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第一章
一刻の休息 《二》
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「本当に、何にもないところだな」
「ぴゅ!」
“美味しそうなものも、何にもないよ!” 悟空と、その肩の上に乗っていた玉龍は、思わずそう言った。この辺鄙な場所に建つ山寺の周りには、めぼしいものは何もない。見渡してみても、美味しそうな木の実や果物の一つもないのだ。
「玄奘がどうしてもと言うのですから、大切な山寺なのでしょうが」
「その玄奘がいなきゃまず来ないわな、こんな場所はよ」
旅の途中 “少し遠回りになるが、どうしても立ち寄りたい場所がある”、そう玄奘に言われ、一行は街へ向かう山道からそれ、此処までやって来た。此処は、旅に慣れ様々な場所に行っているはずの八戒や悟浄から見ても、本当に何にもない所だった。
この山寺の下にある小さな村には、名物や名産と言えるものは何もなく、それぞれの畑で取れたものくらいしか、住んでいる村人でさえ食べる物があるとは思えない程、貧しい所のようだ。
「修行をする僧侶には、いい場所かも知れませんね」
俗世を離れ、畑で採れたものや山に自生しているものを食べて生活していれば、殺生をしたものを口にはしない僧侶なら十分に暮らして行けるだろうし、小欲知足を実践する修行僧にはもってこいの場所ではないかと八戒は思う。証拠に、本当に何もない場所であるにも拘わらず、あの山寺を取り囲む氣だけはどの場所よりも清廉だった。
邪神の血を引く八戒は自分を取り巻く氣には敏感で、此処や玄奘が育ってきた翡翠観のような清廉な場所では、辺りの氣が清らかすぎて身体も心も落ち着かない。八戒の言葉に、“そんなもんかね” と悟浄が呟く。
しばらく歩いてみたが辺りに変化はなく、やはり何もない。そんな時、ちらりと一方を見た悟浄の睛眸が僅か見開かれる。その、気付くとも気付かないとも思える程の小さな変化を感じ取った八戒が、“悟浄、どうかしましたか” と声をかければ “ちょっと向こうを見てくる” と、悟浄はその場から離れて行った。
「何かあったのか?」
「ぴゅ!?」
“美味しいもの!?” 、悟空の後に、食い気丸出しの玉龍の声がして、八戒は思わずハハッと笑った。
「違いますよ、私達は向こうに行ってみましょう」
悟空と玉龍は、八戒に連れられるように悟浄が向かった方とは反対側に歩み出す。
「八戒にはさ、弟妹がいるんだろう」
「えぇ、いますよ」
「兄ちゃんがいないのに、どうやって暮らしてるんだ」
以前聞いた話では、八戒の弟と妹はまだ幼いと聞いた。兄である八戒なしで、幼い弟妹はどうやって生活しているのかと悟空は思う。
「親族に預けています」
「親族に?」
思いもよらぬ八戒の言葉に、悟空は首を傾ける。八戒の父親は邪神で、いくら親族と言えど邪神に大事な弟妹は預けられないだろう。母親は人間だが、此方も人間しか住んでいない街や村では、邪神の血を引く弟妹を預かるのは難しいはずだ。
「八戒の親族は、何処に住んでるんだ。いろんな奴が住んでるとこか?」
「いいえ。母親の妹ですが、住んでいるのは人間の村ですよ」
「!!」
悟空は、その言葉に驚いたように、双眸を見開いて八戒を見た。
「邪神の血を引く私達は、髪の色や睛眸の色に邪神の色が強く出ます。ですが、子供の頃は両親の濃い色の方がよく出るんですよ。大人になると邪神の色に近くなりますが、まだ幼い弟や妹は母親の色に近く誤魔化しがきくんです」
八戒は何でもないことのようにそう言うが、悟空は知っている。人間と言う生き物は、自分達とは違う血を引く者は受け入れない。それは、小さな村になればなるほど激しい。悟空はそれを、身を持って知っている。
「大丈夫なのか、本当に」
「えぇ。親族には弟と妹を預かってもらうかわりに、それなりの金子を渡していますからね。旅の途中にも、仕送りは欠かしていませんし」
「そう言えば、八戒ってよく何か送ってるよな」
八戒が行く場所行く場所で何かを購入したり、何処かに何か送っていることはよくあることだったが、それが弟妹への仕送りだったとは知らなかった。
「じゃ、早く天上の桜を守りきって、弟妹の元に帰らないとだな!」
「そうですね。すべてを終え、早く弟や妹の元に帰ってやりたいものです」
いくら親族の元に金子と共に預けてきたと言っても、肩身が狭い思いをしているかも知れない。玄奘達と旅をして、天上の桜を守りきった暁には、弟と妹を迎えに行き三人で暮らしたいと思う。その時には、寂しい思いをさせた分甘やかしてやろうと心に決めている。
「いつか、悟空も遊びに来て下さいね。歓迎しますよ」
「うん、行く行く!」
まだまだ遠い先に思いを馳せ八戒がそう言えば、悟空は元気に頷いて “遊びに行くよ!” と言った。そして、それを聞いていた玉龍も “ぼくも行く!“ と声を上げる。
悟浄は、悟空や八戒と山寺の周りを見て回っていたが、ふと視線を向けた先でその人影を見つけた。悟浄は、誰にも見つからないように一人場所を移動してそこに向かうと
「姉貴!」
と叫んだ。その声に、木々の間から此方に顔を向けたのは、確かに悟浄のたった一人の姉、花韮だった。
********
俗世→世の中。普通の人間が生活する世の中
小欲知足→わずかな欲望で、十分満ち足りていること。少ないものでも、それ以上を望まず満足すること
清廉→心が清らかで私欲がないこと。また、そのさま
金子→金貨。お金
暁には→物事が成功・実現・成就・完成した時点
馳せる→気持ちや考えを遠くに至らせる
次回投稿は11日か12日が目標です。
「ぴゅ!」
“美味しそうなものも、何にもないよ!” 悟空と、その肩の上に乗っていた玉龍は、思わずそう言った。この辺鄙な場所に建つ山寺の周りには、めぼしいものは何もない。見渡してみても、美味しそうな木の実や果物の一つもないのだ。
「玄奘がどうしてもと言うのですから、大切な山寺なのでしょうが」
「その玄奘がいなきゃまず来ないわな、こんな場所はよ」
旅の途中 “少し遠回りになるが、どうしても立ち寄りたい場所がある”、そう玄奘に言われ、一行は街へ向かう山道からそれ、此処までやって来た。此処は、旅に慣れ様々な場所に行っているはずの八戒や悟浄から見ても、本当に何にもない所だった。
この山寺の下にある小さな村には、名物や名産と言えるものは何もなく、それぞれの畑で取れたものくらいしか、住んでいる村人でさえ食べる物があるとは思えない程、貧しい所のようだ。
「修行をする僧侶には、いい場所かも知れませんね」
俗世を離れ、畑で採れたものや山に自生しているものを食べて生活していれば、殺生をしたものを口にはしない僧侶なら十分に暮らして行けるだろうし、小欲知足を実践する修行僧にはもってこいの場所ではないかと八戒は思う。証拠に、本当に何もない場所であるにも拘わらず、あの山寺を取り囲む氣だけはどの場所よりも清廉だった。
邪神の血を引く八戒は自分を取り巻く氣には敏感で、此処や玄奘が育ってきた翡翠観のような清廉な場所では、辺りの氣が清らかすぎて身体も心も落ち着かない。八戒の言葉に、“そんなもんかね” と悟浄が呟く。
しばらく歩いてみたが辺りに変化はなく、やはり何もない。そんな時、ちらりと一方を見た悟浄の睛眸が僅か見開かれる。その、気付くとも気付かないとも思える程の小さな変化を感じ取った八戒が、“悟浄、どうかしましたか” と声をかければ “ちょっと向こうを見てくる” と、悟浄はその場から離れて行った。
「何かあったのか?」
「ぴゅ!?」
“美味しいもの!?” 、悟空の後に、食い気丸出しの玉龍の声がして、八戒は思わずハハッと笑った。
「違いますよ、私達は向こうに行ってみましょう」
悟空と玉龍は、八戒に連れられるように悟浄が向かった方とは反対側に歩み出す。
「八戒にはさ、弟妹がいるんだろう」
「えぇ、いますよ」
「兄ちゃんがいないのに、どうやって暮らしてるんだ」
以前聞いた話では、八戒の弟と妹はまだ幼いと聞いた。兄である八戒なしで、幼い弟妹はどうやって生活しているのかと悟空は思う。
「親族に預けています」
「親族に?」
思いもよらぬ八戒の言葉に、悟空は首を傾ける。八戒の父親は邪神で、いくら親族と言えど邪神に大事な弟妹は預けられないだろう。母親は人間だが、此方も人間しか住んでいない街や村では、邪神の血を引く弟妹を預かるのは難しいはずだ。
「八戒の親族は、何処に住んでるんだ。いろんな奴が住んでるとこか?」
「いいえ。母親の妹ですが、住んでいるのは人間の村ですよ」
「!!」
悟空は、その言葉に驚いたように、双眸を見開いて八戒を見た。
「邪神の血を引く私達は、髪の色や睛眸の色に邪神の色が強く出ます。ですが、子供の頃は両親の濃い色の方がよく出るんですよ。大人になると邪神の色に近くなりますが、まだ幼い弟や妹は母親の色に近く誤魔化しがきくんです」
八戒は何でもないことのようにそう言うが、悟空は知っている。人間と言う生き物は、自分達とは違う血を引く者は受け入れない。それは、小さな村になればなるほど激しい。悟空はそれを、身を持って知っている。
「大丈夫なのか、本当に」
「えぇ。親族には弟と妹を預かってもらうかわりに、それなりの金子を渡していますからね。旅の途中にも、仕送りは欠かしていませんし」
「そう言えば、八戒ってよく何か送ってるよな」
八戒が行く場所行く場所で何かを購入したり、何処かに何か送っていることはよくあることだったが、それが弟妹への仕送りだったとは知らなかった。
「じゃ、早く天上の桜を守りきって、弟妹の元に帰らないとだな!」
「そうですね。すべてを終え、早く弟や妹の元に帰ってやりたいものです」
いくら親族の元に金子と共に預けてきたと言っても、肩身が狭い思いをしているかも知れない。玄奘達と旅をして、天上の桜を守りきった暁には、弟と妹を迎えに行き三人で暮らしたいと思う。その時には、寂しい思いをさせた分甘やかしてやろうと心に決めている。
「いつか、悟空も遊びに来て下さいね。歓迎しますよ」
「うん、行く行く!」
まだまだ遠い先に思いを馳せ八戒がそう言えば、悟空は元気に頷いて “遊びに行くよ!” と言った。そして、それを聞いていた玉龍も “ぼくも行く!“ と声を上げる。
悟浄は、悟空や八戒と山寺の周りを見て回っていたが、ふと視線を向けた先でその人影を見つけた。悟浄は、誰にも見つからないように一人場所を移動してそこに向かうと
「姉貴!」
と叫んだ。その声に、木々の間から此方に顔を向けたのは、確かに悟浄のたった一人の姉、花韮だった。
********
俗世→世の中。普通の人間が生活する世の中
小欲知足→わずかな欲望で、十分満ち足りていること。少ないものでも、それ以上を望まず満足すること
清廉→心が清らかで私欲がないこと。また、そのさま
金子→金貨。お金
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馳せる→気持ちや考えを遠くに至らせる
次回投稿は11日か12日が目標です。
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