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第二章
徒の催花雨《八》
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「その大斧は、飾り物か」
「化け物が、無駄口をたたくな!」
人の倍はあろうかと言う大男の邪神がどれだけ大斧を振り回し打ち込んでも、目の前の女は一歩たりとも退くことなく片手に持つ剣で軽々と大斧を受け止め跳ね返す。これでは、自分こそがこの場では誰よりも強いお山の大将だと思い込んているこの男には、どちらが強者でどちらが弱者なのかわからないだろう。
「そろそろ飽きたな」
「何…だと」
邪神の大男が次なる何かを言う前に、沙麼蘿はその一歩を踏み出し懐に潜り込むように近づくと、剣を下から上へと振り上げた。それはあっと言う間の出来事、目の前の男から飛び出すように溢れ出た赤紅が辺り一面に散る。それからはまるで身を削り取られるように、沙麼蘿の剣が邪神に降り注ぐ。沙麼蘿は言った
『私は、皇の様に優しくはない。お前達は私の大切な者を傷つけた。皇が負ったかすり傷の一つに至るまで、須格泉の毛並みを傷つけたその一毛に至るまで、お前達の命を持って償え!!』
と。だから眼の前で崩れ落ちている邪神の大男以外にも、蒼宮軍に牙を剥いた全ての鬼神や邪神達に沙麼蘿は晴眸を向けると、あからさまにニヤリと笑って見せた。
「この、化け物がぁーー!!」
今まで高みの見物を決め込んでいた沢山の鬼神や邪神達が、一斉に沙麼蘿に向かって駆け出して来る。それを見た沙麼蘿は、心の底から楽しそうに声を出して笑った後こう言った。
「知っているか、私にとって化け物とは褒め言葉だと言うことを」
この力があるからこそ沙麼蘿は、聖宮や皇を護って来ることができた。例え現天帝である鶯光帝ですら、蒼宮には手出しをすることができない程に。
目の前の鬼神や邪神にどれほどの力があるか知らないが、沙麼蘿にとって彼等は小動物も同じことだ。そんな弱い相手であったとしても、皇と須格泉を傷つけたことは到底許せるものではない。
次々と武器を構えそれを振りかざして来る鬼神や邪神相手にも、沙麼蘿は一歩も引くことなく前に出続ける。大勢の鬼神や邪神の男達が、たった一人に押されて行く。
「一人を相手にこれだけの人数が出て来るとは、鬼神や邪神はそれほどに弱かったのか。あぁ、そうだったな。先程私や哪吒を取り囲んだのも大勢だった、恥も外聞もない闘い方とはこのことだ」
花薔仙女の薬を飲んで回復した皇が、沙麼蘿の横に並び立つ。同じ顔、同じ晴眸、同じ髪の色の二人のはずなのに、まるで別人に見えるのは何故か。それは、沙麼蘿が鬼神の本性を隠していないからだ。
元々沙麼蘿は、皇を真似て今の姿型を保っているに過ぎない。もはや道神や仏神ですら、沙麼蘿の本当の姿を忘れているかも知れない。この皇に似せた姿、道神に近く見える姿に安心して。
だがその皇とて、天上界では斑の血を引くあってはならない存在だと言うのに。沙麼蘿と皇の二人が、本気で並び立てばどうなるのか。
二本の阿修羅の宝具であった剣が、次々と敵を薙ぎ倒して行く。沙麼蘿と皇が振るうその剣には、迷いが全くない。ただ眼の前の敵を討ち滅ぼすのみ。
「哪吒!」
妾季達蒼宮軍に連れられた哪吒が、こちらにやって来る。石榴は急ぎ哪吒を抱え上げると、紫水と泉水の元へと運んだ。二人はあらかじめ用意していた薬を使い、手早く哪吒の傷の手当を行って行く。
「太子様」
心配そうにこちらにやって来た幼子が持つ銀色に輝く腕釧を見た哪吒は、一瞬驚いたように双眸を見開く。
「名付けを受けたのか、玄奘三蔵法師に」
「はい、月亮と」
「そうか、よい名だ。だがもう後には引けなくなった、頑張りなさい」
「はい」
天上の桜を護るには、まだ幼すぎる三蔵の誕生だと言ってもいいだろう。哪吒は確かに玄奘三蔵に幼い月亮を導いて欲しいと頼みはしたが、本当に月亮が三蔵になれるのか疑問はあったと言ってもいい。まだ他に、相応しい年頃の人間がいるのではないかと。
だが月亮が三蔵と決まったからには、これまで以上に護るのみ。これからは、激しい闘いの渦に巻き込まれて行くことだろう。
「石榴、結界はまだ使えるか」
「結界? まだ必要なのか」
「沙麼蘿公女は、おそらく氷龍を呼び出すだろう。あの氷龍からは凄まじい冷気が発せられる、村人達を護らなければならない。それに、氷龍は命を喰らう。喰らう時に聞こえる魂が砕け散る音、その悲鳴は普通の人間には耐えられないはずだ」
そう言うと哪吒は、離れた場所で剣を振るう沙麼蘿と皇を見た。あの魂を喰らいつくす時の悲鳴に耐えられるのは、皇くらいだとしか思えない。
「天界軍、蒼宮軍はこの場で待機を」
「しかし、哪吒太子!」
「妾季、今私達が行っても沙麼蘿公女と皇の足手まといにしかならない。邪魔になるくらいなら、離れた場所から見届ける方がいい。それに、あの邪神達にも援軍が来ることもあるかも知れない。その時のために、力を蓄えておくことも必要だろう」
哪吒はそう言うと、村人達と玄奘一行を自分達の周りに集めた。最初玄奘達はどう言うことかわからなかったが、哪吒に“公女の氷龍が人の魂を喰らう所を見たことは”と言われたことにより、何か碌でもないことが起きるのだろうと皆の所に集まった。
それは、ちょうどいい頃合いだったのかも知れない。全員が哪吒の周りに集まって間もない頃、結界の中に凍えそうな冷気が流れ込んで来た。それは哪吒が思っていた通りの展開。
そして沙麼蘿と皇は、氷龍と風龍を呼び出す。鬼神や邪神達の魂を喰らわせるために、辺りを氷漬けにするのだ。
********
お山の大将→小事を成し遂げた実績を得意に語る人。また、つまらぬ仲間内でも偉ぶる人の性格を指す
双眸→両方のひとみ
次回投稿は6月3日か4日が目標です。
「化け物が、無駄口をたたくな!」
人の倍はあろうかと言う大男の邪神がどれだけ大斧を振り回し打ち込んでも、目の前の女は一歩たりとも退くことなく片手に持つ剣で軽々と大斧を受け止め跳ね返す。これでは、自分こそがこの場では誰よりも強いお山の大将だと思い込んているこの男には、どちらが強者でどちらが弱者なのかわからないだろう。
「そろそろ飽きたな」
「何…だと」
邪神の大男が次なる何かを言う前に、沙麼蘿はその一歩を踏み出し懐に潜り込むように近づくと、剣を下から上へと振り上げた。それはあっと言う間の出来事、目の前の男から飛び出すように溢れ出た赤紅が辺り一面に散る。それからはまるで身を削り取られるように、沙麼蘿の剣が邪神に降り注ぐ。沙麼蘿は言った
『私は、皇の様に優しくはない。お前達は私の大切な者を傷つけた。皇が負ったかすり傷の一つに至るまで、須格泉の毛並みを傷つけたその一毛に至るまで、お前達の命を持って償え!!』
と。だから眼の前で崩れ落ちている邪神の大男以外にも、蒼宮軍に牙を剥いた全ての鬼神や邪神達に沙麼蘿は晴眸を向けると、あからさまにニヤリと笑って見せた。
「この、化け物がぁーー!!」
今まで高みの見物を決め込んでいた沢山の鬼神や邪神達が、一斉に沙麼蘿に向かって駆け出して来る。それを見た沙麼蘿は、心の底から楽しそうに声を出して笑った後こう言った。
「知っているか、私にとって化け物とは褒め言葉だと言うことを」
この力があるからこそ沙麼蘿は、聖宮や皇を護って来ることができた。例え現天帝である鶯光帝ですら、蒼宮には手出しをすることができない程に。
目の前の鬼神や邪神にどれほどの力があるか知らないが、沙麼蘿にとって彼等は小動物も同じことだ。そんな弱い相手であったとしても、皇と須格泉を傷つけたことは到底許せるものではない。
次々と武器を構えそれを振りかざして来る鬼神や邪神相手にも、沙麼蘿は一歩も引くことなく前に出続ける。大勢の鬼神や邪神の男達が、たった一人に押されて行く。
「一人を相手にこれだけの人数が出て来るとは、鬼神や邪神はそれほどに弱かったのか。あぁ、そうだったな。先程私や哪吒を取り囲んだのも大勢だった、恥も外聞もない闘い方とはこのことだ」
花薔仙女の薬を飲んで回復した皇が、沙麼蘿の横に並び立つ。同じ顔、同じ晴眸、同じ髪の色の二人のはずなのに、まるで別人に見えるのは何故か。それは、沙麼蘿が鬼神の本性を隠していないからだ。
元々沙麼蘿は、皇を真似て今の姿型を保っているに過ぎない。もはや道神や仏神ですら、沙麼蘿の本当の姿を忘れているかも知れない。この皇に似せた姿、道神に近く見える姿に安心して。
だがその皇とて、天上界では斑の血を引くあってはならない存在だと言うのに。沙麼蘿と皇の二人が、本気で並び立てばどうなるのか。
二本の阿修羅の宝具であった剣が、次々と敵を薙ぎ倒して行く。沙麼蘿と皇が振るうその剣には、迷いが全くない。ただ眼の前の敵を討ち滅ぼすのみ。
「哪吒!」
妾季達蒼宮軍に連れられた哪吒が、こちらにやって来る。石榴は急ぎ哪吒を抱え上げると、紫水と泉水の元へと運んだ。二人はあらかじめ用意していた薬を使い、手早く哪吒の傷の手当を行って行く。
「太子様」
心配そうにこちらにやって来た幼子が持つ銀色に輝く腕釧を見た哪吒は、一瞬驚いたように双眸を見開く。
「名付けを受けたのか、玄奘三蔵法師に」
「はい、月亮と」
「そうか、よい名だ。だがもう後には引けなくなった、頑張りなさい」
「はい」
天上の桜を護るには、まだ幼すぎる三蔵の誕生だと言ってもいいだろう。哪吒は確かに玄奘三蔵に幼い月亮を導いて欲しいと頼みはしたが、本当に月亮が三蔵になれるのか疑問はあったと言ってもいい。まだ他に、相応しい年頃の人間がいるのではないかと。
だが月亮が三蔵と決まったからには、これまで以上に護るのみ。これからは、激しい闘いの渦に巻き込まれて行くことだろう。
「石榴、結界はまだ使えるか」
「結界? まだ必要なのか」
「沙麼蘿公女は、おそらく氷龍を呼び出すだろう。あの氷龍からは凄まじい冷気が発せられる、村人達を護らなければならない。それに、氷龍は命を喰らう。喰らう時に聞こえる魂が砕け散る音、その悲鳴は普通の人間には耐えられないはずだ」
そう言うと哪吒は、離れた場所で剣を振るう沙麼蘿と皇を見た。あの魂を喰らいつくす時の悲鳴に耐えられるのは、皇くらいだとしか思えない。
「天界軍、蒼宮軍はこの場で待機を」
「しかし、哪吒太子!」
「妾季、今私達が行っても沙麼蘿公女と皇の足手まといにしかならない。邪魔になるくらいなら、離れた場所から見届ける方がいい。それに、あの邪神達にも援軍が来ることもあるかも知れない。その時のために、力を蓄えておくことも必要だろう」
哪吒はそう言うと、村人達と玄奘一行を自分達の周りに集めた。最初玄奘達はどう言うことかわからなかったが、哪吒に“公女の氷龍が人の魂を喰らう所を見たことは”と言われたことにより、何か碌でもないことが起きるのだろうと皆の所に集まった。
それは、ちょうどいい頃合いだったのかも知れない。全員が哪吒の周りに集まって間もない頃、結界の中に凍えそうな冷気が流れ込んで来た。それは哪吒が思っていた通りの展開。
そして沙麼蘿と皇は、氷龍と風龍を呼び出す。鬼神や邪神達の魂を喰らわせるために、辺りを氷漬けにするのだ。
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お山の大将→小事を成し遂げた実績を得意に語る人。また、つまらぬ仲間内でも偉ぶる人の性格を指す
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