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第二章
沈黙の里《十》
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『立ちな、紅流児。そんなことじゃ、お前を金山寺に行かせることはできないね』
翡翠観で、道士達と共に武術の訓練を受けていた紅流児の目の前に立ちはだかったのは、白水観の黄丁香だった。
『黄…道士……』
『どうしたんだい。もう疲れたなんて言うつもりじゃないだろうね』
白水観の黄丁香と言えば、坤道の頂点に立つ身であり、武闘派としてもその名を轟かせる槍の使い手だ。紅流児は、翡翠観で暮らすようになってからは、こうして時折丁香直々に稽古を受けている。
『紅流児、お前がこれから進む道は修羅の道だよ。生きて行くためには、誰よりも早く動きな。動いて動いて、敵の上を行くんだよ。さぁ、休んでいる暇はないよ。お前が、ここにいる弟子達の誰か一人にでも一太刀与えることができたなら、金山寺に様子を見に行くことを許してやろうじゃないか』
壽慶三蔵や兄弟子達亡き後、紅流児は金山寺がどうなっているのかが気になり、一度寺に戻り様子を見てきたいと緑松に訴えていた。だが、それに対して緑松から返ってきた返事は決して良いものではなく、それは丁香も同じだった。
一度敵の手に落ちた金山寺には、天上の桜の鍵を見つけ出すために、どんな仕掛けが施されているかわからないからだ。
『紅流児、お前は生きるんだよ。生にしがみつき、壽慶の分も生きて、天上の桜の護り手となったその姿を、壽慶に見せておやり』
『お前のことは、私達が護る。相手が何者であってもだ。それがこの世界を護るためならば、私達は喜んでこの身を投げ出そう』
そう言ってくれた丁香と緑松のため、紅流児はどんなことをしても強くならなければならなかった。
『お前はあたし達の屍を踏みつけ越えて行け。血の海をひたすら前に歩んでいけ。あたし達は、そのためにいる』
壽慶を喪って以来、丁香と緑松は紅流児にとっては肉親も同然だった。天上の桜の護り手となり、自分の身を護りなから二人も護る。
その為には、自身の手を血に染めて行く事も覚悟の上だった。だから、紅流児は強くなるしかなかったのだ、誰よりも強く。
「どうした、驚きすぎて声も出せないか」
そう言った玄奘に、目の前の斑の男は答えるすべを持たなかった。何故なら、玄奘の双剣が既に男の身体を貫いていたかだ。
「何だと!!」
男の身体に双剣が突き刺さるのを横目で見ていた斑の男が叫ぶ。
「玄奘に、斑との対し方を教えられることになるとは思ってもいませんでした」
「あれで僧侶って言うんだから、驚きだよなまったく」
八戒の言葉を聞いた悟浄が、茶化すように呟く。自分達の中で、唯一の人間は玄奘だけだ。
本来、人間は一番弱く救いの手を差し伸べてやらなければならない存在のはずだ。それが、あの玄奘は違う。
ある意味、この一行の中で一番強いのが玄奘三蔵、その人だからだ。僧侶であるにも関わらず袈裟を身に着けることなく、血にまみれる。
それが、今までの玄奘の生い立ちを現すものであり、天上の桜に気に入られた三蔵と言う、玄奘の姿そのものだったからだ。
「じゃ、行くか」
「そうしましょうか」
悟浄と八戒は、敵と相まみえるために自らの宝具を構えた。
「その、見てくれだけ似せた刀の威力が如何ほどのもんか知ったこっちゃねえ。だが如何に似せようと、俺の刀の足元にも及ばねぇことだけは確かだ」
「言いたいことは、それだけかよッ!」
斑が手に持つ刀が悟浄に向かって振り下ろされ、それを悟浄の刀がいともたやすく受け止める。
「ハッ、軽すぎるだろ」
見た目は同じ刀。けれど、その重さは天と地ほど違う。その違いは、片方の刀は鬼神から作られており、もう一方は斑の妖術で作られていると言うことだ。
昔の、宝具を持たなかった悟浄なら、妖術で作られた刀でも命を落としたかもしれない。だが、今の悟浄が持つ刀は宝具であり、たった一つ悟浄に残された家族だ。
家族が一つとなり結束すれば、それは何よりも強い盾とも武器ともなる。それが証拠に、悟浄が振り下ろした刀は、いとも簡単に相手の刀を打ち砕いた。
「ば、馬鹿な! 俺達斑の力で、作り上げられた武器だぞ…!」
「それがどうした。所詮斑の力なんざぁ、そんなもんよ」
斑と言うだけで修羅界では上位に立ち、何の努力や苦労もしなかった。そんな奴等に何ができると言うのか。
この刀を作り上げるために、血の泪を流した悟浄の家族達。己の無力さに打ちのめされ、胸をかきむしられた悟浄。
そんな悟浄達が、人の命をもて遊びのうのうと生きてきた斑如きに負けるわけがない。“パリン” と音を立てて砕け散った刀を見つめ、悟浄はそのまま刀を進めた。
“グハッ” と斑の声かして、男の身体は力なく地面に崩れ落ちる。自分達が最強と、何の確証もなく思い込んでいた男達。死人の魂を玩具にした者達の末路は、呆気ないほどだった。
「斑は、紛い物でしかない」
ぽつりと呟いた八戒の言葉に
「誰に向かって口を聞いてやがる。その減らず口、二度と聞けねぇようにしてやる」
怒りにその目を釣り上げた斑が弓を放った。
********
坤道→女性の道士
轟く→世間に知れ渡る。有名になる。音が響き渡る
一太刀→刀で一度斬りつけること。最初に斬りつけること
屍→なきがら
茶化す→まじめに取り合わず、冗談めかした受け答えをする
袈裟→仏教の僧侶が身につける布状の衣装。僧の着用する衣
相まみえる→互いに顔を突き合わせる
如何ほど→物事の程度•分量•値段などを問う意を現す。どのくらい
所詮→最後に落ち着くところ
末路→道の終わり。なれのはて
次回投稿は30日か31日を予定しておりますが、その前にワクチン接種の二回目があるため、もしかしたら1日か2日遅れるかも知れません。m(_ _)m
翡翠観で、道士達と共に武術の訓練を受けていた紅流児の目の前に立ちはだかったのは、白水観の黄丁香だった。
『黄…道士……』
『どうしたんだい。もう疲れたなんて言うつもりじゃないだろうね』
白水観の黄丁香と言えば、坤道の頂点に立つ身であり、武闘派としてもその名を轟かせる槍の使い手だ。紅流児は、翡翠観で暮らすようになってからは、こうして時折丁香直々に稽古を受けている。
『紅流児、お前がこれから進む道は修羅の道だよ。生きて行くためには、誰よりも早く動きな。動いて動いて、敵の上を行くんだよ。さぁ、休んでいる暇はないよ。お前が、ここにいる弟子達の誰か一人にでも一太刀与えることができたなら、金山寺に様子を見に行くことを許してやろうじゃないか』
壽慶三蔵や兄弟子達亡き後、紅流児は金山寺がどうなっているのかが気になり、一度寺に戻り様子を見てきたいと緑松に訴えていた。だが、それに対して緑松から返ってきた返事は決して良いものではなく、それは丁香も同じだった。
一度敵の手に落ちた金山寺には、天上の桜の鍵を見つけ出すために、どんな仕掛けが施されているかわからないからだ。
『紅流児、お前は生きるんだよ。生にしがみつき、壽慶の分も生きて、天上の桜の護り手となったその姿を、壽慶に見せておやり』
『お前のことは、私達が護る。相手が何者であってもだ。それがこの世界を護るためならば、私達は喜んでこの身を投げ出そう』
そう言ってくれた丁香と緑松のため、紅流児はどんなことをしても強くならなければならなかった。
『お前はあたし達の屍を踏みつけ越えて行け。血の海をひたすら前に歩んでいけ。あたし達は、そのためにいる』
壽慶を喪って以来、丁香と緑松は紅流児にとっては肉親も同然だった。天上の桜の護り手となり、自分の身を護りなから二人も護る。
その為には、自身の手を血に染めて行く事も覚悟の上だった。だから、紅流児は強くなるしかなかったのだ、誰よりも強く。
「どうした、驚きすぎて声も出せないか」
そう言った玄奘に、目の前の斑の男は答えるすべを持たなかった。何故なら、玄奘の双剣が既に男の身体を貫いていたかだ。
「何だと!!」
男の身体に双剣が突き刺さるのを横目で見ていた斑の男が叫ぶ。
「玄奘に、斑との対し方を教えられることになるとは思ってもいませんでした」
「あれで僧侶って言うんだから、驚きだよなまったく」
八戒の言葉を聞いた悟浄が、茶化すように呟く。自分達の中で、唯一の人間は玄奘だけだ。
本来、人間は一番弱く救いの手を差し伸べてやらなければならない存在のはずだ。それが、あの玄奘は違う。
ある意味、この一行の中で一番強いのが玄奘三蔵、その人だからだ。僧侶であるにも関わらず袈裟を身に着けることなく、血にまみれる。
それが、今までの玄奘の生い立ちを現すものであり、天上の桜に気に入られた三蔵と言う、玄奘の姿そのものだったからだ。
「じゃ、行くか」
「そうしましょうか」
悟浄と八戒は、敵と相まみえるために自らの宝具を構えた。
「その、見てくれだけ似せた刀の威力が如何ほどのもんか知ったこっちゃねえ。だが如何に似せようと、俺の刀の足元にも及ばねぇことだけは確かだ」
「言いたいことは、それだけかよッ!」
斑が手に持つ刀が悟浄に向かって振り下ろされ、それを悟浄の刀がいともたやすく受け止める。
「ハッ、軽すぎるだろ」
見た目は同じ刀。けれど、その重さは天と地ほど違う。その違いは、片方の刀は鬼神から作られており、もう一方は斑の妖術で作られていると言うことだ。
昔の、宝具を持たなかった悟浄なら、妖術で作られた刀でも命を落としたかもしれない。だが、今の悟浄が持つ刀は宝具であり、たった一つ悟浄に残された家族だ。
家族が一つとなり結束すれば、それは何よりも強い盾とも武器ともなる。それが証拠に、悟浄が振り下ろした刀は、いとも簡単に相手の刀を打ち砕いた。
「ば、馬鹿な! 俺達斑の力で、作り上げられた武器だぞ…!」
「それがどうした。所詮斑の力なんざぁ、そんなもんよ」
斑と言うだけで修羅界では上位に立ち、何の努力や苦労もしなかった。そんな奴等に何ができると言うのか。
この刀を作り上げるために、血の泪を流した悟浄の家族達。己の無力さに打ちのめされ、胸をかきむしられた悟浄。
そんな悟浄達が、人の命をもて遊びのうのうと生きてきた斑如きに負けるわけがない。“パリン” と音を立てて砕け散った刀を見つめ、悟浄はそのまま刀を進めた。
“グハッ” と斑の声かして、男の身体は力なく地面に崩れ落ちる。自分達が最強と、何の確証もなく思い込んでいた男達。死人の魂を玩具にした者達の末路は、呆気ないほどだった。
「斑は、紛い物でしかない」
ぽつりと呟いた八戒の言葉に
「誰に向かって口を聞いてやがる。その減らず口、二度と聞けねぇようにしてやる」
怒りにその目を釣り上げた斑が弓を放った。
********
坤道→女性の道士
轟く→世間に知れ渡る。有名になる。音が響き渡る
一太刀→刀で一度斬りつけること。最初に斬りつけること
屍→なきがら
茶化す→まじめに取り合わず、冗談めかした受け答えをする
袈裟→仏教の僧侶が身につける布状の衣装。僧の着用する衣
相まみえる→互いに顔を突き合わせる
如何ほど→物事の程度•分量•値段などを問う意を現す。どのくらい
所詮→最後に落ち着くところ
末路→道の終わり。なれのはて
次回投稿は30日か31日を予定しておりますが、その前にワクチン接種の二回目があるため、もしかしたら1日か2日遅れるかも知れません。m(_ _)m
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