天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

沈黙の里《九》

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「この、紛いもんが」

 そう言った男からは、確かに沙麼蘿さばらは紛い物に見えたことだろう。
 灰簾石タンザナイト色の髪と睛眸ひとみを持つ道神どうじんが、聖神せいじんである愛染明王あいぜんみょうおう一族しか身にまとうことが許されない猩々緋しょうじょうひ色のきぬを着ているのだ。
 この見た目だけならば、聖神の衣をまとった道神。道神と仏神のまだら、自分達と同じ交ざり者に見えても仕方がない。
 男があえて “紛いもん” と言ったのは、この男が住む修羅界しゅらかいでは、他種族の血が交われば交わるほど力が強くなり、修羅界での立場も強くなるからだ。
 偉そうに天上界に住み、数多あまたを見下げて暮らしているだけの道神と仏神の二つだけしか血が交じっていないように見えた沙麼蘿は、いくつもの血が交ざり合った自分から見れば、確かにまだらとしては紛い物に見えた。
 変わって、沙麼蘿から見た男はどうか。の花色の髪だけ見れば、確かに鬼神のようには見える。だが、その睛眸は蛋白石オパール遊色効果ゆうしょくこうかのように、様々な色が交じり合っている。
 いったい、どれほどの種族をかけ合わせた末に、この男は生まれたのか。

「ふん」

 今度は、沙麼蘿が鼻で笑うばんだった。鬼神の王であった阿修羅あしゅらの直系と、聖神の頂点の一角である愛染明王の直系の間に生まれた沙麼蘿は、この世界で唯一ゆいいつと言われる禁忌きんきの生き物だ。
 例え幾つもの種族を交ざり合わせたとしても、邪神達のお遊びの結果とも言える場所で生まれたにすぎないこの男は、ただの作り上げられた交ざり者でしかない。

「鬼神の、紛い物が」

 そう沙麼蘿からすれば、目の前の斑こそが鬼神の紛い物だった。

「なんだと、てめえ!!」

 ダオを持つ斑の男が、その手を上げた瞬間沙麼蘿の前に移動して刀を振り下ろす。沙麼蘿はニヤリと笑って右手を上げる、すると手首の腕釧ブレスレットからジエンが現れてその攻撃を防いだ。
 キーンとがぶつかり合う音がして、沙麼蘿の髪が白金プラチナに双眸が鳩の血ピジョンブラッド色に変わった。

「な、に…!!」
「私は、お前のような紛い物の鬼神とは、わけが違うぞ」

 ブアッと沙麼蘿の身体から氣が溢れ出すと、沙麼蘿の睛眸が男の睛眸をのぞき込む。その睛眸の中には、様々な種族の名残があった。
 数をかけ合わせた斑だけのことはあり、沙麼蘿と睛眸が合っても消え去ることはない。その力は伊達ではないと言うことだ、相手が

「そうか、そうかよ。てめえが、あの裏切りもんの阿修羅一族かぁ!」

 修羅界に住む斑なら、この修羅界を捨て自分達だけが天界に昇った阿修羅一族の話は、一度は何処どこかで聞く話だ。その話が、如何いか歪曲わいきょくされていようと、そんなことは関係がない。
 邪神達のいいように作り上げられた話など、あってないようなものだからだ。だが、裏切り者を手に掛けることができれば名も上げることができる。

「あぁ、やっと俺達にも運が向いてきたってわけだ。この斑の力で、てめえを切り刻む!」

 斑は、天上人との闘いに勝つために作り上げられた生き物だ。その血により持つ力は違うが、目の前の男は闘うことに秀でたタイプのようだ。





「玄奘!」

 悟空の如意金箍棒にょいきんこぼうが伸びて、玄奘に向かって刀を振るおうとしていた男達に一撃をくらわせる。鬼神の男はあっという間に沙麼蘿に斬りかかっていったが、残った仲間の男達も一斉いっせいに玄奘達に向かって攻撃をしかけていた。
 その男達の中でも、独特の氣を発する者が四人。それが斑なのだと言うことは、見た目から明らかだった。
 二人は髪に斑がり、一人は指の爪に斑が、そしてもう一人は片腕の皮膚に斑を持つ、同じ顔をした四人の男。

「おめえ、面白いもん持ってんな。龍神の匂いがする武器なんざぁ珍しい。欲しい、欲しいなぁ」
「誰がやるかよ!」
「決めんのは、おめえじゃねぇんだよ!」
「え…っ」

 それは、一瞬のことだった。爪に斑を持つ男が、自分の武器を悟空の持つ如意金箍棒と全く同じに変化させたのだ。

「お前はまた、他人のもん欲しがりやがって。だが、しゃねぇな。てめえら皆、面白い武器を持ってやがるぜ。その宝具ほうぐは、俺達がいただくとするか!」

 今度はそれを見ていた片腕に斑を持つ男が、自分の武器を悟浄の持つ刀と同じに変化させ、その隣にいた髪に斑を持つ男が八戒の持つごんと瓜二つの弓を出現させ手に持つ。

「どうなってんだ、これは」
「わかりません。形を変える力を持った武器なのか、それとも、そう言う斑の力なのか」

 悟浄と八戒は、向かってくる敵を倒しながら、目の前の同じ武器を持つ斑と対峙することになる。

「てめえの武器はなんだ。数珠じゅずか、玻璃すいしょうの数珠なのか」

 “キャハ” と馬鹿にしたような笑い声を上げ、もう一人の髪に斑を持つ男が玄奘と対峙すると、玄奘はわずかに眉をひそめた。

「どうした、おびえて声も出ねえのか」

 何を勘違いしたのか、不機嫌に顔をゆがめる玄奘を見て呟く男に、真っ先に手を出したのもまた、玄奘だった。
 玄奘の動きはこの場のだよりも早く、咄嗟とっさ帯革ベルト尾錠バックルの前で両手を交差させると、現れた双剣をつかみ取り男の喉元のどもとに突きつけた。

「…!!」
「どうした、驚きすぎて声も出せないか」

 冷たい玄奘の声が響き渡る。目の前の男は知らなかったのだ、一番闘いとは遠い場所にいるはずの僧侶であるはずの玄奘が、誰よりも血にまみれ修羅場をくぐり抜けて来たと言うことを。









*********

猩々緋色→緋の中でも特に強い黄みがかった朱色
卯の花色→卯の花のようなわずかに黄みがかった白色
遊色効果→宝石などが示す光学効果の一種。表面に近い結晶の層状構造により、干渉光が反射しているため、虹のような多色の色彩を示す現象
鼻で笑う→相手を見下してあざ笑う。鼻でふんと笑う
鳩の血色→濃い赤で内側から真紅の光が輝くような赤色
伊達ではない→単なる飾りや見掛け倒しではない
歪曲→ゆがみまがること。また、ゆがめまげること。事実などをいつわってゆがめること
眉をひそめる→怪訝であったり不愉快であったりして、眉間にシワを寄せること


次回投稿は18日か19日が目標です。
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