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第二章
徒の催花雨《九》
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「私は、気が長い方ではない」
「雑魚どもは何処からでも湧いて出る」
つい先程まで哪吒と天界軍を護りながら闘っていた時と、皇の闘い方はまるで違った。庇う者も無く、隣にいる沙麼蘿とは阿吽の呼吸で戦術を確かめ合う必要もなく、目配せをして相手に合わせる必要すらない。
それはまるで、元は同じ一人の神だったのではないかと言う程、自然に互いの動きが合い一分の隙もなく敵を討ち滅ぼす。だが、斬っても斬っても鬼神や邪神が何処からともなく湧いて出て来ているのは確か。
沙麼蘿が立ち止まり鬼神や邪神を見つめと、須格泉と琉格泉が駆け寄って来て沙麼蘿の足元で止まった。この場が闘いのど真ん中であると言うのに、沙麼蘿は二頭の大神の頭をひと撫でする。
「ぴゅ、ぴゅぴゅぴゅ」
“もうさ、ひと思いにやっちゃったら”、相変わらず何処か間が抜けた声で、琉格泉の背中に乗っている玉龍が鳴く。
「所詮は、我らの力を見るためだけの余興の捨て駒にすぎない」
皇の言う通り、此処から離れた場所から感じる視線は高みの見物を決め込んだ、この場にいる鬼神や邪神を捨て駒としか思っていない者達だ。
「ならば、何処まで逃げられるか見てみるのも面白い」
「一瞬のうちに、尻尾を巻いて逃げるだろうな」
元々、最初から沙麼蘿は氷龍を呼び出すつもりでいた、そうすればあっと言う間に決着はつく。だが相手は皇と須格泉を傷つけた奴等だ、そう簡単に楽にしてやれるわけがない。
「逃げられるのら、逃げてみよ」
沙麼蘿がニヤリと笑って、その手に持つ氷龍神剣を空に向かって掲げる。
「来い、氷龍!!」
氷龍の姿はまだないと言うのに、瞬く間に辺りに充満する冷氣。それを感じ取った高みの見物を決め込んていた連中、おそらく邪神の上級神達が直ぐ様逃げるように姿を消して行く。
沙麼蘿の頭上に氷でできた雲が出現し、その中から氷でできたような龍が咆哮を上げながら姿を現すと、辺り一帯が氷に包まれて行く。そこに、逃げ場はない。皇もまた、手に持つ風龍神剣を掲げ
「来い、風龍!!」
と叫ぶ。すると今度は皇の頭上にモクモクとした真っ白な雲が現れ、中から薄柳色をした龍が咆哮を上げながら出現する。
「喰らい尽くせ、氷龍!!」
沙麼蘿の声に、縦横無尽に辺りを動き回り全てを氷漬けにして行く氷龍を、その氷龍よりも一回り大きい風龍が寄り添い壁を作り、氷漬けにする範囲を指定して行き力の制御を行う。
氷龍を制御するのは沙麼蘿ではない、沙麼蘿の命さえあればその力で無限に世界を氷漬けにし続けることができる氷龍を、唯一制御できるは風龍のみ。皇の風龍が、何処を捨て何処を護るのかを決める。
一度氷龍が作り出す氷に閉ざされれば、そこから出ることはできない。例えそれが指の先一つ、一房の髪だったとしても。身体の先の一部でも囚われれば、瞬く間に身体の全ての凍りつく。
それはまるで、氷の監獄のようにも見える。冷たい冷たい息をすることさえ難しい氷に閉ざされた世界で、氷に囚われることなくその場で何時もと変わりなくいられるのは沙麼蘿と皇、そして須格泉と琉格泉の二頭の大神と玉龍のみ。
「逃げ足だけは早いな」
「そう言うものだ、あの邪神は自分が逃げ出すために多くの部下を生け贄に差し出した」
「それが、邪神の王の息子とは笑わせる」
そう、遠くから高みの見物を決め込んでいたその者の気配は、以前沙麼蘿が出会った邪神の王の一ノ姫である華風丹に良く似ていた。だが、華風丹とは似ても似つかない出来損《できそこ》ないのようだと沙麼蘿は思う。
華風丹なら、自分が助かるために連れて来た全ての邪神や鬼神を置いて逃げることなどしないだろう。いやその前に、後先さえ考えていないこんな闘い方はしない。
氷龍が作り上げた氷の世界は、沙麼蘿の後方である哪吒達がいる場所を除き、沙麼蘿と皇の前方を氷の監獄として完成している。氷の中で固まったまま身動きさせずに佇む者達、既に息絶えている者もそうでない者も、意識があるのかすらわからない。
そんな中で沙麼蘿だけが中央に進み出て、頭上の氷龍を見つめ笑った。氷龍が生きた者の命を喰らい尽くすのはいつぶりのことか、それはもう遠い遠い昔のことだ。
沙麼蘿が手にしていた氷龍神剣を、剣先を下にして差し出す。そしてその握りしめていた剣の柄を掌から離すと、剣はゆっくりと沙麼蘿の手を離れ凍りついた地面に向かって行き、氷に突き刺さった。
剣が氷に突き刺さったのと、それを合図に全ての氷にひびが入ったのはほぼ同時。そしてそこから耳を塞ぎたくなるような、魂がひび割れて行く音がする。それは数多の人々の悲鳴にも似て、辺り一面に木霊する。
この魂の悲鳴を聞いて笑っていられるのは沙麼蘿だけだ、皇ですらわずかに眉間にシワを寄せる。だが他の者はそうではない、この魂がひび割れる悲鳴をまともに聞けば、心が壊れる者も出てきかねない。
あの哪吒ですら、できればこの悲鳴は聞きたくないと思っている。そしてその悲鳴が終るのと同時に、全ての魂を喰らい尽くした氷龍と、氷龍の制御を終えた風龍は、細かな粒子の粒となって消えて行った。
後には、氷も鬼神や邪神の亡骸すらもない、ただの何もない大地だけが残っていた。だが、しばらくの間を置いて、辺りに鳥の鳴き声が聞こえはじめ、虫や小さな動物が動き出す気配がする。全てが、何時もの時間を刻み始めた時、沙麼蘿と皇だけは一点を見詰めていた。
********
阿吽の呼吸→二人以上で一緒に物事を行うときの、互いの微妙な気持ち。また、それが一致すること
余興→宴会などで、興をそえるために行う演芸
咆哮→猛獣などが、ほえたけること。また、その声
縦横無尽→どの方面にも限りがないこと。物事を思う存分にすること。また、そのさま
監獄→受刑者や被疑者、被告人などを拘禁(こうきん)するための施設
次回投稿は15日か16日が目標です
「雑魚どもは何処からでも湧いて出る」
つい先程まで哪吒と天界軍を護りながら闘っていた時と、皇の闘い方はまるで違った。庇う者も無く、隣にいる沙麼蘿とは阿吽の呼吸で戦術を確かめ合う必要もなく、目配せをして相手に合わせる必要すらない。
それはまるで、元は同じ一人の神だったのではないかと言う程、自然に互いの動きが合い一分の隙もなく敵を討ち滅ぼす。だが、斬っても斬っても鬼神や邪神が何処からともなく湧いて出て来ているのは確か。
沙麼蘿が立ち止まり鬼神や邪神を見つめと、須格泉と琉格泉が駆け寄って来て沙麼蘿の足元で止まった。この場が闘いのど真ん中であると言うのに、沙麼蘿は二頭の大神の頭をひと撫でする。
「ぴゅ、ぴゅぴゅぴゅ」
“もうさ、ひと思いにやっちゃったら”、相変わらず何処か間が抜けた声で、琉格泉の背中に乗っている玉龍が鳴く。
「所詮は、我らの力を見るためだけの余興の捨て駒にすぎない」
皇の言う通り、此処から離れた場所から感じる視線は高みの見物を決め込んだ、この場にいる鬼神や邪神を捨て駒としか思っていない者達だ。
「ならば、何処まで逃げられるか見てみるのも面白い」
「一瞬のうちに、尻尾を巻いて逃げるだろうな」
元々、最初から沙麼蘿は氷龍を呼び出すつもりでいた、そうすればあっと言う間に決着はつく。だが相手は皇と須格泉を傷つけた奴等だ、そう簡単に楽にしてやれるわけがない。
「逃げられるのら、逃げてみよ」
沙麼蘿がニヤリと笑って、その手に持つ氷龍神剣を空に向かって掲げる。
「来い、氷龍!!」
氷龍の姿はまだないと言うのに、瞬く間に辺りに充満する冷氣。それを感じ取った高みの見物を決め込んていた連中、おそらく邪神の上級神達が直ぐ様逃げるように姿を消して行く。
沙麼蘿の頭上に氷でできた雲が出現し、その中から氷でできたような龍が咆哮を上げながら姿を現すと、辺り一帯が氷に包まれて行く。そこに、逃げ場はない。皇もまた、手に持つ風龍神剣を掲げ
「来い、風龍!!」
と叫ぶ。すると今度は皇の頭上にモクモクとした真っ白な雲が現れ、中から薄柳色をした龍が咆哮を上げながら出現する。
「喰らい尽くせ、氷龍!!」
沙麼蘿の声に、縦横無尽に辺りを動き回り全てを氷漬けにして行く氷龍を、その氷龍よりも一回り大きい風龍が寄り添い壁を作り、氷漬けにする範囲を指定して行き力の制御を行う。
氷龍を制御するのは沙麼蘿ではない、沙麼蘿の命さえあればその力で無限に世界を氷漬けにし続けることができる氷龍を、唯一制御できるは風龍のみ。皇の風龍が、何処を捨て何処を護るのかを決める。
一度氷龍が作り出す氷に閉ざされれば、そこから出ることはできない。例えそれが指の先一つ、一房の髪だったとしても。身体の先の一部でも囚われれば、瞬く間に身体の全ての凍りつく。
それはまるで、氷の監獄のようにも見える。冷たい冷たい息をすることさえ難しい氷に閉ざされた世界で、氷に囚われることなくその場で何時もと変わりなくいられるのは沙麼蘿と皇、そして須格泉と琉格泉の二頭の大神と玉龍のみ。
「逃げ足だけは早いな」
「そう言うものだ、あの邪神は自分が逃げ出すために多くの部下を生け贄に差し出した」
「それが、邪神の王の息子とは笑わせる」
そう、遠くから高みの見物を決め込んでいたその者の気配は、以前沙麼蘿が出会った邪神の王の一ノ姫である華風丹に良く似ていた。だが、華風丹とは似ても似つかない出来損《できそこ》ないのようだと沙麼蘿は思う。
華風丹なら、自分が助かるために連れて来た全ての邪神や鬼神を置いて逃げることなどしないだろう。いやその前に、後先さえ考えていないこんな闘い方はしない。
氷龍が作り上げた氷の世界は、沙麼蘿の後方である哪吒達がいる場所を除き、沙麼蘿と皇の前方を氷の監獄として完成している。氷の中で固まったまま身動きさせずに佇む者達、既に息絶えている者もそうでない者も、意識があるのかすらわからない。
そんな中で沙麼蘿だけが中央に進み出て、頭上の氷龍を見つめ笑った。氷龍が生きた者の命を喰らい尽くすのはいつぶりのことか、それはもう遠い遠い昔のことだ。
沙麼蘿が手にしていた氷龍神剣を、剣先を下にして差し出す。そしてその握りしめていた剣の柄を掌から離すと、剣はゆっくりと沙麼蘿の手を離れ凍りついた地面に向かって行き、氷に突き刺さった。
剣が氷に突き刺さったのと、それを合図に全ての氷にひびが入ったのはほぼ同時。そしてそこから耳を塞ぎたくなるような、魂がひび割れて行く音がする。それは数多の人々の悲鳴にも似て、辺り一面に木霊する。
この魂の悲鳴を聞いて笑っていられるのは沙麼蘿だけだ、皇ですらわずかに眉間にシワを寄せる。だが他の者はそうではない、この魂がひび割れる悲鳴をまともに聞けば、心が壊れる者も出てきかねない。
あの哪吒ですら、できればこの悲鳴は聞きたくないと思っている。そしてその悲鳴が終るのと同時に、全ての魂を喰らい尽くした氷龍と、氷龍の制御を終えた風龍は、細かな粒子の粒となって消えて行った。
後には、氷も鬼神や邪神の亡骸すらもない、ただの何もない大地だけが残っていた。だが、しばらくの間を置いて、辺りに鳥の鳴き声が聞こえはじめ、虫や小さな動物が動き出す気配がする。全てが、何時もの時間を刻み始めた時、沙麼蘿と皇だけは一点を見詰めていた。
********
阿吽の呼吸→二人以上で一緒に物事を行うときの、互いの微妙な気持ち。また、それが一致すること
余興→宴会などで、興をそえるために行う演芸
咆哮→猛獣などが、ほえたけること。また、その声
縦横無尽→どの方面にも限りがないこと。物事を思う存分にすること。また、そのさま
監獄→受刑者や被疑者、被告人などを拘禁(こうきん)するための施設
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