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第一章
幻想の箱庭に咲く華 《六》
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今回、ヘッドティカと言うインドのアクセサリーが出てきます。ヘッドティカは女性が額に垂らす感じでつけているネックレスに似た形のものですが、お話の中ではアクセサリー類は漢字で書ているため、勝手に自分で漢字を作りました。ネックレスに使われる “瓔珞” はサンスクリット語のムクターハーラの訳と言われています。ムクターハーラは直訳で “真珠の首飾り” で、首や胸にかける装身具が “瓔珞” の基本です。しかし、お経には “咽瓔珞・手瓔珞・臂瓔珞・脚瓔珞” とネックレスからアンクレットまで身につける装飾品はすべて瓔珞の範疇(はんちゅう)となっているらしいので、ヘッドティカは勝手に “頭珱珞” と作った漢字で書かせていただきました。 瓔=珱
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蝶が舞うように鞭を旋回させながら、女は確実に玄奘に向かって剣先を向ける。いつの間にか宿坊から外に出ていた玄奘の顔の真横を剣先が通り抜け、その剣先が玄奘の後ろにあった木の幹に突き刺さった。
「ッ……!」
玄奘の睛眸が剣先を追い、自身の顔横に突き刺さるそれを確認する。素早く身体を反転させその場を離れた玄奘は、双剣を構えた。
「運のいいこと。でも、此れ迄ね」
直ぐ様引き抜かれた剣が鞭となって玄奘に振り下げられようとしたその時、女の眼前を白木蓮の花びらが覆った。
「な、何!」
白木蓮の花びらは、終わりなく女の眼前に降り注いでいく。そんな中、女は僅かな衣擦れの音を聞き逃さなかった。
「!!」
急ぎ構えた剣鞭と、白木蓮の花びらの中から現れた玄奘の双剣が重なりあう。“なんなのこれは” と、女は辺りを見回した。何故か、白木蓮の花びらが玄奘三蔵に力を貸しているような気がする。女は感覚を研ぎ澄まし辺りに視線を巡らせ、そして
「そこか! この妖樹がーぁ!!」
花びらを散らす一樹を見つけ、その剣鞭を振り上げた。
「させるかーーー!!」
剣先が向かう方向に気がついた玄奘が、白木蓮の前に立ち自らの双剣で剣鞭を薙ぎ払う。
「道観に、妖樹とはね」
女がそう呟いた時だった、離れた場所から氣の火花が舞い上がる。
「蜃景」
女が誰かの名前を口ずさみ、玄奘の双眸が氣が舞い上がる様を追った。
「とんでもない化け物を飼っているようね」
女は玄奘を見た。仲間である鬼神の蜃景は季緑松を追ったはず。そこに蜃景とほぼ同等、いやもしかしたらそれ以上の力を持つ者がいる。
「そっちもな」
女の言葉に、玄奘の口角が上がる。幾度となく舞い上がる氣が続く中、女はふと蒼空見上げ
「間に合わなかった、と言うことね」
そう言って、玄奘と視線を合わせた。
「援軍が来たか」
「援軍、アレは援軍なんかじゃないわ」
玄奘が見つめる先で、また氣の火花が飛び散った。それを目指すかのように、別の何かがやって来るのがわかる。恐らくは、目の前の女の仲間達がやって来ているのだろう。
今沙麼蘿は、女の仲間である其なりの力の何かと闘っている。だが、そこには季道士と黄道士がいるかも知れないのだ。こんな所で時間を無駄にはできない。そう思っていた時
「玄奘三蔵、また会いましょう。その時こそ、天上の桜の鍵を貰うわ」
女はそう言うと右手を振り上げる。長い衣の半色の袖が宙を舞い、その半色が消えた瞬間には、女の姿もその場所から消え去っていた。
玄奘は、女が風のように消え去った場所を見つめていたが、直ぐ様踵を返し氣の火花が舞う場所に向かって駆け出して行く。
「ご無沙汰しております、華風丹様」
女は玄奘の前から消え去ると、氣の火花に吸い寄せられるように此処に現れた人物の前に姿を現し、片膝をつくと深々と頭を垂れた。
「久しぶりね、紫苑。流石は連翹とでも言うべきかしら、もう紫苑と蜃景を差し向けているなんて。そう思わない、爺や」
「はい、姫様」
華風丹と呼ばれた女性は、豊かな孔雀緑色の長い髪をして、如何にも高貴なお嬢様が纏う黄蘗色の襦裙を着ていた。真っ白な襟元や袖先に裙のすそ先、そして黄蘗色の上に施された牡丹の花の刺繍が彼女の華やかさを増している。
その額につけられた橙日長石等の宝石が飾り付けられた頭珱珞や耳墜や指環、そして手に持つ襦裙と同じ二色の鳥の羽で作られた扇は、やんごとなき一族である印。
華風丹は羽の扇を広げ、面白そうにフフフと笑う。彼女は、阿修羅が仏教に帰依し修羅界を去った後、新たに修羅界の頂点に立った邪神の王の一ノ姫。
邪神の王には幾人もの妃がおり、彼女の母親も妃の一人だ。そして、紫苑が仕える連翹もまた、別の妃の子の一人。
その中でも、華風丹は王のお気に入りの娘だ。力がすべての修羅界にあって、その叡智は王の息子達をも凌駕すると言われている。
年老いてその力に陰りが見えてきた王が、未だに息子達に王座を追われることなく王として立っていられるのは、四天王と言われる最強の力を誇る将軍達と、この華風丹の叡智のおかげだと言われるほどだ。
「兄上がお気づきになる前に、御挨拶しておきましょう。そこにいるであろう、化け物にね」
「あの者達も、来ているようですございますが」
華風丹の護衛の一人、千寿が声をかけた。華風丹はいつも、爺やと呼ばれている友禅と言う初老の男と、護衛の男を幾人か連れている。今日も友禅の他に、二人の護衛が一緒だ。
「あれらはどうせ、何時ものように事後報告でしょう。兄上が知るはずもないわ。いち早く此処に気がつき準備をしていたのは、私と連翹くらいのものよ。あれらは、あの氣の火花につられて来たに過ぎないもの」
華風丹は、扇を持つ手を氣の火花が舞い上がる場所に向け “行きましょう” と、楽しそうに言った。
「玄奘!」
「お前達、李道士と黄道士はどうした!」
氣の火花を追うように走っていた玄奘に、悟空が声をかける。悟空は激しい氣の渦に立ち止まりそれを見上げていた時に、後ろからやってきた悟浄と八戒と合流した。此れ程の氣を発する存在が、沙麼蘿以外にいる。それは驚きでもあったが、皆で玄奘の元に向かっていたのだ。
「李道士と黄道士は沙麼蘿の所に。一番安全な場所にいる、はずなのですが……」
激しい氣の渦は、そこが安全とは言い難い雰囲気だ。三人の表情を見てとった玄奘は
「行くぞ」
とだけ声をかけ、沙麼蘿達の元に向かった。
********
研ぎ澄ます→精神や神経を鋭敏(えいびん)にする
一樹→一本の立ち木
薙ぎ払う→刃物などで勢いよく横に払う
妖樹→人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす不思議な力を持つ非日常的・非科学的な存在の木
幾度→多くの回数。何度
半色→深紫と浅紫の中間の紫色
ご無沙汰→ある程度の期間、関わりを持っていない状況
流石は→物事が優れていることに何かの根拠があることを意味する表現
爺や→年とった下男を親しみを込めてよぶ語
如何にも→その人や物の感じがよく示されているさま。どう考えても非常に
施す→飾りや補いのために何かを付け加える
やんごとなき→高貴の身であるという意味の古語
幾人→比較的少ない人数。何人
叡智→すぐれた知恵、深い知性。真実在や真理を捉えることのできる最高の認識能力
凌駕→他のものを追い抜いて、その上に立つこと。他を上回ること
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蝶が舞うように鞭を旋回させながら、女は確実に玄奘に向かって剣先を向ける。いつの間にか宿坊から外に出ていた玄奘の顔の真横を剣先が通り抜け、その剣先が玄奘の後ろにあった木の幹に突き刺さった。
「ッ……!」
玄奘の睛眸が剣先を追い、自身の顔横に突き刺さるそれを確認する。素早く身体を反転させその場を離れた玄奘は、双剣を構えた。
「運のいいこと。でも、此れ迄ね」
直ぐ様引き抜かれた剣が鞭となって玄奘に振り下げられようとしたその時、女の眼前を白木蓮の花びらが覆った。
「な、何!」
白木蓮の花びらは、終わりなく女の眼前に降り注いでいく。そんな中、女は僅かな衣擦れの音を聞き逃さなかった。
「!!」
急ぎ構えた剣鞭と、白木蓮の花びらの中から現れた玄奘の双剣が重なりあう。“なんなのこれは” と、女は辺りを見回した。何故か、白木蓮の花びらが玄奘三蔵に力を貸しているような気がする。女は感覚を研ぎ澄まし辺りに視線を巡らせ、そして
「そこか! この妖樹がーぁ!!」
花びらを散らす一樹を見つけ、その剣鞭を振り上げた。
「させるかーーー!!」
剣先が向かう方向に気がついた玄奘が、白木蓮の前に立ち自らの双剣で剣鞭を薙ぎ払う。
「道観に、妖樹とはね」
女がそう呟いた時だった、離れた場所から氣の火花が舞い上がる。
「蜃景」
女が誰かの名前を口ずさみ、玄奘の双眸が氣が舞い上がる様を追った。
「とんでもない化け物を飼っているようね」
女は玄奘を見た。仲間である鬼神の蜃景は季緑松を追ったはず。そこに蜃景とほぼ同等、いやもしかしたらそれ以上の力を持つ者がいる。
「そっちもな」
女の言葉に、玄奘の口角が上がる。幾度となく舞い上がる氣が続く中、女はふと蒼空見上げ
「間に合わなかった、と言うことね」
そう言って、玄奘と視線を合わせた。
「援軍が来たか」
「援軍、アレは援軍なんかじゃないわ」
玄奘が見つめる先で、また氣の火花が飛び散った。それを目指すかのように、別の何かがやって来るのがわかる。恐らくは、目の前の女の仲間達がやって来ているのだろう。
今沙麼蘿は、女の仲間である其なりの力の何かと闘っている。だが、そこには季道士と黄道士がいるかも知れないのだ。こんな所で時間を無駄にはできない。そう思っていた時
「玄奘三蔵、また会いましょう。その時こそ、天上の桜の鍵を貰うわ」
女はそう言うと右手を振り上げる。長い衣の半色の袖が宙を舞い、その半色が消えた瞬間には、女の姿もその場所から消え去っていた。
玄奘は、女が風のように消え去った場所を見つめていたが、直ぐ様踵を返し氣の火花が舞う場所に向かって駆け出して行く。
「ご無沙汰しております、華風丹様」
女は玄奘の前から消え去ると、氣の火花に吸い寄せられるように此処に現れた人物の前に姿を現し、片膝をつくと深々と頭を垂れた。
「久しぶりね、紫苑。流石は連翹とでも言うべきかしら、もう紫苑と蜃景を差し向けているなんて。そう思わない、爺や」
「はい、姫様」
華風丹と呼ばれた女性は、豊かな孔雀緑色の長い髪をして、如何にも高貴なお嬢様が纏う黄蘗色の襦裙を着ていた。真っ白な襟元や袖先に裙のすそ先、そして黄蘗色の上に施された牡丹の花の刺繍が彼女の華やかさを増している。
その額につけられた橙日長石等の宝石が飾り付けられた頭珱珞や耳墜や指環、そして手に持つ襦裙と同じ二色の鳥の羽で作られた扇は、やんごとなき一族である印。
華風丹は羽の扇を広げ、面白そうにフフフと笑う。彼女は、阿修羅が仏教に帰依し修羅界を去った後、新たに修羅界の頂点に立った邪神の王の一ノ姫。
邪神の王には幾人もの妃がおり、彼女の母親も妃の一人だ。そして、紫苑が仕える連翹もまた、別の妃の子の一人。
その中でも、華風丹は王のお気に入りの娘だ。力がすべての修羅界にあって、その叡智は王の息子達をも凌駕すると言われている。
年老いてその力に陰りが見えてきた王が、未だに息子達に王座を追われることなく王として立っていられるのは、四天王と言われる最強の力を誇る将軍達と、この華風丹の叡智のおかげだと言われるほどだ。
「兄上がお気づきになる前に、御挨拶しておきましょう。そこにいるであろう、化け物にね」
「あの者達も、来ているようですございますが」
華風丹の護衛の一人、千寿が声をかけた。華風丹はいつも、爺やと呼ばれている友禅と言う初老の男と、護衛の男を幾人か連れている。今日も友禅の他に、二人の護衛が一緒だ。
「あれらはどうせ、何時ものように事後報告でしょう。兄上が知るはずもないわ。いち早く此処に気がつき準備をしていたのは、私と連翹くらいのものよ。あれらは、あの氣の火花につられて来たに過ぎないもの」
華風丹は、扇を持つ手を氣の火花が舞い上がる場所に向け “行きましょう” と、楽しそうに言った。
「玄奘!」
「お前達、李道士と黄道士はどうした!」
氣の火花を追うように走っていた玄奘に、悟空が声をかける。悟空は激しい氣の渦に立ち止まりそれを見上げていた時に、後ろからやってきた悟浄と八戒と合流した。此れ程の氣を発する存在が、沙麼蘿以外にいる。それは驚きでもあったが、皆で玄奘の元に向かっていたのだ。
「李道士と黄道士は沙麼蘿の所に。一番安全な場所にいる、はずなのですが……」
激しい氣の渦は、そこが安全とは言い難い雰囲気だ。三人の表情を見てとった玄奘は
「行くぞ」
とだけ声をかけ、沙麼蘿達の元に向かった。
********
研ぎ澄ます→精神や神経を鋭敏(えいびん)にする
一樹→一本の立ち木
薙ぎ払う→刃物などで勢いよく横に払う
妖樹→人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす不思議な力を持つ非日常的・非科学的な存在の木
幾度→多くの回数。何度
半色→深紫と浅紫の中間の紫色
ご無沙汰→ある程度の期間、関わりを持っていない状況
流石は→物事が優れていることに何かの根拠があることを意味する表現
爺や→年とった下男を親しみを込めてよぶ語
如何にも→その人や物の感じがよく示されているさま。どう考えても非常に
施す→飾りや補いのために何かを付け加える
やんごとなき→高貴の身であるという意味の古語
幾人→比較的少ない人数。何人
叡智→すぐれた知恵、深い知性。真実在や真理を捉えることのできる最高の認識能力
凌駕→他のものを追い抜いて、その上に立つこと。他を上回ること
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