漫画読み過ぎて悪役令嬢に転生したけど乙女ゲームは未経験です ノブリージュ学園には毎年ヒロインが出現します

在江

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第二章 留学生

8 攻略キャラが責めるの

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 「やっぱり、わたしが疑われているのですか?」

 わたしはディディエくんの婚約者。
 アメリちゃんがディディエルートや逆ハーレム成立を目指しているなら、悪役令嬢に昇格するシナリオが発動するかもしれない。

 「君には、細工する機会がなかった」

 リュシアンが、格好良すぎて怖い。

 「ところで、私は辺境伯と親しくしている」

 知っているわ。明るく元気なお嬢様、フロランス=ポワチエと婚約しているのよね。
 一年上の先輩は、無事に卒業して領地の辺境へ戻っている筈。彼女の名前を出さないのは、公私の区別をつけているつもりかしら。

 「辺境伯は、周辺国の状況を偵察する仕事もけ負っているのだよ」

 いや、知らないです。ここで言っちゃっていいの? この世界の常識とか?

 「聞くところによると、ロタリンギアの王族につながるラインフェルデン家の末娘は、他の世界からの生まれ変わりで、当ノブリージュ学園に、大層たいそう思い入れがあるとか」

 「サンドリーヌ様がしゃべっ」

 思わず立ち上がった。背後で音がした。ディディエくんの顔色が変わっている。しまった。やらかした。

 「ほう。サンドリーヌ嬢は、君から話を聞いたんだね。ディディエ、仕事を続けたまえ」

 ええええっ? リュシアンこわっ、怖いんだけれどっ! キャラ変している?

 だって、幼馴染のサンドリーヌを疑っている感じだよね。
 ディディエくんをこの場に呼んだのは、姉の疑惑と、わたしの転生話を知らせるため?
 婚約者なのに、他人から初めて聞かされてショックを受けたかも。ごめん、ディディエくん。

 まさか、お父様のファンということも、バラされる? そうしたら、流石さすがに婚約破棄されるよね。まだ一年経っていないのに、ここで退場ですか?

 「実は、彼女もここに呼んでいる。そろそろ来るだろう。その前に、告白したいことがあれば、どうぞ」

 パニックになるわたしに、リュシアンが皮肉っぽく笑いかける。

 わたしは口をけなかった。喋ったら、立場が悪くなるだけだ。落ち着け、わたし。

 リュシアンは、わたしの実家から転生者の話を聞き込んできた、ということよね。

 サンドリーヌは裏切っていない。自分の生死に関わるんだから、言う訳ない。

 それに、実家では、侍女やら何やら、召使がうじゃうじゃいたから、その誰かが外の人間にわたしの転生話をらしたって、不思議じゃない。
 向こうじゃ妄想扱いされていたから、口止めもしていなかったわ。

 どこまで聞いたかともかく、リュシアンが本気にしていることが問題なんだわ。どうすべき?
 サンドリーヌと違って、彼は攻略対象者だ。うっかり、転生者のアメリちゃんに話すかもしれない。

 ヒロインの立場からすれば、ディディエくんの婚約者は敵だ。
 知られたら、彼女の断罪リストに名前が載るのは、確実だわ。ヒロインキャラのアメリちゃんは良い子でも、中身の転生者は違うかもしれないもの。

 ノックの音がした。ディディエくんが、机をがたつかせながら、扉へ駆け寄った。

 「姉様っ」
 「あらディディエ」

 サンドリーヌが縦ロールを揺らしながら入ってきた。続いてシャルル王子まで。

 「殿下は、お呼びしておりません」
 「婚約者に嫌疑がかかっているのを、見過ごせなくてね」

 後ろ手に扉を閉め、涼しい顔で王子が言う。ついでにサンドリーヌの腰に手を回している。
 リュシアンの赤い瞳に影が差す。流石に笑みも消えている。

 こんな時だけれど、隠しキャラのクレマン先生以外の攻略対象が揃い踏みよ。眼福がんぷくだわ。
 でも、雰囲気は悪い。

 「では、そちらへおかけください」

 ディディエが間を開けて用意した椅子いすを、王子がピッタリくっつけ、婚約者同士二人並んで腰掛こしかけた。
 サンドリーヌの表情は、悪役令嬢っぽい。王子が側にいるのは当然、みたいな。ある意味、無感動なたたずまい。

 乙女ゲーでアメリちゃんとのツーショットを見慣れた目には、王子の隣に彼女がいると、違和感を覚えてしまうのよね。

 「今、ちょうどサンドリーヌ嬢のお名前が出たところです」

 リュシアンが丁寧な言葉遣いになった。シャルル王子が同席しているせいだわ。やりにくいだろうな。

 「アメリ嬢に危害を加える動きがあるかもしれない、という警告をサンドリーヌ嬢が発してくださったお陰で、被害を最小限に抑えることができました。感謝します。ですが、その情報を一体どこから得たのか。今しがた、ロザモンド嬢からお話があった、と判明しました」

 サンドリーヌは、じっとリュシアンを見つめている。シャルル王子は婚約者の腰に手を回し、空いた手で彼女の濃い金髪をもてあそんでいる。

 アメリちゃんとも仲良くしているだろうに、悪役令嬢からも手を引かないなんて、いかにも俺様キャラっぽい。

 そうっとディディエくんの様子をうかがうと、わたしではなく姉の方を心配そうに見ていた。ちょっと寂しいけれど、この際仕方がないか。

 リュシアンが続ける。

 「ロザモンド嬢はディディエ君の婚約者であり、サンドリーヌ嬢の義理の妹になる立場です。また、彼女は幼少の頃からノブリージュ学園への入学を希望し、入学前から学園生活における様々な局面を見てきたかのように語っていたとか」

 「すなわち、今回の件は、ロザモンド嬢の想像から着想を得たサンドリーヌ嬢が、どなたかに手を回して計画を実行したものの、土壇場どたんばになって被害が大き過ぎることに恐れをなし、警告という形で被害を縮小し、同時に自らの潔白の担保たんぽとしたのではないか、というのが私の考えです」

 「姉様は、卑怯ひきょうな真似はしない。委員長は幼馴染おさななじみなのだから、ご存知でしょう? そんなややこしいこと」

 真っ先に反論したのは、ディディエくんだった。途中で切った言葉の続きを、わたしは簡単におぎなうことができた。

 『そんなややこしいこと、この(お馬鹿な)サンドリーヌができる訳ない』

 たとえ続きを口走っても、この通りの言葉じゃないだろうけど、意味するところは同じ筈だ。
 この世界のディディエくんはサンドリーヌをしたっているみたいだけれど、評価は客観的なところが、何か笑える。

 笑っていられるのも、わたしが疑惑の圏外けんがいにいる余裕からだ。ラッキーなことに、リュシアンは転生とか乙女ゲーの話の真偽は問題にしていないことがわかった。

 彼が幼馴染のサンドリーヌを犯人と名指すなんて、やっぱりアメリちゃんが攻略しているせいかしら。自分がヒロインじゃない立場から見たら、切ないなあ。

 「それに動機もないぞ」

 シャルル王子が偉そうに言う。お前が言うか、と多分全員が内心で突っ込んだんじゃないかな。
 しばし間が開いた。

 「動機は‥‥あります。えて申しませんが」

 だよね。今はリュシアン攻略を進めているとしても、去年は、王子やディディエくんとのイベントが多かった筈。

 悪役令嬢が別クラスで邪魔が入らなかったのなら、ヒロインが逆ハーレムを狙ってみようと思っても不思議じゃない。

 転生者だもの。前に、攻略キャラの皆と食堂で並んで座っていたし。
 そんな様子を見せつけられたら、婚約者のサンドリーヌが、ヒロインを目障めざわりに思うのは当然でしょっ‥‥て、実際には、嫉妬で怒り狂う彼女を見たことないんだよね。

 「風紀委員長リュシアン=アルトワ」

 犯人呼ばわりされても、サンドリーヌは落ち着いていた。犯人ぽく高笑いしたり、逆に取り乱したりしない。でも最上級生にして委員長のリュシアンを呼び捨てにするところは、悪役令嬢だわ。

 「あなたはその有能さをもって、関係者全員から事情聴取を行い、証言を突き合わせた。その上で、実行犯が誰か特定できなかったため、周辺の利害関係から私の犯人説を組み立てた、といったところでしょう。だから証拠もない」

 もしもしサンドリーヌ様、証拠の話を持ち出すのは、犯人フラグですよ。

 「犯行を認めるのか。サンドリーヌ=ヴェルマンドワ」

 リュシアンも同じ考えみたい。王子の存在を無視して悪役令嬢に向き合う。

 「私は犯人ではないわ。ちなみに、いつでも婚約解消を受け入れるむね、シャルル様に何度か申し入れているゆえ、動機もない」

 「婚約は解消しない、と言っているだろう」

 シャルル王子がサンドリーヌの顔に手をかけて自分の方へ向かせた。そのまま顔を近付けようとする前へ、手が挟まれた。

 「人前ではお控えください」

 王子は素直に引っ込んだ。見ているこっちが赤面するわ。てか、サンドリーヌの冷静さが際立つ。

 「あなたの仮説に対抗して、私も一つ仮説を出すわ」

 リュシアンが気をかれたようだ。赤い瞳が光る。

 「工作を仕掛ける機会がある間、動機のありそうな人物も関係者以外の人物も、誰一人として剣やよろいに近付かなかったにもかかわらず、細工がなされたということは、それを行った人物は」

 一旦いったん言葉を切った。不穏な予感がする。

 「不可能なことを差し引いていくと、どんなにありえなくても、残ったことが真実なの」

 何かどっかで聞いたようなセリフだわ。でも、乙女ゲームじゃない気がする。

 「つまり、試合に出るために、鎧や剣にさわった人物が、細工したのよ」

 「オレーグの王太子が?」

 「機会があったのは確かに二人ね。でも、他人の武具に触れば目立つ。互いに、そのような証言がないのなら、細工された武具の着用者が自ら行った、と考えるしかない。動機は、事故を婚約者の嫉妬のせいにして、婚約を破棄させるため」

 「馬鹿な!」

 リュシアンが席から立ち上がった。仄暗ほのぐらくなった室内で、彼の赤い瞳が燃えていた。

 怖い。この様子だと、結構アメリちゃんにのめり込んでいるっぽい。

 心なしか、見つめるサンドリーヌの視線にも痛ましさを感じる。
 攻略対象だと知っているんだよね。わたしが話したもの。

 「こっちも証拠はない。信じるも信じないも、あなたの自由よ」

 サンドリーヌは、そっと立ち上がった。シャルル王子も一緒だ。さすがにこの状況では空気を読んで、余計な口を叩かなかった。


 結局あの事件で、誰も処分は受けなかった。単なる手違いによる事故、みたいな処理になったらしい。と、ディディエくんが教えてくれた。
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