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第二章 留学生
7 生徒会長室の秘密の扉*
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親睦武道会の最後は、集団戦。
各組の象徴を推し立てて守り抜く。この象徴が生徒なの。
指揮を取らないけれどお飾りではなく、弓矢の遠距離攻撃で自軍を支援する。
伝統的に、女子生徒が扮することが多い。
今回は紅組がマリエル=シャティヨン、白組はエヴァ=クルタヴェルを立てた。
エヴァといえば、ナタリーの姉だ。噂では、アメリちゃんに対抗して書記に立候補し、落選したそうだ。
普通、生徒会本部役員は最上級生が担うから、余裕で挑んだのに、蓋を開けて見たらあの結果で、相当ショックを受けたとか。
モブは、ヒロインとシナリオには勝てないんだわ。ここにもゲームの犠牲者がいたのね。
でも、いつかのナタリーとの会話を思い起こせば、性格がきつそうで、元から不人気だった可能性も、ある。
ここは名誉回復、といきたいところだろうけれど、相手はマリエル。またもヒロイン、かもしれないのだ。
一応、守り手には、シャルル王子とバスチアン=ブロワが入っている。紅組の守り手は、美形揃いの生徒会本部メンバー。さて、どうなるかな。
こういう時には、王子の顔を立てるかと思いきや、接戦の末、何と白組が負けてしまった。忖度なしですか。
エヴァは、見るからに動揺していた。まさか、王子が負けるとは、思わないよねえ。
当の王子は、潔く敵方へ拍手を送っている。好感が持てるわ。
勝った紅組陣営は、大はしゃぎ。
生徒会の美少年が、次々マリエルと距離を縮め、最後にジョゼフィーヌが彼女を抱きしめていた。頬にキスぐらいしたかもしれない。
最後の競技で勝利したものの、総合成績では、白組の勝ちだった。
そこは、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』のシナリオ通り。
「ジョゼフィーヌ=シャミヤール様。はい、確かに存じ上げております」
寮へ戻って落ち着いてから、会場で聞いた話をヘルミーネに伝えた。
ヘルミーネの本名がエルミーヌ、というのも本当だった。ロタリンギアで働くに当たり、お父様の許可を得た上で、当地風に変えたそうだ。知らなかったわ。
それよりも、ジョゼフィーヌからお茶会に誘われた、と聞いた時のヘルミーネの反応の方が、遥かに気になった。
「お嬢様だけ、でございますか?」
「ううん、あなたもご一緒にどうぞって」
「ああ、それは良かった。私のような者も忘れずにいてくださって、嬉しゅうございます。ロザモンドお嬢様はとても可愛らしいから、てっきり」
「てっきり?」
「いいえ。もちろん、喜んでお供いたします。お嬢様から離れず付き従います」
「そんなに緊張しなくても、ジョゼフィーヌ様と旧交を温めればいいのよ」
「お心遣い痛み入ります。しかしながら、お嬢様の身の安全が第一ですから」
お茶会の話だよね?
ここのお茶会って、そんなに危ないのかしら。
突っ込んでみても、ヘルミーネははぐらかすだけだった。何か隠している。気になるけれど、口を割らないんだからしょうがない。本当に招待されたら、もう一回聞いてみよう。
普段の生活は、学校そのもので楽しかった。前世でろくに高校へ通わないうちに死んでしまった分の青春を、ここで取り返したい思いもある。
武術とか、社交とか、前世では多分学校で学ばない科目もあるけれど、それはそれで面白い。
残念なのは、折角乙女ゲームの世界へ転生したのに、全然キャラクターを見る機会がないことだ。
シナリオ外のモブ令嬢という立ち位置で、スタート後一年も過ぎている上に、学年も違う。
当然、そうなるよね。
たまに見かけるアメリちゃんは、大抵シャルル王子とべったりで、まあ順調に見える。
サンドリーヌとの修羅場とか、劇的な場面に遭遇する気配もなし。
日常生活のイベントが全然見られなくて、ゲーム的には何も面白味がない。
勉強の楽しみがあってよかったなあ、と思う。
親睦武道会の記憶がまだ新しい中、ディディエくんから呼び出された。
行き先は、生徒会会議室。
ゲームでヒロインとして行ったのは生徒会本部で、サロンみたいな部屋だった。会議室だと、一転して取り調べ室のイメージになる。
婚約者と会うのに会議室って、地味だわ。
生徒としては、初めて行く場所だった。ゲームの記憶を頼って、とりあえず本部を目指す。
行く手に誰か立っている。後ろ姿である。近付くと、パッと振り向いた。
分厚い眼鏡。教務主任の‥‥エドモン先生だっけ?
ゲームで名前が表示されないキャラって、覚えにくいわ。
先生はわたしを見ると、手で向こうを指し示し、音もなく去っていった。
示した場所は、会議室。立っていたのは、生徒会長室の前。
確かに、わたしが呼ばれていたのはそっち。でも、ちょっと気になる会長室。扉が僅かに開いている。
そっと、覗いてみた。
後じさりしてしまった。
その一瞬でも、十分に見えちゃった。
生徒会長のアルチュール=ゴンドランが、マリエル=シャティヨンに水差しから直飲みさせているところ。
しかもマリエルは後ろ手に縛られていて、縄目が亀の甲羅みたいになっていたのよ。縄が食い込んで、服の上からもわかる豊かな胸が突き出していたわ。
思わず引いちゃったけれど、助けるべきなのかしら?
でも、先生が踏み込まなかったってことは、放っておいていいということよね。
わたしだって、ああいうことを喜んでする人たちがいるって、知っているわ。
「ロザモンド、こっちだよ」
背後から声をかけられて、飛び上がった。喉から悲鳴が出るのを、どうにか手で抑えた。
振り向くまでもなく、ディディエくん。彼にこの光景を教えるべき?
無理。
可愛いデイディエくんはまだ十四歳。あれは、前世で友達がプレイしていた十八禁ゲームと同じ系統のスチルだ。
もちろん、キャラクターや背景は全然違うけれど、あの縄の縛り方。
まさか、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の続編って、エロゲームなんですかっ?
と、とにかくそんなものを、純真な彼に見せるわけにはいかないわ。
「迷ってしまって。お待たせしました」
わたしは素早く、できるだけ音を立てずにディディエくんの側まで近付くと、囁くように挨拶した。
彼の顔が赤くなる。まさか、部屋で行われていることを知っているの?
「緊張しているの? 心配ないよ」
勘違いだったみたい。内心で胸を撫で下ろした。
会議室へ入ると、シンプルな壁紙を背景に、赤髪のリュシアン=アルトワが机の向こうに座っていた。
「ロザモンド=ラインフェルデン嬢、呼び出しに応じてくれてありがとう。そこへ座って。不安なら、ディディエが側にいるようにする」
これだけ心配されると、却って不安になるわよ。
てっきり、お忍びデートかと思って、ノコノコ出てきたのに。
一体、何の用事で呼び出されたのかしら?
示されたのは、リュシアンの向かいにある椅子。
わたしが座ると、ディディエくんは、わたしの背後、扉の前に立った。
取り調べっぽい雰囲気。そこで思い出す。
二人とも、風紀委員だったわ。リュシアンは最上級生だから、確か委員長だ。
「わ、わたし、何も悪いことしてません」
焦って、メロ語が上手く出てこない。背後の気配が動いて、後ろから両腕が回された。首元に息がかかる。
「安心してロザモンド。君が何もしていないことは、ちゃんとわかっている」
ディディエくんの柔らかい声が、耳をくすぐった。血が上っていくのがわかった。変な汗が出るのを感じる。
汗臭くなるから、ディディエくんには離れて欲しいのに、体が固まって言葉が出ない。
机の向こうでリュシアンが、大人の余裕みたいな感じで微笑んでいる。そう言えば、八歳も違うんだった。前世も数えたら、一応こっちが年上なんだけれどな。
「親睦武道会の時のことを調べている。覚えている範囲でいいから、教えてもらいたい。君が何かをした、とは思っていない」
頭に上っていた血が、降りていった。
イーゴリ=オレーグが真剣で試合に臨もうとしていた件だ。
乙女ゲームでは、サンドリーヌがすり替えたことになっていたけれど、今回彼女はやっていない。そこは、信じて良いと思う。
何故なら、わたしがイベントで起きることを教えていたから。
失敗するってわかっていることをやるほど、実際のサンドリーヌは馬鹿じゃない。
もしも、アメリちゃんがリュシアンの攻略を進めているのなら、サンドリーヌの仕業にされてもおかしくない。
わたしに濡れ衣が着せられる心配はなくても、誘導されないよう気をつけよう。
「承知しました。何なりと」
わたしが落ち着いたのを察して、ディディエくんが離れた。今度こそホッとした。
考えてみたら、モブキャラが攻略対象二人と一室にこもるなんて、超レアな場面よね。楽しくなってきた。
「じゃあ、親睦武道会の日の君の動きを話してもらおう」
わたしは、自分が出場した競技、それ以外の時間は誰とどの辺にいて、何をしていたか、時系列で話をさせられた。
ほぼサンドリーヌと一緒にいたから、いきおい彼女の話が多くなる。
「オレーグ王太子とは、何を話していた?」
リュシアンの赤い瞳が、鋭く光る。口元は笑顔を保っているだけに、怖い。
わたしはどこまで話したものか、迷った。イーゴリがマリエルを好きかもっていう話は、絶対関係ないと思うし。
「ロザモンド。もう姉様や王太子殿下から話を聞いているから、全部言っても平気だよ」
後ろの方から、ディディエくんの声がした。いつの間にか彼は隅の小机で、記録係を務めていた。
そっか。イーゴリが話したのなら、わたしが遠慮しなくてもいいんだ。という訳で、覚えている限り、洗いざらい話してみた。
「うんうん。サンドリーヌ嬢やドリアーヌ嬢、王太子殿下、ジョゼフィーヌ嬢、ナタリー嬢とも話は一致している。正直に話してくれて、ありがとう」
ううっ。まさに徹底して聞き込み捜査したのね。下手に隠さなくてよかったあ。
「今我々が調べているのは、アメリ=デュモンド嬢の鎧が壊れやすく細工された件と、彼女の対戦相手の使う武器が殺傷性の高い物に替えられていた件でね、この二つは同一人物による計画的な一つの事件と考えている。事前にある筋から警告があって、大事故にならずに済んだけれども、そもそもどうして予測できたのか、君には心当たりがあるかい?」
前世から、わたしは隠し事が苦手だった。
お礼を言われてホッとしたところへ突っ込まれて、あからさまに動揺してしまう。
リュシアンは無邪気に見える笑顔である。
乙女ゲームの中では、お馬鹿で単純明快なキャラだと思っていた。実際には、とても一筋縄ではいかない。
『ある筋』は、サンドリーヌかアメリちゃんよね。ヒロインが自ら狙われている、とか言うかな?
サンドリーヌはリュシアンと幼馴染だ。警告したかもしれない。
リュシアンは、どこまで聞いているのかな。お馬鹿なサンドリーヌが理解できたからって、乙女ゲームを皆が理解できるとは、限らないよね。
各組の象徴を推し立てて守り抜く。この象徴が生徒なの。
指揮を取らないけれどお飾りではなく、弓矢の遠距離攻撃で自軍を支援する。
伝統的に、女子生徒が扮することが多い。
今回は紅組がマリエル=シャティヨン、白組はエヴァ=クルタヴェルを立てた。
エヴァといえば、ナタリーの姉だ。噂では、アメリちゃんに対抗して書記に立候補し、落選したそうだ。
普通、生徒会本部役員は最上級生が担うから、余裕で挑んだのに、蓋を開けて見たらあの結果で、相当ショックを受けたとか。
モブは、ヒロインとシナリオには勝てないんだわ。ここにもゲームの犠牲者がいたのね。
でも、いつかのナタリーとの会話を思い起こせば、性格がきつそうで、元から不人気だった可能性も、ある。
ここは名誉回復、といきたいところだろうけれど、相手はマリエル。またもヒロイン、かもしれないのだ。
一応、守り手には、シャルル王子とバスチアン=ブロワが入っている。紅組の守り手は、美形揃いの生徒会本部メンバー。さて、どうなるかな。
こういう時には、王子の顔を立てるかと思いきや、接戦の末、何と白組が負けてしまった。忖度なしですか。
エヴァは、見るからに動揺していた。まさか、王子が負けるとは、思わないよねえ。
当の王子は、潔く敵方へ拍手を送っている。好感が持てるわ。
勝った紅組陣営は、大はしゃぎ。
生徒会の美少年が、次々マリエルと距離を縮め、最後にジョゼフィーヌが彼女を抱きしめていた。頬にキスぐらいしたかもしれない。
最後の競技で勝利したものの、総合成績では、白組の勝ちだった。
そこは、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』のシナリオ通り。
「ジョゼフィーヌ=シャミヤール様。はい、確かに存じ上げております」
寮へ戻って落ち着いてから、会場で聞いた話をヘルミーネに伝えた。
ヘルミーネの本名がエルミーヌ、というのも本当だった。ロタリンギアで働くに当たり、お父様の許可を得た上で、当地風に変えたそうだ。知らなかったわ。
それよりも、ジョゼフィーヌからお茶会に誘われた、と聞いた時のヘルミーネの反応の方が、遥かに気になった。
「お嬢様だけ、でございますか?」
「ううん、あなたもご一緒にどうぞって」
「ああ、それは良かった。私のような者も忘れずにいてくださって、嬉しゅうございます。ロザモンドお嬢様はとても可愛らしいから、てっきり」
「てっきり?」
「いいえ。もちろん、喜んでお供いたします。お嬢様から離れず付き従います」
「そんなに緊張しなくても、ジョゼフィーヌ様と旧交を温めればいいのよ」
「お心遣い痛み入ります。しかしながら、お嬢様の身の安全が第一ですから」
お茶会の話だよね?
ここのお茶会って、そんなに危ないのかしら。
突っ込んでみても、ヘルミーネははぐらかすだけだった。何か隠している。気になるけれど、口を割らないんだからしょうがない。本当に招待されたら、もう一回聞いてみよう。
普段の生活は、学校そのもので楽しかった。前世でろくに高校へ通わないうちに死んでしまった分の青春を、ここで取り返したい思いもある。
武術とか、社交とか、前世では多分学校で学ばない科目もあるけれど、それはそれで面白い。
残念なのは、折角乙女ゲームの世界へ転生したのに、全然キャラクターを見る機会がないことだ。
シナリオ外のモブ令嬢という立ち位置で、スタート後一年も過ぎている上に、学年も違う。
当然、そうなるよね。
たまに見かけるアメリちゃんは、大抵シャルル王子とべったりで、まあ順調に見える。
サンドリーヌとの修羅場とか、劇的な場面に遭遇する気配もなし。
日常生活のイベントが全然見られなくて、ゲーム的には何も面白味がない。
勉強の楽しみがあってよかったなあ、と思う。
親睦武道会の記憶がまだ新しい中、ディディエくんから呼び出された。
行き先は、生徒会会議室。
ゲームでヒロインとして行ったのは生徒会本部で、サロンみたいな部屋だった。会議室だと、一転して取り調べ室のイメージになる。
婚約者と会うのに会議室って、地味だわ。
生徒としては、初めて行く場所だった。ゲームの記憶を頼って、とりあえず本部を目指す。
行く手に誰か立っている。後ろ姿である。近付くと、パッと振り向いた。
分厚い眼鏡。教務主任の‥‥エドモン先生だっけ?
ゲームで名前が表示されないキャラって、覚えにくいわ。
先生はわたしを見ると、手で向こうを指し示し、音もなく去っていった。
示した場所は、会議室。立っていたのは、生徒会長室の前。
確かに、わたしが呼ばれていたのはそっち。でも、ちょっと気になる会長室。扉が僅かに開いている。
そっと、覗いてみた。
後じさりしてしまった。
その一瞬でも、十分に見えちゃった。
生徒会長のアルチュール=ゴンドランが、マリエル=シャティヨンに水差しから直飲みさせているところ。
しかもマリエルは後ろ手に縛られていて、縄目が亀の甲羅みたいになっていたのよ。縄が食い込んで、服の上からもわかる豊かな胸が突き出していたわ。
思わず引いちゃったけれど、助けるべきなのかしら?
でも、先生が踏み込まなかったってことは、放っておいていいということよね。
わたしだって、ああいうことを喜んでする人たちがいるって、知っているわ。
「ロザモンド、こっちだよ」
背後から声をかけられて、飛び上がった。喉から悲鳴が出るのを、どうにか手で抑えた。
振り向くまでもなく、ディディエくん。彼にこの光景を教えるべき?
無理。
可愛いデイディエくんはまだ十四歳。あれは、前世で友達がプレイしていた十八禁ゲームと同じ系統のスチルだ。
もちろん、キャラクターや背景は全然違うけれど、あの縄の縛り方。
まさか、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の続編って、エロゲームなんですかっ?
と、とにかくそんなものを、純真な彼に見せるわけにはいかないわ。
「迷ってしまって。お待たせしました」
わたしは素早く、できるだけ音を立てずにディディエくんの側まで近付くと、囁くように挨拶した。
彼の顔が赤くなる。まさか、部屋で行われていることを知っているの?
「緊張しているの? 心配ないよ」
勘違いだったみたい。内心で胸を撫で下ろした。
会議室へ入ると、シンプルな壁紙を背景に、赤髪のリュシアン=アルトワが机の向こうに座っていた。
「ロザモンド=ラインフェルデン嬢、呼び出しに応じてくれてありがとう。そこへ座って。不安なら、ディディエが側にいるようにする」
これだけ心配されると、却って不安になるわよ。
てっきり、お忍びデートかと思って、ノコノコ出てきたのに。
一体、何の用事で呼び出されたのかしら?
示されたのは、リュシアンの向かいにある椅子。
わたしが座ると、ディディエくんは、わたしの背後、扉の前に立った。
取り調べっぽい雰囲気。そこで思い出す。
二人とも、風紀委員だったわ。リュシアンは最上級生だから、確か委員長だ。
「わ、わたし、何も悪いことしてません」
焦って、メロ語が上手く出てこない。背後の気配が動いて、後ろから両腕が回された。首元に息がかかる。
「安心してロザモンド。君が何もしていないことは、ちゃんとわかっている」
ディディエくんの柔らかい声が、耳をくすぐった。血が上っていくのがわかった。変な汗が出るのを感じる。
汗臭くなるから、ディディエくんには離れて欲しいのに、体が固まって言葉が出ない。
机の向こうでリュシアンが、大人の余裕みたいな感じで微笑んでいる。そう言えば、八歳も違うんだった。前世も数えたら、一応こっちが年上なんだけれどな。
「親睦武道会の時のことを調べている。覚えている範囲でいいから、教えてもらいたい。君が何かをした、とは思っていない」
頭に上っていた血が、降りていった。
イーゴリ=オレーグが真剣で試合に臨もうとしていた件だ。
乙女ゲームでは、サンドリーヌがすり替えたことになっていたけれど、今回彼女はやっていない。そこは、信じて良いと思う。
何故なら、わたしがイベントで起きることを教えていたから。
失敗するってわかっていることをやるほど、実際のサンドリーヌは馬鹿じゃない。
もしも、アメリちゃんがリュシアンの攻略を進めているのなら、サンドリーヌの仕業にされてもおかしくない。
わたしに濡れ衣が着せられる心配はなくても、誘導されないよう気をつけよう。
「承知しました。何なりと」
わたしが落ち着いたのを察して、ディディエくんが離れた。今度こそホッとした。
考えてみたら、モブキャラが攻略対象二人と一室にこもるなんて、超レアな場面よね。楽しくなってきた。
「じゃあ、親睦武道会の日の君の動きを話してもらおう」
わたしは、自分が出場した競技、それ以外の時間は誰とどの辺にいて、何をしていたか、時系列で話をさせられた。
ほぼサンドリーヌと一緒にいたから、いきおい彼女の話が多くなる。
「オレーグ王太子とは、何を話していた?」
リュシアンの赤い瞳が、鋭く光る。口元は笑顔を保っているだけに、怖い。
わたしはどこまで話したものか、迷った。イーゴリがマリエルを好きかもっていう話は、絶対関係ないと思うし。
「ロザモンド。もう姉様や王太子殿下から話を聞いているから、全部言っても平気だよ」
後ろの方から、ディディエくんの声がした。いつの間にか彼は隅の小机で、記録係を務めていた。
そっか。イーゴリが話したのなら、わたしが遠慮しなくてもいいんだ。という訳で、覚えている限り、洗いざらい話してみた。
「うんうん。サンドリーヌ嬢やドリアーヌ嬢、王太子殿下、ジョゼフィーヌ嬢、ナタリー嬢とも話は一致している。正直に話してくれて、ありがとう」
ううっ。まさに徹底して聞き込み捜査したのね。下手に隠さなくてよかったあ。
「今我々が調べているのは、アメリ=デュモンド嬢の鎧が壊れやすく細工された件と、彼女の対戦相手の使う武器が殺傷性の高い物に替えられていた件でね、この二つは同一人物による計画的な一つの事件と考えている。事前にある筋から警告があって、大事故にならずに済んだけれども、そもそもどうして予測できたのか、君には心当たりがあるかい?」
前世から、わたしは隠し事が苦手だった。
お礼を言われてホッとしたところへ突っ込まれて、あからさまに動揺してしまう。
リュシアンは無邪気に見える笑顔である。
乙女ゲームの中では、お馬鹿で単純明快なキャラだと思っていた。実際には、とても一筋縄ではいかない。
『ある筋』は、サンドリーヌかアメリちゃんよね。ヒロインが自ら狙われている、とか言うかな?
サンドリーヌはリュシアンと幼馴染だ。警告したかもしれない。
リュシアンは、どこまで聞いているのかな。お馬鹿なサンドリーヌが理解できたからって、乙女ゲームを皆が理解できるとは、限らないよね。
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