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第37 さよなら、恋の期間 1

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閉じた扉にもたれたまま、私は強く目を瞑った。
大きくゆっくりと深呼吸を繰り返して、こみ上げてきそうなものを飲み込んでいく。

実家で宛がわれた自室のように薄い壁ではないのだから、少しぐらい泣いたって平気だろう。でも、泣いたところでどうしようもないのだ。逆に泣いてしまえば、次に上手く笑うことができなさそうで私は指先で口角を押し上げた。

鏡の前に立ってみる。当たり前だろうけど、鏡の中にはエレンと同じ顔があった。

V字に広げた指先で持ち上げた口角はちゃんと笑ってるように見えている。良かった、これならまだ大丈夫そうだ。まだちゃんとエレンとして振る舞える。鏡の中の姿に私はホッと安心した。

「エレンが来るのはいつだろう……」

それまでは上手く振る舞わなくてはいけないのだ。でも、今日のお父様の様子を見ても、もうそれほど時間はないだろう。

当人同士の問題だと言うなら、リオネル様の気持ちを全く無視をしてマエリス様があんなことを言うはずがない。

あぁやってお父様へ告げてしまっても問題ないと思うぐらい、マエリス様はリオネル様の気持ちを確信しているのだろう。

「1年間…保たなかったな……」

それは私に許されたと思っていた恋の期間だった。

生涯で好きな人のそばに居られる最初で最後の期間だろうから。だから、せめて四季を一緒に巡りたかった。でもそれはただの私のワガママなのだ。そんなことを理由にリオネル様の想いを邪魔して良いわけじゃない。

もともとリオネル様がエレンへの想いを告げる日が来たのなら、すぐに出て行くと決めていたはずなのだ。だから私はエレンとして振る舞いながら、1日でも早く本物のエレンと交代しなくちゃいけなかった。

「でも、リオネル様が想っていらっしゃるのがエレンだったなんて……」

リオネル様と出会ったなんてエレンからは1度も聞いたことはなかったのだ。

だけど思い出してみれば、リオネル様はいつだってエレンとして振る舞う私に優しくしてくれた。舞踏会でだってエディス様から庇ってくれて、なによりもその時にリオネル様は仰っていたはずだった。

『あの事故から庇ったのも、彼女だと思ったからだとしたら?』

あの言葉のままなのだろう。

それなら奉公人としてお世話になっているはずなのに、こんなゲスト並の扱いだったことも、そういうことかと頷ける。

「いつだってハッキリとリオネル様はエレンに好意を向けていたのに…」

それなのに見たくない事実から逃げ続けたのは私だった。エレンから出会った話しなんて聞いていない、と言い訳をして。

そんなはずはないと思っていたかったのだ。

「ひどいことを、言っちゃった……」

女性に対して言動が軽率だと何度もとがめてしまっていた。
真心を向けたはずの相手から、そう言ってはね除けられてしまうのは気持ちを傷付けてしまったはずだ。

だからクラウス様はリオネル様を『可哀想になってきた』と仰ったのだろう。
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