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第一章
幻想の箱庭に咲く華 《十》
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戦い→人間のたたかい
闘い→神々のたたかい
********
「私、華風丹と申します。沙麼蘿公女、どうぞお見知り置きの程を」
沙麼蘿に、美しい所作で挨拶をした華風丹の後ろで
「華風丹様は、現修羅界の王の一ノ姫であらせられる」
と、苧環が告げる。沙麼蘿は僅かに口角を上げ、 華風丹のその睛眸を見た。沙麼蘿の不躾な双眸にも、華風丹は嫌な顔一つ見せず微笑みを絶やすことはない。
「よくもこうまで混ざりあったものだ」
思いがけない沙麼蘿の言葉に
「まぁ!」
と華風丹は声を上げ、扇で口元を覆うと “フフフ” と笑った。
「お褒めの言葉として、受け取っておきますわ」
沙麼蘿の眼前で優雅な笑みを湛える華風丹の髪と睛眸は、見事なまでに美しい孔雀緑色だった。それは、華風丹の母親が天人であると言う証。天人の色である群青色と、邪神の色である深碧色が見事に混ざりあい、あの孔雀緑色になったのだ。
だが、華風丹は色が混ざりあっているだけではない。相反する天人と邪神の血でありながら、その二つの血が華風丹の身体の中で見事に混ざりあっている。なんと言う稀な存在か。
修羅界では力を欲するあまり、あらゆる場所から人をさらい斑を作る。天上界から天人をさらう方法など、幾らでもあると言うことだ。
それでも、天人が修羅界の王の妃になりまだ生きていることなど珍しい。天上界で不自由なく生きてきた天人が、闘いを好みその中で暮らす邪神達に混じって生きていけるとは、よほど頭が切れるのだろう。
恐らく、華風丹は母親似なのではないか。母親の頭脳と父親の邪神としての力を引き継いだのならば、華風丹は修羅界の頂点にも立てる存在となるはずだ。
「お会いしたばかりですけれど、本日は御挨拶まで。私、今はまだあのナタ太子とは剣を交えるつもりはございませんの」
華風丹の言葉に、僅かに沙麼蘿が眉をひそめた。ナタが戦闘狂とは、いかなることか。
「ナタは、戦闘狂などではない」
沙麼蘿の声に、華風丹は驚きの表情を見せる。だが、何事もなかったかのように微笑むと
「見え方は、人それぞれですもの。また公女とお会いできる日を、楽しみにしていますわ」
と言った。そして華風丹は、手に持つ扇で宙に何かを描くように動かす。すると華風丹と側にいる者達の身体が消え去って行く。
華風丹達のやや後ろにいた紫苑と蜃景にも、そのシャンカラシャンカラと言うナタ太子降臨を示す先触れの音が聞こえてきた。
「ナタ太子が降りるようだな。公女、また会おう」
蜃景は、手に持つ大刀で円を描くような素振りを見せる。
「また、いずれかの戦場で」
紫苑の声と共に、蜃景も横にいた紫苑もすっとその場から消え去った。玄奘達は、突如現れた華風丹達が消え去る様を、ただ黙って見ていた。それは “あれが、これから自分達が闘う敵か” と、相手を見定めているようにも見える。
「悟浄」
花韮が悟浄の名を呼んだ。
「姉貴」
「待っているわ。貴方がそこにいる三蔵を連れて、私達の所に戻って来てくれる日を」
それが当たり前のように、家族として当然であると言うように、花韮は言う。
「花韮、ナタがくる」
「わかってるわ、父さん」
ナタ太子降臨にそなえ、花韮をせかす父親を横に
「待ってるから、待ってるからね、悟浄」
「姉貴……」
花韮の指先が悟浄に向かって伸ばされ、父親に急かされるように消えて行った。
敵の姿がすべてなくなった頃、玄奘達にもシャンカラシャンカラと言う先触れの音が聞こえてきた。
「ナタ太子が、降臨されるのか」
「あぁ、そのようだね」
初めて神の降臨を見ることになる李緑松とは違い、黄丁香にとっとは二度目のことだ。空を見上げながら、いち早く二人は建物の外に出た。
「悟浄、大丈夫ですか?」
悟浄の横にやってきた八戒が、声をかける。悟浄の面は、まるで狐につままれたような表情だった。
「あ……、あぁ……」
だがその言葉とは反対に、悟浄の心は何かに心臓を鷲掴みにされたかのように苦しかった。
「よかったな悟浄、姉ちゃんや父ちゃんに会えて。俺も頑張って、早くじいちゃんに会いてー!」
悟浄の側で、悟空が叫ぶ。“よかった、のか。本当に?” 悟浄の中に、一つの疑問が浮かんでは消えて行った。
「沙麼蘿、アレは本当に悟浄の家族か」
悟浄や八戒や悟空から距離をとり、玄奘が小さな声で沙麼蘿に尋ねた。
「家族かと問われれば、アレは間違いなく悟浄の家族だろうさ」
「そう、か」
沙麼蘿の答えに、玄奘は静かに悟浄に視線を移すと
「悟浄は、裏切る……のか」
と、呟いた。出会って、それほど長い月日はたってはいない。だが、自分達に絆がないかと言えばそうではない。これまでの間に、しっかりと刻まれた絆が確かにあるはずだ。
“だが……” と、玄奘は思う。誰にも、奪われるわけにはいかないのだ。天上の桜の鍵は、数多の命の犠牲の上に、今ここにあるのだから。
そんな玄奘を見て、沙麼蘿はそっと呟いた。
「過去しか見ることしかできないこの睛眸にも、はっきりと見える。残酷な程に美しいその未来が、な」
それは、沙麼蘿の睛眸にも見えた、残酷な未来。
********
所作→身のこなし、しぐさ、振る舞い
不躾→礼儀作法をわきまえないこと、無作法、無礼
相反する→対立する、一致しない、相容れない
稀→実在・存在することが非常に少ないさま。また数少なくて珍しいさま
戦闘狂→戦闘が好きで好きでたまらない、戦闘で悦楽にひたる
眉をひそめる→怪訝であったり不愉快であったりして眉間にシワを寄せること
降臨→前もって知らせること。また、あとから来る物事を感じさせるもの
狐につままれる→意外なことが起こり呆然とするさま
鷲掴み→ワシが獲物をつかむように手のひらを大きく開いて荒々しくつかむこと
数多→数が多いさま。たくさん
闘い→神々のたたかい
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「私、華風丹と申します。沙麼蘿公女、どうぞお見知り置きの程を」
沙麼蘿に、美しい所作で挨拶をした華風丹の後ろで
「華風丹様は、現修羅界の王の一ノ姫であらせられる」
と、苧環が告げる。沙麼蘿は僅かに口角を上げ、 華風丹のその睛眸を見た。沙麼蘿の不躾な双眸にも、華風丹は嫌な顔一つ見せず微笑みを絶やすことはない。
「よくもこうまで混ざりあったものだ」
思いがけない沙麼蘿の言葉に
「まぁ!」
と華風丹は声を上げ、扇で口元を覆うと “フフフ” と笑った。
「お褒めの言葉として、受け取っておきますわ」
沙麼蘿の眼前で優雅な笑みを湛える華風丹の髪と睛眸は、見事なまでに美しい孔雀緑色だった。それは、華風丹の母親が天人であると言う証。天人の色である群青色と、邪神の色である深碧色が見事に混ざりあい、あの孔雀緑色になったのだ。
だが、華風丹は色が混ざりあっているだけではない。相反する天人と邪神の血でありながら、その二つの血が華風丹の身体の中で見事に混ざりあっている。なんと言う稀な存在か。
修羅界では力を欲するあまり、あらゆる場所から人をさらい斑を作る。天上界から天人をさらう方法など、幾らでもあると言うことだ。
それでも、天人が修羅界の王の妃になりまだ生きていることなど珍しい。天上界で不自由なく生きてきた天人が、闘いを好みその中で暮らす邪神達に混じって生きていけるとは、よほど頭が切れるのだろう。
恐らく、華風丹は母親似なのではないか。母親の頭脳と父親の邪神としての力を引き継いだのならば、華風丹は修羅界の頂点にも立てる存在となるはずだ。
「お会いしたばかりですけれど、本日は御挨拶まで。私、今はまだあのナタ太子とは剣を交えるつもりはございませんの」
華風丹の言葉に、僅かに沙麼蘿が眉をひそめた。ナタが戦闘狂とは、いかなることか。
「ナタは、戦闘狂などではない」
沙麼蘿の声に、華風丹は驚きの表情を見せる。だが、何事もなかったかのように微笑むと
「見え方は、人それぞれですもの。また公女とお会いできる日を、楽しみにしていますわ」
と言った。そして華風丹は、手に持つ扇で宙に何かを描くように動かす。すると華風丹と側にいる者達の身体が消え去って行く。
華風丹達のやや後ろにいた紫苑と蜃景にも、そのシャンカラシャンカラと言うナタ太子降臨を示す先触れの音が聞こえてきた。
「ナタ太子が降りるようだな。公女、また会おう」
蜃景は、手に持つ大刀で円を描くような素振りを見せる。
「また、いずれかの戦場で」
紫苑の声と共に、蜃景も横にいた紫苑もすっとその場から消え去った。玄奘達は、突如現れた華風丹達が消え去る様を、ただ黙って見ていた。それは “あれが、これから自分達が闘う敵か” と、相手を見定めているようにも見える。
「悟浄」
花韮が悟浄の名を呼んだ。
「姉貴」
「待っているわ。貴方がそこにいる三蔵を連れて、私達の所に戻って来てくれる日を」
それが当たり前のように、家族として当然であると言うように、花韮は言う。
「花韮、ナタがくる」
「わかってるわ、父さん」
ナタ太子降臨にそなえ、花韮をせかす父親を横に
「待ってるから、待ってるからね、悟浄」
「姉貴……」
花韮の指先が悟浄に向かって伸ばされ、父親に急かされるように消えて行った。
敵の姿がすべてなくなった頃、玄奘達にもシャンカラシャンカラと言う先触れの音が聞こえてきた。
「ナタ太子が、降臨されるのか」
「あぁ、そのようだね」
初めて神の降臨を見ることになる李緑松とは違い、黄丁香にとっとは二度目のことだ。空を見上げながら、いち早く二人は建物の外に出た。
「悟浄、大丈夫ですか?」
悟浄の横にやってきた八戒が、声をかける。悟浄の面は、まるで狐につままれたような表情だった。
「あ……、あぁ……」
だがその言葉とは反対に、悟浄の心は何かに心臓を鷲掴みにされたかのように苦しかった。
「よかったな悟浄、姉ちゃんや父ちゃんに会えて。俺も頑張って、早くじいちゃんに会いてー!」
悟浄の側で、悟空が叫ぶ。“よかった、のか。本当に?” 悟浄の中に、一つの疑問が浮かんでは消えて行った。
「沙麼蘿、アレは本当に悟浄の家族か」
悟浄や八戒や悟空から距離をとり、玄奘が小さな声で沙麼蘿に尋ねた。
「家族かと問われれば、アレは間違いなく悟浄の家族だろうさ」
「そう、か」
沙麼蘿の答えに、玄奘は静かに悟浄に視線を移すと
「悟浄は、裏切る……のか」
と、呟いた。出会って、それほど長い月日はたってはいない。だが、自分達に絆がないかと言えばそうではない。これまでの間に、しっかりと刻まれた絆が確かにあるはずだ。
“だが……” と、玄奘は思う。誰にも、奪われるわけにはいかないのだ。天上の桜の鍵は、数多の命の犠牲の上に、今ここにあるのだから。
そんな玄奘を見て、沙麼蘿はそっと呟いた。
「過去しか見ることしかできないこの睛眸にも、はっきりと見える。残酷な程に美しいその未来が、な」
それは、沙麼蘿の睛眸にも見えた、残酷な未来。
********
所作→身のこなし、しぐさ、振る舞い
不躾→礼儀作法をわきまえないこと、無作法、無礼
相反する→対立する、一致しない、相容れない
稀→実在・存在することが非常に少ないさま。また数少なくて珍しいさま
戦闘狂→戦闘が好きで好きでたまらない、戦闘で悦楽にひたる
眉をひそめる→怪訝であったり不愉快であったりして眉間にシワを寄せること
降臨→前もって知らせること。また、あとから来る物事を感じさせるもの
狐につままれる→意外なことが起こり呆然とするさま
鷲掴み→ワシが獲物をつかむように手のひらを大きく開いて荒々しくつかむこと
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