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三章 棘の迷宮
第14話 蝕まれた心 人倫の鎖
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14
ジェイドはカイムの話しを聞きながら、長い廊下をおかっぱの子供について走っていた。この子供は、女王蜂の部屋で、ヘルレアを案内するために現れた男児と同じだ。ジェイドは一目見てこの子供は、人間ではないと思った。そして、それを証明するかのように、ジェイドは息が切れそうなほど必死で、子供を見失わないように走っていた。
子供の足は速すぎた。おそらくジェイドがついて来られる、ぎりぎりの速度に調整されて走っているのだ。ジェイドの足が今よりもっと速ければ、更に子供も速くなる。絶対に追い付けないようにしている。そして、おそらく、けして見失わないようにもしている。
ジェイド周囲に気を配りつつも、カイムと会話し、子供を視界に捉え続ける。こういった種類のマルチタスクは久し振りだ。ヘルレアを襲えとけしかけた時のように、主人と落ち着いてする遠隔会話ですら、久し振りでやり方を考えてしまうくらいだった。それなのに、戦場においても同じように、四方八方に気を配りながら遠隔会話するなど、ジェイドですらかなり負担が感じられる。それを主人であるカイムは、リアルタイムで幾頭とも繋がり続けなければならない。主人はかなり消耗していることだろう。その負担を考えると、約十年という空白がもたらした、主人と猟犬の衰えを痛感せざる負えない。
カイムへとノックする。
やはり何となく喋り方を考えてしまった。
――なかなか、ヘルレア達に会えない。
【――女王蜂が仰るには空間結合術を解除してしまった為に、本来の姿が現れているらしい。〈蜂の巣〉というのは相当広大な面積があるようだ】
――歓楽街の地下とは思えんな。
子供が角を曲がると見えなくなる。ジェイドは速度を更に上げると、曲がった途端、少し先で、ヘルレアがおかっぱの子供を追い掛けて、爆走しているのが見えた。ジェイドが追い掛けていた子供の方は、既に立ち止まって角付近に留まっている。
遠くから見ても、二人のおかっぱをした男児は、まるで鏡に映ったように同じ姿をしている。
やはり子供は、追い掛ける者の足が速ければ速い程、速くなる。ヘルレアと子供は猛進していて、乗用車以上の速度を出している。ジェイドは危険を感じて、角から完全に姿を現すと、一応目立つように手を振る。
「おい、ヘルレアここだ!」
ヘルレアは直ぐに速度を落とすと、ゆっくりと歩き出した。
「面倒な事になったな」
「まあな、だが居残りだったはずの、影共が全員来やがってる」
「はあ? なんだそれ。好きものな奴等だな。飼い主に似たんじゃないのか」
「主人という司令塔もいるわ、影は揃うわ、おまけにヘルレアもいるわで、戦うには絶好の条件が整っているが――まあ、本当ならカイムにはいてほしくないがな」
「ちゃっちゃと片付けて帰るぞ。その前に、オリヴァン・リード拾わないと駄目なんだろ?」
「あの方を置き去りには出来まい」
「……なんか気になったんだが、あのオリヴァン・リードとかいう野郎に、猟犬は変に気を使っているよな」
「それは主人のご友人だから――だとかなんとか言っても、ヘルレアは納得するわけがないな」
「やはりジェイドは私の事が、よく分かって来たみたいだな」
「と、いうわけで、ご本人達に聞くことだ」
「そう来ると思った」
ジェイドとヘルレアが歩き出そうとすると、おかっぱの子供も速歩きで動き出す。
「カイムとオリヴァン・リードが友達だとは思えないけどな。どうもあの二人は、性格が合わないように見えるが――というか、カイム友達いたのかよ。ぼっちかと思ってた」
「さあ、そこは俺もよく分からん。でも、カイムはオリヴァン殿といることを気楽に感じている」
「そうか、お前等カイムの状態を直接感じるんだものな。第三者として、そう見えるわけではなくて、実際にそう感じ取っているのか……」
ヘルレアが何故か黙ってしまう。
「どうかしたか」
「あいつはプライバシーも何もないな」
「カイムは稀有な公人だからな。会議の時に聞いていただろうが、私生活なんて元々ない。カイムが妻帯していれば、夫婦の生活も筒抜けだ。猟犬以外にも知られてしまう」
「何故、そこまで」
「危険だからだ……もう、この話しは止めよう。ここは安全な館ではない」
「……それで、カイムは綺麗な女を抱けて、喜んでいたか? 満足していた?」
ジェイドは一瞬ヘルレアを見つめてしまう。こんなにも直接的に聞いて来るとは思っていなかったからだ。ジェイドはひっそりカイムから意識を閉じる。ヘルレアとの会話を聞かれたくなかった。
「すっきりした、とはいっていたな」
嘘は言っていまい。ジェイドは少し興味が湧いて、それ以上は口を噤む事に決めた。
「ジェイドの間は気になるが……それはよかった。もう童貞とは笑えないな」
ヘルレアの方が前を歩いているので、表情は覗えないが、別段、声音に変化はない。
「……女王蜂のような大人の女性は、カイムの好みらしいな。そう感じた」
ジェイドは真実で追い討ちを掛けてみる。
「あ、そう。小児性愛者じゃなかったんだな」
「おいおい、さすがにそれは言い過ぎだろ。猟犬の前であまり主人を侮辱するな。あいつの子供好きは、猟犬の主人であるからという理由が大きい」
「エマが理由じゃないのか? カイムは自分で言ってたぞ」
「カイムはそう答えるべきだと知っているし、それもまた、間違いではないと自覚しているからだ。主人は猟犬にまつわるどのような話でも、本能的に忌避する事の方が多い」
「ジェイドは話していいのか」
「カイムが猟犬を仔犬――子供だと思っているという話くらい、王へ言っても躾は受けまい……俺も仔犬だと思われている」
ヘルレアは吹き出すと、何故か小さく頷く。
「……それは酷いな。どういう思考回路になればそうなるんだ」
「だからカイムは主人なんだろうが。あいつは俺の事を仔犬だと思っているということが、バレていないとも思っているぞ」
「どこからどこまでが通じるんだか」
「まあ、俺も長く猟犬をやっているからな。とぼける方法も、それなりには身に付けてはいるつもりだ。一応、カイムが館へ来る前から猟犬として生きているのだし」
「カイムはいつから館にいるんだ?」
「十二才からだな。それはそれは、大層な坊っちゃんだったぞ」
「なんとなく分かるのが、なんとも。なるほどな、やはりあいつは普通じゃないわ」
何も変化がなく、ただ二人は淡々と歩き続ける。
ジェイドはもう少し、ヘルレアがカイムへ抱いている心情へ触れられそうな話が聞きたかった。だが、下手にカイムの話しばかりすれば、王の事だ、どういう意図で会話を進めようとしているのか、簡単に知られてしまうだろう。
「……ヘルレアは楽しんだのか」
「私は別に普通だな。ヤる気も無いし、適当に話していただけだ――実を言えば、それらしい接触にはなれているし。ヨルムンガンドだから、本番はさすがにした事ないが」
「おい、それは本当か」
「あまり詳細を話すべきかは……まあ、今更ジェイドなんかに隠しても仕方がないか。ライブラで人間への接触方法を教わったんだよ。番にならない限界の深度まで」
ジェイドは絶句する。
自分は愚かだったと思った。ジェイドはやはりヘルレアに慣れすぎていたのだ。王をまだ十三、四の子供と完全に錯覚していた。ヨルムンガンドが何なのか、もう忘れつつあるのかもしれない。
「そうか……そこまで教化を」
「人間を知るためには必要だったらしいぞ。
だから東占領区でジェイドをボコれたわけだ。性欲と食欲は攻撃性と密接に関わっているらしいからな。
幼い頃、それらを初めて自分の支配下に置いた時――私の心は自由になった」
ヘルレアはジェイドを振り返る。何気ない感じで、微笑んでいた。
ジェイドは何故か悲しくなった。ヨルムンガンドとして生まれながら、これ程ヒトへ穏やかに微笑んでくれるその影で、どれだけの苦悩と決意を持って、独り生きる事を決めたのか。人と同じレベルへ、ヨルムンガンドを下げて考えてはいけない。それでも、このヘルレアという双生児の王を見ていると、その苦難が人でも共感しうるものであるように、思えてならなかった。
悲しいと感じる自分がまたやるせない。
だが、ジェイドは自分が少しずつ変わって行く事に気付いていた。そして、その変化を素直に受け入れられるようになっている己も、また正しく視えていた。かつてヘルレアは、ただ戦うべきヨルムンガンドでしかなかったが、いつの間にか王は隣りにいて、心を語り合う相手になっていたのだ。
「だとしたら、お前は真実、人と伴に生きられるのか」
「どうだろうな……それは誰にも判らないと思うぞ」
「少なくともカイムは、傍に居てほしいと思っているはずだ」
ヘルレアが歩みを止めてしまった。ジェイドもつられて立ち止まる。
「いつか、後悔するから。それは……、」ヘルレアは途中で口を噤んで、小さく首を振る。
「後悔? 後悔したことがあるのか、誰かを後悔させたのか」
ヘルレアはジェイドを見上げて、決意したように何かを言おうと――。
「やっほー! お二人さん、見っけた。うっほ」
ジェイドは、オリヴァンをぶっ飛ばしたくなった。今だけはヨルムンガンドよりも先に、この世から消滅してくれと願ってやまない。
「鬱陶しい野郎だな」ヘルレアがため息をつく。
こうして三人はようやく合流が出来た。
ジェイドがカイムへ伝えると、直ぐに戻って来るようにと指示を受ける。
「では、オリヴァン殿。女王蜂の元へ向かいます」
「ほいほーい」
カイムがジェイドを揺さぶっていた。眉をひそめる。
【――侵入者は女王蜂を狙っているようだ】
「なんだと、おい。どういう事だ。事情を説明しろ」
「あはは、ねえ、ヘルレア王。ジェイドは頭おかしいヒトみたいだね」
「もう少し、場の空気を読んだ方がいいぞ。いい大人なんだから、オリヴァン・リード」
「侵入者は女王蜂を拐おうとしているらしい。確かに異質な方だが……分かった、直ぐに戻る」
「強い術者だから欲しいのか?」
「事情がいまいち分からん、とにかく戻るぞ」
もと来た道へ振り返り歩き出す。しかし、ジェイドは立ち止まった。
「案内が……」
何故か三人の子供は棒立ちしていて動かない。戻って様子を見てみると、子供の顔面が真っ白になっていた。
「何が起こった」ヘルレアがジェイドを見る。
ジェイドが頷いてカイムに聞いてみる。
「使いが没しているといっている。女王蜂も理由が分からないと……何、既に防御壁が一部破られているだと?」
「ちょ、ジェイド、ヘルレア王。後ろ、後ろ」
オリヴァンの方を見ると、もと来た廊下が塞がれて壁になり、丁字路に姿を変えていた。慌てて近寄ろうとした瞬間、背後に続く廊下の壁に、一斉に大量の扉が等間隔で出現した。そのあまりにシンメトリーで変化のない光景に、目が錯覚を起こしそうになる。
カイムが叫んでいる。
【――駄目だ、防御壁が完全にダウンした!】
「防御壁がもう機能していないと、カイムが言っている」
「侵入者が来るのか?」
「やっべーな、こりゃ!」
「ヘルレア、先を行ってくれるか。俺はオリヴァン殿を護衛する」
「どうせ、戦うんだ。何でもいいさ」
ジェイドはカイムの話しを聞きながら、長い廊下をおかっぱの子供について走っていた。この子供は、女王蜂の部屋で、ヘルレアを案内するために現れた男児と同じだ。ジェイドは一目見てこの子供は、人間ではないと思った。そして、それを証明するかのように、ジェイドは息が切れそうなほど必死で、子供を見失わないように走っていた。
子供の足は速すぎた。おそらくジェイドがついて来られる、ぎりぎりの速度に調整されて走っているのだ。ジェイドの足が今よりもっと速ければ、更に子供も速くなる。絶対に追い付けないようにしている。そして、おそらく、けして見失わないようにもしている。
ジェイド周囲に気を配りつつも、カイムと会話し、子供を視界に捉え続ける。こういった種類のマルチタスクは久し振りだ。ヘルレアを襲えとけしかけた時のように、主人と落ち着いてする遠隔会話ですら、久し振りでやり方を考えてしまうくらいだった。それなのに、戦場においても同じように、四方八方に気を配りながら遠隔会話するなど、ジェイドですらかなり負担が感じられる。それを主人であるカイムは、リアルタイムで幾頭とも繋がり続けなければならない。主人はかなり消耗していることだろう。その負担を考えると、約十年という空白がもたらした、主人と猟犬の衰えを痛感せざる負えない。
カイムへとノックする。
やはり何となく喋り方を考えてしまった。
――なかなか、ヘルレア達に会えない。
【――女王蜂が仰るには空間結合術を解除してしまった為に、本来の姿が現れているらしい。〈蜂の巣〉というのは相当広大な面積があるようだ】
――歓楽街の地下とは思えんな。
子供が角を曲がると見えなくなる。ジェイドは速度を更に上げると、曲がった途端、少し先で、ヘルレアがおかっぱの子供を追い掛けて、爆走しているのが見えた。ジェイドが追い掛けていた子供の方は、既に立ち止まって角付近に留まっている。
遠くから見ても、二人のおかっぱをした男児は、まるで鏡に映ったように同じ姿をしている。
やはり子供は、追い掛ける者の足が速ければ速い程、速くなる。ヘルレアと子供は猛進していて、乗用車以上の速度を出している。ジェイドは危険を感じて、角から完全に姿を現すと、一応目立つように手を振る。
「おい、ヘルレアここだ!」
ヘルレアは直ぐに速度を落とすと、ゆっくりと歩き出した。
「面倒な事になったな」
「まあな、だが居残りだったはずの、影共が全員来やがってる」
「はあ? なんだそれ。好きものな奴等だな。飼い主に似たんじゃないのか」
「主人という司令塔もいるわ、影は揃うわ、おまけにヘルレアもいるわで、戦うには絶好の条件が整っているが――まあ、本当ならカイムにはいてほしくないがな」
「ちゃっちゃと片付けて帰るぞ。その前に、オリヴァン・リード拾わないと駄目なんだろ?」
「あの方を置き去りには出来まい」
「……なんか気になったんだが、あのオリヴァン・リードとかいう野郎に、猟犬は変に気を使っているよな」
「それは主人のご友人だから――だとかなんとか言っても、ヘルレアは納得するわけがないな」
「やはりジェイドは私の事が、よく分かって来たみたいだな」
「と、いうわけで、ご本人達に聞くことだ」
「そう来ると思った」
ジェイドとヘルレアが歩き出そうとすると、おかっぱの子供も速歩きで動き出す。
「カイムとオリヴァン・リードが友達だとは思えないけどな。どうもあの二人は、性格が合わないように見えるが――というか、カイム友達いたのかよ。ぼっちかと思ってた」
「さあ、そこは俺もよく分からん。でも、カイムはオリヴァン殿といることを気楽に感じている」
「そうか、お前等カイムの状態を直接感じるんだものな。第三者として、そう見えるわけではなくて、実際にそう感じ取っているのか……」
ヘルレアが何故か黙ってしまう。
「どうかしたか」
「あいつはプライバシーも何もないな」
「カイムは稀有な公人だからな。会議の時に聞いていただろうが、私生活なんて元々ない。カイムが妻帯していれば、夫婦の生活も筒抜けだ。猟犬以外にも知られてしまう」
「何故、そこまで」
「危険だからだ……もう、この話しは止めよう。ここは安全な館ではない」
「……それで、カイムは綺麗な女を抱けて、喜んでいたか? 満足していた?」
ジェイドは一瞬ヘルレアを見つめてしまう。こんなにも直接的に聞いて来るとは思っていなかったからだ。ジェイドはひっそりカイムから意識を閉じる。ヘルレアとの会話を聞かれたくなかった。
「すっきりした、とはいっていたな」
嘘は言っていまい。ジェイドは少し興味が湧いて、それ以上は口を噤む事に決めた。
「ジェイドの間は気になるが……それはよかった。もう童貞とは笑えないな」
ヘルレアの方が前を歩いているので、表情は覗えないが、別段、声音に変化はない。
「……女王蜂のような大人の女性は、カイムの好みらしいな。そう感じた」
ジェイドは真実で追い討ちを掛けてみる。
「あ、そう。小児性愛者じゃなかったんだな」
「おいおい、さすがにそれは言い過ぎだろ。猟犬の前であまり主人を侮辱するな。あいつの子供好きは、猟犬の主人であるからという理由が大きい」
「エマが理由じゃないのか? カイムは自分で言ってたぞ」
「カイムはそう答えるべきだと知っているし、それもまた、間違いではないと自覚しているからだ。主人は猟犬にまつわるどのような話でも、本能的に忌避する事の方が多い」
「ジェイドは話していいのか」
「カイムが猟犬を仔犬――子供だと思っているという話くらい、王へ言っても躾は受けまい……俺も仔犬だと思われている」
ヘルレアは吹き出すと、何故か小さく頷く。
「……それは酷いな。どういう思考回路になればそうなるんだ」
「だからカイムは主人なんだろうが。あいつは俺の事を仔犬だと思っているということが、バレていないとも思っているぞ」
「どこからどこまでが通じるんだか」
「まあ、俺も長く猟犬をやっているからな。とぼける方法も、それなりには身に付けてはいるつもりだ。一応、カイムが館へ来る前から猟犬として生きているのだし」
「カイムはいつから館にいるんだ?」
「十二才からだな。それはそれは、大層な坊っちゃんだったぞ」
「なんとなく分かるのが、なんとも。なるほどな、やはりあいつは普通じゃないわ」
何も変化がなく、ただ二人は淡々と歩き続ける。
ジェイドはもう少し、ヘルレアがカイムへ抱いている心情へ触れられそうな話が聞きたかった。だが、下手にカイムの話しばかりすれば、王の事だ、どういう意図で会話を進めようとしているのか、簡単に知られてしまうだろう。
「……ヘルレアは楽しんだのか」
「私は別に普通だな。ヤる気も無いし、適当に話していただけだ――実を言えば、それらしい接触にはなれているし。ヨルムンガンドだから、本番はさすがにした事ないが」
「おい、それは本当か」
「あまり詳細を話すべきかは……まあ、今更ジェイドなんかに隠しても仕方がないか。ライブラで人間への接触方法を教わったんだよ。番にならない限界の深度まで」
ジェイドは絶句する。
自分は愚かだったと思った。ジェイドはやはりヘルレアに慣れすぎていたのだ。王をまだ十三、四の子供と完全に錯覚していた。ヨルムンガンドが何なのか、もう忘れつつあるのかもしれない。
「そうか……そこまで教化を」
「人間を知るためには必要だったらしいぞ。
だから東占領区でジェイドをボコれたわけだ。性欲と食欲は攻撃性と密接に関わっているらしいからな。
幼い頃、それらを初めて自分の支配下に置いた時――私の心は自由になった」
ヘルレアはジェイドを振り返る。何気ない感じで、微笑んでいた。
ジェイドは何故か悲しくなった。ヨルムンガンドとして生まれながら、これ程ヒトへ穏やかに微笑んでくれるその影で、どれだけの苦悩と決意を持って、独り生きる事を決めたのか。人と同じレベルへ、ヨルムンガンドを下げて考えてはいけない。それでも、このヘルレアという双生児の王を見ていると、その苦難が人でも共感しうるものであるように、思えてならなかった。
悲しいと感じる自分がまたやるせない。
だが、ジェイドは自分が少しずつ変わって行く事に気付いていた。そして、その変化を素直に受け入れられるようになっている己も、また正しく視えていた。かつてヘルレアは、ただ戦うべきヨルムンガンドでしかなかったが、いつの間にか王は隣りにいて、心を語り合う相手になっていたのだ。
「だとしたら、お前は真実、人と伴に生きられるのか」
「どうだろうな……それは誰にも判らないと思うぞ」
「少なくともカイムは、傍に居てほしいと思っているはずだ」
ヘルレアが歩みを止めてしまった。ジェイドもつられて立ち止まる。
「いつか、後悔するから。それは……、」ヘルレアは途中で口を噤んで、小さく首を振る。
「後悔? 後悔したことがあるのか、誰かを後悔させたのか」
ヘルレアはジェイドを見上げて、決意したように何かを言おうと――。
「やっほー! お二人さん、見っけた。うっほ」
ジェイドは、オリヴァンをぶっ飛ばしたくなった。今だけはヨルムンガンドよりも先に、この世から消滅してくれと願ってやまない。
「鬱陶しい野郎だな」ヘルレアがため息をつく。
こうして三人はようやく合流が出来た。
ジェイドがカイムへ伝えると、直ぐに戻って来るようにと指示を受ける。
「では、オリヴァン殿。女王蜂の元へ向かいます」
「ほいほーい」
カイムがジェイドを揺さぶっていた。眉をひそめる。
【――侵入者は女王蜂を狙っているようだ】
「なんだと、おい。どういう事だ。事情を説明しろ」
「あはは、ねえ、ヘルレア王。ジェイドは頭おかしいヒトみたいだね」
「もう少し、場の空気を読んだ方がいいぞ。いい大人なんだから、オリヴァン・リード」
「侵入者は女王蜂を拐おうとしているらしい。確かに異質な方だが……分かった、直ぐに戻る」
「強い術者だから欲しいのか?」
「事情がいまいち分からん、とにかく戻るぞ」
もと来た道へ振り返り歩き出す。しかし、ジェイドは立ち止まった。
「案内が……」
何故か三人の子供は棒立ちしていて動かない。戻って様子を見てみると、子供の顔面が真っ白になっていた。
「何が起こった」ヘルレアがジェイドを見る。
ジェイドが頷いてカイムに聞いてみる。
「使いが没しているといっている。女王蜂も理由が分からないと……何、既に防御壁が一部破られているだと?」
「ちょ、ジェイド、ヘルレア王。後ろ、後ろ」
オリヴァンの方を見ると、もと来た廊下が塞がれて壁になり、丁字路に姿を変えていた。慌てて近寄ろうとした瞬間、背後に続く廊下の壁に、一斉に大量の扉が等間隔で出現した。そのあまりにシンメトリーで変化のない光景に、目が錯覚を起こしそうになる。
カイムが叫んでいる。
【――駄目だ、防御壁が完全にダウンした!】
「防御壁がもう機能していないと、カイムが言っている」
「侵入者が来るのか?」
「やっべーな、こりゃ!」
「ヘルレア、先を行ってくれるか。俺はオリヴァン殿を護衛する」
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