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第42 さよなら、恋の期間 6

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「体調は悪くない、医者は不要だ。下がっていてくれ」

集まってきていた使用人の方々をリオネル様が解散させる。

その姿を私は呆然と見ているしかない状況だった。

どうしてリオネル様がその名前を呼ぶのだろう。いつから気付かれてしまったのだろう。

リオネル様に促されて戻った執務室の扉がパタンと音を立てて閉まってしまう。この部屋にいるのは2人きりで、私はもう逃げることも、隠れることもできなかった。

「驚かせてしまって、すまなかった」

「いえ、いいえ! 違うんです! リオネル様が謝ることなど1つもございません!」

リオネル様の謝罪に私はとっさに大きな声で否定をした。

「騙してしまっていて申し訳ございませんでした」

言葉が震えてしまう。指先がどんどん冷たくなっていく。きっと顔色はさっきのリオネル様のように悪いだろう。

私はもう、どんな表情を向けられているのかが怖くて、リオネル様の顔を見ることができなかった。

「エレナが謝ることではない。そのことは後からしっかりと話をしよう……だから、どうか、さっきの言葉をなかったことにはしないでくれないか?」

「さっきの言葉…?」

「一緒に人生を歩いて欲しいと、願ったはずだ」

「あれはエレンへの言葉だと」

「違う! 私はずっとあのお茶会で会った時から、ずっとエレナを探していた。あの言葉はエレナ、貴女へ願ったことだ」

「……」

あまりの状況になにも言葉が出てこない私の前でリオネル様が跪く。

「色恋ごとには正直不慣れだ。仕事のようには上手く対処もできずに、プロポーズでさえこんなありさまだ。だけど、ずっとエレナだけを想ってきた。その気持ちだけは本当なんだ」

リオネル様が私の指を握り込む。少し痛いぐらいに握られた力がリオネル様の必死な想いを伝えてくる。

「だから、どうか “はい” と言ってくれないか。これからを私と一緒に生きて欲しい。私のそばにいて欲しい」

そう言って指先にキスを落とす姿は、まるで祈りを捧げているようにも見えていた。

これは夢なのかもしれない。優しい人達をさんざん騙してきた私がすんなりと幸せになるのは間違っている。

そんなことも頭を過るのに、涙をこらえ続けていた心はもう自重することも意地を張ることもできなかった。

目の奥が熱くなって、そんなリオネル様の姿がどんどんぼやけてしまう。

夢だとしてもエレンではなくエレナとして、素直に想いを告げられる機会は失いたくない。

「は、い…一緒に、いたいです……」

だから私はそう願いを口にした。

いまリオネル様はどんな顔を向けてくれているのだろう。ハッキリと見たいのに、浮かんだ涙で見えなかった。

だけど私の言葉に、リオネル様が息を飲む音が聞こえてきた。

「ありがとう、エレナ。一生大切にする……!」

そう言って抱きしめてきたリオネル様の声は、いつもよりも上擦っているようだった。痛いほどの抱擁は、指先を握っていた時のようにリオネル様の強い想いを感じさせた。

そして同時に夢ではなくて現実なのだと、私にも教えてくれる状態だった。

私の名前を呼びながら向けられた腕に嬉しくなる。私のものになることはない、とずっと思っていた腕だった。

その腕の中に素直に抱き寄せられながら、私は温もりを感じていた。

この腕も、温もりもエレンのものだと信じていたから。さっきまでの私がせめてと望めたのは、頬に触れる温もりだけだった。

そのリオネル様の温もりが、今は身体を包んでいた。

聞きたいことはいっぱいあった。でも今は胸が詰まりすぎて何も聞くことができなかった。
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