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三章 棘の迷宮
第15話 むくれるパピーちゃん達(クソゴツいおっさん風味)
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15
エルドが訝しんで慌てているのが、カイムには感じられる。
カイムがエルドの意識へ呼びかける。
――落ち着けエルド。
【――申し訳ございません。防御壁が破られてからのダウンが早過ぎるのです。何か想定外の事が起こっています】
――原因は突き止められそうか。
【――残念ながら、今のところ情報が少な過ぎて判断致しかねます。俺が女王蜂の代わりに情報漏洩対策として簡易防御陣を組み上げます。それと大方の物理攻撃は俺達にお任せ頂きたいのですが、先程とは状況が変わったので、召喚、喚起をお願い出来ますか】
「女王蜂、館内に外道をお願いします」
「それが先程から、魍魎共が応えないのです……大変な事になりました。もしや、途絶を起こしているやもしれません」
「途絶?」
「この〈蜂の巣〉は私の外界術がなければ、本来の姿を取り戻してしまうのです。巣は出口のない迷宮となってしまいます。私の外界術が戻らない限り、この迷宮は何人たりとも突破する事が出来ません」
「では、ジェイド達やエルド達も……」
「本当に全ての外界術が使えなくなっているとしたら、迷宮に囚われていらっしゃいます」
カイムは猟犬共へ全て聞かせていた。誰もがもう無言になっていた。カイムもどうするべきかと頭を悩ませる。
「率直に言えば、侵入者を排除するのが一番なんだが――女王蜂は館内を全て把握出来ますか。というか、正直に言って、そういう異能がありますか」
女王蜂が頷く。
「やはりそうか、そうだよな……侵入者は今どうしていますか」
「何も動きはありません」
先程からどこか遠くで、猟犬がカイムをくすぐっている。場違いな接触方法をして来るなと考えたが……ああ、でもこの仔ね、と、仕方なく心を寄せると喜んだ。
【――ねえねえ、カイム様。女の子と遊んで楽しかったですか】
ルークは相変わらずだ。
――そんな事はどうでもいいから、しっかり働いてくれよ。
【――はーい、相手って女王蜂とかいう、特別な人なんですか。俺にも見せてくださいよ】
カイムは半笑いになりつつも、女王蜂へこっそり視線を向ける。カイムはルークに視覚を繋いでやっていた。やはり、ジェイドの言う通り、カイムは猟犬に甘いようだ。
【――めっちゃ、美人じゃないですか。いいな、俺も女の子と遊びたいな。今度、俺も連れて来てくださいよ】
――ルークは若いのだから、本命の彼女を作りなさい。館にもかわいい仔、いっぱいいるだろう。
【――何言ってるんですか、俺いつ死ぬか分かんないのに、本命の彼女なんか作れるわけないでしょ。女の子可哀想じゃんか】
カイムは、はっとした。ああ、こいつも一人前の猟犬になったのだな、としみじみ思う。昔は今よりもずっと、手を焼かせる悪戯小僧だったのに。
――いいよ、今度おごりで連れて来てやる。
【――ありがとうございます!】
馬鹿野郎と言うドスの利いた声が、途中で思考に混ざって来る。
ジェイドにバレたな。怒られるぞルーク。
そして、カイムは主人の特権で知らん顔する。
カイムは肩を揉んで、息をついた。
「お食事なさいますか、サンドイッチ等の軽食しかございませんが」
女王蜂が心配そうにしている。
カイムは微笑む。
「そうですね、お腹も空きましたし、頂けますか」
女王蜂がソファから離れると、カイムは疲れに顔を覆う。
【――ルークを甘やかさないで下さい】
こちらも来た来た、とカイムは苦く笑う。隣に居るチェスカルがわざわざ、思考に紛れ込んで来る。
――よくルークとの話しを、黙って聞いていられたな。
【――同時に喋ると、今のカイム様にはご負担になりますから】
「ところで、どうせ隣にいるのだから口で喋るか」
「いいですか、カイム様。ご存知のようにルークは直ぐ調子乗る性格なんですから、もう少し厳しく接してやってください。あの子はカイム様の事を親戚の叔父さんか何かと思っている節があって、しょっちゅう甘えては、カイム様もお許しになるからますます増長して――」
本当に、くどくど、と聞こえそうな説教である。
「はいはい、気を付けます」
つい、いつもの調子で、チェスカルの頭を撫でてしまった。ふわふわの猫っ毛が手のひらをくすぐる。
そうしてから、しまったと、既に遅いが手を引っ込める。カイムは、つい館に居る時と同じようにしてしまった失敗を、密かに笑うしかなかった。
館ならば主人が猟犬の頭を触っていても、誰も奇異に思わない。だが、さすがに外で男が、いい年をした男の頭を撫でるのは目立つだろう。いくら浮き世離れしたカイムでも、それくらいは了解している。
つい女王蜂に見られていなかったか、様子を見てしまう。女王蜂はカウンターで忙しそうに動いていて、カイム達へ関心を寄せてはいない。
チェスカルがため息をついて、誤魔化すかのように、自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。せっかくドレスアップして整えた髪が、いつも通りのふわふわになってしまう。
――頭、触って悪かったな。
【――外ではご遠慮願います。館ならばいいですけど】
カイムは猟犬の質を知っていて、何となく悪戯心が芽生えた。
――いや、もう、こういうスキンシップする年でもないからな。おっさん同士になってしまったし。チェスカルが十才くらいの時と違うんだから。あの頃はお前も可愛かったな。少し生意気だったけど。そうだな、もう止めるか。そうかそうか、なるほど卒業だな。ほう、ほう。そりゃ、よかった。
「待って、くだ……、」慌てた様子で誤って声に出した。
チェスカルが焦っているのが感じ取れる。
【――ええ、と。あのその】
チェスカルが珍しく、しどろもどろしている。説教のお返しにしては、さすがに可哀想な事をしたかと思うが、笑いそうになる。
【――い、つも】
――ん? なんのことかな。
【――いつも通りでお願いします】
――え? どういうことだろう。
【――頭を撫でるのは、止めないで下さい……】
チェスカルはカイムにそっぽを向いているが、声がしょぼしょぼと元気がない。もし見る他人がいたら、大の男同士が頭を撫でるやら何やらが、何だと思いそうなものだが、カイムとチェスカルは真の意味で人間ではないのだから、チェスカル本人にとってはかなり重大な事だったりする。
カイムは幼い頃のチェスカルを思い出し、いじらしくて可愛くなってしまった。
幼い仔犬の顔を思い出す。ふわふわの猫っ毛で髪が細すぎて色素があまり感じられない。子供というのは元々髪が細くて柔らかい仔が多いが、この仔は特に柔らかく繊細な質で、カイムは頭をよく撫でてやっていた。
それは嬉しそうに、にこにこ笑って、遠慮勝ちに背広の裾を握っていたものだ。
今は仏頂面だが、こう見えても可愛らしい頃があったのだから、成長とは不思議なものだ。
カイムは、ふっと、思い出す。
……なんというか、随分独創的な名前ですね。
頭に子供の高い声が蘇る。我慢出来なくなって、思わず声を上げて笑ってしまう。
「そんな昔の事を、ほじくり返さないで下さい」
チェスカルはほんのり顔を顰めている。
「勝手に人の頭の中を覗かないでくれ」おかしくて、おかしくて一人笑う。
チェスカルの首を腕に捕まえ、脇へ引き寄せる。そうすると首を軽く絞めて、頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。
「何をなさるんですか、人様の前で。子供じゃあるまいし」
チェスカルの声は険があるのに、実際に伝わって来るのは、親に褒められた子供のように、くすぐったそうに照れて喜んでいる。
察しのいいチェスカルは、先程からカイムにからかわれているだけだ、という事を分かっている。だが、たとえそれがふざけていただけだとしても、主人にそっぽを向かれているような言葉を掛けられただけで、猟犬は不安で堪らなくなるのだ。
本当なら、カイムは言い訳出来ない程酷い事をしている。猟犬であるチェスカルにとって、カイムは絶対的存在なのだ。それこそ、嫌われたら生きる意味を失う。これは隠喩でも、大げさに表現したわけでも無い。本当に存在価値を失い、自ら死を選ぶか、他の猟犬に虐め殺されるという道を辿る。
主人に愛されない見棄てられた猟犬など、他の猟犬にしてみれば仲間では無く、主人を不快にさせるだけの、目障りな卑しい異分子になってしまうのだ。
特に血気盛んな猟犬だけではなく、元来穏和な質の猟犬さえ嘲弄し牙を剥くという。集団でリンチを行い、殺したという記録もけして珍しくない。
この悪戯は完全に主人であるカイム自身を解放した弊害だ。猟犬を猟犬と明確に意識して接し始めている。
これは人間同士では分からない感覚の、相当酷い虐めなのだ。
「ごめんね、悪かった。いつも通りにするから」
チェスカルはふわふわの頭で、普段より更に仏頂面になった。内心はまだ悲しそうにしているが、安堵もしている。
これほど理性的なチェスカルでさえ、主人の愛情を求めてやまないという現実。
猟犬というのは常に主人に愛されたいものなのだと、身にしみて解る。明らかに性別や年齢、性格すら関係ない。褒めたり、触れたり、下賜したり、喜んでやったり、そうした主人との触れ合いを一番の幸福に思っているのを感じ続けて来た。
そしてカイムも猟犬の喜ぶ姿が好きだった。
主人だけに開く無邪気で幼い心。その星の輝きは、いつまでも変わらず眩くて温かい。
なので、たとえそれが、ジェイドやチェスカルのようなゴッツい男の猟犬でも、自分の幼い仔犬だから、触れられるし可愛いい。それが女の猟犬であると、また娘のようで可愛いいのだった。
だから、猟犬を愛する気持ちは、主人にしか解らないだろう、と。
――けして、巣立てない永遠の幼仔。
――あるいは、巣立つことを赦されない獣。
カイムがチェスカルの横顔を覗う。もう、すっかり落ち着いていて、これからの対策を思案している。その表情は、少し前までカイムの悪戯心で落胆していた幼い獣ではなかった。
何やらぶつぶつと聞こえて来る。カイムが首を傾げると、それが耳が拾った音ではない事に気付き、意識を向けると、ルークの微かにささくれだった神経に触った。
【――さっきから何で、副隊長だけカイム様と遊んでいるんですか。いいな、俺もそっちがいいです】
――はい、はい。頑張れルーク。館に帰ったら話せばいいだろ。
【――なんか、館にいる時と今じゃ、猟犬との距離感が違くないっすか? いつもそんなにベタベタしないじゃないですか】
――そうか? ベタベタという言い方は止めてくれよ。大分違う方向への意味にも、捉えられてしまうじゃないか。多分ソファで横並びしているから、近すぎて思考が混ざり易いだけ、距離感が縮まるんだろう。
【――やっぱり、ずるいじゃないですか! 副隊長だけいっぱい撫でてもらって、お話しもして。俺これから戦うかもしれないのに、死んじゃうかもなのに……もう、やだ! カイム様のところへ、早く帰りたい】
突然、ルークが本当に仔犬のように甘え出して、むくれ始めた。口調も子供のようになってしまっている。
カイムはやり過ぎたのだ。
チェスカルだけを構い過ぎた。ルークは正直だからカイムに訴えるが、口に出さない猟犬共も、おもしろくないとストレスを感じ始めている。
カイムは久し振りの感覚に絶句する。
今まで猟犬を個の人間として扱って来たため、距離感を厳しく遵守していたのだ。だから、猟犬も主人の意向を尊重していた――しかし、そもそも猟犬は主人の方針を無意識で守るような生き物だから、カイムの意思など気付きもせず、守っていた方が多いだろうが。
それをカイムは一切取り払ってしまった上で、更に愚かしくも主人自身が猟犬との距離感を誤って、正常な対人距離を放棄して近付き、あまつさえ接触する事を許した。これではカイムが彼等に猟犬らしくする事を、許したも同然である。だから、幾らでも猟犬は主人に甘えたがるし、猟犬同士で激しい悋気を起こして調和を乱す。
猟犬を御すには、なんと繊細な加減を要するものか。
カイムの思考に別の猟犬がもう一頭、飛び込んで来る。
【――このバカたれ、何を娼館まで来て雄猟犬とイチャついていやがる。だからお前はモテないんだよ。臨戦態勢の仔犬ちゃん達に、余計なストレスを掛けるんじゃない】
一番巨大な飼い猟犬に噛み付かれて、カイムは思わず呻いた。言い返せる余地がない。
仔犬が鼻で鳴く声が聞こえて来る。カイムは思わず顔を覆う。失敗してしまった。
――皆帰ったら、一緒に食事でもしよう。頑張ってくれ。
猟犬共は主人から気に掛けられてか、少し気分が上がったらしく、元気になって来たのが、カイムへ伝わって来た。
それでもルークは相変わらず不満なようだが、戦う態勢へ集中出来るようになったらしく、口を噤んでくれる。
カイムが取りあえず息をつくと、女王蜂が低卓へ二人分のサンドイッチを用意してくれた。
「ありがとうございます」
チェスカルも丁寧に礼を言った。
「何も変化がないようですね」カイムはグラスを手にすると水を含む。
「何が起こっているのか、現状全くの不明ですね。攻めてくる様子もないようですし。こちらの出方を見ているのでしょうか」
「……なんと申しましょう、不気味でございますね」
「静か過ぎるな」
カイムはジェイドの思考と繋がったままになっている。ジェイドはヘルレアと一緒に行動しているのだ。なんとなく気になって、ジェイドの感覚を全て繋げてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
廊下が真っ直ぐに続いていて、等間隔に扉が並んでいる。目がおかしくなりそうなくらい延々と、その光景が続いている。
ヘルレアが目の前に居てカイムへ向けて笑う――違う、正しくはジェイドへ向けて笑い掛けているのだ。どこかフランクな印象を与えるその笑顔は、カイムにとって初めて触れる表情だった。
「……馬鹿話していないで行くぞ」ヘルレアが手を振る。
ジェイドがわざとらしく咳払いする。
【――何をいきなり全開に繋げているんだ、カイム】
――あ、いや。迷路、迷路が気になって。
【――まあ、いいだろう。見ての通りだ。延々とこの光景が続いている】
――扉を開けてみたか?
【――開けようとしたが開かない】
――なるほどな。
【――ヘルレアが気になっているんだろう】
――やはり、ジェイドは誤魔化せないな。
【――当たり前だ。何年一緒にいると思っているんだ】
カイムは笑う。
【――ヘルレアは本番以外の行為には慣れてるらしいぞ】
――どういうことだ?
【――ライブラに教化されたらしい。番にならない限界深度まで】
――相当過激な教育を受けていそうだな。
ヘルレアはエマと口付けをしたが、それは安全なのかと王自身へ聞いた時、安全なやり方は心得ていると言っていたが、この教化と関係がありそうだった。
【――まあ、ヨルムンガンドだからな。何をされて、何をしたんだか。性欲と食欲を支配下に置いた時、王の心は自由になった、と言っていた。攻撃性を抑え込んだのだろう】
――僕は愚かなのかもしれないが、あの方の苦難を、今初めて思ったような心持ちだ。
【――俺も似たようなものだ。絶対的なものが、折れた気がする】
エルドが訝しんで慌てているのが、カイムには感じられる。
カイムがエルドの意識へ呼びかける。
――落ち着けエルド。
【――申し訳ございません。防御壁が破られてからのダウンが早過ぎるのです。何か想定外の事が起こっています】
――原因は突き止められそうか。
【――残念ながら、今のところ情報が少な過ぎて判断致しかねます。俺が女王蜂の代わりに情報漏洩対策として簡易防御陣を組み上げます。それと大方の物理攻撃は俺達にお任せ頂きたいのですが、先程とは状況が変わったので、召喚、喚起をお願い出来ますか】
「女王蜂、館内に外道をお願いします」
「それが先程から、魍魎共が応えないのです……大変な事になりました。もしや、途絶を起こしているやもしれません」
「途絶?」
「この〈蜂の巣〉は私の外界術がなければ、本来の姿を取り戻してしまうのです。巣は出口のない迷宮となってしまいます。私の外界術が戻らない限り、この迷宮は何人たりとも突破する事が出来ません」
「では、ジェイド達やエルド達も……」
「本当に全ての外界術が使えなくなっているとしたら、迷宮に囚われていらっしゃいます」
カイムは猟犬共へ全て聞かせていた。誰もがもう無言になっていた。カイムもどうするべきかと頭を悩ませる。
「率直に言えば、侵入者を排除するのが一番なんだが――女王蜂は館内を全て把握出来ますか。というか、正直に言って、そういう異能がありますか」
女王蜂が頷く。
「やはりそうか、そうだよな……侵入者は今どうしていますか」
「何も動きはありません」
先程からどこか遠くで、猟犬がカイムをくすぐっている。場違いな接触方法をして来るなと考えたが……ああ、でもこの仔ね、と、仕方なく心を寄せると喜んだ。
【――ねえねえ、カイム様。女の子と遊んで楽しかったですか】
ルークは相変わらずだ。
――そんな事はどうでもいいから、しっかり働いてくれよ。
【――はーい、相手って女王蜂とかいう、特別な人なんですか。俺にも見せてくださいよ】
カイムは半笑いになりつつも、女王蜂へこっそり視線を向ける。カイムはルークに視覚を繋いでやっていた。やはり、ジェイドの言う通り、カイムは猟犬に甘いようだ。
【――めっちゃ、美人じゃないですか。いいな、俺も女の子と遊びたいな。今度、俺も連れて来てくださいよ】
――ルークは若いのだから、本命の彼女を作りなさい。館にもかわいい仔、いっぱいいるだろう。
【――何言ってるんですか、俺いつ死ぬか分かんないのに、本命の彼女なんか作れるわけないでしょ。女の子可哀想じゃんか】
カイムは、はっとした。ああ、こいつも一人前の猟犬になったのだな、としみじみ思う。昔は今よりもずっと、手を焼かせる悪戯小僧だったのに。
――いいよ、今度おごりで連れて来てやる。
【――ありがとうございます!】
馬鹿野郎と言うドスの利いた声が、途中で思考に混ざって来る。
ジェイドにバレたな。怒られるぞルーク。
そして、カイムは主人の特権で知らん顔する。
カイムは肩を揉んで、息をついた。
「お食事なさいますか、サンドイッチ等の軽食しかございませんが」
女王蜂が心配そうにしている。
カイムは微笑む。
「そうですね、お腹も空きましたし、頂けますか」
女王蜂がソファから離れると、カイムは疲れに顔を覆う。
【――ルークを甘やかさないで下さい】
こちらも来た来た、とカイムは苦く笑う。隣に居るチェスカルがわざわざ、思考に紛れ込んで来る。
――よくルークとの話しを、黙って聞いていられたな。
【――同時に喋ると、今のカイム様にはご負担になりますから】
「ところで、どうせ隣にいるのだから口で喋るか」
「いいですか、カイム様。ご存知のようにルークは直ぐ調子乗る性格なんですから、もう少し厳しく接してやってください。あの子はカイム様の事を親戚の叔父さんか何かと思っている節があって、しょっちゅう甘えては、カイム様もお許しになるからますます増長して――」
本当に、くどくど、と聞こえそうな説教である。
「はいはい、気を付けます」
つい、いつもの調子で、チェスカルの頭を撫でてしまった。ふわふわの猫っ毛が手のひらをくすぐる。
そうしてから、しまったと、既に遅いが手を引っ込める。カイムは、つい館に居る時と同じようにしてしまった失敗を、密かに笑うしかなかった。
館ならば主人が猟犬の頭を触っていても、誰も奇異に思わない。だが、さすがに外で男が、いい年をした男の頭を撫でるのは目立つだろう。いくら浮き世離れしたカイムでも、それくらいは了解している。
つい女王蜂に見られていなかったか、様子を見てしまう。女王蜂はカウンターで忙しそうに動いていて、カイム達へ関心を寄せてはいない。
チェスカルがため息をついて、誤魔化すかのように、自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。せっかくドレスアップして整えた髪が、いつも通りのふわふわになってしまう。
――頭、触って悪かったな。
【――外ではご遠慮願います。館ならばいいですけど】
カイムは猟犬の質を知っていて、何となく悪戯心が芽生えた。
――いや、もう、こういうスキンシップする年でもないからな。おっさん同士になってしまったし。チェスカルが十才くらいの時と違うんだから。あの頃はお前も可愛かったな。少し生意気だったけど。そうだな、もう止めるか。そうかそうか、なるほど卒業だな。ほう、ほう。そりゃ、よかった。
「待って、くだ……、」慌てた様子で誤って声に出した。
チェスカルが焦っているのが感じ取れる。
【――ええ、と。あのその】
チェスカルが珍しく、しどろもどろしている。説教のお返しにしては、さすがに可哀想な事をしたかと思うが、笑いそうになる。
【――い、つも】
――ん? なんのことかな。
【――いつも通りでお願いします】
――え? どういうことだろう。
【――頭を撫でるのは、止めないで下さい……】
チェスカルはカイムにそっぽを向いているが、声がしょぼしょぼと元気がない。もし見る他人がいたら、大の男同士が頭を撫でるやら何やらが、何だと思いそうなものだが、カイムとチェスカルは真の意味で人間ではないのだから、チェスカル本人にとってはかなり重大な事だったりする。
カイムは幼い頃のチェスカルを思い出し、いじらしくて可愛くなってしまった。
幼い仔犬の顔を思い出す。ふわふわの猫っ毛で髪が細すぎて色素があまり感じられない。子供というのは元々髪が細くて柔らかい仔が多いが、この仔は特に柔らかく繊細な質で、カイムは頭をよく撫でてやっていた。
それは嬉しそうに、にこにこ笑って、遠慮勝ちに背広の裾を握っていたものだ。
今は仏頂面だが、こう見えても可愛らしい頃があったのだから、成長とは不思議なものだ。
カイムは、ふっと、思い出す。
……なんというか、随分独創的な名前ですね。
頭に子供の高い声が蘇る。我慢出来なくなって、思わず声を上げて笑ってしまう。
「そんな昔の事を、ほじくり返さないで下さい」
チェスカルはほんのり顔を顰めている。
「勝手に人の頭の中を覗かないでくれ」おかしくて、おかしくて一人笑う。
チェスカルの首を腕に捕まえ、脇へ引き寄せる。そうすると首を軽く絞めて、頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。
「何をなさるんですか、人様の前で。子供じゃあるまいし」
チェスカルの声は険があるのに、実際に伝わって来るのは、親に褒められた子供のように、くすぐったそうに照れて喜んでいる。
察しのいいチェスカルは、先程からカイムにからかわれているだけだ、という事を分かっている。だが、たとえそれがふざけていただけだとしても、主人にそっぽを向かれているような言葉を掛けられただけで、猟犬は不安で堪らなくなるのだ。
本当なら、カイムは言い訳出来ない程酷い事をしている。猟犬であるチェスカルにとって、カイムは絶対的存在なのだ。それこそ、嫌われたら生きる意味を失う。これは隠喩でも、大げさに表現したわけでも無い。本当に存在価値を失い、自ら死を選ぶか、他の猟犬に虐め殺されるという道を辿る。
主人に愛されない見棄てられた猟犬など、他の猟犬にしてみれば仲間では無く、主人を不快にさせるだけの、目障りな卑しい異分子になってしまうのだ。
特に血気盛んな猟犬だけではなく、元来穏和な質の猟犬さえ嘲弄し牙を剥くという。集団でリンチを行い、殺したという記録もけして珍しくない。
この悪戯は完全に主人であるカイム自身を解放した弊害だ。猟犬を猟犬と明確に意識して接し始めている。
これは人間同士では分からない感覚の、相当酷い虐めなのだ。
「ごめんね、悪かった。いつも通りにするから」
チェスカルはふわふわの頭で、普段より更に仏頂面になった。内心はまだ悲しそうにしているが、安堵もしている。
これほど理性的なチェスカルでさえ、主人の愛情を求めてやまないという現実。
猟犬というのは常に主人に愛されたいものなのだと、身にしみて解る。明らかに性別や年齢、性格すら関係ない。褒めたり、触れたり、下賜したり、喜んでやったり、そうした主人との触れ合いを一番の幸福に思っているのを感じ続けて来た。
そしてカイムも猟犬の喜ぶ姿が好きだった。
主人だけに開く無邪気で幼い心。その星の輝きは、いつまでも変わらず眩くて温かい。
なので、たとえそれが、ジェイドやチェスカルのようなゴッツい男の猟犬でも、自分の幼い仔犬だから、触れられるし可愛いい。それが女の猟犬であると、また娘のようで可愛いいのだった。
だから、猟犬を愛する気持ちは、主人にしか解らないだろう、と。
――けして、巣立てない永遠の幼仔。
――あるいは、巣立つことを赦されない獣。
カイムがチェスカルの横顔を覗う。もう、すっかり落ち着いていて、これからの対策を思案している。その表情は、少し前までカイムの悪戯心で落胆していた幼い獣ではなかった。
何やらぶつぶつと聞こえて来る。カイムが首を傾げると、それが耳が拾った音ではない事に気付き、意識を向けると、ルークの微かにささくれだった神経に触った。
【――さっきから何で、副隊長だけカイム様と遊んでいるんですか。いいな、俺もそっちがいいです】
――はい、はい。頑張れルーク。館に帰ったら話せばいいだろ。
【――なんか、館にいる時と今じゃ、猟犬との距離感が違くないっすか? いつもそんなにベタベタしないじゃないですか】
――そうか? ベタベタという言い方は止めてくれよ。大分違う方向への意味にも、捉えられてしまうじゃないか。多分ソファで横並びしているから、近すぎて思考が混ざり易いだけ、距離感が縮まるんだろう。
【――やっぱり、ずるいじゃないですか! 副隊長だけいっぱい撫でてもらって、お話しもして。俺これから戦うかもしれないのに、死んじゃうかもなのに……もう、やだ! カイム様のところへ、早く帰りたい】
突然、ルークが本当に仔犬のように甘え出して、むくれ始めた。口調も子供のようになってしまっている。
カイムはやり過ぎたのだ。
チェスカルだけを構い過ぎた。ルークは正直だからカイムに訴えるが、口に出さない猟犬共も、おもしろくないとストレスを感じ始めている。
カイムは久し振りの感覚に絶句する。
今まで猟犬を個の人間として扱って来たため、距離感を厳しく遵守していたのだ。だから、猟犬も主人の意向を尊重していた――しかし、そもそも猟犬は主人の方針を無意識で守るような生き物だから、カイムの意思など気付きもせず、守っていた方が多いだろうが。
それをカイムは一切取り払ってしまった上で、更に愚かしくも主人自身が猟犬との距離感を誤って、正常な対人距離を放棄して近付き、あまつさえ接触する事を許した。これではカイムが彼等に猟犬らしくする事を、許したも同然である。だから、幾らでも猟犬は主人に甘えたがるし、猟犬同士で激しい悋気を起こして調和を乱す。
猟犬を御すには、なんと繊細な加減を要するものか。
カイムの思考に別の猟犬がもう一頭、飛び込んで来る。
【――このバカたれ、何を娼館まで来て雄猟犬とイチャついていやがる。だからお前はモテないんだよ。臨戦態勢の仔犬ちゃん達に、余計なストレスを掛けるんじゃない】
一番巨大な飼い猟犬に噛み付かれて、カイムは思わず呻いた。言い返せる余地がない。
仔犬が鼻で鳴く声が聞こえて来る。カイムは思わず顔を覆う。失敗してしまった。
――皆帰ったら、一緒に食事でもしよう。頑張ってくれ。
猟犬共は主人から気に掛けられてか、少し気分が上がったらしく、元気になって来たのが、カイムへ伝わって来た。
それでもルークは相変わらず不満なようだが、戦う態勢へ集中出来るようになったらしく、口を噤んでくれる。
カイムが取りあえず息をつくと、女王蜂が低卓へ二人分のサンドイッチを用意してくれた。
「ありがとうございます」
チェスカルも丁寧に礼を言った。
「何も変化がないようですね」カイムはグラスを手にすると水を含む。
「何が起こっているのか、現状全くの不明ですね。攻めてくる様子もないようですし。こちらの出方を見ているのでしょうか」
「……なんと申しましょう、不気味でございますね」
「静か過ぎるな」
カイムはジェイドの思考と繋がったままになっている。ジェイドはヘルレアと一緒に行動しているのだ。なんとなく気になって、ジェイドの感覚を全て繋げてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
廊下が真っ直ぐに続いていて、等間隔に扉が並んでいる。目がおかしくなりそうなくらい延々と、その光景が続いている。
ヘルレアが目の前に居てカイムへ向けて笑う――違う、正しくはジェイドへ向けて笑い掛けているのだ。どこかフランクな印象を与えるその笑顔は、カイムにとって初めて触れる表情だった。
「……馬鹿話していないで行くぞ」ヘルレアが手を振る。
ジェイドがわざとらしく咳払いする。
【――何をいきなり全開に繋げているんだ、カイム】
――あ、いや。迷路、迷路が気になって。
【――まあ、いいだろう。見ての通りだ。延々とこの光景が続いている】
――扉を開けてみたか?
【――開けようとしたが開かない】
――なるほどな。
【――ヘルレアが気になっているんだろう】
――やはり、ジェイドは誤魔化せないな。
【――当たり前だ。何年一緒にいると思っているんだ】
カイムは笑う。
【――ヘルレアは本番以外の行為には慣れてるらしいぞ】
――どういうことだ?
【――ライブラに教化されたらしい。番にならない限界深度まで】
――相当過激な教育を受けていそうだな。
ヘルレアはエマと口付けをしたが、それは安全なのかと王自身へ聞いた時、安全なやり方は心得ていると言っていたが、この教化と関係がありそうだった。
【――まあ、ヨルムンガンドだからな。何をされて、何をしたんだか。性欲と食欲を支配下に置いた時、王の心は自由になった、と言っていた。攻撃性を抑え込んだのだろう】
――僕は愚かなのかもしれないが、あの方の苦難を、今初めて思ったような心持ちだ。
【――俺も似たようなものだ。絶対的なものが、折れた気がする】
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その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
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さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
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なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
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