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第一章 新入生
13 初めての学園パーティ
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「まあ、何て素敵なドレスでしょう。靴も髪飾りも、お揃いなのですね」
ジュリーが華やいだ声を上げた。
シャルル王子から大きな荷物が送り付けられ、侍女が中を改めたのである。
水色を基調として、鮮やかな緑を差し色にしたドレスは、レースやリボンを巧みにあしらった上品な仕上がりだ。
布地やレースの柄に、見覚えがある。そう言えば、街へ出かけた時、王子と一緒に生地屋へ行ったのだった。
そして、ドレスと色やデザインを揃えた髪飾りと靴も、同梱されていた。
カードが添えられている。
年末パーティに着て来い、と書いてある。
相変わらずの、俺様キャラだ。
家にある衣装を、着回そうかと思っていたのに。これは華美じゃないのか?
試しに着てみると、サイズもちょうど良い。補正の必要なし。靴もピッタリ履けた。
ううむ。いつの間に。どうせ、権力でどうにかしたのだろうが、普通に考えると、ほんのり不気味だ。
王子の命でもあり、勿体無いから、着ることにする。
卒業までに何度もパーティはある筈で、入学初年からこんなことをしていたら、後が続かないだろう。
つまり、これが断罪前の、最初で最後のプレゼントかもしれない。
ドリアーヌに約束した、王子への指導というか、婚約解消のお願いをする機会は、なかなか作れなかった。
平日は勉強で忙しく、週末は買い出しと勉強で忙しい。
王子はまた行こうと誘うけれども、一度、買い出しへ出掛けて懲りた。二度と、誘いには乗るものか。
あの翌週、ほとんど満足な昼食を取れなかったのだ。空腹だと、授業に差し支えてしまう。
そして王子からも、婚約解消の話は持ち出されないまま、パーティの日を迎えてしまった。
「僕を頼ってくれるのは嬉しいけれど、姉様をエスコートするのは、シャルル王子の役目でしょう?」
親衛隊の目をかいくぐり、会いに来てくれる弟にエスコートを頼むと、嬉しそうな顔をしつつ、断られた。
ディディエの声変わりは短めに完了し、声と共に態度まで大人びてきたように感じる。
「ディディエは、誰をエスコートするの?」
婚約者はロタリンギアの人で、まだノブリージュ学園に入学できる年齢でもないと聞く。学外の人は、パーティに呼べない。
ここで、ディディエは薄く頬を染めた。んん?
「アメリ=デュモンド男爵令嬢にお願いされて、一緒に行くことにしたよ」
不意打ちを喰らって、言葉が出なかった。顔色も変わったらしい。私を見る弟の表情が曇った。
「姉様?」
「どなたがお相手してくださるにせよ、あなたには学外に婚約者がいて、今回はかりそめのパートナーである、ということを承知なさっているかしら?」
全力で、自分を立て直す。
アメリが、婚約者のシャルル王子に目の前で言い寄っても気にならないのに、弟に近寄ったと聞いただけで激しく動揺するとは、我ながら意外であった。
まともに話したこともない相手である。娘を嫁に出したくない親父の心理、ではない。
弟が婚約した時には、これほどの衝撃を受けなかった。
認めたくないが、私はアメリを好きじゃないのだろう。
私が感じる好き嫌いも、悪役令嬢としてのゲーム補正かもしれない。
「もちろん、確認した。とても驚いていたよ。どういう訳か、姉様が無理に婚約させた、と思い込んでしまって。違うと説明したけれど、わかってくれたかどうか」
私の本音は、うまく隠しおおせたようだ。それにしても、ディディエの婚約がヒロインの予想外だったとは、私にも驚きである。
どうやら、彼女の知るシナリオでは、弟に婚約者が不在だったと見える。
私が弟の婚約を決められる訳がない。
ゲームや漫画と違って、実際に生きた人々が動く以上、シナリオ通りに進まないこともあるのだ。破滅予定の悪役令嬢たる私には、希望の持てる話である。
それに、アメリがディディエをパートナーに選んだということは、婚約者であるシャルル王子が私のパートナーを務める、ということでもあった。
もしかしたら、今回は断罪イベント無関係かもしれない。まだ、年度の途中でもある。
私は、少し気が楽になった。
そして当日、迎えに来たシャルル王子を見て、ははあ、と感心した。
衣装が、私とお揃いなのである。あちらはドレスではない、念の為。
水色を基調に、緑を差し色にした紳士用礼装。私は言われた通り、彼から送り付けられた衣装一式を着込んでいた。
自前なのは、宝飾品と下着ぐらいである。王子は、私が注文通りであるのを見て、満足そうに頷いた。
「素敵な衣装を、ありがとうございます」
まずは、お礼を述べる。これで、私が自分勝手な色合いのドレスを着て来たら、それは面白くなかろう。
「似合っているぞ。私と、そなたの瞳の色に合わせた」
それは、気付かなかった。
確かに私は水色の目で、王子はエメラルド色の目を持っている。手持ちの服が多過ぎて、TPOに合わせるので精一杯。自分に似合う色とか、考えたこともなかった。
王子にエスコートされて会場へ入ると、大勢の参加者から注目を浴びてしまった。
後々の展開を考えると、目立ちたくないのに、気恥ずかしい。
もう、私たちが最後の入場者だったようで、すぐにパーティが始まった。
上級生と先生の挨拶の後、楽団が演奏を始める。演奏家は外から呼ぶ場合もあるが、今回は生徒が演奏していた。
授業にも楽器の演奏科目があり、優秀な生徒は、国外の演奏会へ呼ばれるほどの腕前と聞く。
素養のない私が聞く限り、上手いのだろう、としかわからない。音楽的感性を磨くには、時間と経験が必要だ。
「サンドリーヌ、行くぞ」
シャルル王子に手を引かれ、あれよという間にフロアに出てしまった。
既に踊り始めているペアもいるのに、王子のオーラはたちまち衆目を集めた。
サンドリーヌの体は器用で、さぼっていたダンスも一通りの練習でマスターした。ただし、前世庶民の私は、ダンスが苦手である。
だから、努めて頭を空にする。
相手のリードに合わせ、サンドリーヌの体が勝手に動くのに任せるのだ。
王子のダンスは、さすがの腕前だった。足を踏ませず、誰にもぶつからず、他の人の間を縫って、流れるように踊り続ける。
一つ一つの動きが、揺れる毛先まで綺麗だった。美しい物を眺めるのは、好きだ。
ランプの灯りを反射して煌めくシャンデリア、踊る人々の華やかな衣装に取り巻かれた王子の微笑む顔も、映画でも見るように眺める分には、楽しめた。
「さて、最後までそなたと組みたいが、これも成績評価の対象であるからして、堪えてもらおう。委員の仕事でもある」
シャルル王子は演奏が小休止した隙に、言い訳を始めた。大方、アメリと踊る理屈をこねるのだろう。
元々私は、王子を独り占めする気などないのだが。それにしても、気になる単語が耳についた。
「成績、つくのですか?」
「無論だ。先生方をご覧。ほとんど踊っておられない」
見ると、確かに男女の別なくほぼ壁の花、というより壁紙と化している。
「何を見るのでしょう?」
「最上級生は、主催者としての動き方。下級生は、マナーやダンス技能だな」
てっきり、レクリエーションだと思っていた。思い返せば、先生が授業で、パーティで浮かれるな、みたいな話をしていた。
貴族にとって社交は仕事で、パーティは社交の基本である。実習扱いで開催予算を取っているのかも。
「そういう訳だ。私が他の令嬢と踊っても、嫉妬するなよ。仕事だからな。そなたも他の男と踊って良いぞ。ただし、一人につき一曲。それから、食べ物にばかり気を取られないよう注意しろ」
仕事と言い訳しつつ、気が咎めたのか、親切にも細々注意をおいて去っていく。どこへ行くかと目で追うと、案の定アメリの元だった。
周りには男性ばかりの人だかりが出来ていたが、彼女の目当てもまた王子だった。
王子に遠慮して、左右に割れた人垣の間を進み、差し出された手を取った。漫画なら一頁まるまる使って描く場面だ。
ヒロインらしく、ピンク系の可愛らしいドレスを纏っている。
失礼ながら、手元不如意なデュモンド男爵家にしては、遠目にも良さげな生地で、デザインも最先端、新たにあつらえた衣装と見えた。
誰かに贈られた? とすれば、贈り主には心当たりがある。
ディディエがやってきた。母が注文したであろう、ベーシックな服を身につけている。とりあえず、アメリとお揃いでなくホッとする。
王子のせいで、彼女をエスコートした場面も、ダンスも見損ねた。お陰で、動揺せずに済んだのかもしれない。
「姉様、僕と踊ってくださいますか?」
「もちろん」
組んでみると、弟の背は私とほとんど変わらなかった。むしろ少し彼の方が高い。弟というイメージだけで、実際より小さく思い込んでいた。
入学前には、本当に私より小さかったのだ。僅かの間に、背が伸びたものである。
「姉様とこうして踊るなんて、入学前には思いもしなかった」
「誘ってくれてありがとう。一緒に踊れて嬉しい。ところで、デュモンド嬢にドレスを贈った?」
「まさか。婚約者がいるのに、そんなことできないよ」
だよね。となると、贈り手はほぼ確定だ。
ディディエはダンスでリードされても、会話する余裕ぐらいはある。私も弟相手にリラックスして、周囲を見ながら踊ることができた。
ローズブロンドは遠くに見える。結構なことだ。ドレスの件がどうあれ、あれは近寄らないに限る。
バスチアンとドリアーヌが近くに来て、互いに目で挨拶し合った。濃紺と銀を組み合わせた、お揃いの衣装である。
クルクルと踊りながら、近付いたり離れたり。体を動かすのは、楽しい。
次に来たのは、赤のグラデーションを上手に使ったお揃いの衣装を纏う、リュシアンとフロランスだった。
「後で行くぞ」
「弟君を貸してくださる?」
「喜んで」
すれ違いざまに、素早く予約を入れられた。目立つ二人は、もう何曲も踊っている。婚約者同士ならば、続け様に踊っても、評価は下がらない?
王子はアメリと踊りたくて、理屈をこねたのかも。言い訳しなくたって、喜んで送り出したのに。
王子のお陰で、ディディエとも踊れたのは、良かった。
その後、予約通り私はリュシアンと踊り、ディディエはフロランスに申し込んで彼女と踊った。リュシアンの身体能力も高い。彼と踊るのは、弟とまた違った楽しさがあった。
演奏はまだまだ続いていたが、喉の渇きを覚えて休憩にする。
リュシアンと別れて端へ移動し、給仕から飲み物を受け取る。小腹も空いてきた。食べられるうちに、腹へ入れておこう。
軽食コーナーへ向かう。
カナッペ、テリーヌ、キッシュ、カットフルーツ、ジュレなど、品数が多くて目移りする。全部味見したいが、人目が気になる。
さりげなく周囲を窺いながら、少しずつ摘んだら、余計にお腹が空いてきた。
「もう少しくらい食べたところで、評価は下がらないよ」
ジュリーが華やいだ声を上げた。
シャルル王子から大きな荷物が送り付けられ、侍女が中を改めたのである。
水色を基調として、鮮やかな緑を差し色にしたドレスは、レースやリボンを巧みにあしらった上品な仕上がりだ。
布地やレースの柄に、見覚えがある。そう言えば、街へ出かけた時、王子と一緒に生地屋へ行ったのだった。
そして、ドレスと色やデザインを揃えた髪飾りと靴も、同梱されていた。
カードが添えられている。
年末パーティに着て来い、と書いてある。
相変わらずの、俺様キャラだ。
家にある衣装を、着回そうかと思っていたのに。これは華美じゃないのか?
試しに着てみると、サイズもちょうど良い。補正の必要なし。靴もピッタリ履けた。
ううむ。いつの間に。どうせ、権力でどうにかしたのだろうが、普通に考えると、ほんのり不気味だ。
王子の命でもあり、勿体無いから、着ることにする。
卒業までに何度もパーティはある筈で、入学初年からこんなことをしていたら、後が続かないだろう。
つまり、これが断罪前の、最初で最後のプレゼントかもしれない。
ドリアーヌに約束した、王子への指導というか、婚約解消のお願いをする機会は、なかなか作れなかった。
平日は勉強で忙しく、週末は買い出しと勉強で忙しい。
王子はまた行こうと誘うけれども、一度、買い出しへ出掛けて懲りた。二度と、誘いには乗るものか。
あの翌週、ほとんど満足な昼食を取れなかったのだ。空腹だと、授業に差し支えてしまう。
そして王子からも、婚約解消の話は持ち出されないまま、パーティの日を迎えてしまった。
「僕を頼ってくれるのは嬉しいけれど、姉様をエスコートするのは、シャルル王子の役目でしょう?」
親衛隊の目をかいくぐり、会いに来てくれる弟にエスコートを頼むと、嬉しそうな顔をしつつ、断られた。
ディディエの声変わりは短めに完了し、声と共に態度まで大人びてきたように感じる。
「ディディエは、誰をエスコートするの?」
婚約者はロタリンギアの人で、まだノブリージュ学園に入学できる年齢でもないと聞く。学外の人は、パーティに呼べない。
ここで、ディディエは薄く頬を染めた。んん?
「アメリ=デュモンド男爵令嬢にお願いされて、一緒に行くことにしたよ」
不意打ちを喰らって、言葉が出なかった。顔色も変わったらしい。私を見る弟の表情が曇った。
「姉様?」
「どなたがお相手してくださるにせよ、あなたには学外に婚約者がいて、今回はかりそめのパートナーである、ということを承知なさっているかしら?」
全力で、自分を立て直す。
アメリが、婚約者のシャルル王子に目の前で言い寄っても気にならないのに、弟に近寄ったと聞いただけで激しく動揺するとは、我ながら意外であった。
まともに話したこともない相手である。娘を嫁に出したくない親父の心理、ではない。
弟が婚約した時には、これほどの衝撃を受けなかった。
認めたくないが、私はアメリを好きじゃないのだろう。
私が感じる好き嫌いも、悪役令嬢としてのゲーム補正かもしれない。
「もちろん、確認した。とても驚いていたよ。どういう訳か、姉様が無理に婚約させた、と思い込んでしまって。違うと説明したけれど、わかってくれたかどうか」
私の本音は、うまく隠しおおせたようだ。それにしても、ディディエの婚約がヒロインの予想外だったとは、私にも驚きである。
どうやら、彼女の知るシナリオでは、弟に婚約者が不在だったと見える。
私が弟の婚約を決められる訳がない。
ゲームや漫画と違って、実際に生きた人々が動く以上、シナリオ通りに進まないこともあるのだ。破滅予定の悪役令嬢たる私には、希望の持てる話である。
それに、アメリがディディエをパートナーに選んだということは、婚約者であるシャルル王子が私のパートナーを務める、ということでもあった。
もしかしたら、今回は断罪イベント無関係かもしれない。まだ、年度の途中でもある。
私は、少し気が楽になった。
そして当日、迎えに来たシャルル王子を見て、ははあ、と感心した。
衣装が、私とお揃いなのである。あちらはドレスではない、念の為。
水色を基調に、緑を差し色にした紳士用礼装。私は言われた通り、彼から送り付けられた衣装一式を着込んでいた。
自前なのは、宝飾品と下着ぐらいである。王子は、私が注文通りであるのを見て、満足そうに頷いた。
「素敵な衣装を、ありがとうございます」
まずは、お礼を述べる。これで、私が自分勝手な色合いのドレスを着て来たら、それは面白くなかろう。
「似合っているぞ。私と、そなたの瞳の色に合わせた」
それは、気付かなかった。
確かに私は水色の目で、王子はエメラルド色の目を持っている。手持ちの服が多過ぎて、TPOに合わせるので精一杯。自分に似合う色とか、考えたこともなかった。
王子にエスコートされて会場へ入ると、大勢の参加者から注目を浴びてしまった。
後々の展開を考えると、目立ちたくないのに、気恥ずかしい。
もう、私たちが最後の入場者だったようで、すぐにパーティが始まった。
上級生と先生の挨拶の後、楽団が演奏を始める。演奏家は外から呼ぶ場合もあるが、今回は生徒が演奏していた。
授業にも楽器の演奏科目があり、優秀な生徒は、国外の演奏会へ呼ばれるほどの腕前と聞く。
素養のない私が聞く限り、上手いのだろう、としかわからない。音楽的感性を磨くには、時間と経験が必要だ。
「サンドリーヌ、行くぞ」
シャルル王子に手を引かれ、あれよという間にフロアに出てしまった。
既に踊り始めているペアもいるのに、王子のオーラはたちまち衆目を集めた。
サンドリーヌの体は器用で、さぼっていたダンスも一通りの練習でマスターした。ただし、前世庶民の私は、ダンスが苦手である。
だから、努めて頭を空にする。
相手のリードに合わせ、サンドリーヌの体が勝手に動くのに任せるのだ。
王子のダンスは、さすがの腕前だった。足を踏ませず、誰にもぶつからず、他の人の間を縫って、流れるように踊り続ける。
一つ一つの動きが、揺れる毛先まで綺麗だった。美しい物を眺めるのは、好きだ。
ランプの灯りを反射して煌めくシャンデリア、踊る人々の華やかな衣装に取り巻かれた王子の微笑む顔も、映画でも見るように眺める分には、楽しめた。
「さて、最後までそなたと組みたいが、これも成績評価の対象であるからして、堪えてもらおう。委員の仕事でもある」
シャルル王子は演奏が小休止した隙に、言い訳を始めた。大方、アメリと踊る理屈をこねるのだろう。
元々私は、王子を独り占めする気などないのだが。それにしても、気になる単語が耳についた。
「成績、つくのですか?」
「無論だ。先生方をご覧。ほとんど踊っておられない」
見ると、確かに男女の別なくほぼ壁の花、というより壁紙と化している。
「何を見るのでしょう?」
「最上級生は、主催者としての動き方。下級生は、マナーやダンス技能だな」
てっきり、レクリエーションだと思っていた。思い返せば、先生が授業で、パーティで浮かれるな、みたいな話をしていた。
貴族にとって社交は仕事で、パーティは社交の基本である。実習扱いで開催予算を取っているのかも。
「そういう訳だ。私が他の令嬢と踊っても、嫉妬するなよ。仕事だからな。そなたも他の男と踊って良いぞ。ただし、一人につき一曲。それから、食べ物にばかり気を取られないよう注意しろ」
仕事と言い訳しつつ、気が咎めたのか、親切にも細々注意をおいて去っていく。どこへ行くかと目で追うと、案の定アメリの元だった。
周りには男性ばかりの人だかりが出来ていたが、彼女の目当てもまた王子だった。
王子に遠慮して、左右に割れた人垣の間を進み、差し出された手を取った。漫画なら一頁まるまる使って描く場面だ。
ヒロインらしく、ピンク系の可愛らしいドレスを纏っている。
失礼ながら、手元不如意なデュモンド男爵家にしては、遠目にも良さげな生地で、デザインも最先端、新たにあつらえた衣装と見えた。
誰かに贈られた? とすれば、贈り主には心当たりがある。
ディディエがやってきた。母が注文したであろう、ベーシックな服を身につけている。とりあえず、アメリとお揃いでなくホッとする。
王子のせいで、彼女をエスコートした場面も、ダンスも見損ねた。お陰で、動揺せずに済んだのかもしれない。
「姉様、僕と踊ってくださいますか?」
「もちろん」
組んでみると、弟の背は私とほとんど変わらなかった。むしろ少し彼の方が高い。弟というイメージだけで、実際より小さく思い込んでいた。
入学前には、本当に私より小さかったのだ。僅かの間に、背が伸びたものである。
「姉様とこうして踊るなんて、入学前には思いもしなかった」
「誘ってくれてありがとう。一緒に踊れて嬉しい。ところで、デュモンド嬢にドレスを贈った?」
「まさか。婚約者がいるのに、そんなことできないよ」
だよね。となると、贈り手はほぼ確定だ。
ディディエはダンスでリードされても、会話する余裕ぐらいはある。私も弟相手にリラックスして、周囲を見ながら踊ることができた。
ローズブロンドは遠くに見える。結構なことだ。ドレスの件がどうあれ、あれは近寄らないに限る。
バスチアンとドリアーヌが近くに来て、互いに目で挨拶し合った。濃紺と銀を組み合わせた、お揃いの衣装である。
クルクルと踊りながら、近付いたり離れたり。体を動かすのは、楽しい。
次に来たのは、赤のグラデーションを上手に使ったお揃いの衣装を纏う、リュシアンとフロランスだった。
「後で行くぞ」
「弟君を貸してくださる?」
「喜んで」
すれ違いざまに、素早く予約を入れられた。目立つ二人は、もう何曲も踊っている。婚約者同士ならば、続け様に踊っても、評価は下がらない?
王子はアメリと踊りたくて、理屈をこねたのかも。言い訳しなくたって、喜んで送り出したのに。
王子のお陰で、ディディエとも踊れたのは、良かった。
その後、予約通り私はリュシアンと踊り、ディディエはフロランスに申し込んで彼女と踊った。リュシアンの身体能力も高い。彼と踊るのは、弟とまた違った楽しさがあった。
演奏はまだまだ続いていたが、喉の渇きを覚えて休憩にする。
リュシアンと別れて端へ移動し、給仕から飲み物を受け取る。小腹も空いてきた。食べられるうちに、腹へ入れておこう。
軽食コーナーへ向かう。
カナッペ、テリーヌ、キッシュ、カットフルーツ、ジュレなど、品数が多くて目移りする。全部味見したいが、人目が気になる。
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URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
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