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第一章
天の原と戦の原に舞う紅の花 《五》
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“聖宮の元に行きたい” と、花薔は言う。
だが、聖宮は生まれ変わるための輪廻の中に入ってはいない。そして、死者が行く幽冥界にも行ってはいないのだ。
聖宮が居るのは修羅界と冥府の間の外れにある黄泉だ。黄泉は何らかの思いが残り地上から離れられない者、または何故か冥府にたどり着くことが出来なかった者が最終的にいき着く場所だ。
黄泉は修羅界の箱庭とも呼ばれ、修羅界にある泉の一つから見ることができ、そこから黄泉に干渉することもできる。その修羅界からの干渉のせいで、黄泉は安心して暮らせる場所ではない。
「花薔、聖宮が居るのは……」
「黄泉…、で…ございましょう」
そう呟く花薔に、黄泉への恐れの色はないようだった。
「あの時…、聖宮はおっしゃったのです」
『私達、家族のように暮らしていきましょう』
花薔は、貧しかったけれど家族が大好きだった。自分に仙の才能があると師匠の地仙に言われたとき、自分が仙になれば家族が生きていけると喜んだ。確かに、家族は花薔の作り出す薬のおかげで人並みの生活ができるようになった。
だがそれば、花薔とその家族が違う時を生きることでもあった。麓とはいえ須弥山で暮らす花薔は年をとらず、下界で暮らす両親はあっという間に年老いてしまったのだ。挙げ句の果ては、ある日兄弟達の元に行くと、戦で村がなくなり行方不明になっていた。
それから花薔はただ一人、どうすれば家族を、兄弟達を護れたのかと思い生きてきた。家族をなくし、ひとりぼっちになって、ただ薬学だけを頼りに。
その話を聞いた聖宮は “本当の家族になるとは出来ないかもしれないけれど、私達、家族のように暮らしていきましょう” そう言って、花薔の手を取り微笑んだのだ。ひとりぼっちだった花薔に、希望の光が灯った瞬間だった。
その聖宮の一言で花薔の心が救われたのも、また確かなこと。花薔は、なくしてしまった兄弟達の分も聖宮にお仕えし護っていこうと決めたのだ。
「御嬢…様……、どうか、私を…黄泉に……。聖宮がお一人で…、困っておられます」
聖宮が黄泉に引きずり込まれたのは偶然。冥府へ向かう途中に聞こえた助けを求める声を、聖宮は捨て置くことが出来なかった。沙麼蘿は、“ふっ” と小さく息を吐いて花薔を見つめる。
そして、花薔の手に重ねていた右手で自らの衣の背子に手をかけると、そこにあった模様のように縫い付けられた七色に輝く透明な飾りを幾つか掴み取った。何事か呟きながらそれを握りしめると、ふわっと握りしめられた指の間から紅色の光がもれはじめる。
「此れを持って、決して離さぬように。よいか」
沙麼蘿は花薔の手にそれを握らせると、上からそっと手を重ねる。
「この光が指し示す方向に行くのだ。後の使い方は聖宮が知っている」
冥府は焔摩天の管轄だが、冥府までの道のりであれば此方からも手が出せる。愛染明王の力なら、花薔を黄泉まで連れて行くことができるはずだ。そして黄泉では、阿修羅の力が修羅界からの護りになることは間違いない。
「安心して眠るがいい。次に目覚めた時には、聖宮に会うことができる」
沙麼蘿の言葉に、花薔は静かに頷いた。
「皇様のこと…、どう…か、どうか…、お願いいたし…ます。御嬢…様……」
そっと、花薔の瞼が落ちていく。だが、その表情は安らかな笑みに満ち溢れていた。沙麼蘿の冷たい手が、花薔に絶対的な安心感を与えていたからだ。
「花薔」
沙麼蘿の言葉に、花薔がその睛眸を開くことは、もうない。その時、そろりと琉格泉と須格泉が入ってきた。
『いったのか』
「あぁ」
琉格泉に答えた沙麼蘿の元に、須格泉がすり寄ってくる。
「久しぶりだな、須格泉」
そっと、沙麼蘿が須格泉の頭を撫でる。
『皇に、会ってはいかないのか』
「もう、時間ぎれだ」
そう、もう時間ぎれなのだ。今の沙麼蘿は神ではない。人間と半神から生まれた、人間でも神でも妖怪でもない存在。それが、阿修羅から届けられた宝具により、ほんの一時仏神の姿を保っているにすぎない。
故に、沙麼蘿が上界にとどまることは出来ない。皇も、それが分かっていればこそ自分のことは何も言わず、花薔のことだけをナタに託した。最後に、花薔の願いを叶えて欲しいと。
聖宮亡きあと、花薔は皇にとって母親代わりであり姉代わりでもあった。それが分かっていればこそ、沙麼蘿も真っ直ぐに花薔の元へと向かったのだ。
沙麼蘿が最後に、花薔仙女の面に触れた時
「花薔仙女」
と声がして、一人の女が入ってきた。名を、花梨と言う。花梨は、まさか花薔仙女の臥室に他の誰かがいるとは思いもせず、ちらりと見た臥牀の近くに猩々緋色の衣が見え、皇が来ているのかと思った。
だが、しかし。その猩々緋色の衣の上に七色に輝く透明な飾りが幾つもつけられているのを見てとると、それが皇の衣ではないことが分かり “はっ” と息を飲む。そして両手に持っていた花薔の薬が乗せられたお盆を足元に置き、急ぎその場で平伏する。
次に花梨が少し面をあげ猩々緋色の裾を見た時には、その猩々緋色の衣は透けるように薄くなりすっーと消えていった。花梨が少しずつ臥牀に視線を移すと、臥牀の側には既に須格泉しかいなかったのである。
********
輪廻→霊魂が、人間、動物あるいは場合によっては植物などと、1つもしくはそれ以上の存在に次々に生まれ変わっていくとする思想。信仰
幽冥界→あの世
冥府→死後の世界。特に、地獄。閻魔(えんま)の庁
黄泉→死後、その魂が行くとされている地下の世界。ここでは、修羅界と幽冥界の間にある、思いを残した人がたどり着く場所
箱庭→ミニチュアの庭園。子供の遊び心
干渉→一国がみずから処理しうる事項に立ち入って、強制的にこの国を自己の意思に従わせようとすること
挙げ句の果て→挙げ句を強めた言い方。最後の最後には。とどのまつり
背子→袖のない上衣。ここでは袖のない丈の長い唐衣(からぎぬ)
焔摩天→閻魔大王
管轄→一般には国家の主権や官庁の権限の及ぶ範囲をいう
一時→わずかな時間。しばらくの間
平伏→両手をつき、頭が地面や畳につくほどに下げて礼をすること。ひれふすこと
今年の更新はこれで最後になります。四月から『小説家になろう』さんと『カクヨム』さんで投稿を開始し、週一投稿を目指して頑張ってきました。o(^o^)o
一度も休むことなく投稿出来ましたのは、読んで下っている皆様のおかげです。本当にありがとうございました!!m(__)m
寒さに弱い私は、来年の更新は寒い時期だけ十日に一度の更新にさせていただきたいと思います。春になりましたら週一更新に戻しますので、よろしくお願いいたします。m(__)m
次回投稿は1月8日か9日が目標です。
それでは皆様、よいお年を!!
\(^o^)/
だが、聖宮は生まれ変わるための輪廻の中に入ってはいない。そして、死者が行く幽冥界にも行ってはいないのだ。
聖宮が居るのは修羅界と冥府の間の外れにある黄泉だ。黄泉は何らかの思いが残り地上から離れられない者、または何故か冥府にたどり着くことが出来なかった者が最終的にいき着く場所だ。
黄泉は修羅界の箱庭とも呼ばれ、修羅界にある泉の一つから見ることができ、そこから黄泉に干渉することもできる。その修羅界からの干渉のせいで、黄泉は安心して暮らせる場所ではない。
「花薔、聖宮が居るのは……」
「黄泉…、で…ございましょう」
そう呟く花薔に、黄泉への恐れの色はないようだった。
「あの時…、聖宮はおっしゃったのです」
『私達、家族のように暮らしていきましょう』
花薔は、貧しかったけれど家族が大好きだった。自分に仙の才能があると師匠の地仙に言われたとき、自分が仙になれば家族が生きていけると喜んだ。確かに、家族は花薔の作り出す薬のおかげで人並みの生活ができるようになった。
だがそれば、花薔とその家族が違う時を生きることでもあった。麓とはいえ須弥山で暮らす花薔は年をとらず、下界で暮らす両親はあっという間に年老いてしまったのだ。挙げ句の果ては、ある日兄弟達の元に行くと、戦で村がなくなり行方不明になっていた。
それから花薔はただ一人、どうすれば家族を、兄弟達を護れたのかと思い生きてきた。家族をなくし、ひとりぼっちになって、ただ薬学だけを頼りに。
その話を聞いた聖宮は “本当の家族になるとは出来ないかもしれないけれど、私達、家族のように暮らしていきましょう” そう言って、花薔の手を取り微笑んだのだ。ひとりぼっちだった花薔に、希望の光が灯った瞬間だった。
その聖宮の一言で花薔の心が救われたのも、また確かなこと。花薔は、なくしてしまった兄弟達の分も聖宮にお仕えし護っていこうと決めたのだ。
「御嬢…様……、どうか、私を…黄泉に……。聖宮がお一人で…、困っておられます」
聖宮が黄泉に引きずり込まれたのは偶然。冥府へ向かう途中に聞こえた助けを求める声を、聖宮は捨て置くことが出来なかった。沙麼蘿は、“ふっ” と小さく息を吐いて花薔を見つめる。
そして、花薔の手に重ねていた右手で自らの衣の背子に手をかけると、そこにあった模様のように縫い付けられた七色に輝く透明な飾りを幾つか掴み取った。何事か呟きながらそれを握りしめると、ふわっと握りしめられた指の間から紅色の光がもれはじめる。
「此れを持って、決して離さぬように。よいか」
沙麼蘿は花薔の手にそれを握らせると、上からそっと手を重ねる。
「この光が指し示す方向に行くのだ。後の使い方は聖宮が知っている」
冥府は焔摩天の管轄だが、冥府までの道のりであれば此方からも手が出せる。愛染明王の力なら、花薔を黄泉まで連れて行くことができるはずだ。そして黄泉では、阿修羅の力が修羅界からの護りになることは間違いない。
「安心して眠るがいい。次に目覚めた時には、聖宮に会うことができる」
沙麼蘿の言葉に、花薔は静かに頷いた。
「皇様のこと…、どう…か、どうか…、お願いいたし…ます。御嬢…様……」
そっと、花薔の瞼が落ちていく。だが、その表情は安らかな笑みに満ち溢れていた。沙麼蘿の冷たい手が、花薔に絶対的な安心感を与えていたからだ。
「花薔」
沙麼蘿の言葉に、花薔がその睛眸を開くことは、もうない。その時、そろりと琉格泉と須格泉が入ってきた。
『いったのか』
「あぁ」
琉格泉に答えた沙麼蘿の元に、須格泉がすり寄ってくる。
「久しぶりだな、須格泉」
そっと、沙麼蘿が須格泉の頭を撫でる。
『皇に、会ってはいかないのか』
「もう、時間ぎれだ」
そう、もう時間ぎれなのだ。今の沙麼蘿は神ではない。人間と半神から生まれた、人間でも神でも妖怪でもない存在。それが、阿修羅から届けられた宝具により、ほんの一時仏神の姿を保っているにすぎない。
故に、沙麼蘿が上界にとどまることは出来ない。皇も、それが分かっていればこそ自分のことは何も言わず、花薔のことだけをナタに託した。最後に、花薔の願いを叶えて欲しいと。
聖宮亡きあと、花薔は皇にとって母親代わりであり姉代わりでもあった。それが分かっていればこそ、沙麼蘿も真っ直ぐに花薔の元へと向かったのだ。
沙麼蘿が最後に、花薔仙女の面に触れた時
「花薔仙女」
と声がして、一人の女が入ってきた。名を、花梨と言う。花梨は、まさか花薔仙女の臥室に他の誰かがいるとは思いもせず、ちらりと見た臥牀の近くに猩々緋色の衣が見え、皇が来ているのかと思った。
だが、しかし。その猩々緋色の衣の上に七色に輝く透明な飾りが幾つもつけられているのを見てとると、それが皇の衣ではないことが分かり “はっ” と息を飲む。そして両手に持っていた花薔の薬が乗せられたお盆を足元に置き、急ぎその場で平伏する。
次に花梨が少し面をあげ猩々緋色の裾を見た時には、その猩々緋色の衣は透けるように薄くなりすっーと消えていった。花梨が少しずつ臥牀に視線を移すと、臥牀の側には既に須格泉しかいなかったのである。
********
輪廻→霊魂が、人間、動物あるいは場合によっては植物などと、1つもしくはそれ以上の存在に次々に生まれ変わっていくとする思想。信仰
幽冥界→あの世
冥府→死後の世界。特に、地獄。閻魔(えんま)の庁
黄泉→死後、その魂が行くとされている地下の世界。ここでは、修羅界と幽冥界の間にある、思いを残した人がたどり着く場所
箱庭→ミニチュアの庭園。子供の遊び心
干渉→一国がみずから処理しうる事項に立ち入って、強制的にこの国を自己の意思に従わせようとすること
挙げ句の果て→挙げ句を強めた言い方。最後の最後には。とどのまつり
背子→袖のない上衣。ここでは袖のない丈の長い唐衣(からぎぬ)
焔摩天→閻魔大王
管轄→一般には国家の主権や官庁の権限の及ぶ範囲をいう
一時→わずかな時間。しばらくの間
平伏→両手をつき、頭が地面や畳につくほどに下げて礼をすること。ひれふすこと
今年の更新はこれで最後になります。四月から『小説家になろう』さんと『カクヨム』さんで投稿を開始し、週一投稿を目指して頑張ってきました。o(^o^)o
一度も休むことなく投稿出来ましたのは、読んで下っている皆様のおかげです。本当にありがとうございました!!m(__)m
寒さに弱い私は、来年の更新は寒い時期だけ十日に一度の更新にさせていただきたいと思います。春になりましたら週一更新に戻しますので、よろしくお願いいたします。m(__)m
次回投稿は1月8日か9日が目標です。
それでは皆様、よいお年を!!
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