天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
153 / 205
第二章

籠鳥残火《十一》

しおりを挟む
 邪黒じゃこく朱雀すざくが吐き出した炎の渦をすめらぎジエンから発生した風の渦が打ち消し、沙麼蘿さばらの剣から昇りたつ刃のような冷気が邪黒朱雀のからだりつける。
 “ギャウッ!!” と叫び声を上げた邪黒朱雀の躰から、朱殷しゅあん色の血がボトリと落ちた。それはまるで、凄惨せいさんな闘いの末に飛び散った血潮が時と共にどす黒く変わったような色で、ひどい悪臭がする。

「何だよコレ!」

 悟空が大声を上げるのも無理はない。邪黒朱雀の血が落ちた場所から煙が上がり、その場は焼け焦げたように変色していた。それは、全ての命を奪い無に帰す沙麼蘿の血に似ているようにも見える。まれに、禁忌きんきとされる生き物にあらわれる特徴だが、沙麼蘿の血と比べれば可愛いものだ。

「皇様!」
「邪黒朱雀を、暗黒の扉の向こう側へと押し返す!」
「承知致しました!」

 妾季しょうき達に答えるように言った皇の言葉に、蒼宮そうきゅう軍の者達が何か小さな物を大地に埋め込んで行く。

「お下がり下さい。邪黒朱雀を捕らえ、あちら側へと送り返します」
「そんなことができるのか!」
「生かさず殺さず、と言った形にはなりますが…」

 悟浄に答える琅牙ろうがの歯切れの悪さに、蒼宮軍がしようとしていることが通常の手段ではないのだろと玄奘達は思う。本来なら、沙麼蘿であれば一太刀ひとたちで邪黒朱雀の躰を引き裂くことができるはずだ。だが、沙麼蘿も皇も、邪黒朱雀の足どめしかしていない。

「準備が整いました」

 妾季しょうきの声に

「許せよ」

 と、皇が呟くように言った。そして

「捕らえよ!!」

 大地に埋め込まれた小さな石のような物から真っ赤な糸のような物が現れて絡み合い、まるで細い鎖でできた網のようになり邪黒朱雀目掛け放たれる。あれに捕らわれれば、邪黒朱雀の躰は灼熱しゃくねつに襲われるだろう。飛ぶことも、歩くことも、睛眸ひとみを開くことさえできまいが、命だけは助かる。
 皇や沙麼蘿が剣を振るえば、邪黒朱雀は命を落とすまで闘い続けることだろう。皇と沙麼蘿には手加減することができるかも知れないが、邪黒朱雀にはそれが出来ない。黒四聖獣が闘う時、それは命を取るか取られるかしかないからだ。
 鎖の網が邪黒朱雀の躰を覆い尽くす、みながそう思った時だ。”キーーーン“ と耳をつんざくような音がして、グラリと空間が揺らぐ。そして、輝く光をき散らしながら燃えるような紅緋べにひ色の大きなからだをした巨大な鳥が姿を現した。
 下界への扉を開くため、無理に何度もその躰を扉に打ち付けたのだろう。紅緋色の躰はひどく傷つき、太陽のような琥珀こはく色の睛眸ひとみは霊獣とは思えぬような怒りを湛えている。

「霊…獣…」

 その姿に、思わず八戒から声が漏れた。霊獣朱雀と思われる鳥は一直線に邪黒朱雀に近づくと、真っ赤な鎖の網が邪黒朱雀の躰を覆い尽くす前にその大きなくちばしを開け鎖を噛みちぎる。そして

『お前達は、また私から兄弟を奪い取る気だったのか! このように邪悪な物で、あの時のように私の片割れを、捕らえるつもりだったのか! お前達は、何様のつもりだ!!』

 と、言った。

「ソレは、お前の片割れであって、もはや片割れではない。わかっているのだろう」
『黙れ!!』

 沙麼蘿の言葉に、霊獣朱雀は聞く耳を持たない。だがその時、“グラァァッ!!” と叫び声を上げ邪黒朱雀が霊獣朱雀の首筋にらいついた。
 霊獣朱雀は天上界と言う光に住み、邪黒朱雀は邪悪な暗黒の世界に住む。霊獣は光のを吸収し生きるのに比べ、黒四聖獣は暗黒の氣だけではなく人を喰らって生きる。慈悲の心しか持たぬ霊獣と比べ邪悪なる心しかない黒四聖獣は、何処どこまで行っても分かり合えることなどない存在だ。
 人を護る霊獣と、人を襲う黒四聖獣。黒四聖獣にとって霊獣は、邪魔者でしかない。そんな霊獣と黒四聖獣が相見あいまみえれば、其処そこには闘いしかない。黒四聖獣は、自分とは相反する霊獣と闘い相手をたおすことしか知らないのだから。

「どうなってるんだよ、いったい」
「知るか」

 邪黒朱雀と霊獣朱雀の闘いを見てそう言った悟空に、玄奘が呟くように答える。目の前で繰り広げられる闘いは、一方的に邪黒朱雀が攻撃を仕掛けているだけで、霊獣朱雀はそれを何とか交わしながら邪黒朱雀を扉の向こうに押し返そうとしているように見えた。





 霊獣朱雀には、その記憶が確かにあった。幼い日、自分の片割れが消えた日の記憶が。片割れを忘れ、何事もなく過ごす親の記憶が。誰も、片割れが何処に行ったのか、どうなったのか教えてくれる者はいない。
 朱雀がそれを知ったのは母親が亡くなり、自分が次なる霊獣朱雀として朱雀の頂点に立った日のことだ。かすかに聞こえた、天人達の話し声。
 ”許しはしない“ 慈悲しか持たぬはずの霊獣朱雀の心の中に、わずかばかりの憎悪ぞうおが生まれた瞬間だった。




 霊獣朱雀がそれを聞いたのは、朱雀門を使って下界に降りた天界軍の会話から。

『黒四聖獣が下界への扉を開こうとしている。対処のため蒼宮軍が出るらしい』

 と。その言葉に、嫌な感じがした。躰を二つに引き裂かれるような…。“まさか”、と思った。”何としても下界へ向かわなければ、今度こそ片割れが殺される“ そんな想いが朱雀の心に溢れ出る。
 だが、天帝の許可なしには、霊獣達が下界におもむくことは出来はしない。そして、鶯光帝おうこうていがそれを決して許さないことも朱雀は知っている。
 霊獣朱雀にできること、それは無理矢理にでも空間を割って下界に出ること。そのために、朱雀は “ここだ!” と思ったその場所に霊氣をぶつけ躰をぶつけ、傷だらけになりながら下界へと舞い降りた。
 禁を犯し下界へと出た聖獣は自らの力で戻らなければ、その報いを受ける。それは光の聖獣も黒の聖獣も同じこと。禁を犯した、それにより傷つき倒れるのは自分自身だ。だからこそ、片割れを、邪黒朱雀を、自分の意志で暗黒へと向かわせなければならない。
 そのために、霊獣朱雀は喰らいつかれようと傷つけられようと、邪黒朱雀を扉へと導こうとする。すべては己の片割れのため、共に生きることを許されなかった兄弟のため、たとえどれだけ傷つきその血を流そうと、霊獣朱雀は邪黒朱雀を無傷で扉の向こうに返すため足掻あがき続ける。









********

凄惨→目をそむけたくなるほどいたましいこと。ひどくむごたらしいこと。また、そのさま
稀に→頻度がごく少ないさま。大変めずらしいさま
一太刀→太刀で一回きりつけること。初太刀(しょだち)で一気に決着をつけること
灼熱→焼いてあつくすること。高温であつくなること。また、焼けるようにあついこと
劈く→勢いよく突き破る。強く裂き破る
紅緋色→冴えた黄みの赤色
相見える→会う。対面する。互いに顔を付き合わせる
憎悪→ひどくにくむこと。はげしくにくみきらうこと
赴く→ある場所·方角に向かって行く
足掻く→活路を見いだそうとして必死になって努力する。あくせくする


次回投稿は22日か23日が目標です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

Another World-The origin

ファンファン
SF
現実に飽きた世界を、本物の「業」が震撼させる。 九十二歳、一之進。かつて国宝を打ち上げ、戦場を駆けた「生ける伝説」。 隠居した彼が手にしたのは、息子から贈られた最新のVRギアだった。 ステータス? スキル? そんなものは関係ない。 「本物」が振るう一撃は、物理演算さえも置き去りにする。 これは、役目を終えたはずの老兵たちが、電脳世界で再び「魂の火」を灯すまでの物語。

処理中です...