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第一章:元聖女と渡鴉旅団
シャルロットとシド
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エルナはこれまでに至る経緯をシドへと話し始めた。
自身の生い立ちから聖女候補として教育を受けていた日々のこと─────
それまでは家族に冷遇されていたこと─────
聖女に認定されてから今の今までその務めを果たしてきたこと─────
聖女の証である聖痕を失い、その聖女の座と第一王子の婚約者という立場を妹に奪われたことや第一王子から国を追い出され、更には両親からも見捨てられたこと─────
そしてそれの理由であの森の中を彷徨い、力尽きて倒れていたことなど……シャルロットは包み隠さずその全てをシドへと話した。
〝嫌われてしまうかもしれない〟という恐怖こそあたったものの、それでもシドになら話しても良い……否、どうしてもシドには聞いて欲しいという気持ちが打ち勝ち、シャルロットは全てを打ち明ける事を決意したのである。
そんなシャルロットの話に静かに耳を傾けていたシドは、暫く考え込んだ末にその口を静かに開いた。
シャルロットはどんな言葉をかけられたとしても後悔はしないと思いながらシドが放つ言葉を待っていたのだが、そのシドの口から出た言葉はシャルロットを心底驚かせる事になる。
「くっっっっだらねっ!」
「……………………………………………………………………はい?」
予想の斜め上を行くシドの言葉にシャルロットは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
てっきり嫌悪されるかと思っていた─────
言葉に出さずとも自身を嫌悪するような視線を向け、そして何も言わずに立ち去ってしまうとも思っていたシャルロットにとって、シドのこの言葉は完全に予想外のものであった。
「あぁ、勘違いさせたならすまん。別にシャルの話に対して言ったわけじゃねぇんだ。シャルの家族やアトランシアの王子、そしてシャルを追いやったヤツらに対して言ったつもりなんだよ」
「殿下達がくだらない……のですか?」
「くだらねぇだろ。だってシャルが好き勝手我儘放題、更には横暴に振る舞っていたのならともかく、話を聞く限りではちゃんと聖女らしい事をしてたじゃねぇか。なのに寄って集って責め立て、その身一つで森の中に放り出すとか正気を疑うレベルだ。それと教会の奴らにも腹が立つ」
シャルロットが〝偽物だ〟と責められていた時、アトランシア王国の教会関係者達は誰一人として彼女の味方に立つことは無かった。
それどころかガイウスに同調してシャルロットに非難の声を浴びせていた。
その事に対してシドは激しく憤りを見せる。
「そのボンクラ王子はともかく……教会連中は誰よりも傍でシャルの事を見てきたはずだ。だからシャルが本物か偽物かなんて直ぐに分かるはずだ。例えそうでなくとも普段のシャルを見ていたのなら、普通は王子に背いてでもシャルを護るのが役目だろうがよ」
シドはそう話すと、次にこの国の聖女にまつわるこんな話をシャルロットへと話した。
「昔……それこそ俺がまだガキの頃の話なんだが、この国の先代聖女が力を使えなくなった事があったんだ」
「え?!」
アルカトラム帝国の先代聖女が今の自分と同じ状況に陥っていたと聞かされたシャルロットは、あまりの事実にあっと驚いてしまった。
「当時はかなり騒がれててさ。もしかしたら聖女では無くなってしまったかもしれないと、そんな噂まで流れた程だった。当時の皇帝も先代聖女に疑いの目を向けていてな……でも、そんな先代聖女の事を身を呈して守ったのが帝国の教会連中だった」
「それでどうなったのですか?」
「教会連中は先ず、どうして先代聖女が力を失ったのか……その原因について調べ始めた。それこそ暫くの間は寝る間も惜しんで調べてたらしい。そのお陰で分かったことがあるんだが……」
「それはいったい……」
シドのもったいぶるような言い方にシャルロットは悪い結果だったのかと思いゴクリと唾を飲み込んだ。
シドがとても深刻そうな表情でそう言っていたのだから尚更シャルロットは不安に駆られたのである。
しかしシドは表情を表情を崩すと、ニッコリと笑ってこう言った。
「〝おめでた〟だったらしい」
「………………あっ、えっ?」
シャルロットは思わず拍子抜けしてしまう。
てっきり良くない理由だったとばかり思っていたのに、シドの口から明かされたのは聞いた誰もが喜ぶような一言だった。
「身篭ってたんだとよ。先代聖女も自覚は無かったらしくてな……まぁ結構忙しくされてたらしいから、妊娠による体調不良もただの風邪だと思ってたらしいぜ?」
「それは大変喜ばしい事ですけど……それが何故、子供が出来た事が力が使えなくなった事に関係するのですか?」
「あ~……教会連中の話では、母体への負担を抑えるためだとか、お腹の中に子供が出来た事で、その子供を守る為に無意識のうちに魔力を注いでたからとか……まぁ諸説あるが、ともかく子供が生まれたあとはまた元通り力が使えるようになったそうだ」
「なるほど……─────っ!という事はもしかして私も……」
ハッとして自身のお腹に目を向けるシャルロットだったが、シドに〝いや、それは無いだろ〟と言われ、思わずカァーッと表情を真っ赤にさせた。
「こんなことを乙女に聞くのはどうかと思うが……シャルはそのボンクラと寝た事があるのか?」
「ぼ、ボンクラ……」
もはや〝王子〟を付けることすらしなくなったシドに何とも言えない顔になるシャルロット。
しかしそう言われて思い返してみれば、自分は一度も一緒に寝るどころか、共に出かけたりすらしていない事を思い出した。
一緒に食事をした記憶すら、思い返してみても指で数える程度である。
故にシャルロットが聖痕を失ったのは身篭った事が原因である可能性は皆無であった。
「ありませんね……では何故、私は聖痕を失ってしまったのでしょう……」
「本来それを調べるのが教会の仕事なんだよ。まぁ何にしろ、手のひらを返したような態度を取るのが可笑しいんだ。それに俺としてはその妹の方も気になるところだな」
「リリアがですか?」
シャルロットの妹であるリリアーナの事が気になっていると話すシド。
シャルロットが聖痕を失ったあの日、入れ替わるようにして聖痕を授かりアトランシア王国の新たな聖女となったリリアーナ。
シャルロットは最初こそリリアーナに疑いを抱いていたが、今は〝何かの偶然だったのかもしれない〟と、その考えを改めていた。
しかしシドがそのリリアーナの名を出した事で、あの時の疑念が僅かながらも呼び起こされる事となった。
しかし同時に何故シドがリリアーナの名を口にしたのか……シャルロットは先ずその疑問を彼に尋ねることにした。
「確かにある程度歳を経てから聖女に目覚めたなんて話はいくつも聞く。その妹とやらもそうなんだろうけどよ……でも、あまりにもタイミングが良すぎやしねぇか?」
「……」
まるで棒で頭を殴られたかのような衝撃がシャルロットを襲う。
言われてみれば確かにシャルロットが聖痕を失ったタイミングとリリアーナに聖痕が現れたタイミングが一緒過ぎる。
それによりシャルロットの中で呼び起こされていた疑念は更に強まっていった。
「それはつまり……リリアが私から聖痕を奪ったという事でしょうか?」
「それについては確信が持てねぇな。仮にそうだったとしてもその……聖痕だったか?それは簡単に奪われるものなのか?」
「いえ……奪われたという話は聞いた事がありません。悪事を働いたことで神々に聖痕を剥奪されたという事例はあるそうですが……」
「でもお前は聖痕を剥奪されるような事はしてねぇんだろ?」
「はい……」
シャルロットはこれまでの自身の生活を思い返す。
聖女の認定を受けてからの彼女は、東に病を患った者がいれば傍に寄り添い聖女の力で癒してやり、西に魔物の脅威が迫っていると聞けばいち早く駆けつけ、その力で村や街を魔物の脅威から護る結界を張る─────そんな日々を過ごしてきたシャルロットを見る限り、とても聖痕を剥奪されるような人物では無い事は見るも明らかであった。
だからこそ分からない……そんな自分が何故、聖女の証である聖痕を失ってしまったのか。
「ま~ともかく……現時点であれこれ考えててもしょうがねぇだろ。今のシャルが優先して考えなきゃならないのは、シャルはこれからどうするかって事だ」
「これからどうするか……ですか?」
現時点では何も解決する事は出来ないと悟ったシドがそう話題を切り替える。
シャルロットはシドの質問に可愛らしく小首を傾げた。
「そうだよ。だってお前さん、身寄りも行く宛ても無いんだろ?」
「そう言えば確かに……そう、ですね」
シドの言う通り今のシャルロットは身を寄せる場所も行く宛ても無い状態だった。
そしてシドは更にこう続ける。
「それにこれからどうやって生活していくつもりなんだ?」
「それは……何処かに雇って貰って……」
「働くってことか?」
「はい……出来れば住み込みで働ければなと」
「今まで聖女としての生活しか送っていなかったのにか?」
「……」
そこまで言われてしまうとシャルロットは何も言えない。
幼い頃から聖女教育を受ける毎日で、聖女になってからはシドの言う通り聖女としての生活しか送ってこなかった。
故にシャルロットは自分の認識が甘いものであったと痛感する。
要するにシャルロットは〝働く〟という事を、よく理解していなかったのである。
そして更に発せられたシドの言葉が彼女の認識の甘さに対する決定打となる。
「そもそも、何処で働くにしろ住民票と身分証が必要になってくるぞ?」
「え……みぶんしょう?じゅうみんひょう?」
それはシャルロットには聞き覚えがない単語であった。
それもそのはず─────シャルロットが過ごしていたアトランシア王国には住民票や身分証といったものは存在しておらず、そもそもこの世界でそのシステムを導入している国はここアルカトラム帝国を始め数える程度しか無かった。
目をパチクリとさせるシャルロットを見てシドは、それはそれは大きなため息を吐いた。
「そうか……アトランシアはそれが無い国のひとつだったか。あのなシャル……身分証ってのは自分のことを本人だと証明する証明書のようなものだ。そして住民票ってのはその人がちゃんとこの国に住んでいる事を証明するものなんだ。他にも戸籍っていう、その家族がちゃんと血縁関係であることを証明するものや、保険証といったものがこの国にはあるんだよ。まぁ戸籍や保険証はともかく……身分証と住民票が無けりゃあ何処も雇ってなんてくれないんだ、この国では」
「そんな─────」
身分証と住民票を持っていないシャルロットはこの国で働くことが出来ない。
働くことが出来なければ金を得ることが出来ず住む場所はもちろん、衣類や食べ物まで得ることが出来ないという残酷な現実を突きつけられ、シャルロットの表情は悲痛なものとなる。
「あの……その身分証や住民票って、どうすれば貰えるんですか?!」
「この国の村や街に点在している役所に申請すれば発行して貰えるんだが……シャルの場合は一から発行することになるからな。そうなるとシャルは今に至るまでの経緯を話さなきゃならなくなる」
「そ……れは……」
シドには話せたが、シャルロットは追放された身の上である事をそれ以外の者達に知られたくは無かったか。
働くことが出来ず、その為に必要なものさえ得ることも出来ない……その事にシャルロットがほとほと困り果てていると、不意にシドがこんな提案を彼女へと述べた。
「うちで働いてみるか?」
「……へ?」
その提案にシャルロットは思わずパッと顔を上げて、視線でその言葉の意味をシドに尋ねる。
「いや、こうして巡り会った仲だしさ……俺としてもこのまま見捨てるのは俺自身の流儀に反するし、後味が悪い。シャルさえ良ければ、その事をガントさんに相談してみるが……どうする?」
「それは大変、嬉しいお誘いですが……ちなみにここでの仕事はどのようなものでしょうか?」
「ん~……まぁ普通に考えると受付嬢あたりかなぁ」
「受付嬢というと……」
「俺達のような冒険者達が依頼を受ける際の手続きや紹介。ギルドへ所属を希望している新人への説明や他のギルドからうちのギルドへ移動してきた冒険者の異動手続き。それと採取や討伐した魔物の素材の鑑定あたりだな」
「それは……シドさん達以外の冒険者の方達と顔を合わせなきゃいけない、という事ですよね?」
そう話し表情を暗くさせるシャルロットに、シドは彼女が何を言わんとしているか察してバツの悪そうな表情を浮かべた。
しかし直ぐに気を取り直して今度は別の業務の説明へと変えた。
「まだ他の奴らと顔を合わせることに抵抗があるなら事務仕事とかはどうだ?」
「それはどのような仕事なのですか?」
「書類の整理や依頼発行の手続き。ギルドに回されてきた依頼のランク付けとか、あとは倉庫整理やギルド内の各チームの管理なんてのもある。今その仕事をしている奴らは基本的に表に出ないし、受付嬢にしろ事務作業員にしろ、どちらもまだまだ手が足りてねぇからな」
「でも……ギルドで働くにもその身分証とか住民票とやらが必要なのですよね?」
「もしギルドで働くなら、その辺の事は俺やガントさんに任せとけ。まぁその際にガントさんにはシャルの事情をある程度話すことになるけどさ。でもガントさんはあぁ見えて優しい人だからさ……事情を知ったとしても嫌な想いをさせる事はねぇから安心してくれ」
「分かりました……」
〝考えてみます〟─────シャルロットはそう続けようとして、ふとある事に気付いてそれをシドへと尋ねてみることにした。
「シドさん……」
「ん?どうした?」
「冒険者って、どうすればなれますか?」
「……………………………………は?」
シャルロットの突拍子も無い質問に、シドはポカンとした表情で思わずその場で固まってしまうのだった。
自身の生い立ちから聖女候補として教育を受けていた日々のこと─────
それまでは家族に冷遇されていたこと─────
聖女に認定されてから今の今までその務めを果たしてきたこと─────
聖女の証である聖痕を失い、その聖女の座と第一王子の婚約者という立場を妹に奪われたことや第一王子から国を追い出され、更には両親からも見捨てられたこと─────
そしてそれの理由であの森の中を彷徨い、力尽きて倒れていたことなど……シャルロットは包み隠さずその全てをシドへと話した。
〝嫌われてしまうかもしれない〟という恐怖こそあたったものの、それでもシドになら話しても良い……否、どうしてもシドには聞いて欲しいという気持ちが打ち勝ち、シャルロットは全てを打ち明ける事を決意したのである。
そんなシャルロットの話に静かに耳を傾けていたシドは、暫く考え込んだ末にその口を静かに開いた。
シャルロットはどんな言葉をかけられたとしても後悔はしないと思いながらシドが放つ言葉を待っていたのだが、そのシドの口から出た言葉はシャルロットを心底驚かせる事になる。
「くっっっっだらねっ!」
「……………………………………………………………………はい?」
予想の斜め上を行くシドの言葉にシャルロットは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
てっきり嫌悪されるかと思っていた─────
言葉に出さずとも自身を嫌悪するような視線を向け、そして何も言わずに立ち去ってしまうとも思っていたシャルロットにとって、シドのこの言葉は完全に予想外のものであった。
「あぁ、勘違いさせたならすまん。別にシャルの話に対して言ったわけじゃねぇんだ。シャルの家族やアトランシアの王子、そしてシャルを追いやったヤツらに対して言ったつもりなんだよ」
「殿下達がくだらない……のですか?」
「くだらねぇだろ。だってシャルが好き勝手我儘放題、更には横暴に振る舞っていたのならともかく、話を聞く限りではちゃんと聖女らしい事をしてたじゃねぇか。なのに寄って集って責め立て、その身一つで森の中に放り出すとか正気を疑うレベルだ。それと教会の奴らにも腹が立つ」
シャルロットが〝偽物だ〟と責められていた時、アトランシア王国の教会関係者達は誰一人として彼女の味方に立つことは無かった。
それどころかガイウスに同調してシャルロットに非難の声を浴びせていた。
その事に対してシドは激しく憤りを見せる。
「そのボンクラ王子はともかく……教会連中は誰よりも傍でシャルの事を見てきたはずだ。だからシャルが本物か偽物かなんて直ぐに分かるはずだ。例えそうでなくとも普段のシャルを見ていたのなら、普通は王子に背いてでもシャルを護るのが役目だろうがよ」
シドはそう話すと、次にこの国の聖女にまつわるこんな話をシャルロットへと話した。
「昔……それこそ俺がまだガキの頃の話なんだが、この国の先代聖女が力を使えなくなった事があったんだ」
「え?!」
アルカトラム帝国の先代聖女が今の自分と同じ状況に陥っていたと聞かされたシャルロットは、あまりの事実にあっと驚いてしまった。
「当時はかなり騒がれててさ。もしかしたら聖女では無くなってしまったかもしれないと、そんな噂まで流れた程だった。当時の皇帝も先代聖女に疑いの目を向けていてな……でも、そんな先代聖女の事を身を呈して守ったのが帝国の教会連中だった」
「それでどうなったのですか?」
「教会連中は先ず、どうして先代聖女が力を失ったのか……その原因について調べ始めた。それこそ暫くの間は寝る間も惜しんで調べてたらしい。そのお陰で分かったことがあるんだが……」
「それはいったい……」
シドのもったいぶるような言い方にシャルロットは悪い結果だったのかと思いゴクリと唾を飲み込んだ。
シドがとても深刻そうな表情でそう言っていたのだから尚更シャルロットは不安に駆られたのである。
しかしシドは表情を表情を崩すと、ニッコリと笑ってこう言った。
「〝おめでた〟だったらしい」
「………………あっ、えっ?」
シャルロットは思わず拍子抜けしてしまう。
てっきり良くない理由だったとばかり思っていたのに、シドの口から明かされたのは聞いた誰もが喜ぶような一言だった。
「身篭ってたんだとよ。先代聖女も自覚は無かったらしくてな……まぁ結構忙しくされてたらしいから、妊娠による体調不良もただの風邪だと思ってたらしいぜ?」
「それは大変喜ばしい事ですけど……それが何故、子供が出来た事が力が使えなくなった事に関係するのですか?」
「あ~……教会連中の話では、母体への負担を抑えるためだとか、お腹の中に子供が出来た事で、その子供を守る為に無意識のうちに魔力を注いでたからとか……まぁ諸説あるが、ともかく子供が生まれたあとはまた元通り力が使えるようになったそうだ」
「なるほど……─────っ!という事はもしかして私も……」
ハッとして自身のお腹に目を向けるシャルロットだったが、シドに〝いや、それは無いだろ〟と言われ、思わずカァーッと表情を真っ赤にさせた。
「こんなことを乙女に聞くのはどうかと思うが……シャルはそのボンクラと寝た事があるのか?」
「ぼ、ボンクラ……」
もはや〝王子〟を付けることすらしなくなったシドに何とも言えない顔になるシャルロット。
しかしそう言われて思い返してみれば、自分は一度も一緒に寝るどころか、共に出かけたりすらしていない事を思い出した。
一緒に食事をした記憶すら、思い返してみても指で数える程度である。
故にシャルロットが聖痕を失ったのは身篭った事が原因である可能性は皆無であった。
「ありませんね……では何故、私は聖痕を失ってしまったのでしょう……」
「本来それを調べるのが教会の仕事なんだよ。まぁ何にしろ、手のひらを返したような態度を取るのが可笑しいんだ。それに俺としてはその妹の方も気になるところだな」
「リリアがですか?」
シャルロットの妹であるリリアーナの事が気になっていると話すシド。
シャルロットが聖痕を失ったあの日、入れ替わるようにして聖痕を授かりアトランシア王国の新たな聖女となったリリアーナ。
シャルロットは最初こそリリアーナに疑いを抱いていたが、今は〝何かの偶然だったのかもしれない〟と、その考えを改めていた。
しかしシドがそのリリアーナの名を出した事で、あの時の疑念が僅かながらも呼び起こされる事となった。
しかし同時に何故シドがリリアーナの名を口にしたのか……シャルロットは先ずその疑問を彼に尋ねることにした。
「確かにある程度歳を経てから聖女に目覚めたなんて話はいくつも聞く。その妹とやらもそうなんだろうけどよ……でも、あまりにもタイミングが良すぎやしねぇか?」
「……」
まるで棒で頭を殴られたかのような衝撃がシャルロットを襲う。
言われてみれば確かにシャルロットが聖痕を失ったタイミングとリリアーナに聖痕が現れたタイミングが一緒過ぎる。
それによりシャルロットの中で呼び起こされていた疑念は更に強まっていった。
「それはつまり……リリアが私から聖痕を奪ったという事でしょうか?」
「それについては確信が持てねぇな。仮にそうだったとしてもその……聖痕だったか?それは簡単に奪われるものなのか?」
「いえ……奪われたという話は聞いた事がありません。悪事を働いたことで神々に聖痕を剥奪されたという事例はあるそうですが……」
「でもお前は聖痕を剥奪されるような事はしてねぇんだろ?」
「はい……」
シャルロットはこれまでの自身の生活を思い返す。
聖女の認定を受けてからの彼女は、東に病を患った者がいれば傍に寄り添い聖女の力で癒してやり、西に魔物の脅威が迫っていると聞けばいち早く駆けつけ、その力で村や街を魔物の脅威から護る結界を張る─────そんな日々を過ごしてきたシャルロットを見る限り、とても聖痕を剥奪されるような人物では無い事は見るも明らかであった。
だからこそ分からない……そんな自分が何故、聖女の証である聖痕を失ってしまったのか。
「ま~ともかく……現時点であれこれ考えててもしょうがねぇだろ。今のシャルが優先して考えなきゃならないのは、シャルはこれからどうするかって事だ」
「これからどうするか……ですか?」
現時点では何も解決する事は出来ないと悟ったシドがそう話題を切り替える。
シャルロットはシドの質問に可愛らしく小首を傾げた。
「そうだよ。だってお前さん、身寄りも行く宛ても無いんだろ?」
「そう言えば確かに……そう、ですね」
シドの言う通り今のシャルロットは身を寄せる場所も行く宛ても無い状態だった。
そしてシドは更にこう続ける。
「それにこれからどうやって生活していくつもりなんだ?」
「それは……何処かに雇って貰って……」
「働くってことか?」
「はい……出来れば住み込みで働ければなと」
「今まで聖女としての生活しか送っていなかったのにか?」
「……」
そこまで言われてしまうとシャルロットは何も言えない。
幼い頃から聖女教育を受ける毎日で、聖女になってからはシドの言う通り聖女としての生活しか送ってこなかった。
故にシャルロットは自分の認識が甘いものであったと痛感する。
要するにシャルロットは〝働く〟という事を、よく理解していなかったのである。
そして更に発せられたシドの言葉が彼女の認識の甘さに対する決定打となる。
「そもそも、何処で働くにしろ住民票と身分証が必要になってくるぞ?」
「え……みぶんしょう?じゅうみんひょう?」
それはシャルロットには聞き覚えがない単語であった。
それもそのはず─────シャルロットが過ごしていたアトランシア王国には住民票や身分証といったものは存在しておらず、そもそもこの世界でそのシステムを導入している国はここアルカトラム帝国を始め数える程度しか無かった。
目をパチクリとさせるシャルロットを見てシドは、それはそれは大きなため息を吐いた。
「そうか……アトランシアはそれが無い国のひとつだったか。あのなシャル……身分証ってのは自分のことを本人だと証明する証明書のようなものだ。そして住民票ってのはその人がちゃんとこの国に住んでいる事を証明するものなんだ。他にも戸籍っていう、その家族がちゃんと血縁関係であることを証明するものや、保険証といったものがこの国にはあるんだよ。まぁ戸籍や保険証はともかく……身分証と住民票が無けりゃあ何処も雇ってなんてくれないんだ、この国では」
「そんな─────」
身分証と住民票を持っていないシャルロットはこの国で働くことが出来ない。
働くことが出来なければ金を得ることが出来ず住む場所はもちろん、衣類や食べ物まで得ることが出来ないという残酷な現実を突きつけられ、シャルロットの表情は悲痛なものとなる。
「あの……その身分証や住民票って、どうすれば貰えるんですか?!」
「この国の村や街に点在している役所に申請すれば発行して貰えるんだが……シャルの場合は一から発行することになるからな。そうなるとシャルは今に至るまでの経緯を話さなきゃならなくなる」
「そ……れは……」
シドには話せたが、シャルロットは追放された身の上である事をそれ以外の者達に知られたくは無かったか。
働くことが出来ず、その為に必要なものさえ得ることも出来ない……その事にシャルロットがほとほと困り果てていると、不意にシドがこんな提案を彼女へと述べた。
「うちで働いてみるか?」
「……へ?」
その提案にシャルロットは思わずパッと顔を上げて、視線でその言葉の意味をシドに尋ねる。
「いや、こうして巡り会った仲だしさ……俺としてもこのまま見捨てるのは俺自身の流儀に反するし、後味が悪い。シャルさえ良ければ、その事をガントさんに相談してみるが……どうする?」
「それは大変、嬉しいお誘いですが……ちなみにここでの仕事はどのようなものでしょうか?」
「ん~……まぁ普通に考えると受付嬢あたりかなぁ」
「受付嬢というと……」
「俺達のような冒険者達が依頼を受ける際の手続きや紹介。ギルドへ所属を希望している新人への説明や他のギルドからうちのギルドへ移動してきた冒険者の異動手続き。それと採取や討伐した魔物の素材の鑑定あたりだな」
「それは……シドさん達以外の冒険者の方達と顔を合わせなきゃいけない、という事ですよね?」
そう話し表情を暗くさせるシャルロットに、シドは彼女が何を言わんとしているか察してバツの悪そうな表情を浮かべた。
しかし直ぐに気を取り直して今度は別の業務の説明へと変えた。
「まだ他の奴らと顔を合わせることに抵抗があるなら事務仕事とかはどうだ?」
「それはどのような仕事なのですか?」
「書類の整理や依頼発行の手続き。ギルドに回されてきた依頼のランク付けとか、あとは倉庫整理やギルド内の各チームの管理なんてのもある。今その仕事をしている奴らは基本的に表に出ないし、受付嬢にしろ事務作業員にしろ、どちらもまだまだ手が足りてねぇからな」
「でも……ギルドで働くにもその身分証とか住民票とやらが必要なのですよね?」
「もしギルドで働くなら、その辺の事は俺やガントさんに任せとけ。まぁその際にガントさんにはシャルの事情をある程度話すことになるけどさ。でもガントさんはあぁ見えて優しい人だからさ……事情を知ったとしても嫌な想いをさせる事はねぇから安心してくれ」
「分かりました……」
〝考えてみます〟─────シャルロットはそう続けようとして、ふとある事に気付いてそれをシドへと尋ねてみることにした。
「シドさん……」
「ん?どうした?」
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「……………………………………は?」
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