天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
47 / 204
第一章

天の原と戦の原に舞う紅の花 《三》

しおりを挟む
すめらぎ

 玉座の間を出て、紫微宮しびきゅうの廊下を歩いていた皇に声をかけたのはナタだった。ナタの声に歩みを止め、皇は振り返る。
道観どうかんまもりを持ち、下界へ行って参ります」
「そうか」

 “時を見て下界に降りてもらう、ナタとよく話し合い公女こうじょに力を貸すように” などと口では言いながら直ぐにその機会がこないことは、皇にもよく分かっている。
 恐ろしいのだ、皇と沙麼蘿さばらが一緒になった時、自分達にどんな害が及ぶのか。皇も沙麼蘿も、この世界をどうこうすることなど考えていないと言うのに。それを思い、皇はフッと笑った。
 自分と沙麼蘿に対する信頼感など無いに等しい、そんなことは分かりきったことだ。ナタが手に持つ “護り” を見れば、これを自分に持たせることなどあり得ない。

「どうかしたのですか?」
「いや」

 フッと笑った皇の姿に首を傾けたナタだったが、皇は何事もないと言うように呟く。

「何か、公女にお伝えすることは」

 ナタの言葉に何もないと言おうとして、皇はふと動きを止めた。

花薔かしょう容態ようだいが思わしくない。そうとだけ、伝えてくれ」
「それだけで」
「あぁ。それだけで、沙麼蘿にはすべて分かる」

 自分のことは伝えずとも、沙麼蘿には分かっている。だが、花薔は……と考えて、皇は花薔仙女せんにょのことだけをナタに頼んだ。

「では、行って参ります」

 軽い一礼をしてきびすを返そとするナタに、皇はふと思い出したように

何処どこから降りる」

 と聞いた。ナタは少し不思議そうな顔で “朱雀門すざくもんですが” と答える。その言葉に皇は

「ほかの門から行け」

 と、けわしい表情で言った。

「それは、いったい……」

 突然の言葉に困惑こんわくの色を見せるナタに、皇はけわしい表情のままで

「朱雀を、信用するな」

 と言った。

「何を言うのですか! 霊獣れいじゅう朱雀に対しそのようなことを!」

 思わず、皇に意見するような言葉がナタの口をいて出た。だが、皇はひどく冷たい顔をして

、霊獣だと」

 と、呟く。アレはあの日、天都てんとはしにある何処までも続く緑の野原で皇に言ったのだ。

『大切なものを奪い取られる気持ちが、お前にもわかったか!』

 と。その燃えるような紅緋べにひ色の大きなからだで。その大きな、太陽のような琥珀こはく色の睛眸ひとみで。








 火を放ちながら空を飛ぶ火輪かりんに乗り、あま色の衣をひるがえしナタは地上に降り立った。翡翠観ひすいかんの中庭ではすでに、緑松りょくしょうこう丁香ていか平伏へいふくしてナタを待っていた。

「また会いましたね、白水観びゃくすいかんの黄丁香」

 ナタは平伏して自分を待っていた二人の道士どうしを見つけ、見知った方の丁香にまず声をかけた。丁香は “はい” と言葉を返す。そしてナタはその横で平伏する人物を見つめ

「お前が、翡翠観の李緑松か」

 と言った。緑松は平伏したままの姿で

「はい。私が李緑松でございます、ナタ太子」

 と答え、その頭を上げた。しかし、その睛眸ひとみを見ることはおそれ多く感じられ、ナタの天色の衣の上に咲くように見える白蓮華びゃくれんげ紅蓮華ぐれんげを見つめる。

鶯光帝おうこうていの意により、この翡翠観と白水観の護りを持って来ました。既に阿修羅王あしゅらおうより護りを頂いたと思うがそちらは地下に、此方こちらは敷地にある四隅よすみと中央近くにあるはしらの中に入れよ。それにより、此処ここ翡翠観と白水観は護られよう」
「ははっ」

 ナタの言葉に、緑松と丁香は額を手の甲に押し付けるように深く平伏する。その二人の元に、ナタの部下が “護り” の入った袋を二つ持ちやって来て、それぞれの前に置く。その袋を二人が手に取るのを確認し、ナタは玄奘達に向き直った。そして

「そうそうに、奴らの奇襲きしゅうを受けたようですね。公女こうじょがいれば心配はないでしょうが、これからは気をつけて行きなさい」

 と声をかけると、建物の入り口近くに琉格泉るうのと共に立つ沙麼蘿の元へと足を向ける。

仏界ぶっかいを、おどされたのですか」
「私が、か」

 真面目な顔でナタが聞けば、沙麼蘿はさして気にした様子もなく “あれは、蜃景しんきの言葉を見聞きした仏神ぶっしん達が、かってに慌てふためいただけだろうに。大袈裟おおげさなことだ” と呟く。

「ですが、おかけで皇の下界への降臨こうりんが許可されました。これで、公女のお力を解放出来ましょう」

 そう口にしたナタだったが、ふと思い出したように

「皇からの伝言がございます。花薔仙女かしょうせんにょの容態が思わしくない、と。それだけで、公女はお分かりになると言われました」

 と、言った。沙麼蘿はナタに

「そうか、わかった」

 と返事をしたが、感情など無いはずの沙麼蘿の表情が少し曇ったように感じられ、ナタは不思議に思う。そして、一つの言葉をつむいだ。

「公女、一つお聞きしても。何故なぜ、霊獣朱雀を信用してはならないのですか?」

 と。沙麼蘿の、誰からそんな話をと言う雰囲気を感じ取ったナタが

「皇に言われたのです、朱雀を信用するなと。朱雀門を使うな、と」

 そう言えば、沙麼蘿はそっとその一言を返した。

「それは、朱雀が天人てんじん達を恨んでいるからだ」

 と。あの日、天人達は大切なものを朱雀から奪ったのだ。あの時の、つんざくような悲鳴ひめいにも似た朱雀の鳴き声を、沙麼蘿はまだ覚えている。だが、それ以上の答えを、沙麼蘿がナタにすることはなかった。




********

容態→身体の状態。特に病気のありさま。病状
踵→かかと
険しい表情→表情や雰囲気が鋭く険しい感じになるさま
困惑→どうしてよいかわからなくてとまどうさま
口を衝いて出る→すらすらと口から言葉が出る。また無意識に思いがけない言葉が出る
紅緋色→冴えた黄みの赤色。英名ではスカーレット
天色→晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色
翻す→風が旗などをひらめかせる
平伏→両手をつき頭が地面につくほどに下げて礼をすること。ひれふすこと
畏れ多い→身分の高い人に対して失礼だ
奇襲→相手の油断、不意をついて、思いがけない方法でおそうこと
慌てふためく→あわてて騒ぎまわる。うろたえて、取り乱す
大袈裟→実際よりも程度を甚だしく表現するさま
降臨→天上に住むとされる神仏が地上に来臨すること
表現が曇る→気落ちした様子の暗い表情になるさま
紡ぐ→言葉をつなげて文章を作る


※大神の名前について
エスペラント語の『太陽→スーノ』『月→ルーノ』から当て字で『スウノ→須格泉』『ルウノ→琉格泉』にしています。


連続投稿は今日までです。次回投稿は22日か23日が目標です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...