出て行けと言われた私が、本当に出ていくなんて思ってもいなかったでしょう??

睡蓮

文字の大きさ
3 / 6

第3話

しおりを挟む
――エミリアの思い――

「ど、どうしようかな…。まさかこんな大きな事になっているなんて…」

元いた場所から少し離れたところに身を隠しながら、エミリアは小さな声でそう言葉をつぶやいた。
たった今貴族家たちの間では、彼女の家出を中心とする話題でもちきりになっており、それは彼女が狙ったものでは全くなかった。

「ほんの一瞬だけ家を空けようと思ってただけなんだけれど、なんだかすごいことになっちゃってるよ…」
「エミリア、最初からそこまで分かってたんじゃないのか?」
「そんなまさか……」
「はぁ……」

そんなエミリアの言葉を聞いてため息をつくのは、エミリアの実の兄であるルフラット。
彼はこの場所で鍛冶屋を営んでおり、エミリアは当初短い間だけルフラットのもとに身を隠し、グローに対する小さな仕返しをしようと考えたのだった。

「噂に聞くと、グロー様は君を見失ってかなり焦っているらしい。周囲の貴族からの視線が気になって仕事が手につかず、状態も全く落ち着かないという話だ」
「それは別にいいんですけど…。私が心配なのは、この先私たちが貴族家の皆様からどう思われるかという事です…。お兄様にまでご迷惑をおかけしてしまったら、それこそ申し訳なくって…」
「あぁ、それなら心配ないとも」

ルフラットは心配そうな表情を浮かべるエミリアの事を軽く手で制すると、そのままそう思った理由を説明しにかかる。

「貴族会議の様子も少し話には聞いたけれど、彼らは完全に君の味方な様子だったとのことだ。元々グロー様は貴族として少し身に余る行動をとるところがあって、その点は他の貴族たちからも問題視されていたらしい。そんなところで君が婚約者としてはなかなかぶっとんだ行動を起こしたことで、彼を非難するこの上ない建前を作ったことになったんだ。だから、彼らにしてみれば君は正義の告発者とでも言いたげな様子らしい」
「そんな大げさな…。私、ただただ彼の元から家出してきただけですよ?」
「それでも、向こうにはこの上ないほどの焦りを与えたというわけだ。そもそも、最初に挑発的な事を言ってきたのは向こうの方からなんだろう?それなら君が気にすることは全くないじゃないか」
「そういうものですかね?」
「そういうものだとも」

優しい口調でエミリアの言葉に協調してみせるルフラット。
それは妹を思う兄の温かい思いからくるものが大きいのであろうが、他の感情も少しあった様子…。

「…お兄様、お兄様もこの状況を面白がってませんか?」
「ギク」
「……」
「……」
「……」
「……」

――貴族会の会話――

「それで、さすがにグローは自らの婚約者が失踪したことを認めたのか?」
「いえ、頑なに認めていません。これ以上否定を続けることなど困難であるというのに、なんとあきらめの悪い…」
「いや、こちらとしてはその方がいいでしょう。簡単に認められて謝られても、話はそれで終わってしまいますからね♪」
「なるほど、確かに。彼が悪あがきをすればするほど、我々は今回のショーを続けて楽しめるというわけですな?」

グローは今だ必死にエミリアの一件を秘匿し続けていた。
しかし、他の貴族家の元にはすでにその詳細の話が出回っており、むしろ彼らが持つ情報はグローよりも詳しいものであった。
なぜなら、貴族会に所属する一部の貴族がルフラットと顔見知りであり、エミリアに関する話をそこから入手していたためである。
逆に言えば、グローが自分のやってしまったことをすべて素直に貴族会に顔を出して報告していたなら、エミリアとの関係を一番いい形で解決することが叶っており、ここまで事態を大きくすることもなかった。
彼が自分の事を否定すればするほど解決からほど遠くなっていき、さらにそれが他の貴族たちを喜ばせる結果となっていくことほど、皮肉と言えることはなかった。

「エミリア様の居場所は我々でさえ知っているというのに、当のグロー様本人がまだ知らないとは、なんという事か」
「だからこそ家出を否定することに何の意味もないというのに、どうしてその事に気づきもしないのか…。エミリア様が家出をした理由が、なんだかよくわかる気がしますねぇ…。あんな愚かな男の元では、いくら貴族家の夫人になれると言えど心が苦しかったことでしょう」
「それに加えて、グロー様はかなり態度が大きいとして知られていますからね。むしろ彼女はこれまでよく頑張った方なのではないですか?」

ルフラットが考えていた通り、貴族会の流れは完全にエミリアに味方していた。
もっとも、それ以前にグローが彼らから嫌われすぎていただけなのかもしれないが…。

「ともかく、これからグロー様の動向が楽しみでなりませんね。この先いったいどのような言い訳の言葉を羅列してくるのか、期待して待っていましょう♪」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。

水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。 しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。 マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。 当然冤罪だった。 以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。 証拠は無い。 しかしマイケルはララの言葉を信じた。 マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。 そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。 もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

(完結)婚約を破棄すると言われましても、そもそも貴方の家は先日お取り潰しになっていましたよね?

にがりの少なかった豆腐
恋愛
同じ学園に通う婚約者に婚約破棄を言い渡される しかし、その相手は既に貴族ではなくなっていた。それに学園に居る事自体おかしいはずなのに とっくに婚約は破棄されているのに、それに気づいていないのかしら? ※この作品は、旧題:婚約破棄? いえ、そもそも貴方の家は先日お取り潰しになっていますよ? を加筆修正した作品となります。

地味でつまらない私は、殿下の婚約者として相応しくなかったのではありませんか?

木山楽斗
恋愛
「君のような地味でつまらない女は僕には相応しくない」 侯爵令嬢イルセアは、婚約者である第三王子からある日そう言われて婚約破棄された。 彼は貴族には華やかさが重要であると考えており、イルセアとは正反対の派手な令嬢を婚約者として迎えることを、独断で決めたのである。 そんな彼の行動を愚かと思いながらも、イルセアは変わる必要があるとも考えていた。 第三王子の批判は真っ当なものではないと理解しながらも、一理あるものだと彼女は感じていたのである。 そこでイルセアは、兄の婚約者の手を借りて派手過ぎない程に自らを着飾った。 そして彼女は、婚約破棄されたことによって自身に降りかかってきた悪評などを覆すためにも、とある舞踏会に臨んだのだ。 その舞踏会において、イルセアは第三王子と再会することになった。 彼はイルセアのことを誰であるか知らずに、初対面として声をかけてきたのである。 意気揚々と口説いてくる第三王子に対して、イルセアは言葉を返した。 「地味でつまらない私は、殿下の婚約者として相応しくなかったのではありませんか?」と。

処理中です...