天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
154 / 205
第二章

籠鳥残火《十二》

しおりを挟む
「何であいつらは、ああまでして闘ってるんだ」
むなしい闘いにしか見えない」
れに、意味はあるのか」

 巨大な聖獣が互いに血を流しながら闘う様に、悟空や八戒や悟浄も呟かずにはいられない。その色合いは違えど、姿型や声さえ瓜二つにしか思えない聖獣が互いに傷つけ合いながら鳴き声を上げる、それは何かの悲鳴にも聞こえた。
 いや、あれは闘いなのか。ただただ攻撃を交わそうとする霊獣朱雀れいじゅうすざくと、一方的に攻め続ける邪黒朱雀じゃこくすざく。一進一退の闘いは、ほんのわずか暗黒の扉へと近づいただろうか。

「お前達は、いったい何に足を突っ込んでいる」

 聖獣達の闘いを見上げていたすめらぎ沙麼蘿さばらに、玄奘が声をかける。何か言いたげな皇の視線はもちろんのこと、先程、“また私から兄弟を奪い取る気だったのか!” と言った霊獣朱雀の言葉を、玄奘は聞き逃さなかった。

「下界の人間には関わりのないことだ、おろかな天人達が考えだしたことなど」

 皇はそう言いながら、己の手を血がにじむほど握り締めた。アレは、自分から義妹いもうとを奪い取ったのだ、あの日の仕返しに。沢山の天人達の命をないがしろにし、見てみぬふりをしてきた。
 この腕の中で沙麼蘿が息絶えたあの日の出来事を、皇は今も昨日のことのように覚えている。だが、だからと言って、こんな状況を望んだ訳ではない。双子の兄弟がからだを血で染め上げ傷つけ合い、闘いを繰り返すことなど。
 皇も霊獣朱雀も、互いに弟妹を奪い取り、そして奪い取られた。例え同じ立場のもの同士だったとしても、義妹を奪い取ったアレとわかり合える日など来るはずもない。
 それでも、遥か昔自分達がしたことの結果が、目の前で繰り広げられる兄弟の闘いだ。“やめろ、お前達は双子なのだ!!” そう叫んでも、邪黒朱雀には皇の声は届きはしない。それどころか霊獣朱雀は、“お前達がこうしたのだ、私達を闘わせて満足か!!” とさげすんだ双眸ひとみを向けてくるに違いない。
 だがそれでも言えるのは、あの日の幼い朱雀に、親であった霊獣朱雀に、片割れをを奪い取られた朱雀に、罪などなかった。何一つ…。
 天人達が自らのためだけに、あの幼い朱雀を邪黒朱雀に変えた。そしてそこに聖宮せいぐうがいて、皇がいて、沙麼蘿がいて、今があるのだ。何か一つでも違っていれば、こんな闘いにはならなかったのかも知れない。
 邪黒朱雀が勢いよく翼を霊獣朱雀にぶつけ、傷だらけの霊獣朱雀が態勢を崩し洞窟の壁に叩きつけられる。誰もが霊獣朱雀の危機を意識した時、沙麼蘿は音もなく近づいて来るものに気づきそのかおを向けた。

『やめるのだ』

 下界の人間には、決して聞こえるはずのないその声。その声に、皇率いる蒼宮そうきゅう軍の者達は驚きに双眸を見開くと、次々とこうべを垂れて行く。例え天上界に住む者であっても、その姿を見ることなどよほどのことが起こらなければない。
 玄奘達は、側にいた琅牙ろうがが一点を見つめて頭を下げたことで、初めてその存在に気がついた。

「まさ…か…」

 玄奘ですら驚きに双眸を見開くその姿は、身体は鹿で牛のしっぽと馬のひづめを持ち、龍のような顔に一本の角、全体の毛は黄色くウロコで覆われ、背中の毛は五色に彩られている。

「あれって、麒麟きりんなんじゃ…」

 悟空の中で、昔の記憶がよみがる。まだ須菩提すぼだいが元気で一緒に暮らしていた頃、須菩提が持つ書物の中にあった。美しい色で描かれた聖獣の王の姿が。“我等われらがお目にかかることなどあるまいが、麒麟は仁の心を持つ聖人の誕生を知らせるとも、王が仁の政治を行い太平の世が訪れた時に現れるとも言われておる。どちらにしても、戦いに明け暮れる今の御時世ごじせいでは関係のないことじゃよ”、須菩提はそう言っていたはず。

「麒麟、だって」
「何故こんな闘いの場に」

 悟浄や八戒とて、その姿を見たことはなくとも麒麟の伝説は知っている。聖獣同士が闘いを繰り広げるこんな場所に、麒麟が現れるはずなどない。麒麟は太平の世の証であり、幸福や安定、人々が心から望む穏やかな日々の象徴なのだから。

須格泉すうの琉格泉るうの

 誰もが頭を垂れる中、天帝一族である皇と、仏人である沙麼蘿だけは麒麟を見上げていた。そして皇は、空中に留まっている麒麟の下で伏せる須格泉と琉格泉を見つけ呟く。

「そうか、お前達が」

 大神オオカミは、もっとも聖獣に近い生き物だ。中でも大勢至菩薩だいせいしぼさつの大神は、聖獣と等しい能力を持っている。ましてや、須格泉と琉格泉の母親である女帝エンプレスは、大神の頂点に君臨くんりんする存在だ。その女帝の子供ならば、麒麟へ目通りすることも出来るだろう。
 須格泉と琉格泉は、あの日の出来事を知っていた。まだ幼く小さかったが、あの日の出来事は蒼宮に住む人々の心に深い傷を作った。あの日以来、聖宮の身体はどんどん弱って行ったのだから。
 自分達と同じ様に双子として産まれた朱雀が傷つけ合う。見た目の色合いが変わっても、共に産まれた記憶がなくとも、双子であることに変わりわない。
 そして、この闘いに傷つくのは朱雀達だけではないのだ。あの日のように、皇の心にもまた傷がつく。幼かった朱雀を暗黒に落としただけでなく、兄弟で血で血を洗う闘いをさせたと。
 ならば、自分達が出来ることは決まっている。大勢至菩薩の大神として、女帝の息子として麒麟に目通りを願い、朱雀が息絶えぬうちに、皇の心が傷つかぬ様に、麒麟に下界への降臨こおりんを願う。今自分達に出来ることは、それしかない。

『あるべき場所へ戻れ。これは、私の命令だ!』

 麒麟の声が、音を無くしていた洞窟内に響き渡った。









********

虚しい→空虚である。内容がない。無益である。むだである
蔑ろ→あってもないもののように軽んじること。また、そのさま
蔑む→他人を自分より能力·人格の劣るもの、価値の低いものとみなす。見下げる。見くだす
頭を垂れる→頭を前に下げる様子。へりくだったり、相手に敬意を表したりして、謙虚な振る舞いをするさまを意味する表現
仁→中国の思想における徳の一つ。仁愛。主に『他人に対する親愛の情、優しさ』を意味しており、儒教における最重要な『五常の徳』のひとつ
御時世→『時世』に丁寧の『御』をつけた表現。ある時代における世の中、を意味する表現
太平→世の中が平和に治まり穏やかなこと。また、そのさま
君臨→主君として国家を支配すること。絶対的勢力を持ったものが他を圧倒すること
目通り→身分の高い人にお目にかかること
血で血を洗う→暴力に暴力で報復することのたとえ。転じて、血族同士で争うことのたとえ
降臨→天上に住むとされる神仏が地上に来臨すること


次回投稿は5月10日か11日が目標です。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...