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第5章 これは拘束プレイではない
ハードなまま夜になってしまった
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ガシャガシャ、ドタドタ。
騒音で目が覚めた。結構寝られたみたいだ。
「女がいるぞ!」
「鍵はあるか?」
「叩き壊せ!」
重装備の戦士たちが、武器を掲げて雪崩れ込んできた。あっと言う間に牢は破られ、あたしの鎖も切断された。
どうも、アバファチ男爵の部下とは違うようだ。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「あ、りがと、ござい、ます」
舌がもつれ、唇が干からびて、うまく喋れない。
戦士の1人が、あたしをお姫様抱っこして、地上まで連れ出してくれた。
夜中だった。空には星が見えた。
そして、辺りが妙に騒がしい。
馬に乗せられたところで、誰かが布をかけてくれた。カーテンを引きちぎったみたいな、厚手の生地だった。
そのまま戦士と一緒に移動する。
敷地のあちこちから、火の手が上がっていた。炎に照らされて、人が動き回っているのが見える。
何かが、起きていた。
助けてくれた戦士に聞きたかったけど、声が出せない。
裸で馬に乗るのは、なかなか大変だった。一緒に乗る戦士が押さえてくれなかったら、振動で落馬する。ほぼ、荷物と一緒だ。
男爵の広い敷地を横切って、城館の正面まで来た。
城館と正門とは、広場と間違えそうなほど幅のある道でつながっている。そのど真ん中に、特大の炎が上がっていた。
キャンプファイヤーみたいに、木材やら家財を組んであった。椅子とか、テーブルとか、棚である。もしかしたら、あの陰茎が芸術的なコート掛けも、あったかもしれない。いずれも、よく燃えている。
あかあかと照らし出された周辺に、人が集っていた。
「陛下。地下牢に、女性が1名、拘禁されておりました」
戦士は、あたしを馬から抱きおろし、立派な椅子にふんぞり返った男に見せた。
「へっ。エロ男爵らしいな」
陛下と呼ばれた男は、あたしをチラリと見て、それから、身を乗り出してまじまじと見つめた。
イケメンだった。あたしよりは年上だけど、20代だろう。細身に作られた金属鎧に身を包み、濃い色の髪を兜の下に隠している。
あんまり高貴な感じはしないのだけれど、悪そうなところが、女にモテそうだった。そういえば、最近王様が変わったと聞いたのは、この人のことか。
「後ほど事情を問う。まずは、手当をしてやれ。奴の末期を、レディも見届けたいだろう」
「承知いたしました」
戦士はあたしを連れて、引き下がった。
陛下に仕えるということは、この人たちは騎士なのかな。
あの男爵の部下よりも、やることなすこと紳士的だ。でも、同じ人たちが、あちこちで火を放って戦ってもいる訳で、そこは紳士とは言えないんだけれど。
あたしは、そのお陰で餓死の危機から抜け出せたから、ケチをつけるのは間違っている。
あたしは王の命令通り、キャンプファイヤーの近くで体を拭いてもらい、水を飲ませてもらって、簡単な服を着せてもらった。用意したのは騎士だけど、鎧の中身は女だった。結構美人だ。気付いた時には、びっくりした。
「ありがとうございます」
まずは、お礼を言う。色々聞きたいけど、それどころじゃない状況なのは、あたしにもわかった。
女騎士は、着替え終わったあたしを、王の元へ送り届け、肘掛け椅子まで用意して、別の仕事に去った。
戦っている人たちが、全員女って訳じゃないよね、きっと。つい、誰彼となく、面貌の下を覗き込んでしまう。この暗さでは、見えっこないのに。
「戻ったか。制圧もほぼ終わったし、そろそろ始めちゃおうかな」
王は、あたしが椅子に座ったのを見届けると、軽い感じで立ち上がった。
キャンプファイヤーに近付くと、はみ出た資材を蹴り上げる。
「ひいっ!」
家財が悲鳴を上げた。違う。アバファチ男爵だ。
男爵は、鎖でキャンプファイヤーの材料に繋がれていた。まだ火は遠いが、いずれ燃え移る。下手に動くと、火のついた家財が上から崩れ落ちてくる。動くに動けないのだ。裸だった。
エグい。
牢屋でさんざん、男爵を辱めたあたしの想像を超えている。
あたしも、さっきまで、こんな感じで牢に放置されていたのよね。改めて、随分ひどいことをされていたんだわ。
男爵を可哀想には思わなかったけど、命じた王の方は怖い、と思った。
「アバファチ男爵チャールズ=メドー。犯した罪を、述べてみよ」
王は、先ほどとはまるで別人のように、威厳のある声で下問した。
「ひいいい。陛下、誤解でございますうっ」
地下牢での、あたしへの態度と随分違うな。こんな状況だしね。
「ほう。俺が、事実を誤って捉えるほど、愚かと申すか」
「いえっ。滅相もございませんっ」
王は、裸で平伏するアバファチ男爵を、踏みつけた。石畳に押し付けられ、うめく男爵。
「多過ぎて、数え上げられぬか。教えてやろう。お前の最大の罪は、俺を裏切ったことだ」
「そん、な、ことっ、ぐふっ」
反論しようとした男爵は、足に体重をかけられて、吐いた。
「うえっ。やりやがったな」
王は足を外して、数歩引いた。すかさず、控えの部下がブーツを拭いた。そこはお貴族様なのね。
あたしは、男爵との共通点を見出して、急にこの場がお芝居みたいに見えてきた。
まだ空は夜の色だ。灯りは燃え盛る家財道具。パチパチと火のはぜる音、木や布の燃える匂い、煙が、男爵の声や表情を霞ませる。現実にぼかしを被せたみたいだ。
「アバファチ男爵。お前は前の王に仕えていた。本来なら、俺が王になった時点で、処刑か、追放されるべき存在だった」
王は真面目に弾劾を続ける。男爵も、ヘロヘロになりながら、その場に平伏し直す。もちろん、芝居じゃない。命がかかっているのだ。
「だが、俺の温情で、領地もほぼそのまま残してやった。それを、勘違いしたのは凡人によくあることだが」
横からの蹴りが、男爵の体を転がした。
ガラガシャ、と後ろのキャンプファイヤーが崩れ、黒い灰と共に火の粉が舞った。
「ぎゃっ」
恐怖でしゃがれた悲鳴を上げた男爵は、不自由な両手で、頭を抱えるような格好をした。背中と尻は丸出しである。
だが、どちらも無事だった。崩れたのは燃え尽きた部分だけだったようで、炎の高さは減ったけど、全体は保っていた。組み立てた人、優秀だわ。
王は面白くなさそうな顔で炎を確認し、また男爵を見下ろす。
「お前は、あの鎧を掠め取った。よりによって、だ」
あたしは、やっと事情がわかった。何で、国王陛下が男爵の館を襲ったか。
アバファチ男爵は、あたしがエロ鎧を盗んだとか言っていたけど、何のことはない。そもそも、あの鎧は王の持ち物だったのだ。
王の持っていたエロ鎧を男爵が盗んで、男爵からハーフリングが盗んで、ハーフリングからあたしが盗んだ? 覚えていないけど。
それだけ価値があるってことは、もう、あたしにもよくわかっていた。呪いにめげず、また着ようかと思ったぐらいだもの。
王も男爵も、エロ鎧の行方を追っていたに違いない。あたしがここまで見つからずにレベルを上げて、脱ぐところまで行ったのは、奇跡みたいなものだ。
着たまま見つかったら、その場で殺されてもおかしくなかった。うう。ローガンもイヴァンも、見逃してくれてありがとう。
古道具屋の店主が、何故に王より先に男爵の元へ鎧を持ち込んだのかは謎だけど。
もしかしたら、男爵から金を取った後、王にタレコミして二重に儲けようとしたのかも。あ、それでこの襲撃が? 店主、結構ワルよのう。
おかげであたしは命拾いしたのだ。
「あれは、シェイラに着せようと思って、大事に取っておいたのに。あんなにボロボロにしやがって」
「それは、私のせいでは、ぐえっ」
また、踏まれた。
「お前が盗まなければ、そんなことにはならなかった。それにユ、あのレディを裸で地下牢に閉じ込めて、飲み水さえ与えなかったようだな。他にも犠牲者がおろう。お前の好色は、かねて聞き及んでおる」
「そ、違っ」
王は、足に力を込めた。男爵は肺が押されて、もう声も出ない。
「やはり旧臣を生かしておいたのが間違いだった。遅れたが、かつての王の元へ送ってやる」
「おっ」
炎にきらり、と白く光る線が現れた、と思ったら、もう、男爵の首が転がっていた。多分。あたしから遠い方へ飛んでいったから、細かいところはよく見えなかった。
残った首から、ぶしゅっ、ぶしゅっと黒い液体が噴出する体を、王は思いっきりキャンプファイヤーの中へ蹴り込んだ。
ガラガラガシャン。
盛大に崩れたファイヤーは、なおも炎を上げて燃え続けた。
騒音で目が覚めた。結構寝られたみたいだ。
「女がいるぞ!」
「鍵はあるか?」
「叩き壊せ!」
重装備の戦士たちが、武器を掲げて雪崩れ込んできた。あっと言う間に牢は破られ、あたしの鎖も切断された。
どうも、アバファチ男爵の部下とは違うようだ。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「あ、りがと、ござい、ます」
舌がもつれ、唇が干からびて、うまく喋れない。
戦士の1人が、あたしをお姫様抱っこして、地上まで連れ出してくれた。
夜中だった。空には星が見えた。
そして、辺りが妙に騒がしい。
馬に乗せられたところで、誰かが布をかけてくれた。カーテンを引きちぎったみたいな、厚手の生地だった。
そのまま戦士と一緒に移動する。
敷地のあちこちから、火の手が上がっていた。炎に照らされて、人が動き回っているのが見える。
何かが、起きていた。
助けてくれた戦士に聞きたかったけど、声が出せない。
裸で馬に乗るのは、なかなか大変だった。一緒に乗る戦士が押さえてくれなかったら、振動で落馬する。ほぼ、荷物と一緒だ。
男爵の広い敷地を横切って、城館の正面まで来た。
城館と正門とは、広場と間違えそうなほど幅のある道でつながっている。そのど真ん中に、特大の炎が上がっていた。
キャンプファイヤーみたいに、木材やら家財を組んであった。椅子とか、テーブルとか、棚である。もしかしたら、あの陰茎が芸術的なコート掛けも、あったかもしれない。いずれも、よく燃えている。
あかあかと照らし出された周辺に、人が集っていた。
「陛下。地下牢に、女性が1名、拘禁されておりました」
戦士は、あたしを馬から抱きおろし、立派な椅子にふんぞり返った男に見せた。
「へっ。エロ男爵らしいな」
陛下と呼ばれた男は、あたしをチラリと見て、それから、身を乗り出してまじまじと見つめた。
イケメンだった。あたしよりは年上だけど、20代だろう。細身に作られた金属鎧に身を包み、濃い色の髪を兜の下に隠している。
あんまり高貴な感じはしないのだけれど、悪そうなところが、女にモテそうだった。そういえば、最近王様が変わったと聞いたのは、この人のことか。
「後ほど事情を問う。まずは、手当をしてやれ。奴の末期を、レディも見届けたいだろう」
「承知いたしました」
戦士はあたしを連れて、引き下がった。
陛下に仕えるということは、この人たちは騎士なのかな。
あの男爵の部下よりも、やることなすこと紳士的だ。でも、同じ人たちが、あちこちで火を放って戦ってもいる訳で、そこは紳士とは言えないんだけれど。
あたしは、そのお陰で餓死の危機から抜け出せたから、ケチをつけるのは間違っている。
あたしは王の命令通り、キャンプファイヤーの近くで体を拭いてもらい、水を飲ませてもらって、簡単な服を着せてもらった。用意したのは騎士だけど、鎧の中身は女だった。結構美人だ。気付いた時には、びっくりした。
「ありがとうございます」
まずは、お礼を言う。色々聞きたいけど、それどころじゃない状況なのは、あたしにもわかった。
女騎士は、着替え終わったあたしを、王の元へ送り届け、肘掛け椅子まで用意して、別の仕事に去った。
戦っている人たちが、全員女って訳じゃないよね、きっと。つい、誰彼となく、面貌の下を覗き込んでしまう。この暗さでは、見えっこないのに。
「戻ったか。制圧もほぼ終わったし、そろそろ始めちゃおうかな」
王は、あたしが椅子に座ったのを見届けると、軽い感じで立ち上がった。
キャンプファイヤーに近付くと、はみ出た資材を蹴り上げる。
「ひいっ!」
家財が悲鳴を上げた。違う。アバファチ男爵だ。
男爵は、鎖でキャンプファイヤーの材料に繋がれていた。まだ火は遠いが、いずれ燃え移る。下手に動くと、火のついた家財が上から崩れ落ちてくる。動くに動けないのだ。裸だった。
エグい。
牢屋でさんざん、男爵を辱めたあたしの想像を超えている。
あたしも、さっきまで、こんな感じで牢に放置されていたのよね。改めて、随分ひどいことをされていたんだわ。
男爵を可哀想には思わなかったけど、命じた王の方は怖い、と思った。
「アバファチ男爵チャールズ=メドー。犯した罪を、述べてみよ」
王は、先ほどとはまるで別人のように、威厳のある声で下問した。
「ひいいい。陛下、誤解でございますうっ」
地下牢での、あたしへの態度と随分違うな。こんな状況だしね。
「ほう。俺が、事実を誤って捉えるほど、愚かと申すか」
「いえっ。滅相もございませんっ」
王は、裸で平伏するアバファチ男爵を、踏みつけた。石畳に押し付けられ、うめく男爵。
「多過ぎて、数え上げられぬか。教えてやろう。お前の最大の罪は、俺を裏切ったことだ」
「そん、な、ことっ、ぐふっ」
反論しようとした男爵は、足に体重をかけられて、吐いた。
「うえっ。やりやがったな」
王は足を外して、数歩引いた。すかさず、控えの部下がブーツを拭いた。そこはお貴族様なのね。
あたしは、男爵との共通点を見出して、急にこの場がお芝居みたいに見えてきた。
まだ空は夜の色だ。灯りは燃え盛る家財道具。パチパチと火のはぜる音、木や布の燃える匂い、煙が、男爵の声や表情を霞ませる。現実にぼかしを被せたみたいだ。
「アバファチ男爵。お前は前の王に仕えていた。本来なら、俺が王になった時点で、処刑か、追放されるべき存在だった」
王は真面目に弾劾を続ける。男爵も、ヘロヘロになりながら、その場に平伏し直す。もちろん、芝居じゃない。命がかかっているのだ。
「だが、俺の温情で、領地もほぼそのまま残してやった。それを、勘違いしたのは凡人によくあることだが」
横からの蹴りが、男爵の体を転がした。
ガラガシャ、と後ろのキャンプファイヤーが崩れ、黒い灰と共に火の粉が舞った。
「ぎゃっ」
恐怖でしゃがれた悲鳴を上げた男爵は、不自由な両手で、頭を抱えるような格好をした。背中と尻は丸出しである。
だが、どちらも無事だった。崩れたのは燃え尽きた部分だけだったようで、炎の高さは減ったけど、全体は保っていた。組み立てた人、優秀だわ。
王は面白くなさそうな顔で炎を確認し、また男爵を見下ろす。
「お前は、あの鎧を掠め取った。よりによって、だ」
あたしは、やっと事情がわかった。何で、国王陛下が男爵の館を襲ったか。
アバファチ男爵は、あたしがエロ鎧を盗んだとか言っていたけど、何のことはない。そもそも、あの鎧は王の持ち物だったのだ。
王の持っていたエロ鎧を男爵が盗んで、男爵からハーフリングが盗んで、ハーフリングからあたしが盗んだ? 覚えていないけど。
それだけ価値があるってことは、もう、あたしにもよくわかっていた。呪いにめげず、また着ようかと思ったぐらいだもの。
王も男爵も、エロ鎧の行方を追っていたに違いない。あたしがここまで見つからずにレベルを上げて、脱ぐところまで行ったのは、奇跡みたいなものだ。
着たまま見つかったら、その場で殺されてもおかしくなかった。うう。ローガンもイヴァンも、見逃してくれてありがとう。
古道具屋の店主が、何故に王より先に男爵の元へ鎧を持ち込んだのかは謎だけど。
もしかしたら、男爵から金を取った後、王にタレコミして二重に儲けようとしたのかも。あ、それでこの襲撃が? 店主、結構ワルよのう。
おかげであたしは命拾いしたのだ。
「あれは、シェイラに着せようと思って、大事に取っておいたのに。あんなにボロボロにしやがって」
「それは、私のせいでは、ぐえっ」
また、踏まれた。
「お前が盗まなければ、そんなことにはならなかった。それにユ、あのレディを裸で地下牢に閉じ込めて、飲み水さえ与えなかったようだな。他にも犠牲者がおろう。お前の好色は、かねて聞き及んでおる」
「そ、違っ」
王は、足に力を込めた。男爵は肺が押されて、もう声も出ない。
「やはり旧臣を生かしておいたのが間違いだった。遅れたが、かつての王の元へ送ってやる」
「おっ」
炎にきらり、と白く光る線が現れた、と思ったら、もう、男爵の首が転がっていた。多分。あたしから遠い方へ飛んでいったから、細かいところはよく見えなかった。
残った首から、ぶしゅっ、ぶしゅっと黒い液体が噴出する体を、王は思いっきりキャンプファイヤーの中へ蹴り込んだ。
ガラガラガシャン。
盛大に崩れたファイヤーは、なおも炎を上げて燃え続けた。
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