不器用なカーマイン~雛鳥の恋~

くまはら香猫

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「ねぇ、樹里(じゅり)さんと同じ髪色にして欲しいの」
 真鍮製のドアベルが激しく鳴る。パーマ液の匂いを吸い込む前にセーラー服姿のひなたが放った言葉は、店内に居た人々の意表を突いたようだった。
 店員の他に、座って施術されている唯一の客までが振り返る。
「ひなたちゃんは綺麗な黒髪なんだから、染めない方がいいわよ」
 関係ないんだから、谷本のおばさんは余計なこと言わないで欲しい。あたしの意志は非常に固いのだ。
 天野家の一階は美容室。たった一席しかない街の小さな美容室である。なのに従業員は何故か三人も居るのだから驚きだ。その従業員全員が派手なのに、やってくるのは皆おば様ばかりというのも不思議のひとつ。
 そのうちの一人、店長であるひなたの姉はるひは入り口真横のレジで雑誌を読みながらメイクを直していた。
「ったく、あんたは。また馬鹿なこと言ってぇ」
 彼女は呆れた顔で見上げた。
「お姉ちゃんはしてやらないわよ」
「いいもん。皐(さつき)ちゃんにしてもらうから」
 最初からそのつもりだった。地元で浮くようなギャルメイクの姉に馬鹿とは言われたくはない。
 ひなたは腰まである髪をなびかせて、金髪の男性に向き直る。彼は何事もなかったかのように、谷本をシャンプー台まで連れて行こうとしていた。
「はぁああ? 俺ぇ?」
 白いワイシャツに黒ベスト、穴だらけのジーンズを身につけた一八〇センチ強の皐は、怪訝な表情を浮かべて睨み返した。やや三白眼のきつい目が一段と険しく見える。普通にしていれば端正な顔立ちで可愛い名前なのに、態度はまるでヤンキーのよう。
 とはいえ、小さい頃から見慣れているひなたは全くへこたれない。ベストの裾を逃がさないよう掴むと、上目使いで頼み込む。
「皐ちゃん、あたしを樹里さんみたいにして!」
「駄・目」
 たちまち戻るのは、はっきりとした拒絶。
「お前はまだ高校生なんだから、相応しいのはそのままの色だろ」
 見た目は怖そうだが、皐は真面目な性質だった。東京で美容師をしていたが、幼なじみの姉妹が遺産として引き継いだ店で悩んでいると聞いて、Uターンしてくる程のお人好しでもある。悪いのは口だけで、性根が優しいことはひなたがよく知っていた。
 それに、最近は目撃していなかったが、鋭い目にもちゃんと愛嬌があるんだということも。
「そう? 真衣ちゃんだって奈々ちゃんだって、元々黒いのに茶髪だよ」
「他の友達がするからやるのか? お前、主体性がないな」
「そういう訳じゃないけど、もうあたし十八なんだよ。この春には卒業するのに高校生だからって断るのはずるいでしょ。皐ちゃんは中学の頃から赤かったり白かったりしたのに」
 ひなたは皐の髪を見上げながら反撃する。ほぼ頭ふたつ分も離れているため、毎度のことながら首が痛い。
「……俺のことはいいの、男だから。あと三ヶ月で卒業なんだし、それからにすればいいじゃん」
 自分のことはすっかり棚に上げて、皐は平然と言い放った。
「えっと、クリスマスプレゼントだと思って?」
「それでも駄目。第一、何で樹里の色なわけ? 他の色じゃなくて。クリスマスだとしても派手すぎ」
  彼女を横目で見ると、ひなたと話し始めた皐の代わりにシャンプー台で洗髪を行っていた。すらりと細く痩せた身体だが、凹凸もしっかり出ているナイスバディ。問題になっている彼女の髪は鮮やかなカーマインレッドで、まるで絵の具を塗ったかのようだった。そのビビッドカラーは何処に居ても目立っている。
「樹里さんみたいな……大人になりたいんだもん」
 ひなたの答えは、小さな呟き。本当の答えは口にしづらかった。
「あー? 無理無理。お前と樹里じゃ全然違うだろ。高望みはしないでお前はお前らしくがいいって。似合う色ってのは人それぞれ違うんだから」
 言いたいことは分かる。でも「無理」とかって表現、むかつくよ。
 背後にやや不純な理由があるためか、上手く立ち回れないまま。いつもならはっきりと感情を言葉にできるはずなのに。口喧嘩にもならない不毛な会話が続く。
 これはこれで楽しい。
 でもそうじゃなくて、あたしが言いたいのはね?
 口を開こうとした瞬間、
「こらぁ、ひなた。いつまでもうちのカリスマ美容師の邪魔しない! あんたは上に行って勉強でもしてなさいよ。大学の試験、年明け早々でしょ」
 背後からはるひが怒鳴る。
 その声をきっかけに、皐は大きな手でひなたの頭を軽く撫でた。
「またな」
 普段通りの子供扱い。ひなたが不満の声を上げるより早く背中を向けてしまった。すぐに谷本の髪を触りながら樹里とふたりでブローを始める。
「可愛いわよねぇ、ひなたちゃんって。うちの娘と交換して欲しいわ」
「ですよね、私も妹に欲しいですよ。ね、皐先輩」
「……そうか? あんなこと言う馬鹿な妹だぞ」
「ちょっと、皐。ひなたはうちの妹なんだけど?」
「ああそれってつまり、はるも俺の馬鹿姉ってことだな」
「皐ぃ! 認めないわよ?」
 にこやか且つトゲのある皐の声を聞きながら、間仕切りの扉を閉めて静かに階段を上る。足を進める度に触れられた頭が重くなる気がした。
 「馬鹿な妹」のことなんて分からないよね。ふたりが一緒に居るのを見るのがこんなにつらいなんて思いもしないでしょう。
 ひなたは階段の途中で皆の笑い声を子守歌に、膝を抱いて目を閉じた。
 樹里さんだったら、妹扱いなんてされないよね。
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