愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)

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 エフガァが戻ったと聞いたのは、その日の夕方ごろだった。

 さっそく呼び出した俺に、執務室へやってきたエフガァは複雑そうな表情をしていた。

「あれに監視をつけろ」

「……恐れ入ります。監視とは、どういう事でしょうか……?」

 リリナシスをまるで娘のように見ていたのだ。この言葉はエフガァには、だいぶ不快だったのだろう。俺が想った通り、返ってきた言葉だけは丁寧だが、視線はだいぶ鋭かった。

「言葉のままだ。お前が信を置く者を選出しろ」

「ですが、リリナシス様は!」

「あれの名前を口に出すな!!」

 カッと湧き上がった苛立ちに、気が付けば怒鳴り声を上げていた。

「……すまん」

 コントロールできない感情の厄介さに、小さく舌打ちが出てしまう。そんな日頃の俺らしくない行動は、エフガァの気勢をそいだようだった。

「いったい何があったのですか……?」

 まっすぐにエフガァが、俺の顔を見つめていた。
 その目は深い湖畔のように凪いでいて、隊長として務めるこの男の、度量を感じさせてくる。

「……今回の件は、お前はどこまで知っている?」

「リリナシス様が禁忌薬を作られて、ヴィルトス様が追放された……それだけでございます……」

「その禁忌薬の内容は?」

「存じ上げておりません」

 そうか、と俺は言葉を切った。

 沈黙が執務室の中に流れる。エフガァは俺が話すことを疑っていないのか。相変わらず真っ直ぐに、黙って俺を見つめていた。

 そう言えば。フッと昔を思い出す。
 リリナシスと小さい頃に悪さをして、エフガァの前に立った時も同じだった。

 叱られる怖さに、2人とも黙っていれば。促すわけでも、諭すわけでもなく。エフガァもずっと黙ったまま、この目でジッと見ていたのだ。

 そんな状況に耐えられなくなり、洗いざらい白状していたのは、俺とリリナシス。いったいどっちが先だっただろう。

 そんな想い出に、身体から力が抜けていく。
 衝動に翻弄されるだけだった心が、少しだけ落ち着きを取り戻していた。

「……なぁ、エフガァ」

「はい、どうしましたか?」
 
 まるで子どもの頃のように。素直に傾けた心に、寄り添ってくれるような声だった。
 
 きっと、この男には、こちらの心情も見通されている。
 
「……薬がな……心を変えてしまったんだ……1番強い気持ちだけを、逆にしてしまうらしくて……だからいまの俺は、アイツが憎くてたまらない……」

 あれだけ毎日いがみ合っておきながら、今さら何を、と思いはする。その上、殺意染みた嫌悪感さえ抱く相手だ。もう放っておけばいい、そんな考えも過っていた。

 だけど、理性が警鐘を鳴らすのだ。
 さんざん感情に従って失敗したのが、今なのだ。ここで手を離せば、必ず後悔する日が来る。

 憎しみの分だけ、愛していたはずなのだ。

「頼む、アイツに便宜を図ってくれ。こんな事はエフガァ。お前にしか頼めない」

 真意を探るように、向けられていたエフガァの顔が和らいでいく。

「分かりました。引き受けましょう」

 それは、まるで子どもの頃に、何度も見た覚えのある表情だった。

『次はダメですよ』

 そう言って、俺とリリナシスの悪さを許す時、エフガァはいつもこんな顔で笑っていた。

「……すまない……ありがとう……」

「まったく、あなた達は幾つになっても、変わらない……」

 そんな事を思っていると。
 続けて聞こえてきたのは、子ども扱いする説教だった。

 まさかこの歳で、そんな説教を食らうとは、少しも思っていなかったのだ。俺は顔を片手に埋めながら、久しぶりに声を出して笑ってしまった。

「ああ、そうだな。本当に済まなかった」

 参ったと笑いながら顔を覆い隠した手の平の下で、覆った目の奥が、やたら熱くて、痛かった。
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