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法律との出会いから高校
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「お母さん、コナンの映画を見に行きたい」
「じゃあ、日本国憲法前文を覚えたらね」
小3の春。それが、私と「法」の出会いだった。
流行りの映画を見に行きたいとせがむ私に、自身も法律の仕事をしていた母親が出した条件は「日本国憲法前文を覚えること」。もともと暗記は得意で、百人一首やら俳句100選やら、色々なものを覚えるように言われるのが幼い頃から当たり前だった。またその類のものか。まあ覚えれば映画に行けるんだからさっさと覚えてしまおう。当時の私は呑気にそう考えていた。それが10年後の自分を決めるとも知らずに。
中3の夏。高校受験を控えた私は、春から通い始めた塾の夏期合宿に参加し、母親の運転する車に乗って札幌に帰っていた。
合宿が行われた夕張からの道のりは約1時間半。元々話好きの性分だが、私の下にいる3人の弟妹に手がかかることや年齢的にあまり親と話をしない時期だったことも手伝って、久しぶり───────心からという意味では2年ぶりくらいに、母親と2人でゆっくり話す時間だった。
選抜テストで資格を得た者だけが参加できる合宿は、刺激のオンパレードだった。体育会系文化部の異名を持つ超ブラックな吹奏楽部で活動し、また幼い頃から続けていたピアノのコンクールも並行していた中学時代の私にとって、勉強は正直片手間にやるものだった。それでもよかったのだ。地元の公立中学では、集中して授業を聞き、あとはその片手間の勉強をすればトップでいられたから。春から入った塾でも当然のようにトップのクラス基準を満たし、入塾早々トップクラス唯一の〇〇中の生徒となった。そこで初めて、最低でも自分と同程度、多くの人が自分よりできるという環境に飛び込まされた。
その環境に慣れるより前にやってきた選抜夏期合宿。私よりできる人しかいないように感じた。ただでさえ苦手な数学、理科はもう何を言っているのかよくわからない。板書をノートに写すだけで過ぎていく授業なんて初めてだった。教室内で私が1番授業を理解しているのが当たり前だったのに。
この世には、いや、この北海道ですら、私よりできる人はごまんといる。どこかで分かってはいたことだったけれど、それを目の前に突きつけられたショックは大きかった。それでも、そんな合宿でさえも、社会の時間にスリランカの首都を答えられたのは私だけだった。
私よりできる人はいくらでもいる。
でも、私が戦えるものもある。
ほんの小さな自信と、それとは別の微かな喜び、快感のようなものもたしかに存在していた。私の知らない世界がまだまだある。私はもっと上に、もっと広いところにいける。
部活とピアノと反抗期を言い訳にここまで勉強に本腰を入れずにきた。進路希望調査に、志望校の志望理由を「金髪ギャルになりたい」と書いて担任に苦笑いされたりもした。教育熱心だった両親への反抗のつもりだったりもした。それでも、生来のプライドの高さがここまで私を保って来てくれた。
刺激だらけの3泊4日の合宿はあっという間のようで、たくさんのことを考えさせられた。まだ引退は先だが部活の大会も終わり、ようやくひと息おいて自分と向き合えるタイミングでもあったのかもしれない。
運転する母親に、私はぽつりと告げた。
「私、法学部に行きたい。法曹になりたい」
ずっと思っていたことだった。法律を仕事としていた母親に言うのは思春期の女子中学生には癪だったから言わなかったけれど、中1の頃から将来の夢は弁護士と書いていた。小3の春、日本国憲法を覚えた結果コナンより憲法がおもしろくなってしまい、「映画はもういいからもっと法律のこと教えて」と母親にねだったところから、「法律っておもしろい」という私の気持ちはぶれていなかった。
法律を仕事としていた母親に法学部進学の夢を告げたのは、後から思えば反抗期のピリオドだったのだろう。合宿で刺激を受け、勉強というものについてあらためて考えさせられたことで、某国立大学を出て法律を仕事にする母親のすごさを初めて実感した。私のことはちっとも褒めてくれない、いつももっともっとと高いものを要求されるからもう疲れた。そんな感情が私の反抗期の礎だったのだろう。
すごいと認めざるを得ない母親に、あなたと同じ道を進みたいと宣言することは本来勇気のいることだった。そんな勇気を持ち合わせずにぽつりとこぼしたのが正直なところだが、何と言われるかとドキドキしていたのは事実だ。「あなた程度の努力じゃ無理よ」「もっともっと頑張らないと」今までのようにそう言われると思っていた。それ以外の返答を想定していなかった。
だから、母親から発された言葉は驚きと共に今も頭の中で再生できる。
「じゃあ、お母さんの大学はうってつけだよ」
「あなたは読解力がすごいから、裁判官に向いてると思う」
私の記憶の中では、初めて母親が私の能力を認めてくれた瞬間だった。言いようのない高揚感が湧き上がってきた。すごいと認めた人に、自分の母校を提案された。すごいと認めた人に、同じ道を志すことを応援された。これが、「〇〇大学に行って裁判官になる」という数年に渡る私の目標の始まりだった。
無事合格した第一志望の高校で、私は金髪ギャルにはならなかった。何をしていたのか。中学時代のように、吹奏楽部に入り、ピアノのコンクールに出ていた。やっていることは何も変わっていない。ただひとつ変わったことは、向上心がなくなったことだった。
高校は、塾や合宿の比ではなかった。「ここは休校期間中にそれぞれでやれていると思うので飛ばします」と当たり前のように数学の単元が飛ばされ、私の知らない英単語を当たり前のように知っている人ばかりだった。思ったより私の諦めは早かった。ああ、自分は凡人なんだと思った。〇〇大学なんて目指せるわけがないと思った。そう思ってしまえばあとは簡単、今まで登り詰めてきたプライドの山をころころと転がり落ちるだけ。それでも、尋常じゃなく高い私のプライドはかろうじて保たれていた。なぜなら、私のいる場所は県で1番だから。それだけが私を保つものだった。
ちょっと頑張ろう、くらいの期間は何度か訪れた。この科目のテストでは上位に入ってやろう、苦手な数学だけど赤点はとらないぞ、平均はとるぞ、平均を超すぞ…くらいのモチベーションは度々発生した。でもそれっきりだった。継続して頑張るとか、大きな目標を見据えるとか、そういったことはなかった。できなかった。私は凡人だから。そんな努力できないから。みんなはすごいな、頑張れて。私には無理だ。
高3になった。意外にも私は、模試や進路希望調査では母親の母校である〇〇大学を第一志望に書き続けていた。無理だとわかっていたけれど、そもそも他に行きたい大学もなかった。無理だと分かっていても、それを書くしかなかった。実現するための努力はしていないしできる気もしないのに、それ以外の設計を描けなかった。〇〇大学に行きたいのは本当だったから。法律を学びたい、法曹になりたいのは本当だったから。
でも頑張れなかった。エベレスト級のプライドを持ちながら、私は自分が何かを本気で頑張れる自信がなかったのだ。
教育熱心な両親を持ち、幼い頃から家庭学習の習慣を身につけさせられた。
今では大好きなピアノも、4歳で始めてから中3になるまでは好きじゃなかった。それでも、毎日ピアノに向かわざるを得なかった。コンクールのために明け方まで、1日2桁時間練習する日々もあった。
体育会系文化部と呼ばれ、休みがないで有名な部活も、紆余曲折ありつつもやりきった。音楽経験自体は長いこともあり、中高ずっと、選抜されるコンクールメンバーから外れたことはなかった。
でもそれらは全部、頑張ったとまでは言えない気がしていた。頑張ったというのが糸をピンと張った状態だとしたら、糸が弛んでいるというほど緩んではいなかっただろうけど、伸びている程度だった気がする。張っているところまでいけたことはない気がしていた。
だからずっと、自分に自信がなかった。自分を信じると書いて自信。自分を信じることができなかった。自分が何かを頑張れる人間だと思えなかった。
どうやったら頑張ったと言えるのだろう、努力したと言えるのだろう。
イメージはできても、実感としてわからなかった。
わからないものはできない。
だから私は頑張れない。努力ができない。
努力はできないのに、今の自分でも届きそうな大学を目指すのはプライドが許さなかった。もういいやと楽な過ごし方に流れながも、その先に予想される未来は受け入れられない。身の丈に合わないプライドだけが先回りして、自分自身が追いついていない。
高校に入ってからずっと、自分のことは好きじゃなかった。私の理想とする私とはかけ離れていた。かけ離れているのに、少しでも近づこうともがくことすらできない自分だからますます嫌いになった。自分だめだなあ、甘いなあと思いそれに流されながら、そのくせ、その結果として待ち受けるであろう将来に流れ着くのは絶対に嫌だった。
高校に入ってから、勉強を頑張れなくなった。自分はだめだと、やったってどうせ無理だと思うようになっていた。中学まではそうじゃなかったからこそ、初めて直面した「自分はだめだ」「周りみたいにはできない」「どうせ無理だ」という諦念にどう対処していいかわからなかった。
「あなたは幸せだよ、俺は羨ましい」
ずっと学年で1番の彼と休み時間に話していたとき、ふとそう言われた。
「やりたいと思うものがあって。学びたいと本気で思えるものがあって。あとはやるだけじゃん」
「でもやれないんだよ私。君は、やりたいって思えばなんでもできる頭があるじゃん」
もちろんそれは君のとんでもない努力の結果だけど、と付け加えると、彼は笑った。
「そうだよ、でも俺にはないんだよ、やりたいこと」
やりたいことはあるけど実力がない私。
実力はあるけどやりたいことがない彼。
羨むべきは、幸せなのは、どっちか。
私にはわからなかった。
E判定以外を一度もとらないまま、年が明けた。
共テ10日前の夜、突然私は泣いた。言いようのない恐怖が襲ってきたのだ。心配や不安ではない。それらは、成功するかもという気持ちがあるからこそ存在するのだ。そんな期待は1ミリもなかった。私にあるのは、本気にならないまま、目の前にある勉強だけをそれなりにこなしてきただけだという自覚と、その状態で10日後からとりあえず受験というものをしなければならないのだという恐怖だけだった。
部活を引退してから、勉強しなかったわけではない。そう、「しなかったわけではない」だった。
それは到底、努力と呼べるようなものではなかった。頑張ったと言えるようなものでもなかった。「勉強しなかったわけではない」としか言えなかった。
それを自分が1番わかっているから怖かった。自分だけは全て知っている。自分に嘘はつけないというのはこういうことかと、18歳にして初めて知った。
合格発表の日。当然、私の番号はなかった。期待もしていなかったから落胆もなかった。ただ、「あなたはだめでした」とはっきりと突きつけられたという事実が、胸に深く刺さった。その痛みを感じられる痛覚はまだ残っていたのが救いだった。理想の自分と違う自分にため息をつける、そのプライドだけがこの時の私の鎧だった。
家を出た。部活を引退した9月から通っていた河合塾に向かった。塾の近くにある美容室に入り、「結べるギリギリの長さまで切ってください」と頼んだ。自分に短い髪が似合わないことはよく分かっていた。いいの、それで。ここからの1年は、見た目に気を使う暇も余裕もない。あってはいけない。それに、頑張ろうと思ってはすぐに諦めていた今までを繰り返すようではいけない。この気持ちを忘れないように、諦めないように、目に見える形で表したかった。
そうして私の浪人生活が始まった。
「じゃあ、日本国憲法前文を覚えたらね」
小3の春。それが、私と「法」の出会いだった。
流行りの映画を見に行きたいとせがむ私に、自身も法律の仕事をしていた母親が出した条件は「日本国憲法前文を覚えること」。もともと暗記は得意で、百人一首やら俳句100選やら、色々なものを覚えるように言われるのが幼い頃から当たり前だった。またその類のものか。まあ覚えれば映画に行けるんだからさっさと覚えてしまおう。当時の私は呑気にそう考えていた。それが10年後の自分を決めるとも知らずに。
中3の夏。高校受験を控えた私は、春から通い始めた塾の夏期合宿に参加し、母親の運転する車に乗って札幌に帰っていた。
合宿が行われた夕張からの道のりは約1時間半。元々話好きの性分だが、私の下にいる3人の弟妹に手がかかることや年齢的にあまり親と話をしない時期だったことも手伝って、久しぶり───────心からという意味では2年ぶりくらいに、母親と2人でゆっくり話す時間だった。
選抜テストで資格を得た者だけが参加できる合宿は、刺激のオンパレードだった。体育会系文化部の異名を持つ超ブラックな吹奏楽部で活動し、また幼い頃から続けていたピアノのコンクールも並行していた中学時代の私にとって、勉強は正直片手間にやるものだった。それでもよかったのだ。地元の公立中学では、集中して授業を聞き、あとはその片手間の勉強をすればトップでいられたから。春から入った塾でも当然のようにトップのクラス基準を満たし、入塾早々トップクラス唯一の〇〇中の生徒となった。そこで初めて、最低でも自分と同程度、多くの人が自分よりできるという環境に飛び込まされた。
その環境に慣れるより前にやってきた選抜夏期合宿。私よりできる人しかいないように感じた。ただでさえ苦手な数学、理科はもう何を言っているのかよくわからない。板書をノートに写すだけで過ぎていく授業なんて初めてだった。教室内で私が1番授業を理解しているのが当たり前だったのに。
この世には、いや、この北海道ですら、私よりできる人はごまんといる。どこかで分かってはいたことだったけれど、それを目の前に突きつけられたショックは大きかった。それでも、そんな合宿でさえも、社会の時間にスリランカの首都を答えられたのは私だけだった。
私よりできる人はいくらでもいる。
でも、私が戦えるものもある。
ほんの小さな自信と、それとは別の微かな喜び、快感のようなものもたしかに存在していた。私の知らない世界がまだまだある。私はもっと上に、もっと広いところにいける。
部活とピアノと反抗期を言い訳にここまで勉強に本腰を入れずにきた。進路希望調査に、志望校の志望理由を「金髪ギャルになりたい」と書いて担任に苦笑いされたりもした。教育熱心だった両親への反抗のつもりだったりもした。それでも、生来のプライドの高さがここまで私を保って来てくれた。
刺激だらけの3泊4日の合宿はあっという間のようで、たくさんのことを考えさせられた。まだ引退は先だが部活の大会も終わり、ようやくひと息おいて自分と向き合えるタイミングでもあったのかもしれない。
運転する母親に、私はぽつりと告げた。
「私、法学部に行きたい。法曹になりたい」
ずっと思っていたことだった。法律を仕事としていた母親に言うのは思春期の女子中学生には癪だったから言わなかったけれど、中1の頃から将来の夢は弁護士と書いていた。小3の春、日本国憲法を覚えた結果コナンより憲法がおもしろくなってしまい、「映画はもういいからもっと法律のこと教えて」と母親にねだったところから、「法律っておもしろい」という私の気持ちはぶれていなかった。
法律を仕事としていた母親に法学部進学の夢を告げたのは、後から思えば反抗期のピリオドだったのだろう。合宿で刺激を受け、勉強というものについてあらためて考えさせられたことで、某国立大学を出て法律を仕事にする母親のすごさを初めて実感した。私のことはちっとも褒めてくれない、いつももっともっとと高いものを要求されるからもう疲れた。そんな感情が私の反抗期の礎だったのだろう。
すごいと認めざるを得ない母親に、あなたと同じ道を進みたいと宣言することは本来勇気のいることだった。そんな勇気を持ち合わせずにぽつりとこぼしたのが正直なところだが、何と言われるかとドキドキしていたのは事実だ。「あなた程度の努力じゃ無理よ」「もっともっと頑張らないと」今までのようにそう言われると思っていた。それ以外の返答を想定していなかった。
だから、母親から発された言葉は驚きと共に今も頭の中で再生できる。
「じゃあ、お母さんの大学はうってつけだよ」
「あなたは読解力がすごいから、裁判官に向いてると思う」
私の記憶の中では、初めて母親が私の能力を認めてくれた瞬間だった。言いようのない高揚感が湧き上がってきた。すごいと認めた人に、自分の母校を提案された。すごいと認めた人に、同じ道を志すことを応援された。これが、「〇〇大学に行って裁判官になる」という数年に渡る私の目標の始まりだった。
無事合格した第一志望の高校で、私は金髪ギャルにはならなかった。何をしていたのか。中学時代のように、吹奏楽部に入り、ピアノのコンクールに出ていた。やっていることは何も変わっていない。ただひとつ変わったことは、向上心がなくなったことだった。
高校は、塾や合宿の比ではなかった。「ここは休校期間中にそれぞれでやれていると思うので飛ばします」と当たり前のように数学の単元が飛ばされ、私の知らない英単語を当たり前のように知っている人ばかりだった。思ったより私の諦めは早かった。ああ、自分は凡人なんだと思った。〇〇大学なんて目指せるわけがないと思った。そう思ってしまえばあとは簡単、今まで登り詰めてきたプライドの山をころころと転がり落ちるだけ。それでも、尋常じゃなく高い私のプライドはかろうじて保たれていた。なぜなら、私のいる場所は県で1番だから。それだけが私を保つものだった。
ちょっと頑張ろう、くらいの期間は何度か訪れた。この科目のテストでは上位に入ってやろう、苦手な数学だけど赤点はとらないぞ、平均はとるぞ、平均を超すぞ…くらいのモチベーションは度々発生した。でもそれっきりだった。継続して頑張るとか、大きな目標を見据えるとか、そういったことはなかった。できなかった。私は凡人だから。そんな努力できないから。みんなはすごいな、頑張れて。私には無理だ。
高3になった。意外にも私は、模試や進路希望調査では母親の母校である〇〇大学を第一志望に書き続けていた。無理だとわかっていたけれど、そもそも他に行きたい大学もなかった。無理だと分かっていても、それを書くしかなかった。実現するための努力はしていないしできる気もしないのに、それ以外の設計を描けなかった。〇〇大学に行きたいのは本当だったから。法律を学びたい、法曹になりたいのは本当だったから。
でも頑張れなかった。エベレスト級のプライドを持ちながら、私は自分が何かを本気で頑張れる自信がなかったのだ。
教育熱心な両親を持ち、幼い頃から家庭学習の習慣を身につけさせられた。
今では大好きなピアノも、4歳で始めてから中3になるまでは好きじゃなかった。それでも、毎日ピアノに向かわざるを得なかった。コンクールのために明け方まで、1日2桁時間練習する日々もあった。
体育会系文化部と呼ばれ、休みがないで有名な部活も、紆余曲折ありつつもやりきった。音楽経験自体は長いこともあり、中高ずっと、選抜されるコンクールメンバーから外れたことはなかった。
でもそれらは全部、頑張ったとまでは言えない気がしていた。頑張ったというのが糸をピンと張った状態だとしたら、糸が弛んでいるというほど緩んではいなかっただろうけど、伸びている程度だった気がする。張っているところまでいけたことはない気がしていた。
だからずっと、自分に自信がなかった。自分を信じると書いて自信。自分を信じることができなかった。自分が何かを頑張れる人間だと思えなかった。
どうやったら頑張ったと言えるのだろう、努力したと言えるのだろう。
イメージはできても、実感としてわからなかった。
わからないものはできない。
だから私は頑張れない。努力ができない。
努力はできないのに、今の自分でも届きそうな大学を目指すのはプライドが許さなかった。もういいやと楽な過ごし方に流れながも、その先に予想される未来は受け入れられない。身の丈に合わないプライドだけが先回りして、自分自身が追いついていない。
高校に入ってからずっと、自分のことは好きじゃなかった。私の理想とする私とはかけ離れていた。かけ離れているのに、少しでも近づこうともがくことすらできない自分だからますます嫌いになった。自分だめだなあ、甘いなあと思いそれに流されながら、そのくせ、その結果として待ち受けるであろう将来に流れ着くのは絶対に嫌だった。
高校に入ってから、勉強を頑張れなくなった。自分はだめだと、やったってどうせ無理だと思うようになっていた。中学まではそうじゃなかったからこそ、初めて直面した「自分はだめだ」「周りみたいにはできない」「どうせ無理だ」という諦念にどう対処していいかわからなかった。
「あなたは幸せだよ、俺は羨ましい」
ずっと学年で1番の彼と休み時間に話していたとき、ふとそう言われた。
「やりたいと思うものがあって。学びたいと本気で思えるものがあって。あとはやるだけじゃん」
「でもやれないんだよ私。君は、やりたいって思えばなんでもできる頭があるじゃん」
もちろんそれは君のとんでもない努力の結果だけど、と付け加えると、彼は笑った。
「そうだよ、でも俺にはないんだよ、やりたいこと」
やりたいことはあるけど実力がない私。
実力はあるけどやりたいことがない彼。
羨むべきは、幸せなのは、どっちか。
私にはわからなかった。
E判定以外を一度もとらないまま、年が明けた。
共テ10日前の夜、突然私は泣いた。言いようのない恐怖が襲ってきたのだ。心配や不安ではない。それらは、成功するかもという気持ちがあるからこそ存在するのだ。そんな期待は1ミリもなかった。私にあるのは、本気にならないまま、目の前にある勉強だけをそれなりにこなしてきただけだという自覚と、その状態で10日後からとりあえず受験というものをしなければならないのだという恐怖だけだった。
部活を引退してから、勉強しなかったわけではない。そう、「しなかったわけではない」だった。
それは到底、努力と呼べるようなものではなかった。頑張ったと言えるようなものでもなかった。「勉強しなかったわけではない」としか言えなかった。
それを自分が1番わかっているから怖かった。自分だけは全て知っている。自分に嘘はつけないというのはこういうことかと、18歳にして初めて知った。
合格発表の日。当然、私の番号はなかった。期待もしていなかったから落胆もなかった。ただ、「あなたはだめでした」とはっきりと突きつけられたという事実が、胸に深く刺さった。その痛みを感じられる痛覚はまだ残っていたのが救いだった。理想の自分と違う自分にため息をつける、そのプライドだけがこの時の私の鎧だった。
家を出た。部活を引退した9月から通っていた河合塾に向かった。塾の近くにある美容室に入り、「結べるギリギリの長さまで切ってください」と頼んだ。自分に短い髪が似合わないことはよく分かっていた。いいの、それで。ここからの1年は、見た目に気を使う暇も余裕もない。あってはいけない。それに、頑張ろうと思ってはすぐに諦めていた今までを繰り返すようではいけない。この気持ちを忘れないように、諦めないように、目に見える形で表したかった。
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