天上の桜

乃平 悠鼓

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第一章

出会い、そして西へ 《八》

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 シャンカラシャンカラと音を奏で、空の彼方から何かが姿を現すのがわかった。火輪かりんと言う火を放ちながら空を飛ぶ二つの輪に足を乗せ、右手に縄状の縛妖索ばくようさくを持つその姿。あま色のころもには白蓮華びゃくれんげ紅蓮華ぐれんげが浮かび、後ろには天界の兵を従えていた。

「ナタ太子だ! ナタ太子が降臨なされたぞ!!」

 宿屋の中庭で誰かの声がした。ナタはわずかな動きで兵達に指示をだし、自ら縛妖索を使って妖怪達を捕らえていく。神は殺生を嫌う、故に捕らえてはまた封印するのだ。捕らえられた妖怪達を天界の兵が取り囲む。その時、宿屋を守っていた赤い結果が消えた。

「ぴゅ」

 “助かった” とでも言いたげな、玉龍ハムスターの間の抜けた鳴き声が聞こえた。

「封印の玉を此方こちらへ」

 兵の一人が宿屋の中庭に降り立ち、丁香ていかの弟子達に声をかける。弟子の何人かが木箱に納められた封印の玉を持って来ると、それを兵に差し出した。兵は手を触れることなく氣を使って木箱を持ち上げると

「封印してまいります」

 とナタに告げ、大部分の兵達と縛り上げられた妖怪達を連れ飛び去った。
 宿屋の外では鬼のような顔をした翼を持つ者達がアレの前に集まり、ひざまずこうべを垂れると一斉に月へと飛び立って行った。

「お久しぶりです、沙麼蘿さばら公女こうじょ

 ナタが女に近づき声をかけた。女、沙麼蘿はナタに向き直ると、じっと何かを探るようにナタを見つめた。

「左腕は、だめだったか」
「はい。公女のおかげで命だけは助かりました、お礼申し上げます」

 その光景を見ていた者達は、驚きのあまり睛眸ひとみを見開いた。この地上で闘神とさえ呼ばれるナタに、頭を垂れさせる者がいる。

「私達の加勢は不要でしたか。阿修羅王あしゅらおうがちゃんと眷属けんぞく達を差し向けておられた」

 そう言うとナタは周りを見渡し、あまりの血の多さに少し呆れたように

「ですが、すめらぎがいなければそのお力を使いこなせないのは、問題ですね。本来の公女であれば、あの程度の妖怪など、一瞬でかたをつけられたことでしょう。それが、皇の制御がなければ満足に力が使えないなどとは。」

 と言う。沙麼蘿はナタの話を聞くきがあるのかないのかきびすを返し、宿屋へと歩きだす。“ナタ太子がお話し中であるのに”、と兵の誰か呟いた。ナタは兵達に首をふって黙らせると

「皇の下界への降臨を鶯光帝おうこうていに進言致します。それまでこの下界を壊されませんよう」

 と言いながら、沙麼蘿のあとをついて来る。ナタは宿屋の前まで来ると、その場で平伏へいふくする丁香を見つけ

白水観びゃくすいかん坤道こんどう黄丁香こうていかだな。琉格泉るうのの話により、村は我らが奪還した、心配することはない。だがお前がしでかしたことは、この下界を破滅させるやもしれぬ行為だ。此処ここに公女がいたことを、感謝するがいい。」

 と言った。そして玄奘げんじょうを見つめ、こう呟いた。

「お前が玄奘三蔵か。龍水桜りゅうすいざくらの鍵を持つ者。東の護り手」
「龍水桜、だと」
「お前も知らぬか、天上の桜の鍵の名を。どこも同じと見える。天上の桜の鍵は五つある。そして、天上の桜を天界より下げ渡された寺院には、東西南北に四本の桜があるのだとか。東の方角には水色の花が咲く龍水桜、西の方角には白色と黄色の花が咲く白黄桜はっこうざくら、南の方角には桃色に中央が朱色の花が咲く朱王桜しゅおうざくら、北の方角には白に黒い縁取りの花が咲く黒仙桜こくせんざくら。天上の桜の鍵の四つには、これらの桜の名がつけられている。そしてその四本の桜が交わる場所、中央の隠された場所に天上の桜はある。天上の桜の場所は、四つの鍵が指し示し、中央の鍵によって姿を現す。そう言われているそうだ。また、こうも言われている。天上の桜に危機が迫った時、鍵を護る鬼が鬼門と裏鬼門から現れる、と。つまり、鬼神きしんの血をひく公女とまだらの私のことだ。お互い、龍水桜の護り手と白黄桜の護り手の守護者になったということだ。白黄桜の護り手は、何分にも幼い。玄奘が西へ来て、あの幼子を導いてくれることを私は願っている」

 玄奘はナタの話を聞き終わると、ふんと鼻を鳴らした。

「なぜ私が」
「どうせ龍水桜は西、と言っているんだろう。あぁ、そうだ。一つ言っておくが、朱王桜は既にの手に渡っている。残る二つのうち黒仙桜の鍵は一時危なかったが、吉祥天きちじょうてんが手をかされ逃げ延びた。最後の一つ、天上の桜を納めた中央の鍵。それは、四つの鍵が指し示した寺院にあるだろう。おそらくそれは、西にある。だから皆、西に向かっている。どうせ旅の通り道だ。ぜひ、公女の護りがある玄奘に、あの子の所に来てほしい。私がいつも、あの子の側にいることはできないからね。」

 ナタの話を聞いていた沙麼蘿は、不意にナタに声をかけた。

「奴らの顔は見たか」
「はい。おそらくは邪神が差し向けたものかと」
「そうか。」
「ナタ太子、そろそろ」

 兵の声にナタは頷くと、“ではまた改めて” と、天界へと帰って行った。天人てんじん達が去ったあとには、数えきれぬ程の妖怪達の亡骸なきがらと、血濡れた玄奘達だけが佇んでいた。




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