天上の桜

乃平 悠鼓

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第一章

水簾洞の小猿 《一》

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『オ……シ……マ……、タ……ケ……テ……』

『オ……シャ……マ……、タ……シュ……テ』



「悟空?」

 急に立ち止まった悟空に、“どうかしましたか?” と言うように八戒が声をかけた。

「うーん、なんか聞こえたような気がしてさ」

 頭の中に響くように、何かの声が聞こえたような気がして、悟空は立ち止まって空を見上げた。

「気のせい……、かな?」

 首をかたむける悟空に

「何をしている。行くぞ」

 と、玄奘が声をかける。今日中に、次の街まで進むのだ。

「わかった」

 そう呟いて悟空は辺りを見回すと、足早に玄奘達のあとを追った。



『オウ……シャ……マ……、タ……シュ……ケ……テ……』








 玄奘一行は、翡翠観ひすいかんを出て小さな村を三つ通りすぎ、この辺りでは一番大きな街までやってきていた。

「わぁー、すげぇ人だな」
「そうですね、この辺りでは一番の観光地ですからね」

 翡翠観と白水観びゃくすいかんがある三扇さんせん地区は、道観どうかんに参拝に訪れる人々や行き交う商人達でにぎわっていたが、此処ここは近くに山水画さんすいがを思わせる風景が広がっており、観光地としてさかえている。辺りを珍しげにキョロキョロと見つめる悟空に、何度か立ち寄ったことのある八戒が答えるように言った。

「俺も何度か立ち寄ったことがあるけどよ、祭りの時期なんてぇのは宿が取れないほどの賑わいだったな」
「ほう、そんなにか」

 傭兵ようへいとしていくさに参加し収入を得ていた悟浄だが、戦がない時は商人などの護衛として旅をすることもあり、此処ここへは護衛の仕事で何度かきたことがあるらしい。玄奘は目立たぬよう小さな村を旅することが多く、こんな活気のある街は久しぶりだった。

「へぇー、祭りか。面白そう!」
「ぴゅ!」

 悟空の言葉に、悟空の肩の上に立つ小さな玉龍ハムスターも “そうだね!” と言い、顔を左右に動かしあちらこちらを見つめている。悟空が見つめる街の通り沿いには大きな店や宿屋が並び、道を一つ入った所にある食堂と思われる店からは美味しそうな匂いが漂っている。そのまま大通りを歩いて行けば、芝居小屋や見世物みせもの小屋などが並んでいた。
 各小屋の客引き達が大きな声で通行人の気を引き、小屋の上にはたくさんの絵が置かれている。その中の一つの絵を見た悟空は、その睛眸ひとみを見開いた。

「えっ……」

 ひときわ大きな見世物小屋の上に、琥珀こはく色の毛に小さな耳と長い尻尾を持つ猿が描かれている。自分の髪や睛眸と同じ琥珀色の毛を持つ猿は、自分が生まれ育った東勝神州とうしょうしんしゅう傲来国ごうらいこく花果山かかざんにある水簾洞すいれんどうに住んでいる猿達だけだ。

東西とざい東西とーざい! 行き交う皆様、どうぞ此方こちらへ。今日ご覧にいれまするは、世にもまれ金色こんじきの猿。この猿、色が珍しいだけではござりませぬ。人の言葉を理解し、人の言葉をしゃべるのです! 火の輪をくぐり、皆様にご挨拶させましょう。ささ、寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい!!」
「火の輪を、くぐらせる……」

 悟空は、客引きの言葉を聞き呆然ぼうぜんとする。猿達に、火の輪をくぐらせると言うのか。悟空の脳裏に、水簾洞の中で遊び回る元気な猿達の姿が浮かんでは消えて行った。

「あいつらが、こんな所にいるわけがない」

 悟空は、自分に言い聞かせるように呟く。そうだ、あの水簾洞の周りには、人間達が入り込めないよう結界をはってある。“あいつらは、無事に決まっている” そう悟空が思った時、悟空にははっきりと聞こえたのだ。自分に助けを求める、その幼い声が。

『オウ……シャ……マ……、タシュ……ケ……テ……!!』

 突如とつじょとして聞こえた声に悟空の睛眸がさらに見開かれ、まとう気がガラリと変わりその気がぶわりと浮き立った。

「悟空!!」

 辺りに立ち込めた気の渦に、玄奘達があわてて悟空を見つめる。

「お前らーー! オレの友達に、何しやがったーーー!!」

 悟空の身体を、激しい怒りの気が包み込んだ。








 大通りで玄奘達と別れた沙麼蘿さばらは、ある大店おおだなの前でその足を止めた。そっと中に入れば、中で忙しそうに働いていた丁稚でっちの少年が “はっ” としたように沙麼蘿に気付き、ささっと走りよってきた。

「いらっしゃいまし。お待ちしておりました、どうぞ此方こちらへ」

 長い紫黒しこく色の髪に黒檀こくたん色の睛眸ひとみ。真っ赤な襦裙じゅくんを身にまとい、左耳につけられた紅玉ルビー血赤珊瑚ちあかさんご耳トウピアス。そして、銀色の毛並みを持つ大きな大神オオカミ
 店主から聞き及んでいたお客様に違いない。お相手の方も、つい先ほどこられたばかりだ。丁稚の少年のあとをついて沙麼蘿が案内されたのは、奥にある客庁きゃくまの一つ。

「お越しになられました」

 開けられた先には、平伏へいふくする一人の男。丁稚の少年は “ごゆっくり” つ告げると、すぐさまきびすを返しその場をあとにする。

 わずかな衣擦きぬずれの音がして少し視線を上げれば、真っ赤な襦裙のすそが目に入った。

かおを上げよ』

 琉格泉るうのの声がして、平伏していたその男琅牙ろうがは、かおをあげる。どうやって連絡を取っているのか “コレを沙麼蘿に渡すように” と皇から指示が出され場所を聞かされた。琅牙はそこに取引先の大店があったため、店主から客庁きゃくまを借りたのだった。

「皇様におつかえし、下界との商売をしております琅牙と申します」

 琅牙が初めて見た沙麼蘿は、何処どこたたずまいが皇に似ているようにも感じられたが、同じようには見えなかった。双子のようにうり二つであると聞いてはいたが人としての姿は違うようだ、と琅牙は思う。

「よい」

 発せられた言葉の意味をさっしかねた琅牙だったが、“沙麼蘿は言葉足らずだ” そう言ったすめらぎの言葉を思いだす。
 “公女こうじょは、平伏する必要はない。立ち上がってよい、そう言っておられるのだ” そう察した琅牙は、立ち上がるとすぐさま沙麼蘿に席を進めた。
 黒檀色の睛眸がさぐるように此方こちらを見つめている。琅牙は、卓子つくえを挟んで置かれた椅子いすに腰掛け、沙麼蘿と向き合う。琉格泉はいつものように、沙麼蘿の足元に伏せた。

「皇様より、お渡しするようにとおおせつかった物です」

 美しい図柄ずから刺繍ししゅうされた絹の布地に包まれたソレは、小分けされた金子きんすや地図が入っている。金子は、この下界では大金と言われる金額だ。

「皇に、これを」

 まるで渡された物の代わりとでも言うように、沙麼蘿は襦裙の袖の中から一つの小さな包みを取り出し卓子つくえの上に置いた。

「お預かりいたします」

 琅牙がそう答えた時、ぶわっと激しい気の渦が辺りにき散らされる。琉格泉がすぐさま立ち上がり、沙麼蘿を見た。

『悟空だ』

 沙麼蘿は椅子から立ち上がると琅牙を見る。

「おともいたします」

 沙麼蘿は琉格泉と琅牙を連れ、大店を出た。





********

栄える→勢いがさかんになる。繁盛する。繁栄する
傭兵→金銭などの利益により雇われ、直接に利害関係の無い戦争に参加する兵、またその集団
見世物小屋→珍奇(ちんき)さや禍々(まがまが)しさ、猥雑(わいざつ)さを売りにして、日常では見られない品や芸、獣や人間を見せる小屋掛けの興行(こうぎょう)
東西東西→興行物などで口上を述べるときに、また、ざわめきをしずめるときなどに言う語。とざいとうざい
呆然→予想もしないことに出会ってあっけにとられるさま。あきれはててものも言えないさま
突如→予想外の物事が前触れもなく急に起こるさま。突然
大店→規模の大きな商店
丁稚→商家に年季奉行する少年。雑用や使い走りをした
踵→かかと
平伏→両手をつき、頭が地面や畳につくほどに下げて礼をすること。ひれふすこと
佇まい→立っているようす。また、そのものからかもし出されている雰囲気
察する→隠された事情などを、外に表れた様子などから感じ取る。推測して了解する
仰せ→目上の人からの「言いつけ」「命令」の尊敬語


見世物小屋の意味が難しすぎる!!(゜ロ゜ノ)ノ
珍奇→珍しくて風変わりなこと。また、そういうものや、そのさま
禍々しい→悪いことが起こりそうな予感をさせる。縁起が悪い。不吉である
猥雑→ごたごたと入り乱れていること。また、そのさま。みだらで下品なこと。また、そのさま


次回投稿は20日か21日が目標です。
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