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第二章
籠鳥残火《十一》
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邪黒朱雀が吐き出した炎の渦を皇の剣から発生した風の渦が打ち消し、沙麼蘿の剣から昇りたつ刃のような冷気が邪黒朱雀の躰を斬りつける。
“ギャウッ!!” と叫び声を上げた邪黒朱雀の躰から、朱殷色の血がボトリと落ちた。それはまるで、凄惨な闘いの末に飛び散った血潮が時と共にどす黒く変わったような色で、酷い悪臭がする。
「何だよコレ!」
悟空が大声を上げるのも無理はない。邪黒朱雀の血が落ちた場所から煙が上がり、その場は焼け焦げたように変色していた。それは、全ての命を奪い無に帰す沙麼蘿の血に似ているようにも見える。稀に、禁忌とされる生き物にあらわれる特徴だが、沙麼蘿の血と比べれば可愛いものだ。
「皇様!」
「邪黒朱雀を、暗黒の扉の向こう側へと押し返す!」
「承知致しました!」
妾季達に答えるように言った皇の言葉に、蒼宮軍の者達が何か小さな物を大地に埋め込んで行く。
「お下がり下さい。邪黒朱雀を捕らえ、あちら側へと送り返します」
「そんなことができるのか!」
「生かさず殺さず、と言った形にはなりますが…」
悟浄に答える琅牙の歯切れの悪さに、蒼宮軍がしようとしていることが通常の手段ではないのだろと玄奘達は思う。本来なら、沙麼蘿であれば一太刀で邪黒朱雀の躰を引き裂くことができるはずだ。だが、沙麼蘿も皇も、邪黒朱雀の足どめしかしていない。
「準備が整いました」
妾季の声に
「許せよ」
と、皇が呟くように言った。そして
「捕らえよ!!」
大地に埋め込まれた小さな石のような物から真っ赤な糸のような物が現れて絡み合い、まるで細い鎖でできた網のようになり邪黒朱雀目掛け放たれる。あれに捕らわれれば、邪黒朱雀の躰は灼熱に襲われるだろう。飛ぶことも、歩くことも、睛眸を開くことさえできまいが、命だけは助かる。
皇や沙麼蘿が剣を振るえば、邪黒朱雀は命を落とすまで闘い続けることだろう。皇と沙麼蘿には手加減することができるかも知れないが、邪黒朱雀にはそれが出来ない。黒四聖獣が闘う時、それは命を取るか取られるかしかないからだ。
鎖の網が邪黒朱雀の躰を覆い尽くす、皆がそう思った時だ。”キーーーン“ と耳を劈くような音がして、グラリと空間が揺らぐ。そして、輝く光を撒き散らしながら燃えるような紅緋色の大きな躰をした巨大な鳥が姿を現した。
下界への扉を開くため、無理に何度もその躰を扉に打ち付けたのだろう。紅緋色の躰は酷く傷つき、太陽のような琥珀色の睛眸は霊獣とは思えぬような怒りを湛えている。
「霊…獣…」
その姿に、思わず八戒から声が漏れた。霊獣朱雀と思われる鳥は一直線に邪黒朱雀に近づくと、真っ赤な鎖の網が邪黒朱雀の躰を覆い尽くす前にその大きな嘴を開け鎖を噛みちぎる。そして
『お前達は、また私から兄弟を奪い取る気だったのか! このように邪悪な物で、あの時のように私の片割れを、捕らえるつもりだったのか! お前達は、何様のつもりだ!!』
と、言った。
「ソレは、お前の片割れであって、もはや片割れではない。わかっているのだろう」
『黙れ!!』
沙麼蘿の言葉に、霊獣朱雀は聞く耳を持たない。だがその時、“グラァァッ!!” と叫び声を上げ邪黒朱雀が霊獣朱雀の首筋に喰らいついた。
霊獣朱雀は天上界と言う光に住み、邪黒朱雀は邪悪な暗黒の世界に住む。霊獣は光の氣を吸収し生きるのに比べ、黒四聖獣は暗黒の氣だけではなく人を喰らって生きる。慈悲の心しか持たぬ霊獣と比べ邪悪なる心しかない黒四聖獣は、何処まで行っても分かり合えることなどない存在だ。
人を護る霊獣と、人を襲う黒四聖獣。黒四聖獣にとって霊獣は、邪魔者でしかない。そんな霊獣と黒四聖獣が相見えれば、其処には闘いしかない。黒四聖獣は、自分とは相反する霊獣と闘い相手を斃すことしか知らないのだから。
「どうなってるんだよ、いったい」
「知るか」
邪黒朱雀と霊獣朱雀の闘いを見てそう言った悟空に、玄奘が呟くように答える。目の前で繰り広げられる闘いは、一方的に邪黒朱雀が攻撃を仕掛けているだけで、霊獣朱雀はそれを何とか交わしながら邪黒朱雀を扉の向こうに押し返そうとしているように見えた。
霊獣朱雀には、その記憶が確かにあった。幼い日、自分の片割れが消えた日の記憶が。片割れを忘れ、何事もなく過ごす親の記憶が。誰も、片割れが何処に行ったのか、どうなったのか教えてくれる者はいない。
朱雀がそれを知ったのは母親が亡くなり、自分が次なる霊獣朱雀として朱雀の頂点に立った日のことだ。かすかに聞こえた、天人達の話し声。
”許しはしない“ 慈悲しか持たぬはずの霊獣朱雀の心の中に、僅かばかりの憎悪が生まれた瞬間だった。
霊獣朱雀がそれを聞いたのは、朱雀門を使って下界に降りた天界軍の会話から。
『黒四聖獣が下界への扉を開こうとしている。対処のため蒼宮軍が出るらしい』
と。その言葉に、嫌な感じがした。躰を二つに引き裂かれるような…。“まさか”、と思った。”何としても下界へ向かわなければ、今度こそ片割れが殺される“ そんな想いが朱雀の心に溢れ出る。
だが、天帝の許可なしには、霊獣達が下界に赴くことは出来はしない。そして、鶯光帝がそれを決して許さないことも朱雀は知っている。
霊獣朱雀にできること、それは無理矢理にでも空間を割って下界に出ること。そのために、朱雀は “ここだ!” と思ったその場所に霊氣をぶつけ躰をぶつけ、傷だらけになりながら下界へと舞い降りた。
禁を犯し下界へと出た聖獣は自らの力で戻らなければ、その報いを受ける。それは光の聖獣も黒の聖獣も同じこと。禁を犯した、それにより傷つき倒れるのは自分自身だ。だからこそ、片割れを、邪黒朱雀を、自分の意志で暗黒へと向かわせなければならない。
そのために、霊獣朱雀は喰らいつかれようと傷つけられようと、邪黒朱雀を扉へと導こうとする。すべては己の片割れのため、共に生きることを許されなかった兄弟のため、たとえどれだけ傷つきその血を流そうと、霊獣朱雀は邪黒朱雀を無傷で扉の向こうに返すため足掻き続ける。
********
凄惨→目をそむけたくなるほどいたましいこと。ひどくむごたらしいこと。また、そのさま
稀に→頻度がごく少ないさま。大変めずらしいさま
一太刀→太刀で一回きりつけること。初太刀(しょだち)で一気に決着をつけること
灼熱→焼いてあつくすること。高温であつくなること。また、焼けるようにあついこと
劈く→勢いよく突き破る。強く裂き破る
紅緋色→冴えた黄みの赤色
相見える→会う。対面する。互いに顔を付き合わせる
憎悪→ひどくにくむこと。はげしくにくみきらうこと
赴く→ある場所·方角に向かって行く
足掻く→活路を見いだそうとして必死になって努力する。あくせくする
次回投稿は22日か23日が目標です。
“ギャウッ!!” と叫び声を上げた邪黒朱雀の躰から、朱殷色の血がボトリと落ちた。それはまるで、凄惨な闘いの末に飛び散った血潮が時と共にどす黒く変わったような色で、酷い悪臭がする。
「何だよコレ!」
悟空が大声を上げるのも無理はない。邪黒朱雀の血が落ちた場所から煙が上がり、その場は焼け焦げたように変色していた。それは、全ての命を奪い無に帰す沙麼蘿の血に似ているようにも見える。稀に、禁忌とされる生き物にあらわれる特徴だが、沙麼蘿の血と比べれば可愛いものだ。
「皇様!」
「邪黒朱雀を、暗黒の扉の向こう側へと押し返す!」
「承知致しました!」
妾季達に答えるように言った皇の言葉に、蒼宮軍の者達が何か小さな物を大地に埋め込んで行く。
「お下がり下さい。邪黒朱雀を捕らえ、あちら側へと送り返します」
「そんなことができるのか!」
「生かさず殺さず、と言った形にはなりますが…」
悟浄に答える琅牙の歯切れの悪さに、蒼宮軍がしようとしていることが通常の手段ではないのだろと玄奘達は思う。本来なら、沙麼蘿であれば一太刀で邪黒朱雀の躰を引き裂くことができるはずだ。だが、沙麼蘿も皇も、邪黒朱雀の足どめしかしていない。
「準備が整いました」
妾季の声に
「許せよ」
と、皇が呟くように言った。そして
「捕らえよ!!」
大地に埋め込まれた小さな石のような物から真っ赤な糸のような物が現れて絡み合い、まるで細い鎖でできた網のようになり邪黒朱雀目掛け放たれる。あれに捕らわれれば、邪黒朱雀の躰は灼熱に襲われるだろう。飛ぶことも、歩くことも、睛眸を開くことさえできまいが、命だけは助かる。
皇や沙麼蘿が剣を振るえば、邪黒朱雀は命を落とすまで闘い続けることだろう。皇と沙麼蘿には手加減することができるかも知れないが、邪黒朱雀にはそれが出来ない。黒四聖獣が闘う時、それは命を取るか取られるかしかないからだ。
鎖の網が邪黒朱雀の躰を覆い尽くす、皆がそう思った時だ。”キーーーン“ と耳を劈くような音がして、グラリと空間が揺らぐ。そして、輝く光を撒き散らしながら燃えるような紅緋色の大きな躰をした巨大な鳥が姿を現した。
下界への扉を開くため、無理に何度もその躰を扉に打ち付けたのだろう。紅緋色の躰は酷く傷つき、太陽のような琥珀色の睛眸は霊獣とは思えぬような怒りを湛えている。
「霊…獣…」
その姿に、思わず八戒から声が漏れた。霊獣朱雀と思われる鳥は一直線に邪黒朱雀に近づくと、真っ赤な鎖の網が邪黒朱雀の躰を覆い尽くす前にその大きな嘴を開け鎖を噛みちぎる。そして
『お前達は、また私から兄弟を奪い取る気だったのか! このように邪悪な物で、あの時のように私の片割れを、捕らえるつもりだったのか! お前達は、何様のつもりだ!!』
と、言った。
「ソレは、お前の片割れであって、もはや片割れではない。わかっているのだろう」
『黙れ!!』
沙麼蘿の言葉に、霊獣朱雀は聞く耳を持たない。だがその時、“グラァァッ!!” と叫び声を上げ邪黒朱雀が霊獣朱雀の首筋に喰らいついた。
霊獣朱雀は天上界と言う光に住み、邪黒朱雀は邪悪な暗黒の世界に住む。霊獣は光の氣を吸収し生きるのに比べ、黒四聖獣は暗黒の氣だけではなく人を喰らって生きる。慈悲の心しか持たぬ霊獣と比べ邪悪なる心しかない黒四聖獣は、何処まで行っても分かり合えることなどない存在だ。
人を護る霊獣と、人を襲う黒四聖獣。黒四聖獣にとって霊獣は、邪魔者でしかない。そんな霊獣と黒四聖獣が相見えれば、其処には闘いしかない。黒四聖獣は、自分とは相反する霊獣と闘い相手を斃すことしか知らないのだから。
「どうなってるんだよ、いったい」
「知るか」
邪黒朱雀と霊獣朱雀の闘いを見てそう言った悟空に、玄奘が呟くように答える。目の前で繰り広げられる闘いは、一方的に邪黒朱雀が攻撃を仕掛けているだけで、霊獣朱雀はそれを何とか交わしながら邪黒朱雀を扉の向こうに押し返そうとしているように見えた。
霊獣朱雀には、その記憶が確かにあった。幼い日、自分の片割れが消えた日の記憶が。片割れを忘れ、何事もなく過ごす親の記憶が。誰も、片割れが何処に行ったのか、どうなったのか教えてくれる者はいない。
朱雀がそれを知ったのは母親が亡くなり、自分が次なる霊獣朱雀として朱雀の頂点に立った日のことだ。かすかに聞こえた、天人達の話し声。
”許しはしない“ 慈悲しか持たぬはずの霊獣朱雀の心の中に、僅かばかりの憎悪が生まれた瞬間だった。
霊獣朱雀がそれを聞いたのは、朱雀門を使って下界に降りた天界軍の会話から。
『黒四聖獣が下界への扉を開こうとしている。対処のため蒼宮軍が出るらしい』
と。その言葉に、嫌な感じがした。躰を二つに引き裂かれるような…。“まさか”、と思った。”何としても下界へ向かわなければ、今度こそ片割れが殺される“ そんな想いが朱雀の心に溢れ出る。
だが、天帝の許可なしには、霊獣達が下界に赴くことは出来はしない。そして、鶯光帝がそれを決して許さないことも朱雀は知っている。
霊獣朱雀にできること、それは無理矢理にでも空間を割って下界に出ること。そのために、朱雀は “ここだ!” と思ったその場所に霊氣をぶつけ躰をぶつけ、傷だらけになりながら下界へと舞い降りた。
禁を犯し下界へと出た聖獣は自らの力で戻らなければ、その報いを受ける。それは光の聖獣も黒の聖獣も同じこと。禁を犯した、それにより傷つき倒れるのは自分自身だ。だからこそ、片割れを、邪黒朱雀を、自分の意志で暗黒へと向かわせなければならない。
そのために、霊獣朱雀は喰らいつかれようと傷つけられようと、邪黒朱雀を扉へと導こうとする。すべては己の片割れのため、共に生きることを許されなかった兄弟のため、たとえどれだけ傷つきその血を流そうと、霊獣朱雀は邪黒朱雀を無傷で扉の向こうに返すため足掻き続ける。
********
凄惨→目をそむけたくなるほどいたましいこと。ひどくむごたらしいこと。また、そのさま
稀に→頻度がごく少ないさま。大変めずらしいさま
一太刀→太刀で一回きりつけること。初太刀(しょだち)で一気に決着をつけること
灼熱→焼いてあつくすること。高温であつくなること。また、焼けるようにあついこと
劈く→勢いよく突き破る。強く裂き破る
紅緋色→冴えた黄みの赤色
相見える→会う。対面する。互いに顔を付き合わせる
憎悪→ひどくにくむこと。はげしくにくみきらうこと
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