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第43 さよなら、恋の期間 7
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不意に扉をノックする音が聞こえてくる。
「リオネル、開けてもよいかしら?」
マエリス様の声に私は慌ててリオネル様から身体を離して、扉の方へ向き直る。リオネル様がご存じということはマエリス様もそうなのだろうか。そうだとしたら、マエリス様は騙している私を不快には思ってはいなかったのだろうか。
「大丈夫だ」
そんな不安が表れていたのだろう。リオネル様がキュッと手を握って私に微笑んでくる。
そのまま入室を促すリオネル様の言葉に、マエリス様が扉を開いて入ってきた。
「…あら? 青い顔をしていると聞いたのですが、この様子なら、受けて頂けたということで良いのかしら?」
「はい、ようやく手に入りました」
嬉しそうに笑うリオネル様のそばで私はマエリス様に頭を下げた。
「……マエリス様、この度は申し訳ございませんでした」
リオネル様は『大丈夫だ』と仰っていたが、騙され続けて気持ち良い人は普通はいない。
「レナが謝ることではありませんわ。貴女に責任はありませんもの」
でも聞こえてきた声は食卓で聞いた時のように、とても柔らかい声だった。
「ですがーー」
それでも感じてしまう罪悪感は大きかった。だけど言葉を続けようとした私の唇にマエリス様の指が添えられる。
「ずっと娘とお茶をしたり、庭の花を愛でながらお散歩をしたり、ドレスや髪形を色々選んだり、そんなことを楽しみにしていたのよ。付き合ってくれるかしら?」
「……むすめ、ですか?」
「あら、リオネルと結婚してくれるのでしょ?」
「…はい……」
「それでしたら、例え義理のだとしてもエレナは私にとっては娘であることには変わりませんわ」
マエリス様のその言葉を聞いて、もう私はダメだった。色んな想いがこみ上げてきて、それと一緒に胸の奥も目の奥もすごく熱くなっていた。
「…っ、っふ……」
みっともないと思うのにボロボロと零れ落ちていく涙が少しも止められない。
いままで素直に泣いたことなんてなかったから、どうして良いのか分からなかった。
「大丈夫よ、もう我慢しなくても大丈夫。今までよく頑張っていたわ、泣きたければ泣きなさい。そしてこれからはエレナとしていっぱい笑って幸せになりなさい」
抱き締めてくれる柔らかな感触が、私を小さな子どもに返してしまう。
私にも生んでくれた人はいた。母と呼ばれるはずの人だった。でもお母様と呼びかけることは、私には許されてはいなかった。
必要があって呼びかけた時でさえも、返される目は他人を見るときよりも冷たかった。
抱き締められた覚えはない。優しくあやしてくれる声が私に向けられたことはない。
それに焦がれたことがないとは言わないけど、手に入らないものだと、とうの昔に諦めていた。
それなのに、いまこうやってマエリス様から与えてもらえるなんて。数時間前の私は少しも思ってはいなかったのだ。
そばに近付いたリオネル様がそっと髪を撫でてきた。
「私が幸せにする。ずっとエレナが笑っていられるように。何があっても貴女を守ろう」
「ど、どう、して、ですか……?」
そばから聞こえてきた声に私は思わずそちらを向いた。きっと涙で顔はぐしゃぐしゃになっている。でも、どうしてそこまで言ってもらえるのかが分からなかった。だからその答えを聞きたかった。
「貴女が好きだから、と言うのは答えにはならないだろうか?言っただろう。ずっと探していたって」
そう言って私の指にそっとはめられた指輪が、今まで見た何よりもキラキラと輝いて見えていた。
与えられた色々なモノに淑女らしくとか、分別を持ってとか、そんなことが全て押し流されていく。
こんな私の姿こそ良い歳をしてみっともない姿だろうけど、私はついに声を上げて泣き始めてしまった。記憶にある中で初めてのことで、やっぱり私にはどうやって止めたら良いのか分からなかった。
「リオネル、開けてもよいかしら?」
マエリス様の声に私は慌ててリオネル様から身体を離して、扉の方へ向き直る。リオネル様がご存じということはマエリス様もそうなのだろうか。そうだとしたら、マエリス様は騙している私を不快には思ってはいなかったのだろうか。
「大丈夫だ」
そんな不安が表れていたのだろう。リオネル様がキュッと手を握って私に微笑んでくる。
そのまま入室を促すリオネル様の言葉に、マエリス様が扉を開いて入ってきた。
「…あら? 青い顔をしていると聞いたのですが、この様子なら、受けて頂けたということで良いのかしら?」
「はい、ようやく手に入りました」
嬉しそうに笑うリオネル様のそばで私はマエリス様に頭を下げた。
「……マエリス様、この度は申し訳ございませんでした」
リオネル様は『大丈夫だ』と仰っていたが、騙され続けて気持ち良い人は普通はいない。
「レナが謝ることではありませんわ。貴女に責任はありませんもの」
でも聞こえてきた声は食卓で聞いた時のように、とても柔らかい声だった。
「ですがーー」
それでも感じてしまう罪悪感は大きかった。だけど言葉を続けようとした私の唇にマエリス様の指が添えられる。
「ずっと娘とお茶をしたり、庭の花を愛でながらお散歩をしたり、ドレスや髪形を色々選んだり、そんなことを楽しみにしていたのよ。付き合ってくれるかしら?」
「……むすめ、ですか?」
「あら、リオネルと結婚してくれるのでしょ?」
「…はい……」
「それでしたら、例え義理のだとしてもエレナは私にとっては娘であることには変わりませんわ」
マエリス様のその言葉を聞いて、もう私はダメだった。色んな想いがこみ上げてきて、それと一緒に胸の奥も目の奥もすごく熱くなっていた。
「…っ、っふ……」
みっともないと思うのにボロボロと零れ落ちていく涙が少しも止められない。
いままで素直に泣いたことなんてなかったから、どうして良いのか分からなかった。
「大丈夫よ、もう我慢しなくても大丈夫。今までよく頑張っていたわ、泣きたければ泣きなさい。そしてこれからはエレナとしていっぱい笑って幸せになりなさい」
抱き締めてくれる柔らかな感触が、私を小さな子どもに返してしまう。
私にも生んでくれた人はいた。母と呼ばれるはずの人だった。でもお母様と呼びかけることは、私には許されてはいなかった。
必要があって呼びかけた時でさえも、返される目は他人を見るときよりも冷たかった。
抱き締められた覚えはない。優しくあやしてくれる声が私に向けられたことはない。
それに焦がれたことがないとは言わないけど、手に入らないものだと、とうの昔に諦めていた。
それなのに、いまこうやってマエリス様から与えてもらえるなんて。数時間前の私は少しも思ってはいなかったのだ。
そばに近付いたリオネル様がそっと髪を撫でてきた。
「私が幸せにする。ずっとエレナが笑っていられるように。何があっても貴女を守ろう」
「ど、どう、して、ですか……?」
そばから聞こえてきた声に私は思わずそちらを向いた。きっと涙で顔はぐしゃぐしゃになっている。でも、どうしてそこまで言ってもらえるのかが分からなかった。だからその答えを聞きたかった。
「貴女が好きだから、と言うのは答えにはならないだろうか?言っただろう。ずっと探していたって」
そう言って私の指にそっとはめられた指輪が、今まで見た何よりもキラキラと輝いて見えていた。
与えられた色々なモノに淑女らしくとか、分別を持ってとか、そんなことが全て押し流されていく。
こんな私の姿こそ良い歳をしてみっともない姿だろうけど、私はついに声を上げて泣き始めてしまった。記憶にある中で初めてのことで、やっぱり私にはどうやって止めたら良いのか分からなかった。
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