103 / 204
第二章
沈黙の里《ニ》
しおりを挟む
「いたいよぅ…、おなかすいたよぅ…」
痩せ細った幼い少女が、その傷ついた指先から血をたらし、泪を流しながら八戒を見つめる。
「なんで、なんで俺達を置いて行ったんだよ。俺達のことなんて、どうでもよかったのかよ!」
少女と同じく痩せ細った傷だらけの少年が、八戒の睛眸を睨みながら叫んだ。
「桂英、明陽」
両親を殺し、村を壊滅させた邪神達の目的を知るため、なぜ自分達の住んでいた村がこんな目にあわなければならなかったのか、その理由を知るためと言う言い訳を並べ、本心を隠し幼い弟と妹を親戚にあずけ旅立った。
だが、八戒の心の中に渦巻く本心は復讐だ。目の前で奪われた村人達の命、そして父と母の命。まだ幼い弟妹のあるべき幸せ、そのすべてを奪った邪神達への。
目覚めた朝の空気は冷たかった。早朝の凍てついた空気の中に風花が舞う宿屋の中庭に出た八戒は、まだ眠っているであろう離れた土地にいる弟妹達の寝顔を思い浮かべ、今日も弟妹達が幸せであるようにと祈った。
これが、冬帝が降らす最後の雪になるかも知れないと話をしていたのは、奴等が現れるまでのこと。宿屋を出発し、あといくつかの村を通り過ぎれば故郷にたどり着くと、八戒は懐かしい風景に思いを馳せていた。だからといって、選択を間違った訳ではない。
「玄奘、こちらへ!!」
追手をかわすように平原を左に進んだところで、“待て!” と沙麼蘿の声が響き渡ったが、時既に遅し暗闇の中に足を踏み入れていた。
闇の中を、どれくらい歩いた時だろうか。まるで助けを求めるように、縋るように、そして八戒を責めるように、まだ幼い弟妹が姿を現した。
「ちぃにいちゃん、さむいよぅ」
「大丈夫だ、桂英。兄ちゃんがついてる!」
明陽が、足元に落ちている汚れてボロボロになった布切れを拾い上げ桂英の身体にかけると、暖めるようにその身体をさする。
「おかあさんにあいたいよぅ。おにいちゃん、なんでおかあさんをたすけてくれなかったの」
「そうだ! なんで父さんと母さんを、助けてくれなかったんだよ!!」
幼い妹と弟が、まるで八戒が両親を見殺しにしたと言わんばかりに、現状が辛いと言わんばかりに、血の泪を流しながら声を上げる。
「随分と、悪趣味なことをしてくれますね」
これが、他人に厳しく身内に甘い、家族に深い愛情を抱く鬼神ならば、まだ心を揺り動かされたかも知れない。だが、邪神の血を引く八戒には、これは茶番でしかない。
邪神にしては珍しく家族思いの父親の血を引く八戒だったとしても、目の前に現れた桂英と明陽が何かによって作り出されたモノであることはすぐにわかった。
両親を亡くした今、八戒にとって幼い弟妹は何より大切だが、こんな茶番では八戒の心は動かない。
「邪神の血を引く私はどんな暗闇でも夜目がきく。消え去りなさい」
桂英と明陽の周りに蠢く何かに声を上げ、八戒は踵を返し歩き出した。
「な~んにも見えない。皆、何処にいったんだよ」
暗闇の中、悟空はゆっくりと歩みを止める。ついさっきまで、薄っすらと雪が積もった大地を皆で歩いていたはずだった。雪が降ったあとだったが、天気は悪くなかった。
それが突然奴等が襲って来て、皆で走っていた時に急に闇に包まれて、気がついた時には一人だった。辺りを見渡してみても、悟空の双眸には何も映らない。
悟空は、傲来国の沖合いに浮かぶ火山島の花果山で産まれた。花果山の山頂にあった一塊の仙石が、長い間陽の気を浴び割れて卵を産み、そこから孵った赤子が悟空だ。
いわば、悟空は陽の気の塊のような存在。この暗闇の中にあって、悟空の身体からは薄っすらと陽の気が発せられ、ほのかに明るい感じさえがする。
悟空が一歩足を進めれば、その足を進めた場所が一瞬白く光った。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに暗闇に戻ってしまう。
そんな中でも、僅かに悟空の身体に突き刺さるような、誰かが遠くから自分を見つめているような視線が感じられる。それは、小さな小さな塊のようにも感じられ、その視線には恐れや不安の中にも好奇心が含まれているようにも思えた。
悟空が歩みを進めれば、その何かはそーっとあとからついてきて、歩みを止めればその何かも歩みを止める。だが、遠くから様子をうかがうだけで、決して近づいて来ることはない。
その何かがいるであろう場所を見ても、悟空には暗闇ばかりで何も見ることはできなかった。悟空は、“はぁ” とため息を吐き出すと、また歩き出した。
「俺は、強くなんかなれない…! 何一つ、守れなかった! 御師匠様も、兄弟子達も…! なのに、何故のうのうと自分だけが生きている!! 御師匠様を殺して、何故自分だけが生きている!! 兄弟子達を見捨てたくせに、何故そんな顔をして生きている!! 守れなかったくせに、何も守れなかったくせに!!」
「言いたいことは、それだけか」
玄奘は、目の前の子供を見つめ言った。そう、幼い頃の自分、紅流児と呼ばれていた頃の自分自身に向かって。
血にまみれた子供は、突然玄奘の前に現れ、その思いの丈をぶちまけた。守りたかったのだと、全てをこの手で。でも、何一つ守れなかった。だから、全てを失ったのだと。
生きたかった、親と共に生きて、この地にとどまりたかった。生きていれば、お前達のように生を謳歌できたのに、と。たが、それは八つ当たりでしかない。紅流児の姿形まで真似をして、この幼い魂は訴えかけている。
玄奘には、最初からこの子供の正体が見えていた。目の前の紅流児の姿をした影は、自分に助けを求める為の手段でしかない。
ここに存在する全ての魂は、思いを叶えて欲しいだけなのだ。だから纏わりつく、幾つもの、幾人もの紅流児となって、血まみれとなったボロボロの壽慶三蔵の亡骸を連れて、玄奘の行くてを阻む。
*********
凍てつく→こおりつく
風花→晴天に、花びらが舞うようにちらつく雪
冬帝→冬の神。玄武と同一視される玄帝(冬を司る神)の異名
馳せる→気持ちや考えを遠くに至らせる
縋る→頼りとするものにつかまる。助力を求めて頼りとする
茶番→こっけいな即興寸劇。底の見えすいた下手な芝居
夜目→夜、暗い中で物を見ること。また、夜、物を見る目
蠢く→虫がはうように絶えずもぞもぞ動く
踵→かかと
思いの丈→思うことのありったけ
謳歌→恵まれた幸せを、みんなで大いに楽しみ喜び合うこと
阻む→進もうとするのをさまたげる。防ぎとめる
次回投稿は26日か27日が目標です。
痩せ細った幼い少女が、その傷ついた指先から血をたらし、泪を流しながら八戒を見つめる。
「なんで、なんで俺達を置いて行ったんだよ。俺達のことなんて、どうでもよかったのかよ!」
少女と同じく痩せ細った傷だらけの少年が、八戒の睛眸を睨みながら叫んだ。
「桂英、明陽」
両親を殺し、村を壊滅させた邪神達の目的を知るため、なぜ自分達の住んでいた村がこんな目にあわなければならなかったのか、その理由を知るためと言う言い訳を並べ、本心を隠し幼い弟と妹を親戚にあずけ旅立った。
だが、八戒の心の中に渦巻く本心は復讐だ。目の前で奪われた村人達の命、そして父と母の命。まだ幼い弟妹のあるべき幸せ、そのすべてを奪った邪神達への。
目覚めた朝の空気は冷たかった。早朝の凍てついた空気の中に風花が舞う宿屋の中庭に出た八戒は、まだ眠っているであろう離れた土地にいる弟妹達の寝顔を思い浮かべ、今日も弟妹達が幸せであるようにと祈った。
これが、冬帝が降らす最後の雪になるかも知れないと話をしていたのは、奴等が現れるまでのこと。宿屋を出発し、あといくつかの村を通り過ぎれば故郷にたどり着くと、八戒は懐かしい風景に思いを馳せていた。だからといって、選択を間違った訳ではない。
「玄奘、こちらへ!!」
追手をかわすように平原を左に進んだところで、“待て!” と沙麼蘿の声が響き渡ったが、時既に遅し暗闇の中に足を踏み入れていた。
闇の中を、どれくらい歩いた時だろうか。まるで助けを求めるように、縋るように、そして八戒を責めるように、まだ幼い弟妹が姿を現した。
「ちぃにいちゃん、さむいよぅ」
「大丈夫だ、桂英。兄ちゃんがついてる!」
明陽が、足元に落ちている汚れてボロボロになった布切れを拾い上げ桂英の身体にかけると、暖めるようにその身体をさする。
「おかあさんにあいたいよぅ。おにいちゃん、なんでおかあさんをたすけてくれなかったの」
「そうだ! なんで父さんと母さんを、助けてくれなかったんだよ!!」
幼い妹と弟が、まるで八戒が両親を見殺しにしたと言わんばかりに、現状が辛いと言わんばかりに、血の泪を流しながら声を上げる。
「随分と、悪趣味なことをしてくれますね」
これが、他人に厳しく身内に甘い、家族に深い愛情を抱く鬼神ならば、まだ心を揺り動かされたかも知れない。だが、邪神の血を引く八戒には、これは茶番でしかない。
邪神にしては珍しく家族思いの父親の血を引く八戒だったとしても、目の前に現れた桂英と明陽が何かによって作り出されたモノであることはすぐにわかった。
両親を亡くした今、八戒にとって幼い弟妹は何より大切だが、こんな茶番では八戒の心は動かない。
「邪神の血を引く私はどんな暗闇でも夜目がきく。消え去りなさい」
桂英と明陽の周りに蠢く何かに声を上げ、八戒は踵を返し歩き出した。
「な~んにも見えない。皆、何処にいったんだよ」
暗闇の中、悟空はゆっくりと歩みを止める。ついさっきまで、薄っすらと雪が積もった大地を皆で歩いていたはずだった。雪が降ったあとだったが、天気は悪くなかった。
それが突然奴等が襲って来て、皆で走っていた時に急に闇に包まれて、気がついた時には一人だった。辺りを見渡してみても、悟空の双眸には何も映らない。
悟空は、傲来国の沖合いに浮かぶ火山島の花果山で産まれた。花果山の山頂にあった一塊の仙石が、長い間陽の気を浴び割れて卵を産み、そこから孵った赤子が悟空だ。
いわば、悟空は陽の気の塊のような存在。この暗闇の中にあって、悟空の身体からは薄っすらと陽の気が発せられ、ほのかに明るい感じさえがする。
悟空が一歩足を進めれば、その足を進めた場所が一瞬白く光った。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに暗闇に戻ってしまう。
そんな中でも、僅かに悟空の身体に突き刺さるような、誰かが遠くから自分を見つめているような視線が感じられる。それは、小さな小さな塊のようにも感じられ、その視線には恐れや不安の中にも好奇心が含まれているようにも思えた。
悟空が歩みを進めれば、その何かはそーっとあとからついてきて、歩みを止めればその何かも歩みを止める。だが、遠くから様子をうかがうだけで、決して近づいて来ることはない。
その何かがいるであろう場所を見ても、悟空には暗闇ばかりで何も見ることはできなかった。悟空は、“はぁ” とため息を吐き出すと、また歩き出した。
「俺は、強くなんかなれない…! 何一つ、守れなかった! 御師匠様も、兄弟子達も…! なのに、何故のうのうと自分だけが生きている!! 御師匠様を殺して、何故自分だけが生きている!! 兄弟子達を見捨てたくせに、何故そんな顔をして生きている!! 守れなかったくせに、何も守れなかったくせに!!」
「言いたいことは、それだけか」
玄奘は、目の前の子供を見つめ言った。そう、幼い頃の自分、紅流児と呼ばれていた頃の自分自身に向かって。
血にまみれた子供は、突然玄奘の前に現れ、その思いの丈をぶちまけた。守りたかったのだと、全てをこの手で。でも、何一つ守れなかった。だから、全てを失ったのだと。
生きたかった、親と共に生きて、この地にとどまりたかった。生きていれば、お前達のように生を謳歌できたのに、と。たが、それは八つ当たりでしかない。紅流児の姿形まで真似をして、この幼い魂は訴えかけている。
玄奘には、最初からこの子供の正体が見えていた。目の前の紅流児の姿をした影は、自分に助けを求める為の手段でしかない。
ここに存在する全ての魂は、思いを叶えて欲しいだけなのだ。だから纏わりつく、幾つもの、幾人もの紅流児となって、血まみれとなったボロボロの壽慶三蔵の亡骸を連れて、玄奘の行くてを阻む。
*********
凍てつく→こおりつく
風花→晴天に、花びらが舞うようにちらつく雪
冬帝→冬の神。玄武と同一視される玄帝(冬を司る神)の異名
馳せる→気持ちや考えを遠くに至らせる
縋る→頼りとするものにつかまる。助力を求めて頼りとする
茶番→こっけいな即興寸劇。底の見えすいた下手な芝居
夜目→夜、暗い中で物を見ること。また、夜、物を見る目
蠢く→虫がはうように絶えずもぞもぞ動く
踵→かかと
思いの丈→思うことのありったけ
謳歌→恵まれた幸せを、みんなで大いに楽しみ喜び合うこと
阻む→進もうとするのをさまたげる。防ぎとめる
次回投稿は26日か27日が目標です。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる