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第二章 留学生

3 いきなりピンチです

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 次のイベントは、親睦武道会だ。

 新入生の時は、アメリちゃんが、騎士団長の息子リュシアンと親しくなるきっかけになった。
 確か、毎回何かが起こるのよね。
 二年目の時は、何だったっけ? まあいいや。そのうち思い出す。

 それより、武道会の前に、行きたいところがあったんだった。
 授業が終わり、夕食前に時間が取れた日、思いついて訪ねることにした。

 礼拝堂。ここには、チュートリアルキャラクターの司祭さんがいて、脇役ながら、なかなかの美形なのよね。
 もしかして、隠れキャラかと思って、前世で色々試してみたけれど、最後までセリフはテンプレだった。うう、泣ける。

 でも、ここに来さえすれば、会えるのだ。そこが、ヴェルマンドワ宰相とは違う。
 それに、シナリオが進まない時とか、何か困った時に行くと、ヒントやアイテムをくれたりする、ありがたい存在でもある。プレイヤー=ヒロインにとっては。

 わたしはモブキャラだから、チートアイテムはゲット出来ないだろうけれど、生徒として、会いに行く権利はある、筈。

 学園生活の記念に、生身の司祭さんとお話ししてみたい、と思ったのだった。
 一応、週一で礼拝の時に、姿は拝めるのだ。
 ゲームと違って、まともに説教をしていた。当たり前か。

 『お困りのようですね』『この学園について、ご説明します』『ヒントを差し上げましょう』『どのアイテムを選びますか?』

 会話の途中で、ゲームのセリフが出てきたら、それはそれで感動しそうだ。絶対言わないセリフもあるけど。

 礼拝堂への近道は、ゲームのマップ通りだった。植え込みの間を縫って進んで行く。

 誰もいない‥‥いる! わたしは、茂みの陰にしゃがんだ。勢いがついて、枝を揺らしてしまう。
 驚いた鳥が、飛び立った。

 ザッ。チチチッ。

 「何か音がしなかった?」
 「鳥が飛び立つ時に、枝を揺らしたのだろう」

 鳥は鳴き声まで出してくれた。グッジョブ、バード!

 「それより、司祭様との約束は?」
 「少しくらい遅れても平気。あなたこそ、殿下の護衛をなさらなくてもいいの?」
 「殿下は取り込み中だ」

 茂みの間から恐る恐る覗くと、思った通り、男の声の主は、シャルル王子の近侍であるバスチアン=ブロワだった。
 銀髪の令嬢と一緒にいる。というか、イチャイチャしている。

 バスチアンは攻略対象ではない。モブとまでは言わないが、脇役だ。真面目、という性格設定まである。
 すると、あの令嬢は恋人か婚約者ということになる。

 乙女ゲームだと、ヒロインと悪役令嬢以外の女子キャラは、はっきり言ってモブである。司祭さんやバスチアン、それにヴェルマンドワ宰相みたいに、素敵な外見や性格、名前などのちょっとした設定すらない場合が多い。

 ただ、彼女については、特徴的な銀髪と服に見覚えがある。

 思い出した。悪役令嬢の取り巻きに、似たような女子生徒がいた。ゲーム中、悪役令嬢のすぐ近くの立ち位置で、結構見かけたわ。取り巻きの中でも、有力な地位という設定だったのかな。

 だから彼女は断罪後も、サンドリーヌと運命を共にしたのだ。すべての画面に、彼女の髪か服が添えられていたもの。見覚えがある筈だわ。つまり彼女もまた、ほぼ死ぬ訳である。
 ふむふむ、王子の側近と恋人なのか。それで、サンドリーヌの取り巻きになったのね。

 彼女もまた、バスチアンに婚約破棄される運命なのだ。そう思うと、寛大な気持ちになった。
 今のうちに、幸せを味わっておくが良い。いやだわ、わたしが悪役令嬢みたい。

 他所様よそさまのイチャラブシーンを眺めるのは、野暮やぼってもの。音を立てないよう、静かにその場を抜け出す。
 頭の中で、素早く礼拝堂までのルートを組み直した。ここは、ゲームやり込み度がものを言う。
 今度は、誰にも会わず、辿たどり着けた。


 礼拝堂は、神秘的な場所だった。ゲーム画面で司祭さんの背景として見るのとは違う。この世界では皆ブーリという神を信仰しているのだけれど、建物はキリスト教の教会のイメージに近い。

 誰もいない。肝心かんじんの司祭さんも、姿が見えなかった。
 ゲームみたいに、二十四時間礼拝堂にいる訳がない、と頭でわかっているけれど、こうして空っぽの建物に一人立っていると、一人だけ見捨てられたような気持ちになってしまう。

 鍵をかけずに出たのなら、すぐ戻るかもしれない。
 柱の彫刻を眺めながら、中を一周しても、誰も来なかった。

 どうせ、モブキャラにはチュートリアルは不必要だものね。
 寂しさから、いじけた気持ちで、礼拝堂を出た。

 どういうルートで戻ろうか。
 同じ道を辿ったら、バスチアンたちに見つかるかもしれない。

 大体の方向はわかっている。適当に歩くことにした。
 学園の敷地は広いにも関わらず、隅々まで手入れがなされていた。場所によって趣が全然違ったりするから、散歩しても飽きない。

 つと足が止まる。

 あの縦巻きロールには、見覚えがある。クラスメートのソランジュ? いやいや。彼女の髪はもっと明るい。

 濃い金髪は、サンドリーヌだ。何だって、今日はカップルのイチャイチャに出くわすのかしら。側近のバスチアンを見た時に、予想してしかるべきだったわ。

 サンドリーヌと一緒にいるのは、シャルル王子だった。

 ポツンと建つ四阿あずまやで、濃厚なキスをしている。

 『ラブきゅん! ノブリージュ学園』って十八禁ゲームだったっけ? いや絶対違う。あれだけやり込んだのに、こういう場面は出てこなかったもの。

 大体、王子がアメリちゃんを放って、悪役令嬢とイチャイチャするなんて、どういうこと?

 ここにヒロインが登場して修羅場しゅらば、というイベントでもない。

 シナリオ外で婚約者をもてあそんで、最後にアメリちゃんを選ぶとしたら、王子って人間として非道ひどいよね。いくら俺様キャラでも、乙女ゲームにあるまじき存在だわ。

 「あっ」

 声がして、我に返った。

 わたしは隠れることを忘れて、呆然と突っ立っていたのだ。

 気まずい。
 逃げたら、王子に失礼かしら。見なかった振りをするのが、正解?

 考えが頭の中をぐるぐる回り、ますます足が固まる。

 どちらとも決めかねるうちに、サンドリーヌがぱぱぱぱっと服や髪の乱れを直して、王子に軽く会釈をするのも忘れずに、猛然もうぜんとわたしの前まで走り着いた。

 王子の方は、不機嫌そうに顔を背けるようにしているが、立ち去る気配はない。
 婚約者を置き去りに、逃げるつもりはないようだ。そこは、褒めてやっても良い。わたし、偉そう?

 「ごめんなさい。すぐに気が付かなくて。道に迷ったのかしら?」

 いきなり謝罪から入るサンドリーヌに、二度びっくりした。上気した頬にうるんだ瞳が、なまめかしい。

 これは、間違いなく十八禁ものだ。

 ちなみに、わたしは前世から今に至るまで、恋愛交際をしたことがない。友達の中には、同じ歳なのに全部済ませていた子もいたし、噂では中絶経験のある子もいた。

 友達がプレイした十八禁乙女ゲームの話も、聞いたり覗いたりしたこともある。だから一応の知識はあるつもりなんだけれど。

 もっとあられもない姿態したいとなる前に、鉢合はちあわせて幸いだったわ。
 わたしは、全力で首を縦に振った。もう、あちらの言い訳に乗っかろう。

 モブが悪役令嬢に逆らうなんて、とんでもない。

 「寮へ戻るところ? それとも、礼拝堂へ行くところかしら?」
 「り、寮へ戻るところです」

 「では、ご一緒しましょう。でもその前に、王子の護衛を探さないと。急ぐ?」
 「いいえ」

 そこへ、バスチアンが現れた。銀髪令嬢の姿は見えない。
 きっと、司祭さんのところへ行ったのね。

 取り巻き令嬢が会えるのなら、悪役令嬢の義妹でも会えるんじゃないかな。希望が見えてきた。

 遠目にも上機嫌だった近侍は、王子の表情を見て態度を改めた。
 サンドリーヌは、わたしに少し待つよう言いおいて、素早く王子の元へ戻り、別れの挨拶をし、再びこちらへやってきた。腰が軽い。悪い意味じゃなくて。

 「さあ、行きましょう」

 「あ、あ、あ、あの。方角さえ教えていただければ、一人でも戻れます。お二方ふたかたにご迷惑をおかけするのは、心苦しいです」

 今更いまさらながら、申し訳なさがつのってきた。わたしはアメリちゃんのファンではあるけれど、サンドリーヌはディディエくんのお姉さんで、将来わたしのお姉さんにもなる人なのだ。ほぼ死亡確定だけど。

 ゲーム上、悪役令嬢サンドリーヌは、シャルル王子にベタ惚れで嫉妬が激しく、邪魔者は全て抹殺する勢いだった。
 貴重な楽しい逢瀬おうせを中途半端に終わらせてしまって、タダで済むはずは‥‥あれ? 本当に、怒っていない?

 「遠慮しないで。貴女は隣国からの大切なお客様でもあり、可愛い弟の婚約者でもある。それに、打ち明けると、いいところへ来てくださったわ。だから、気になさる必要もないのよ」

 サンドリーヌはわたしの手を取らんばかりにして、さっさと王子から遠ざかる。
 わたしは混乱した。

 ええええ? 王子に夢中なサンドリーヌは、どこへ行ったの? シナリオにあるイベントの時だけ嫉妬するパターンですか? 二重人格じゃあるまいし。

 いや、まさか。学年が違うせいで、そもそも主要キャラを見かけることすら、レアなのだ。普段の彼らの様子は、わたしの前世の記憶にしかない。

 そう言えば、アメリちゃんと王子が仲良くしている時に、サンドリーヌの姿を
 ゲームのイメージだと、ヒロインと攻略対象が一緒にいれば、必ずしゃしゃり出てくるのに。おかしい。今の淑女みたいな態度にしたって、全くもって、

 「悪役令嬢っぽくない」

 急にサンドリーヌが止まったので、わたしは彼女にぶつかりそうになった。
 振り向いたサンドリーヌは、記憶と違わぬ悪役令嬢の表情を浮かべていた。自分の顔から血の気が引くのがわかる。
 ゲームより、断然迫力だんぜんはくりょくあります。

 「その言葉を耳にするのは、これで二度目ですわ」

 え、わたし何か言った?

 「私、役者の真似事をした経験がないのに、ある人から『あくやくれいじょう』と呼ばれたの。ロタリンギアご出身の貴女からも、同じ言葉を聞くとは思わなかったわ。その人と、お知り合いとも思えないし。どういう意味なのか、お話しいただけるわね?」

 笑顔なのに、すごい威圧感。ちょっと、前世の怒った時のお母さんを思い出した。
 わたしの脚が、勝手に震え始める。

 頭の中で考えていたつもりが、口に出てしまったみたいだ。どうしよう。
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