天上の桜

乃平 悠鼓

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第一章

白木蓮の女怪 《七》

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※この文章には、残酷な場面があります。ストレスを感じると思われる方は、お読みにならないで下さい。m(__)m
ここを読まなくても、できる限りわかるようにするつもりです。




********

「帰りが遅いわ。雨も降ってきたし、私迎えに行ってくる」
「いや、俺が行ってくる。行き違いになるといけない。お前が家にいてくれ」
「わかったわ」

 村の外れの小さな家、水汲みに出た娘がなかなか帰ってこず、雨まで降りだしたことで、娘の養父母は訳のわからない不安を抱えていた。
 もとは村の中に住んでいた夫婦だが、妖怪の赤子を拾ったことで、村の外れに引っ越すことになった。この夫婦は子供好きであったが、子に恵まれることはなかった。もう子を持つことは諦めなければならない、そう思っていた時、川辺で泣き叫ぶ捨て子であった養女を見つけたのだ。二人は妖怪の赤子であるにもかかわらず、その子を家に連れ帰り大切に育ててきた。
 だが、村人達の態度は冷たかった。養女はいつも村の子供達にイジメられ、養父母も村人達に冷たい仕打ちを受けていた。
 だから村の中ではなく、村の外れに住むようになったのだ。それでも、娘との三人の生活は、温かくとても幸せだった。
 そして、養父が迎えに行こうと家を出た瞬間

「ぎゃーっ! た、助けてくれーーー!!」
「助けてーーー!!」
「誰かーーー!!」

 と言う断末魔だんまつまの叫び声が、村の方から聞こえてきた。二人は思わずなにともわからぬ恐怖に震え、お互いを見やった。

「様子を、見てくる」
「で、でも……!」
玉英ぎょくえいが帰ってくるかも知れないんだ」

 夫の言葉に、妻はただ頷くことしかできなかった。








「たっ、助けてくれ……!」
「お願いよ…、どうかお願い!!」

 激しい雨音に混じって、壁に何かがぶつかるような、酷く鈍い音がした。その周りを深緋こきあけ色が染め上げ、同じ深緋色の滴がしたたり落ちている。荒れた少女の手には不釣り合いなほど長く伸びた爪が深緋色に染まり、少女はその指先をそっと舐め、ニヤリと笑った。








「お…、お助けを……! 道士様…、どうかお助けを……!!」

 激しい雨の中、身体中を深緋色に染め上げた村人が、長い長い翡翠観ひすいかんへの階段をい上るようにしてやってきた。
 村人の声に気づいた翡翠観の道人どうじんが中から現れると、村人の姿を見つけ驚愕きょうがくにその双眸そうぼうを見開く。

「どうした!! 何があった!!」
「よ…、妖怪が……!」

 道人は、慌てるように村人を道士の元へと連れて行く。ちょうどその場には紅流児こうりゅうじの姿もあった。

「李道士!」
「何事です、大きな音をたてて」
「李…道士……。どうか…どうか…お助け下さい……!」

 道人に担がれるように現れた村人の姿を見て、緑松りょくしょう睛眸せいぼうが僅かに見開かれた。その横で、紅流児は驚いたように立ち上がる。

「道士…様……、どうか……お助けを……!」
「いったい、何があったのです。しっかりなさい」

 もはや力もなく、その場に崩れ落ちた村人に緑松は近づくと、深緋色に染まったその手をしっかりと握りしめた。

「妖怪…が……、玉英…が……。皆…、食い…殺されて……!」

 村人は、今にも気を失いそうであるのに、声にならないような悲鳴をあげた。

「妖怪が、玉英がどうしたと」
「皆…、殺されて…しまう……!」

 村人はそれだけを言うと、力尽きたように意識を手放す。

「早く手当てを!」

 緑松が弟子達に声をかける。その言葉が終わるのを待たずして、紅流児は駆け出していた。

「待ちなさい! 紅流児!!」

 足音さえも消し去るような激しい雨音の中、駆け出した紅流児に緑松は叫んだが、その声は紅流児の耳に届くことはなかった。
 黒い雨雲に覆われた空には、悲鳴をあげるように雷が鳴り響き、ますます雨が激しくなっていく。

 “いったい、何があった。玉英!”

 紅流児の脳裏には、昨日あったばかりの玉英の笑顔が浮かんでいた。








「玉英ーーー!!」

 養父は、激しい雨の中立ち尽くす娘の姿をみつけ叫ぶ。玉英の周りは深緋色の海とかし、元が何であたのかすらわからなくなった塊が、その足元に転がっていた。
 養父の声に、そっと振り返った少女の姿は、もはや自分のよく知る娘ではないようにも感じられる。そして少女は、その場所に生きた人間を見つめ、爛々らんらんとその双眸を光らせた。

 “や…やめて! お父さん、逃げて!! 嫌…嫌よ…、お願い!! お父さんを殺さないで!!”

 身体を雪魂せつこんに奪われた玉英の魂は、まだ消えることなく、その身体の中で意識を保っていた。それ故に、玉英の苦しみは耐え難い苦痛となって、玉英の魂を傷つけていく。冷たくあたられても、イジメられても、玉英はけして村人を殺したいほど嫌ってはいなかった。そんなことよりも、妖怪の自分を愛し慈しんでくれる養父母と一緒にいられることの方が、その何倍も嬉しかったからだ。だから、玉英の魂は悲鳴をあげた

 “やめて! 村の人達を殺さないで! 嫌よ…、そんなことをするのは嫌!! あ…ぁ、誰か! 誰か私を助けて!!”

 村の家が次々と深緋色に染まっても、雪魂が満たされることはない。だから、養父を見つけた時、この身体が喜びに溢れたことを、玉英の魂は感じとっていた。

 “お父さん! 逃げて!! お願い!!”

 狂気の笑みを浮かべた玉英の手が、養父の首元を掴んだ。

 “嫌よ…、やめて!! 私の…、私のお父さんなのよ!!”

 その時、

「玉英、何をしてるの!」

 激しい雨音をかきけすように叫びなぎら、養母が走りよってきた。

 “お母さん!!”

「だめ…だ……! くるな…、に…逃げ…ろ」
「玉英、お父さんを離すのよ!」

 だが玉英は笑って、掴んでいた手を握りしめた。

「……!」

 養父から、声にならない何かが聞こえた。養父の身体から力が抜け落ちていくのを感じながら、玉英は叫んだ。

 “嫌よーーー! 嫌ーーー!!”

「玉…英……」

 玉英は、いや雪魂は、片手で養父の身体を引きずり、養母に向かっていった。そして……。

 “やめてーーー!! お母さん!! 嫌ーーー!! 嫌よーーー!!”

 笑っている玉英の双眸から、ポロリとなみだしずくがこぼれ落ちた。右手に養父、左手に養母の身体を掴みあげながら、嬉しそうに玉英は、ポロポロと泪を流していたのだ。

「玉…英……」
「かわ…い…そう……に……」

 その時、もはや虫の息の養父母は、確かに聞いたのだ。嘆き悲しみ、苦しむ娘の声を。もう、ほとんど動かすこともできなくなった手を差し出し

「守っ…て……、やれ…なく…て…すま…ない……」
「可愛…い……、私達…の……玉…英……」

 と呟くと、深緋色の泪をこぼながら……。

 “やめてーーー!! 
 あ……ぁ……、誰…か……、私を……、し……、て……”




********
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