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第一章 新入生
3 どう見ても出会いイベント
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ノブリージュ学園へ、入学する日が来た。
寮の部屋を確認し、荷物の采配をジュリーに任せ、式会場となる講堂へ行く。
寮の建物は男女別で、弟のディディエとも別棟になる。
弟は、随分と不安そうだった。近侍が付くから生活上の心配はない筈だが、気には懸かる。
前世に残した息子に、面影を重ねているのかも。無論、見た目も中身も全くの別人である。
「サンドリーヌ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ご一緒に学べることになりまして、嬉しいですわ」
「ご同様に」
「サンドリーヌ様、弟君も飛び級でご入学、おめでとうございます」
「ありがとう」
腐ってもヴェルマンドワ宰相の娘、しかも、次期王の側近候補とも言われる弟を持つ私である。
私に価値がある訳ではない。礼儀上、挨拶せざるを得ないのだ。お互い、面倒臭いことである。
私は私で、行かねばならぬ相手がいる。
「シャル‥‥」
「あーっ! ごめんなさ~い」
目の前で、シャルル王子と女子生徒がぶつかった。相当な勢いだった。当たりどころが悪かったのか、王子が吹っ飛んだ。駆け寄ろうとして、足が止まる。
ゲームイベントの匂いがする。
女子生徒が王子に近寄り、助け起こそうとする。ローズブロンドの波打つ髪が風に煌めく。ヒロインぽいな。
いつもくっついているバスチアンは、どうした?
「いや。大丈夫」
王子は、自力で立ち上がった。
「君、怪我は?」
「平気です」
「王子!」
ようやく登場する、近侍のバスチアン。学年が違うとはいえ、どこへ行っていたのやら。
「メロデウェルの王子に対して失礼だぞ」
と、遅まきながら見栄を切る。
「大変失礼いたしました」
女子生徒は丁寧に謝罪する。いきりたつ近侍を宥める王子。
「双方怪我がなくて幸いだった。名は何という」
「はい。アメリと申します」
目の前に漂う茶番感。漫画でこういう場面、よく見たわ~。
悪役令嬢としては、割って入るのがセオリーなのか。それとも、出会いイベントを邪魔しないのがセオリーか。
悩んでいるうちに、三人とも行ってしまった。誰か、私に気付いて。
婚約者に、挨拶し損ねた。
まあいいわ。向こうも気にしないだろう。
入学式が始まり、アメリ=デュモンド男爵令嬢は、新入生代表ということが、発覚した。
クラス編成目的の入試で、首席だった訳である。ローズブロンドの髪にピンクの瞳で堂々たる挨拶を述べる彼女を、睨むように見つめるシャルル王子。
恋愛フラグが立っている。
ここが乙女ゲーム的世界であることは、ほぼ確実になった。
ヒロインは、男爵令嬢アメリ=デュモンド。攻略対象はシャルル=メロデウェル王子。そして婚約者の私、サンドリーヌ=ヴェルマンドワ公爵令嬢は、悪役令嬢という訳。
やめてくれえええ。
せめて自分がどんな死に方するのか、知りたい。読んだ漫画では、大抵の悪役令嬢が、シナリオ通りに進むと死ぬ設定だ。
唯一神ブーリ様に祈ったら、啓示が降りてこないかな。それともヒロインに聞くか? 同じく転生者かもしれない。
いやいやいや。転生者じゃなかったら、頭がおかしいと思われる。ゲームイベントが、強制発動するかもしれない。
転生者であっても、破滅フラグ回避に協力してくれるとは限らない。
むしろ、ゲームシナリオ通りに進んでくれた方が、ヒロインにとってはハッピーだ。ライバルに、わざわざ情報を教えるメリットがない。
乙女ゲームのヒロインは、性格善良がお約束。だが、転生者もヒロインと同様の性格、と考えるのは無理がある。
そういう漫画を、山ほど読んだ。
悩んだ末、ブーリ神を祀る礼拝堂へ来てみた。
礼拝堂と呼ばれてはいるが、常駐司祭もおり、立派な教会である。学園生徒が大方入れるくらいの広さがある。
ここを担当する司祭の地位は、司教への出世コースとして、教会で身を立てる人に人気とか。
司教は、首都の大教会で国内の教会を統率する役割を担う。
貴族との交流も日常だから、学園で人脈を作っておいて将来に役立てるんだ。と、ディディエが教えてくれた。
我が弟ながら、末恐ろしい知識量である。
前世の知識だとブーリは北欧神話の神だが、この世界ではお仲間が存在せず、唯一神として君臨している。
祈ったところで、明白な啓示が降りるとは信じていない。困った時の神頼み、である。
でも、もしかして、ゲーム的世界だから、いい事が起こるかも知れないではないか。
そういう設定のゲームアプリが、あったのだ。
それに、この年頃の少年少女は神様より友達優先だ。礼拝堂なんぞ入り浸るまい。
下手に学園内をうろつくと、何件もお誘いを断らねばならず、心苦しい、という事情もある。
何だかんだ。私は、乙女ゲームの開幕を目撃したことの、動揺を鎮めたかった。
思った通り、礼拝堂は静かなものだった。
鳥籠みたいに頂点まで伸びる柱には、それぞれ歴代の教皇をイメージした彫刻が施されている。
鳩とか百合とか納得できる物から、鎖とかノコギリとか少々物騒な物、石とか小石とか、よくわからない物まで様々である。
立ち並ぶ柱の間には、物語を表したステンドグラスが嵌め込まれており、外から降り注ぐ太陽光を、神秘的な光に変えていた。
正面の高い位置に、ブーリ神の彫像が据えてある。氷の塊から頭と腕が出ており、その頭を牛に舐められているという、おなじみの姿である。
牛が海水の荒波の凍った塊を舐めていたところ、中からブーリ神が出てきたという、北欧神話に沿ったこの世界の創生伝説がある。
神より先に存在している牛の方が偉いんじゃないか、と言ったら、またディディエが、神学者の間では今でも論争になるけれど、公的にはブーリ神が一番で唯一偉い存在で間違いない、と教えてくれた。
思い返すと、勉強し直す時、結構弟に世話になっていた。
弟も、姉に頼られるのが嬉しくて、寄ってきたのかもしれない。乙女ゲームの攻略対象でないことを、祈る。攻略対象でも、私が彼の恋路を邪魔しなければいいのか。
ガラ空きの会衆席は、座り放題である。
前から二列目中央通路の脇に腰掛ける。最前列だと、両手を組んで祈る時、肘をつく場所がなくて疲れるのだ。肘が硬くなるからやたらに肘をつくなと教育されてきたが、今は勘弁してもらおう。
「あー神様。どうか私に啓示をください」
この世界が、何の乙女ゲームか異世界漫画の原作に基づいているのか。せめて、私がどういう理由で断罪され、どういう最期を迎えるのか。破滅回避の分岐点はどこか。誰と誰が攻略対象か。本当に、私は悪役令嬢なのか。
「どれか一つでもいいから、教えてください」
「何を?」
目を開けると、美青年が二人揃って私を見ていた。
片方は、烏の濡れ羽色の髪を後ろで束ね、青灰色の瞳をした、痩せぎすで背の高い教師らしき男性、他方は銀髪の巻き毛に青緑の瞳をした、司祭服を着た男性である。
「迷える生徒さん、お悩みなら聞きますよ」
と司祭がにこやかに言う。その隣で教師らしき男性が、真面目に頷く。
「ステファノは聞き上手だからな。僕も今まで、話を聞いてもらっていた」
「クレマンは学園の教師です。何か助言できるかもしれません。でも聞かれたくないようでしたら、帰ってもらいます」
「え。その‥‥」
確か、モンパンシエ伯爵の三男が、クレマンと言った。
婚約者が若くして急死して以来、独身を貫いている由。女子の間で、純愛の権化として伝説となっている。
年恰好からしてそうなのだろう。純愛設定に加え、この美形の感じからして、攻略対象に違いない。
司祭の方も美形なのだが、聖職者を攻略キャラの一人に組み込むと、いきなり退廃的な方向へシフトしてしまう。
BLとか、ヤンデレ系ならアリだろうけど、全年齢対象乙女ゲームにはそぐわない。
そこで、思い出したことがある。
乙女に限らず、ゲームには、チュートリアルと言う機能が組み込まれていることがある。
ストーリー形式の場合、プレイヤーに遊び方を教えてくれる役割の人物が、ゲーム内に存在するのだ。
礼拝堂という場所は、迷えるプレイヤーを教え導くのに相応しい。
もし、ステファノ司祭がチュートリアルキャラクターだったら、色々教えてもらえるのではないか。
話してみるか? しかし外したら、どのくらいまずいことになるだろうか。
司祭は告解者の秘密を守る筈。でも彼は、学園司祭でもある。上層部に報告するかもしれない。
「まず、お名前を伺いましょうか?」
「は、はい。サンドリーヌ=ヴェルマンドワと申します。この度、ノブリージュ学園へ入学いたしました」
名前ぐらいは、知られても害にならないだろう。と思って名乗ったが、二人の顔を見て後悔した。彼らは顔を見合わせたのだ。
「おやおや。ヴェルマンドワ宰相のお嬢様でいらしたのですね。これは失礼いたしました」
「噂と違う」
「クレマン」
おお、サンドリーヌ! 過去の悪行のどれが彼らの耳を汚したのか、聞きたいけれど、聞けない。
「お恥ずかしい過去にございます。若気の至りということで、お見逃しいただければ、と存じます」
面を伏せたその頭上で、クレマン先生が、ぷっと吹き出した。
「若気って君、まだ十五‥‥」
「クレマン=モンパンシエ」
ステファノ司祭に強く制せられ、先生は言葉を途切らせた。
「えっ。何で悪役令嬢がいるの?」
咎め立てするような鋭い声が、礼拝堂に響いた。建物の造りで、さほどの声でなくとも大きく聞こえるのだ。
振り向かずとも、声と発言で誰かわかった。
「あっ。あちらの方をお先に。私は、またの機会に伺います。お声掛けを、ありがとうございました。失礼致します」
早送りで礼をし、間違っても彼女にぶつからないよう、顔を伏せながら端の通路を回って外へ出た。
彼女は既に、中央通路を進んでいた。
アメリ=デュモンド男爵令嬢である。
視界の端に見えた、ローズブロンドの髪からしても、間違いない。
ついでに彼女も転生者で、この世界が何のゲームか漫画の具現化にせよ、彼女がヒロインで、私が悪役令嬢ということも間違いない。
ずばり言っていたからね。悪役令嬢って。
先ほど接触せずに済んだのは、礼拝堂のシーンが私の絡まぬ出会いイベントか、あるいはチュートリアルだったからだろう。
出会いイベントで一度に二人の攻略対象と出会う例は、あまりない気がする。漫画の知識で当てにならないけど。
仮に、ヒロインがあの二人のどちらかを選ぶなら、私は関わらなくて済みそうだ。婚約者でも親戚でもないのだもの。
でも、彼女はすでにシャルル王子との出会いイベントを成功させている。攻略対象者を全員陥落させる、逆ハーレムルートを狙っているのかも知れない。
転生者で、この世界のシナリオを熟知していそうな相手に、何の世界かも知らない、おバカなサンドリーヌの頭で対抗できるかしら。
うわあ。破滅しか見えない。
寮の部屋を確認し、荷物の采配をジュリーに任せ、式会場となる講堂へ行く。
寮の建物は男女別で、弟のディディエとも別棟になる。
弟は、随分と不安そうだった。近侍が付くから生活上の心配はない筈だが、気には懸かる。
前世に残した息子に、面影を重ねているのかも。無論、見た目も中身も全くの別人である。
「サンドリーヌ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ご一緒に学べることになりまして、嬉しいですわ」
「ご同様に」
「サンドリーヌ様、弟君も飛び級でご入学、おめでとうございます」
「ありがとう」
腐ってもヴェルマンドワ宰相の娘、しかも、次期王の側近候補とも言われる弟を持つ私である。
私に価値がある訳ではない。礼儀上、挨拶せざるを得ないのだ。お互い、面倒臭いことである。
私は私で、行かねばならぬ相手がいる。
「シャル‥‥」
「あーっ! ごめんなさ~い」
目の前で、シャルル王子と女子生徒がぶつかった。相当な勢いだった。当たりどころが悪かったのか、王子が吹っ飛んだ。駆け寄ろうとして、足が止まる。
ゲームイベントの匂いがする。
女子生徒が王子に近寄り、助け起こそうとする。ローズブロンドの波打つ髪が風に煌めく。ヒロインぽいな。
いつもくっついているバスチアンは、どうした?
「いや。大丈夫」
王子は、自力で立ち上がった。
「君、怪我は?」
「平気です」
「王子!」
ようやく登場する、近侍のバスチアン。学年が違うとはいえ、どこへ行っていたのやら。
「メロデウェルの王子に対して失礼だぞ」
と、遅まきながら見栄を切る。
「大変失礼いたしました」
女子生徒は丁寧に謝罪する。いきりたつ近侍を宥める王子。
「双方怪我がなくて幸いだった。名は何という」
「はい。アメリと申します」
目の前に漂う茶番感。漫画でこういう場面、よく見たわ~。
悪役令嬢としては、割って入るのがセオリーなのか。それとも、出会いイベントを邪魔しないのがセオリーか。
悩んでいるうちに、三人とも行ってしまった。誰か、私に気付いて。
婚約者に、挨拶し損ねた。
まあいいわ。向こうも気にしないだろう。
入学式が始まり、アメリ=デュモンド男爵令嬢は、新入生代表ということが、発覚した。
クラス編成目的の入試で、首席だった訳である。ローズブロンドの髪にピンクの瞳で堂々たる挨拶を述べる彼女を、睨むように見つめるシャルル王子。
恋愛フラグが立っている。
ここが乙女ゲーム的世界であることは、ほぼ確実になった。
ヒロインは、男爵令嬢アメリ=デュモンド。攻略対象はシャルル=メロデウェル王子。そして婚約者の私、サンドリーヌ=ヴェルマンドワ公爵令嬢は、悪役令嬢という訳。
やめてくれえええ。
せめて自分がどんな死に方するのか、知りたい。読んだ漫画では、大抵の悪役令嬢が、シナリオ通りに進むと死ぬ設定だ。
唯一神ブーリ様に祈ったら、啓示が降りてこないかな。それともヒロインに聞くか? 同じく転生者かもしれない。
いやいやいや。転生者じゃなかったら、頭がおかしいと思われる。ゲームイベントが、強制発動するかもしれない。
転生者であっても、破滅フラグ回避に協力してくれるとは限らない。
むしろ、ゲームシナリオ通りに進んでくれた方が、ヒロインにとってはハッピーだ。ライバルに、わざわざ情報を教えるメリットがない。
乙女ゲームのヒロインは、性格善良がお約束。だが、転生者もヒロインと同様の性格、と考えるのは無理がある。
そういう漫画を、山ほど読んだ。
悩んだ末、ブーリ神を祀る礼拝堂へ来てみた。
礼拝堂と呼ばれてはいるが、常駐司祭もおり、立派な教会である。学園生徒が大方入れるくらいの広さがある。
ここを担当する司祭の地位は、司教への出世コースとして、教会で身を立てる人に人気とか。
司教は、首都の大教会で国内の教会を統率する役割を担う。
貴族との交流も日常だから、学園で人脈を作っておいて将来に役立てるんだ。と、ディディエが教えてくれた。
我が弟ながら、末恐ろしい知識量である。
前世の知識だとブーリは北欧神話の神だが、この世界ではお仲間が存在せず、唯一神として君臨している。
祈ったところで、明白な啓示が降りるとは信じていない。困った時の神頼み、である。
でも、もしかして、ゲーム的世界だから、いい事が起こるかも知れないではないか。
そういう設定のゲームアプリが、あったのだ。
それに、この年頃の少年少女は神様より友達優先だ。礼拝堂なんぞ入り浸るまい。
下手に学園内をうろつくと、何件もお誘いを断らねばならず、心苦しい、という事情もある。
何だかんだ。私は、乙女ゲームの開幕を目撃したことの、動揺を鎮めたかった。
思った通り、礼拝堂は静かなものだった。
鳥籠みたいに頂点まで伸びる柱には、それぞれ歴代の教皇をイメージした彫刻が施されている。
鳩とか百合とか納得できる物から、鎖とかノコギリとか少々物騒な物、石とか小石とか、よくわからない物まで様々である。
立ち並ぶ柱の間には、物語を表したステンドグラスが嵌め込まれており、外から降り注ぐ太陽光を、神秘的な光に変えていた。
正面の高い位置に、ブーリ神の彫像が据えてある。氷の塊から頭と腕が出ており、その頭を牛に舐められているという、おなじみの姿である。
牛が海水の荒波の凍った塊を舐めていたところ、中からブーリ神が出てきたという、北欧神話に沿ったこの世界の創生伝説がある。
神より先に存在している牛の方が偉いんじゃないか、と言ったら、またディディエが、神学者の間では今でも論争になるけれど、公的にはブーリ神が一番で唯一偉い存在で間違いない、と教えてくれた。
思い返すと、勉強し直す時、結構弟に世話になっていた。
弟も、姉に頼られるのが嬉しくて、寄ってきたのかもしれない。乙女ゲームの攻略対象でないことを、祈る。攻略対象でも、私が彼の恋路を邪魔しなければいいのか。
ガラ空きの会衆席は、座り放題である。
前から二列目中央通路の脇に腰掛ける。最前列だと、両手を組んで祈る時、肘をつく場所がなくて疲れるのだ。肘が硬くなるからやたらに肘をつくなと教育されてきたが、今は勘弁してもらおう。
「あー神様。どうか私に啓示をください」
この世界が、何の乙女ゲームか異世界漫画の原作に基づいているのか。せめて、私がどういう理由で断罪され、どういう最期を迎えるのか。破滅回避の分岐点はどこか。誰と誰が攻略対象か。本当に、私は悪役令嬢なのか。
「どれか一つでもいいから、教えてください」
「何を?」
目を開けると、美青年が二人揃って私を見ていた。
片方は、烏の濡れ羽色の髪を後ろで束ね、青灰色の瞳をした、痩せぎすで背の高い教師らしき男性、他方は銀髪の巻き毛に青緑の瞳をした、司祭服を着た男性である。
「迷える生徒さん、お悩みなら聞きますよ」
と司祭がにこやかに言う。その隣で教師らしき男性が、真面目に頷く。
「ステファノは聞き上手だからな。僕も今まで、話を聞いてもらっていた」
「クレマンは学園の教師です。何か助言できるかもしれません。でも聞かれたくないようでしたら、帰ってもらいます」
「え。その‥‥」
確か、モンパンシエ伯爵の三男が、クレマンと言った。
婚約者が若くして急死して以来、独身を貫いている由。女子の間で、純愛の権化として伝説となっている。
年恰好からしてそうなのだろう。純愛設定に加え、この美形の感じからして、攻略対象に違いない。
司祭の方も美形なのだが、聖職者を攻略キャラの一人に組み込むと、いきなり退廃的な方向へシフトしてしまう。
BLとか、ヤンデレ系ならアリだろうけど、全年齢対象乙女ゲームにはそぐわない。
そこで、思い出したことがある。
乙女に限らず、ゲームには、チュートリアルと言う機能が組み込まれていることがある。
ストーリー形式の場合、プレイヤーに遊び方を教えてくれる役割の人物が、ゲーム内に存在するのだ。
礼拝堂という場所は、迷えるプレイヤーを教え導くのに相応しい。
もし、ステファノ司祭がチュートリアルキャラクターだったら、色々教えてもらえるのではないか。
話してみるか? しかし外したら、どのくらいまずいことになるだろうか。
司祭は告解者の秘密を守る筈。でも彼は、学園司祭でもある。上層部に報告するかもしれない。
「まず、お名前を伺いましょうか?」
「は、はい。サンドリーヌ=ヴェルマンドワと申します。この度、ノブリージュ学園へ入学いたしました」
名前ぐらいは、知られても害にならないだろう。と思って名乗ったが、二人の顔を見て後悔した。彼らは顔を見合わせたのだ。
「おやおや。ヴェルマンドワ宰相のお嬢様でいらしたのですね。これは失礼いたしました」
「噂と違う」
「クレマン」
おお、サンドリーヌ! 過去の悪行のどれが彼らの耳を汚したのか、聞きたいけれど、聞けない。
「お恥ずかしい過去にございます。若気の至りということで、お見逃しいただければ、と存じます」
面を伏せたその頭上で、クレマン先生が、ぷっと吹き出した。
「若気って君、まだ十五‥‥」
「クレマン=モンパンシエ」
ステファノ司祭に強く制せられ、先生は言葉を途切らせた。
「えっ。何で悪役令嬢がいるの?」
咎め立てするような鋭い声が、礼拝堂に響いた。建物の造りで、さほどの声でなくとも大きく聞こえるのだ。
振り向かずとも、声と発言で誰かわかった。
「あっ。あちらの方をお先に。私は、またの機会に伺います。お声掛けを、ありがとうございました。失礼致します」
早送りで礼をし、間違っても彼女にぶつからないよう、顔を伏せながら端の通路を回って外へ出た。
彼女は既に、中央通路を進んでいた。
アメリ=デュモンド男爵令嬢である。
視界の端に見えた、ローズブロンドの髪からしても、間違いない。
ついでに彼女も転生者で、この世界が何のゲームか漫画の具現化にせよ、彼女がヒロインで、私が悪役令嬢ということも間違いない。
ずばり言っていたからね。悪役令嬢って。
先ほど接触せずに済んだのは、礼拝堂のシーンが私の絡まぬ出会いイベントか、あるいはチュートリアルだったからだろう。
出会いイベントで一度に二人の攻略対象と出会う例は、あまりない気がする。漫画の知識で当てにならないけど。
仮に、ヒロインがあの二人のどちらかを選ぶなら、私は関わらなくて済みそうだ。婚約者でも親戚でもないのだもの。
でも、彼女はすでにシャルル王子との出会いイベントを成功させている。攻略対象者を全員陥落させる、逆ハーレムルートを狙っているのかも知れない。
転生者で、この世界のシナリオを熟知していそうな相手に、何の世界かも知らない、おバカなサンドリーヌの頭で対抗できるかしら。
うわあ。破滅しか見えない。
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