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第二章
徒の催花雨《十》
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「耳を塞ぎなさい! 両手を耳に貼り付け、決してあの音を聞いてはならない。あの音を聞いたが最後、普通の人間は正気を保ってはいられなくなる。それ程に、魂が砕け散る時に聞こえる悲鳴は酷いのです。石榴、結界を最大限に広げて。公女あの剣が、氷の大地に突き刺さるまでの間だけもてばいい」
哪吒の叫び声が結界の中に木霊する。もとからこの仙器が作り出した結界が、沙麼蘿の力を防げるとは思わない。
氷の壁は、風龍の力によってこちらに向かってくることはい。それなのに、氷の壁から発せられる冷氣だけでこんなにも寒い。この上あの悲鳴まで聞かせられるのだ。
全員に耳を塞がせ、結界を最大限にまで広げても、まだ不十分。哪吒は自らの天色の衣に浮かぶ白蓮華と紅蓮華の絵柄の上に手をかざす。するとそこから、ふわりと白蓮花が浮かび上がり哪吒の手の上に落ちた。
「展開」
哪吒の声に、現れた白蓮華が巨大化し結界の中に広がって行く。丁度その時だ、沙麼蘿の手から剣が堕ちたのは。展開された白蓮華により、一瞬全ての音が結界の中から消える。
だがそれでも、哪吒の耳には微かに聞こえた、魂が砕け散る時のあの悲鳴が。片腕がない哪吒は耳を塞ぐことはできないが、結界の中の人間達や天人達は耳を塞ぎ、悲鳴を聞かずにすむ。
しかし、音は聞こえずとも周りにいた人間や天人達にはわかってしまった。その歪んだ哪吒の顔に、悲鳴がいかに酷いものであるのかが。
悲鳴と共に氷が割れた衝撃が結界を襲い、仙器が砕け散った。かろうじて哪吒の展開した白蓮華によりなんとかもったが、仙器と白蓮華がなければ危なかっただろう。
「公女、皇」
ある一点を見詰めたまま動かない沙麼蘿と皇に、哪吒はハッとして二人の視線の先を追った。
「よう、裏切り者」
邪神の王の一ノ姫である華風丹によく似た気配を持つ邪神の王の息子が、沙麼蘿の力に恐れをなし逃げ帰った後、同じ様な気配の集団が離れた場所に現れ此方を見ていることは気づいていた。
そうして姿を現したのは、沙麼蘿も見知った鬼神だった。以前翡翠観で闘ったことがある、大刀を使う男。
「蜃景、と言ったか」
沙麼蘿の言葉にニヤリと笑った蜃景は鬼神の中でも大柄な男で、雪のように白い髪と黒みがかった赤色である牛の血の双眸を持ち、阿修羅一族を“裏切者”と呼ぶ。そして
「おまえ、しおんか?」
「かみとめのいろがちがう」
いつの間にか沙麼蘿と皇の後ろまで来ていた哪吒達と、玄奘一行の中から金角と銀角が声を上げる。
「まぁ、誰かと思えば金角様と銀角様ではございませんが。しぶとく生きていらっしゃったんですか、玄奘三蔵のように」
そう言う紫苑は、玄奘も一度戦ったことがある相手だ。この女はすべてに溶け込むと言う、斑の中でも珍しい特殊能力を持っている。
玄奘が出会った時には人間の中に混ざり黒髪と黒い睛眸を持っていたが、金角と銀角の前に現れた時は妖怪の中に混ざり込んていて胡桃色の長い髪と双眸していた。
だが今は、半色の襦裙とその襦裙の裾に山々の刺繍が施され十五夜の月が浮かんでいる衣は同じだが、髪と睛眸の色は若緑色だ。この女は、武器に鞭を使う。
蜃景と紫苑、その他に見たことがない男が二人いる。二人とも邪神特有の髪と睛眸の色を持った、恐らく上級神。一人は深碧色の髪と双眸を持つ男で、見るからに機動力がありそうな男。そしてもう一人は柚葉色の髪と双眸を持つ、気配が華風丹によく似た若い男だ。
この柚葉色の髪と双眸を持つ男が邪神の王の息子の一人であり、先程逃げ帰った出来損ないの息子とは違い、華風丹に近い実力を持っている。
「お初にお目にかかる」
連翹はそう言うと、柚葉色の双眸を細めた。先程の邪神の王の息子と違い、部下の後ろに隠れるつもりはないようだ。
「出来損ないとは違い、華風丹に似ているようだ」
「姉上に似ているとは、また最大限の褒め言葉をもらったものだ。私は邪神の王が息子の連翹、これよりは我らがお前達の相手をすることになるだろう。私はこそこそと隠れて動くのが好きではない、だから顔見せだけはしておく。これからは、お前達と血で血を洗う闘いをすることになるのだからな」
連翹は沙麼蘿と皇を前にしても、少しも臆することがない。
「確かに、先程の出来損ないとは違うようだ」
「出来損ない、出来損ないって、それは若様のことか。まぁ、確かにそうだがな」
「望月」
「あぁ、わかってるって」
皇も、初めて会う連翹達が先程逃げ帰った者達とは違い、邪神らしからぬ心持ちをしているようだとは感じている。沙麼蘿の言う華風丹には出会ったことはないが、天人の血を引いていると聞く。ならば、邪神とは少し性格が違うと言うのも当たり前のことだろう。
だが目の前の男は邪神の血しか引いてはいない、それなのに華風丹に似ていると言うのだから面白い。そして邪神が言う若様についても、自分達だけにとどまらず邪神達から見ても同意見と見える。
「連翹、そろそろ時間だ」
「わかっている、そろそろ時間のようだ。次なる戦場で相まみえよう」
そう言うと、連翹達はらゆらりとその場に溶けるように消えていった。
「公女、皇」
「哪吒、大事無いか」
「お陰様で」
沙麼蘿はスッとその姿を人間へと戻す。そして辺りを見回せば、大小の怪我はあれど全員無事な様子がわかった。
「天上の桜を巡る闘いは、また新たな段階へと進んだのでしょうね」
哪吒の言う通り、新たな顔を見せる邪神達と新たに誕生した三蔵法師、果たしてこの中の誰が天上の桜の元まで辿り着くことが出来るのだろうか。
********
天色→晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色
半色→淡い渋みの紅紫色
若緑色→みずみずしい松の若葉のような明るく浅い黄緑色
深碧色→力強く深い緑色
柚葉色→濃く暗い緑色
臆する→気後れしておどおどする。おじける
相まみえる→会う。対面する。互いに顔を付き合わせる
次回投稿は少しお時間をいただいて、7月9日か10日が目標です。
哪吒の叫び声が結界の中に木霊する。もとからこの仙器が作り出した結界が、沙麼蘿の力を防げるとは思わない。
氷の壁は、風龍の力によってこちらに向かってくることはい。それなのに、氷の壁から発せられる冷氣だけでこんなにも寒い。この上あの悲鳴まで聞かせられるのだ。
全員に耳を塞がせ、結界を最大限にまで広げても、まだ不十分。哪吒は自らの天色の衣に浮かぶ白蓮華と紅蓮華の絵柄の上に手をかざす。するとそこから、ふわりと白蓮花が浮かび上がり哪吒の手の上に落ちた。
「展開」
哪吒の声に、現れた白蓮華が巨大化し結界の中に広がって行く。丁度その時だ、沙麼蘿の手から剣が堕ちたのは。展開された白蓮華により、一瞬全ての音が結界の中から消える。
だがそれでも、哪吒の耳には微かに聞こえた、魂が砕け散る時のあの悲鳴が。片腕がない哪吒は耳を塞ぐことはできないが、結界の中の人間達や天人達は耳を塞ぎ、悲鳴を聞かずにすむ。
しかし、音は聞こえずとも周りにいた人間や天人達にはわかってしまった。その歪んだ哪吒の顔に、悲鳴がいかに酷いものであるのかが。
悲鳴と共に氷が割れた衝撃が結界を襲い、仙器が砕け散った。かろうじて哪吒の展開した白蓮華によりなんとかもったが、仙器と白蓮華がなければ危なかっただろう。
「公女、皇」
ある一点を見詰めたまま動かない沙麼蘿と皇に、哪吒はハッとして二人の視線の先を追った。
「よう、裏切り者」
邪神の王の一ノ姫である華風丹によく似た気配を持つ邪神の王の息子が、沙麼蘿の力に恐れをなし逃げ帰った後、同じ様な気配の集団が離れた場所に現れ此方を見ていることは気づいていた。
そうして姿を現したのは、沙麼蘿も見知った鬼神だった。以前翡翠観で闘ったことがある、大刀を使う男。
「蜃景、と言ったか」
沙麼蘿の言葉にニヤリと笑った蜃景は鬼神の中でも大柄な男で、雪のように白い髪と黒みがかった赤色である牛の血の双眸を持ち、阿修羅一族を“裏切者”と呼ぶ。そして
「おまえ、しおんか?」
「かみとめのいろがちがう」
いつの間にか沙麼蘿と皇の後ろまで来ていた哪吒達と、玄奘一行の中から金角と銀角が声を上げる。
「まぁ、誰かと思えば金角様と銀角様ではございませんが。しぶとく生きていらっしゃったんですか、玄奘三蔵のように」
そう言う紫苑は、玄奘も一度戦ったことがある相手だ。この女はすべてに溶け込むと言う、斑の中でも珍しい特殊能力を持っている。
玄奘が出会った時には人間の中に混ざり黒髪と黒い睛眸を持っていたが、金角と銀角の前に現れた時は妖怪の中に混ざり込んていて胡桃色の長い髪と双眸していた。
だが今は、半色の襦裙とその襦裙の裾に山々の刺繍が施され十五夜の月が浮かんでいる衣は同じだが、髪と睛眸の色は若緑色だ。この女は、武器に鞭を使う。
蜃景と紫苑、その他に見たことがない男が二人いる。二人とも邪神特有の髪と睛眸の色を持った、恐らく上級神。一人は深碧色の髪と双眸を持つ男で、見るからに機動力がありそうな男。そしてもう一人は柚葉色の髪と双眸を持つ、気配が華風丹によく似た若い男だ。
この柚葉色の髪と双眸を持つ男が邪神の王の息子の一人であり、先程逃げ帰った出来損ないの息子とは違い、華風丹に近い実力を持っている。
「お初にお目にかかる」
連翹はそう言うと、柚葉色の双眸を細めた。先程の邪神の王の息子と違い、部下の後ろに隠れるつもりはないようだ。
「出来損ないとは違い、華風丹に似ているようだ」
「姉上に似ているとは、また最大限の褒め言葉をもらったものだ。私は邪神の王が息子の連翹、これよりは我らがお前達の相手をすることになるだろう。私はこそこそと隠れて動くのが好きではない、だから顔見せだけはしておく。これからは、お前達と血で血を洗う闘いをすることになるのだからな」
連翹は沙麼蘿と皇を前にしても、少しも臆することがない。
「確かに、先程の出来損ないとは違うようだ」
「出来損ない、出来損ないって、それは若様のことか。まぁ、確かにそうだがな」
「望月」
「あぁ、わかってるって」
皇も、初めて会う連翹達が先程逃げ帰った者達とは違い、邪神らしからぬ心持ちをしているようだとは感じている。沙麼蘿の言う華風丹には出会ったことはないが、天人の血を引いていると聞く。ならば、邪神とは少し性格が違うと言うのも当たり前のことだろう。
だが目の前の男は邪神の血しか引いてはいない、それなのに華風丹に似ていると言うのだから面白い。そして邪神が言う若様についても、自分達だけにとどまらず邪神達から見ても同意見と見える。
「連翹、そろそろ時間だ」
「わかっている、そろそろ時間のようだ。次なる戦場で相まみえよう」
そう言うと、連翹達はらゆらりとその場に溶けるように消えていった。
「公女、皇」
「哪吒、大事無いか」
「お陰様で」
沙麼蘿はスッとその姿を人間へと戻す。そして辺りを見回せば、大小の怪我はあれど全員無事な様子がわかった。
「天上の桜を巡る闘いは、また新たな段階へと進んだのでしょうね」
哪吒の言う通り、新たな顔を見せる邪神達と新たに誕生した三蔵法師、果たしてこの中の誰が天上の桜の元まで辿り着くことが出来るのだろうか。
********
天色→晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色
半色→淡い渋みの紅紫色
若緑色→みずみずしい松の若葉のような明るく浅い黄緑色
深碧色→力強く深い緑色
柚葉色→濃く暗い緑色
臆する→気後れしておどおどする。おじける
相まみえる→会う。対面する。互いに顔を付き合わせる
次回投稿は少しお時間をいただいて、7月9日か10日が目標です。
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