程極端に影が心身を乱す事などなかった。

 クロエが高い棚から本を取ろうとしているが、届かないようだ。カイムがソファから立ち上がって、棚の本を取ってやると嬉しそうにお礼を言った。

 ソファへ戻ってまた考え事をしていると、クロエが屈んだ時、腰からお尻に掛けての線がくっきりと表れるところを見てしまった。

 特に猟犬へは性欲を感じないが、ヘルレアの臀部を触った時を思い出してしまった。

 カイムはヘルレアとの激しい口づけが、頭から離れなかった。口づけ程度ですら、かなりの問題がある事が分かった。間抜けにも行為の不手際で拒絶されてしまった。上手くいけばヘルレアは最後まで許してくれたのだろうか。 

「カイム様、どうかなされたのですか」

 主人との距離が近すぎるのか、クロエがカイムから何かを感じ取っているようだった。カイムは小さく笑う。

 カイムは自分が見えなくなっていた。

「気にしなくてもいい」

 クロエはにっこりと可愛らしく笑う。彼女も愛らしいカイムの猟犬だ。不思議な桃色の髪が気に入っている。

「クロエ、おいで」

「はい、カイム様」微笑むと、直ぐに片付けを止めてカイムの元へ来る。

 クロエはソファへ座るカイムを見下さないように、床へ膝を付く。

 彼女は何か嬉しそうにカイムの言葉を待っている。カイムはクロエの滑らかな髪を弄ぶ。

 これは普通恋人の距離感だろうと、カイムは思う。

 カイムと猟犬には距離感など存在しない。主人である彼が望めばあらゆる関係を結べる。それが非人道的だとしても。

「僕はクロエの桃色をした髪が好きだよ。とっても綺麗だ」

「ありがとうございます」

「好きなヒトはいる?」

「カイム様です」

 カイムはやんわり笑う。

「猟犬は皆、そう言うよ。僕以外のヒト。愛するヒト」

 クロエは首を傾げている。

 カイムはそれが愛らしくて鼻を撫でる。優しくクロエのおとがいを捕えると、唇を重ねる。同時に心身を切り開くように思い描くと、星空へ取り残された気分になった。

 カイムはクロエの口腔へ深く舌を挿入すると、丁寧に舐め取るよう犯す。彼女は抵抗を全くしない。より深く絡み合うように舌を動かし続けると、クロエは煽り立てられて応え始める。飲み込めない唾液が溢れて来て、行為のような淫猥な音がする。

 しかし、彼女の舌はカイムの求めに応える為だけの働きをしていた。自分の欲を一切出さず、相手が快くなるような完璧な娼婦のように、奉仕に徹っしている。

 ――猟犬は主人の快感を感じ取れる。

 主人との深い口づけに、彼女は酷く興奮しているようで乱れている。クロエが抱く悦びの感情が、主人であるカイムに膨大な量で流れ込んで来る。

 ――まるで自慰のようだ。

 ――猟犬相手でも一応興奮はあるが、王とはやはり質が違う。

 星のように瞬く猟犬達は何も感じていない。

 カイムは何事もなかったように切り上げた。

「ごめんね、ありがとう」

 カイムがクロエの頭を撫でてやると、彼女は身体を崩してカイムの膝に頭を寄せた。ゆっくり頭を撫で続けてやる。

「悪いけど、これ以上はしないよ」

 クロエは頷く。

「今の事を忘れたいかい? それともこのままにする?」

 クロエは寄り掛かるまま首を振る。どちらにも取れる反応だが、主人が答えに迷うはずもなかった。

「分かった、いいよ。お前はいい仔だね。僕の愛しい猟犬」額にキスをする。

 しばらくそうしてクロエを撫でていてやると、彼女の興奮が鎮静されていくのが感じ取れる。

 カイムはただ深く瞼を閉じた。嘆くなど赦されない。この胸に突き刺さる痛みは罰なのだろう。のたうち苦しむ者へ無慈悲にも手を差し伸べ続け、そのとがで自らもいずれ醜い肉塊となろう。

 ――人外を愛せば、また人外となるのは必然。

 カイムが長年掛けて守ってきた、あまりにも当たり前のもの。そうでありながら、最も彼が守るのが難しかったもの。

 それは紛れもなく人間性だった――。

 そのあまりにも柔く脆いものが、壊れつつある事を、カイムはもう無視出来なくなっていたのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...