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第一章
白木蓮の女怪 《二》
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※スマホ~、童キーのキーの漢字が出なかったよ。(ToT)
********
「久しぶりだな、山茶」
道門近くで掃除をしていた山茶は、驚いた表情で玄奘を見つめた。
「紅流児、本当に紅流児! じゃなかった、玄奘様。お帰りなさい」
「なんだ、お前に様づけされる日が来ようとはな。元気にやっているか」
「やってるよ。俺、今じゃ立派な童キーなんだぜ」
山茶は十八年前にこの道門の前に置き去りにされていた捨て子だ。玄奘よりは七歳年下だが、兄弟子達を呼び捨てにする生意気さ。だが、この道観に住む全員で育て上げたようなものだ、皆に可愛がられて育ってきた。玄奘とて面倒は見てきた。その山茶が今は童キーとは、玄奘は自分が道観を出てからの歳月の流れを感じた。
「山茶、手が止まっているよ」
「げぇ、道士。もうすぐ終わります。玄奘様また後で」
いつの間にか道門近くまで来ていて声をかけたのは、此処に翡翠観を構えた李緑松である。鮮緑色に襟や袖先は黒色、全体的に金の糸で刺繍が施された道袍を着て冠巾も同色。七年前とかわりなく元気そうな姿だった。
「お久しぶりです、道士」
「うむ、元気そうでなにより。さぁ、中に入りなさい」
わざわざの道士の出迎えに驚いた玄奘ではあったが、深く一礼すると皆を連れ道門を潜った。この道観は広い。楼閣と三つの宮と二つの殿を構え、敷地の奥には離れがあり、さらに少し離れた場所に孤児院がある。この造りは白水観とかわりない。孤児であった緑松達が助けられて道士になったように、孤児達に読み書きを教え、望めば道徳経を教え、道士、方士、童キー、紅姨への道を開く。
「丁香から文が来てな、迷惑をかけたようだね」
「いえ」
「玄奘が使っていた奥の離れを使いなさい。旅立った時のままにしてある。御使い様は、隣の客間でよろしいか」
緑松は皆を離れに案内しながら、大神と禍々しくも神々しい氣を放つ女を見つめた。丁香の文では、その姿は神仏混合だと書かれていた。沙麼蘿は歩いていた道の途中でふと顔をあげ、そこにあった白木蓮を見上げる。
「長らく花を咲かせることはなかったのですが、この数日で満開になりました。不思議なこともあるものです」
緑松の言葉に、沙麼蘿は玄奘に目を向けた。すると、満開の白木蓮から強い香りが放たれ、その香りの渦が玄奘にまとわりついているように見えた。
「妖怪が宿れば妖樹となり、神氣が宿れば御神木となる。なんとか弱き妖樹だろう、まるで最後の力を振り絞り、玄奘の帰りを待っていたかのようだ」
その沙麼蘿の言葉に、玄奘ではなく緑松が双眸を見開く。玄奘は
「それはまだ、生きているか」
と、一言だけ呟いた。沙麼蘿は満開に咲き誇る白木蓮を見つめて
「今夜、妖怪が姿を現す」
そう呟いた。“そうか”、と言う玄奘の横で、“まさか……” と緑松は、動揺を隠しきれない様子だ。
「なになに、何か出るの」
「また厄介ごとか」
「今此処に来ることには、意味があったと」
怪しげな雰囲気に、悟空、悟浄、八戒も白木蓮を見つめ、玉龍も
「ぴゅ」
“そうだね”、と言った。
案内された離れは、確かに道観の奥深くにあった。幼かった玄奘がただ一人、仏教の聖典である経蔵、律蔵、論蔵の三つからなる三蔵真経を、読み勉強し暮らしてきた場所だ。教えを乞うべき師匠である壽慶三蔵はすでにおらず、ただひたすらに経典を読み込み、わからぬ所があれば緑松に聞いた。壽慶三蔵はまるでこの時がわかっていたかのように、緑松に様々な物を預けていた。
緑松は道教の道士である故道徳経だが、壽慶三蔵から聞いたこと、書物で読んだものの中から、わかる限りの知識を玄奘に教えてくれた。そして時折、宿を借りる旅の僧侶に教えを乞うことが唯一玄奘にできることだった。玄奘は、緑松が自分のため旅の僧侶に積極的に門戸を開き、宿泊を促してくれていたことを知っていたし、また丁香が白水観に訪れた僧侶に、翡翠観にも立ち寄ってくれるよう頼んでくれていたことも知っている。
「変わらないな、此処は」
緑松が言ったとおり、そこは自分が暮らしていた頃と何も変わっていなかった。
「へぇ~、玄奘はこんな所に住んでたのか」
「まぁ、落ち着くといえば落ち着く所だが、ものたりねぇと言えばものたりねぇな」
悟空と悟浄は離れの中を見てまわり、八戒は辺りを見て
「私には、清廉過ぎるようです」
と言った。離れには緑松の弟子達が、“玄奘様お久しぶりです” と挨拶しながら、次々と夕食を運んでくれた。今日は、緑松もこちらで食事をとるらしい。七年ぶりの翡翠観とこの離れは、旅と戦いでいささか荒んでいた玄奘の心に潤いを与えていくようだった。
「西へ、行くのか」
「はい。七年前此処を出てから東、南と旅をしましたが、天上の桜に繋がる物は何もなかった。それが、一度此方に戻ろうと考え出したとたん、こいつらに次々と会い、何かが西へ西へと私の歩みを進めさせるのです」
「そうか。それが壽慶が言っていた、鍵が天上の桜へ導くと言うことなのだろう」
緑松は、かって壽慶から聞いていた話を思い出す。“鍵は、常に天上の桜へと導くものなのだよ” と、壽慶自身は天上の桜など見たこともないというのに、そう言って笑った。
懐かしい思い出話と共に、七年ぶりの翡翠観での夜は静かにふけて行った。
********
紅流児→玄奘の幼名
童キー単独で信者の悩みや願いを聞き解決に導く、神や帰幽者(きゆうしゃ)の霊を自らの体に降ろして異言(いげん)を吐き問題の処理を行う
方士→方術を行う
紅姨→女性の童キー
経蔵→釈迦の教説である経・梵をまとめたもの
律蔵→僧団内の規律である律をまとめたもの
論蔵→律蔵・経蔵に対する解釈・注釈書である論・梵をまとめたもの
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「久しぶりだな、山茶」
道門近くで掃除をしていた山茶は、驚いた表情で玄奘を見つめた。
「紅流児、本当に紅流児! じゃなかった、玄奘様。お帰りなさい」
「なんだ、お前に様づけされる日が来ようとはな。元気にやっているか」
「やってるよ。俺、今じゃ立派な童キーなんだぜ」
山茶は十八年前にこの道門の前に置き去りにされていた捨て子だ。玄奘よりは七歳年下だが、兄弟子達を呼び捨てにする生意気さ。だが、この道観に住む全員で育て上げたようなものだ、皆に可愛がられて育ってきた。玄奘とて面倒は見てきた。その山茶が今は童キーとは、玄奘は自分が道観を出てからの歳月の流れを感じた。
「山茶、手が止まっているよ」
「げぇ、道士。もうすぐ終わります。玄奘様また後で」
いつの間にか道門近くまで来ていて声をかけたのは、此処に翡翠観を構えた李緑松である。鮮緑色に襟や袖先は黒色、全体的に金の糸で刺繍が施された道袍を着て冠巾も同色。七年前とかわりなく元気そうな姿だった。
「お久しぶりです、道士」
「うむ、元気そうでなにより。さぁ、中に入りなさい」
わざわざの道士の出迎えに驚いた玄奘ではあったが、深く一礼すると皆を連れ道門を潜った。この道観は広い。楼閣と三つの宮と二つの殿を構え、敷地の奥には離れがあり、さらに少し離れた場所に孤児院がある。この造りは白水観とかわりない。孤児であった緑松達が助けられて道士になったように、孤児達に読み書きを教え、望めば道徳経を教え、道士、方士、童キー、紅姨への道を開く。
「丁香から文が来てな、迷惑をかけたようだね」
「いえ」
「玄奘が使っていた奥の離れを使いなさい。旅立った時のままにしてある。御使い様は、隣の客間でよろしいか」
緑松は皆を離れに案内しながら、大神と禍々しくも神々しい氣を放つ女を見つめた。丁香の文では、その姿は神仏混合だと書かれていた。沙麼蘿は歩いていた道の途中でふと顔をあげ、そこにあった白木蓮を見上げる。
「長らく花を咲かせることはなかったのですが、この数日で満開になりました。不思議なこともあるものです」
緑松の言葉に、沙麼蘿は玄奘に目を向けた。すると、満開の白木蓮から強い香りが放たれ、その香りの渦が玄奘にまとわりついているように見えた。
「妖怪が宿れば妖樹となり、神氣が宿れば御神木となる。なんとか弱き妖樹だろう、まるで最後の力を振り絞り、玄奘の帰りを待っていたかのようだ」
その沙麼蘿の言葉に、玄奘ではなく緑松が双眸を見開く。玄奘は
「それはまだ、生きているか」
と、一言だけ呟いた。沙麼蘿は満開に咲き誇る白木蓮を見つめて
「今夜、妖怪が姿を現す」
そう呟いた。“そうか”、と言う玄奘の横で、“まさか……” と緑松は、動揺を隠しきれない様子だ。
「なになに、何か出るの」
「また厄介ごとか」
「今此処に来ることには、意味があったと」
怪しげな雰囲気に、悟空、悟浄、八戒も白木蓮を見つめ、玉龍も
「ぴゅ」
“そうだね”、と言った。
案内された離れは、確かに道観の奥深くにあった。幼かった玄奘がただ一人、仏教の聖典である経蔵、律蔵、論蔵の三つからなる三蔵真経を、読み勉強し暮らしてきた場所だ。教えを乞うべき師匠である壽慶三蔵はすでにおらず、ただひたすらに経典を読み込み、わからぬ所があれば緑松に聞いた。壽慶三蔵はまるでこの時がわかっていたかのように、緑松に様々な物を預けていた。
緑松は道教の道士である故道徳経だが、壽慶三蔵から聞いたこと、書物で読んだものの中から、わかる限りの知識を玄奘に教えてくれた。そして時折、宿を借りる旅の僧侶に教えを乞うことが唯一玄奘にできることだった。玄奘は、緑松が自分のため旅の僧侶に積極的に門戸を開き、宿泊を促してくれていたことを知っていたし、また丁香が白水観に訪れた僧侶に、翡翠観にも立ち寄ってくれるよう頼んでくれていたことも知っている。
「変わらないな、此処は」
緑松が言ったとおり、そこは自分が暮らしていた頃と何も変わっていなかった。
「へぇ~、玄奘はこんな所に住んでたのか」
「まぁ、落ち着くといえば落ち着く所だが、ものたりねぇと言えばものたりねぇな」
悟空と悟浄は離れの中を見てまわり、八戒は辺りを見て
「私には、清廉過ぎるようです」
と言った。離れには緑松の弟子達が、“玄奘様お久しぶりです” と挨拶しながら、次々と夕食を運んでくれた。今日は、緑松もこちらで食事をとるらしい。七年ぶりの翡翠観とこの離れは、旅と戦いでいささか荒んでいた玄奘の心に潤いを与えていくようだった。
「西へ、行くのか」
「はい。七年前此処を出てから東、南と旅をしましたが、天上の桜に繋がる物は何もなかった。それが、一度此方に戻ろうと考え出したとたん、こいつらに次々と会い、何かが西へ西へと私の歩みを進めさせるのです」
「そうか。それが壽慶が言っていた、鍵が天上の桜へ導くと言うことなのだろう」
緑松は、かって壽慶から聞いていた話を思い出す。“鍵は、常に天上の桜へと導くものなのだよ” と、壽慶自身は天上の桜など見たこともないというのに、そう言って笑った。
懐かしい思い出話と共に、七年ぶりの翡翠観での夜は静かにふけて行った。
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紅流児→玄奘の幼名
童キー単独で信者の悩みや願いを聞き解決に導く、神や帰幽者(きゆうしゃ)の霊を自らの体に降ろして異言(いげん)を吐き問題の処理を行う
方士→方術を行う
紅姨→女性の童キー
経蔵→釈迦の教説である経・梵をまとめたもの
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論蔵→律蔵・経蔵に対する解釈・注釈書である論・梵をまとめたもの
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