天上の桜

乃平 悠鼓

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第一章

白木蓮の女怪 《八》

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※前回に引き続き、この文章には残酷な場面が多くあります。ストレスを感じると思われる方は、お読みにならないで下さい。m(__)m
ここを読まなくても、できる限りわかるようにするつもりです。




********

 紅流児こうりゅうじが村の入り口にたどり着い時、そこは血なまぐさい匂いで覆われていた。紅流児は、己の手を強く握りしめ拳を作ると、村の中へと足を踏み入れる。

「……!!」

 それは、衝撃だった。目をそらしたくなるような、悲惨な光景。
 入ってすぐの民家には住人の姿はなく、飛び散った深緋こきあけ色だけがあった。そして次に入った民家では、無残に切り裂かれた村人の亡骸が……。
 村の奥に進むにしたがって、事態は悪化していく。飛び散った深緋色に、食い殺されたと認識できるあとが残る亡骸。中には、ただの肉片になりはてたものさえある。紅流児は走った、民家という民家を、生きた村人の姿を求めて。
 だが、そんな紅流児の双眸そうぼうに映ったのは、むごたらしいまでの現実。村の一角で、玉英ぎょくえい養父母りょうしんが深緋色にまみれて倒れていた。何よりひどいのは、その身体が半分しか残っていなかったことだ。

「玉英ーーー!!」

 紅流児は叫んだ。自身を、激しく打ち付ける雨音さえ消し去るように。 

「……!!」

 その時、紅流児の耳に何かの声が聞こえたような気がした。声にならない声。紅流児は、その声のした方向に走る。その声の主を求めて。

「…た、…助け…て……。玉……英……!!」

 恐怖にひきつる女の顔。冷たくあたられることが多かった村人の中で、玉英に対して優しかった人。いつも、妹のように可愛がってくれた人。
 玉英は、ニヤリと笑みを見せると、恐怖に震える女の首を鷲掴わしづかみした。

「玉……英……」

 “も…う……、やめ…て……。お願い…だから……。あ…ぁ…、誰…か……、私…を……、……し……て……!”

 女の声も聞こえないのか、玉英のかいなとそのかおが、女の身体から飛び散った深緋色に染まった。

「……!」

 女の呼吸が止まり、ポトリ、ポトリと、その深緋色が落ちる。その時

「やめろー! 玉英!!」

 と、紅流児の声がした。駆けつけた紅流児の気配に、玉英は女の首を鷲掴みにしたまま振り返る。そして、とても嬉しそうに笑った。
 目の前で繰り広げられた光景は、ごとでも、戯言たわごとでもない。優しかったあの少女は、いったい何処に行ってしまったのか。

「玉英! あの優しかった玉英は、何処に行ってしまったんだ! 玉英!!」
「ねぇ、紅流児。私にちょうだい。その身体を、その命を、この私にちょうだい!!」

 玉英はとても楽しそうに、まるで極上の遊び道具を見つけたような睛眸ひとみで紅流児を見つめ、その両手を差し出した。そのすべてを、自分にくれと。

「食らったのか! 村人を! 両親を!! 皆、食らったのかぁ!! 玉英ーーー!!」

 “違う…、違うわ……!! あんなこと…、したくなかった……!! お父さんと…、お母さんを…、あんなこと、したくなかった!!”

 だが、そんな玉英の声は誰にも聞こえない。どんなに泣き叫んでも…。

 紅流児の双眸によみがえるのは、昨日まで当たり前にそこにいた人達。大きな声で挨拶をする村の子供達。畑でできた物だと、野菜を持ってきてくれた村人達。笑顔が絶えなかった玉英の両親。そして、いつも自分を励まし、元気づけてくれた玉英。

「あ…ぁ…。夢じゃ…、ないんだ……。これじゃ…何も…、何も変わらないじゃないか…!! 御師匠をうしなったあの時と、何も変わらないじゃないかーーーっ!!」

 雷雨の中、天を振り仰ぎ、紅流児は悲鳴にも似た叫び声を上げた。
 その時、バキッと何か小枝を踏んだような音がした。玉英と紅流児が振り返ったのは、ほぼ同じだったか。ただ一つ違ったのは、玉英の動きの方が早かったこと。

「やーめーろーーー!!」

 紅流児が、その子供と玉英の間に滑り込む時間があと少しでも遅かったら、子供の命はなかっただろう。

「ぐっ…は……!」

 玉英の鋭い爪が紅流児の右肩に突き刺さり、紅流児は子供を抱き抱えたままその場に崩れ落ちた。

 “紅流児ーーー!!”

「これで終わり。皆終わりよ。うふふっふ。あははははは」

 玉英の面が紅流児に近づき、その唇が大きく開いた。その時

「紅流児ーーー!!」
…、道士……」

 雨の中、その衣を振り乱し現れたのは、弟子達を連れた緑松りょくしょうだった。力なく紡がれた紅流児のその声に、急ぎふところから霊符れいふを取り出す。弟子も数々の霊符を取り出し、結界を張っていく。
 一瞬、ほんの一瞬、玉英の動きが止まったような気がした。緑松は急ぎ紅流児に駆け寄ると、その身体を子供ごと引き寄せる。

「結界を強めるんだ! 結界から出してはならぬ!」
「はい!!」

 弟子達が、数々の霊符を使用していく。
 結界の中の玉英はその動きをとめ、静かにうつむいた。

 “あ…ぁ…、やっと。やっと…終わる……”

 すでに魂だけの存在となった玉英だったが、あるはずのない身体はボロボロに傷つき、臙脂えんじ色が吹き出し、その睛眸ひとみからも臙脂色のなみだを流していた。

 “早く…、私…を、……し……て……”

 だが、玉英のその望みが叶うことはなかった。

「玉英」

 近づいてきた緑松が声をかけると、結界の中で動きを止めていた玉英がそのかおをあげた。そして、静かに泪を流し

「ごめん…なさい…、ゆるし…て……」

 と呟くと、声をあげ両手で面を覆い泣き崩れる。

「玉英」

 幼い頃から知る玉英である。誰もが “正気に、いつもの玉英に戻ったのかも知れない”、そう思った。

 “だめよ、だめ! どうして! 早く…、お願いだから…早く、……し……て……!”

 泪を流す玉英に皆ほだされ、近づいて行く。

 “だめーーー!!”

 パリン、と音を立てて結界が弾け飛ぶ。とたん、玉英の手は弟子の一人を掴みあげた。笑いながら爪を食い込ませ、そして……。
 誰も、誰も自分の願いを叶えてはくれない。魂だけの玉英が絶望に打ちひしがれ、いっそ狂ってしまえたらと思ったその時、緑松の霊符が玉英の胸元に貼り付けられた。
 とたん、魂だけだった玉英に、身体の感覚が戻ってきた。玉英は辺りを見回し、そして駆け出す。

 “今のうちに、身体を動かせるうちに、少しでも遠くに。道士様はこの地に必要な人なのよ。紅流児は、これからこの世界の救う、立派なお坊様になるのよ!!”

 足をもつれさせながら、それでも玉英は上を目指した。あの時、身体が戻ってくるような感じがした時、玉英の脳裏に浮かんだのは、あの白木蓮の木だった。養父母ちちとははに連れられ、訪れた道廟・翡翠観ひすいかん。美しく咲いた白木蓮の花を見て、“綺麗ね” と笑いあった、あの日の木。
 身体を、玉英の魂と雪魂せつこんが取り合っているようだった。それでも、どこか遠くに行ってしまいそうな身体を、玉英は渡さなかった。

「……!」

 玉英は、白木蓮の木に手をついた。やっと、たどり着いたこの場所。後ろを振り返ると、深緋色に染まった紅流児が追いかけてきていた。また、そのさらに後ろには、道士達の姿もあった。
 もう誰も、傷つけたくはない。誰もが、自分の願いを叶えてくれないのならば。どんなに苦しく辛くとも、この身体を取られる前に、この身体ごと封印してしまうしか道はない。

 “あ…ぁ、お父さん、お母さん。優しかったお姉さん、村の皆。どうか…、どうか……ゆるして……!! 道士様、紅流児、どうか私を、赦して……。いいえ、私を…赦さ…ないで……! お願い! どうか…、どうか…、私を…、殺…し……て……!!”

 玉英は身を投げ出すように、白木蓮へと飛び込んで行った。




********

血の色の表現について

赤紅(あかべに)色 → 神

深緋(こきあけ)色 → 人間

臙脂(えんじ)色 → 妖怪・鬼
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