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第三章 明巴

4 大学祭に行ってみた

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 週明けに、明巴の授業があった。
 以前と変わらず地味なスーツに地味な髪型で、厳しい授業であった。
 気のせいか、俺と目を合わせないようにしているように思われたほか、変わったところは見られなかった。

 それから週末になると、明巴は俺を呼び出して、県外のモーテルに連れ込んだ。大抵は最初に行ったモーテルであったが、高速を反対方向へ進むこともあった。

 明巴の体は、回を重ねるごとに柔らかくなり、淫らな表情からも、快楽に馴染む様子がよく分かった。その反応を見る俺の快感も増す。
 怪しいバイクを見かけたのは、初回だけであった。

 俺は、平日の夕飯をエイミの家で食べることが、すっかり習慣となっていた。
 明巴と体のつながりができてからは、何となくどちらにも後ろめたい気がしてはいたものの、断るのも面倒で、つい楽な方へ流れてしまっていた。

 エイミが、週末の俺の行動について、問いたださなかったせいもある。詰問きつもんされれば、夕食を断るきっかけになったのに。

 フタケからの誘いも、めっきり途絶えていた。由香子とは1回限りの関係ではなく、それなりに交際しているようで、従ってナンパする暇がないと見た。

 コトリは近頃幸せそうである。振られる度に元へ戻っていた服装も、このところずっと垢抜あかぬけている。雪との交際が順調な証拠である。
 雪の方も、最近特にきれいになった、と予備校生の間で評判だ。

 しかし、コトリと付き合っていることまでは、知られていなかった。講師と付き合うよりは問題ない、と思うのは俺が浅はかなんだろうか。

 由香子は相変わらず予備校生の女神として尊崇そんすうを集めている。誰も彼氏の存在など疑っていない。ましてそれがフタケとは。


 「おう、成績復活したな。俺のお陰?」

 模試の成績表を眺めていたら、勝手に覗いたフタケに、話しかけられた。そこで初めて、俺は棗の件で受けた衝撃から、いつの間にか立ち直った自分に気が付いた。

 成績は、前回より確実に上がっていた。化学は満点だった。

 「そうかもしれない。ありがとう」
 「おいおい、そんなに改まって言われたら気味悪いよ」

 本当にフタケは身震いした。それから表情が改まる。

 「遥華さん、覚えとるだろう。権堂グループの」
 「うん。春以来、全然連絡取っていないけれど」

 コンピュータ関連の研究をしている、セクシーな大学院生である。彼女の研究実験に協力して以来、往来おうらいが途絶えていた。フタケは、妹の蛍子と高校の同級生という関係もあって、今でも付き合いがあるらしい。

 「大学の文化祭を見に来て欲しいそうなんだ。せっかく実験に協力してもらったで、その成果を見せてゃあとか」

 フタケの歯切れは悪い。フタケも協力したことがあるのだろうか。少なくとも内容を知っているのは、間違いない。

 「その成果、一般公開できるものだったかなあ」

 協力した実験というのは、性的興奮の種類と度合いといったものである。普通に考えて、学生の研究として公開できる代物とは思えない。

 「まあその辺は、遥華さんも心得とるで、心配にゃあだろう。で、問題は、俺たち男3人で出かけるわけにいかん、ということだ」

 行くことが前提になっている。地元で知らぬ者はもぐりと言われる権堂グループの一族だ。フタケの両親とも関係があるのかもしれず、いずれにしても断り辛い相手であることは、俺にも想像がつく。

 「女子大生をナンパしに行くと思われるから?」

 俺もフタケにならって声をひそめた。

 「正解」

 おごそかにフタケがうなずく。
 確かに、雪はともかくとして、明巴はもちろんのこと、由香子も浮気がばれたら、恐ろしいことになりそうだ。たとえ浮気していなくても、疑われただけで問題だ。なかったことを証明するのは至難しなんだから。

 「でも、大学祭なんて、一緒に行ってくれるかな」
 「地元だでな」

 フタケの口ぶりからすに、やはりデートするときには地元を避けるようである。フタケの両親も、そうそう家を空けるわけではあるまい。

 「まあ、俺は親の付き合いの関係でどうしても、と理由をつければいいか。ユーキとタカを証人として連れて行くことにして、向こうが一緒に行かないんだったら男3人で行く、と」

 「それだと、一部しか来なかった時に、残り男2人の組み合わせになる可能性もあるじゃないか。端から見ておかしくないか」

 雪だけが来る可能性がある。事務員と交際が問題ないとしても、教室でうかつに名前を呼べない。どうしても曖昧あいまいな言い回しになるが、フタケは察したようである。

 「知り合いに会った場合を考えろよ。男女2人きりで行く方が問題だろう」

 大して変わらない気もしたが、2人きりでいるところを目撃されるのは確かにまずいという点は、納得した。

 コトリにも声をかけて事情を説明し、それぞれ相手を誘ってみることになった。とはいえ、俺は明巴の連絡先を知らないので、相手からの連絡待ちである。連絡が来た時には、明巴は話を知っていた。

 「神谷先生も川相さんも行くって言ってたから、私も行くわ」

 女同士で相談したようである。当日は、現地集合ということに話が決まった。
 俺は、フタケやコトリと一緒に大学祭へ行くことをエイミに話した。エイミはすぐに理由を見抜いた。

 「権堂さんの研究を見に行かれるのですね」
 「そうなんだ」

 俺は協力中の姿を見られていたことを思い出し、顔が熱くなった。しかし、エイミの表情は変わらなかった。本当に赤くなった訳ではないようだ。ほっとして気が緩んだついでに、口も緩くなる。

 「アオヤギ、化学の梶尾先生ってどう思う?」

 言ってから、調子に乗っただろうか、と様子をうかがうが、エイミに変化は見られない。

 「真面目で集中する性格、言い換えれば、思い詰める性格のように思われます」
 「そうかあ」

 理由を聞かれたら、実は付き合っているんだ、と話すところであったが、聞かれなかった。

 俺が明巴と交際していることを、エイミは知っているのだろうか。知らないとすると、お目付けとしての勤めを果たしていないことになり、その間何をしているのか、気にかかるところである。

 もっとも、明巴とはいつも車で高速に乗って出かけているので、途中で見失ってしまっている可能性もあった。
 母の怖さを考えると、主人としては教えてやるのが親切というものであるが、俺は自分から打ち明ける気がしなかった。


 大学祭に行くのは、初めてだった。
 町や高校の文化祭と似たものだろう、という予想は、大いに裏切られた。以前、実験で大学へ来た時よりも、格段に人通りが多い。飾り立てられた正門をくぐると、さまざまな声が聞こえてきた。

 「今日のコンサートのチケット余っていませんかあ」
 「将棋対戦相手募集!」

 「女装コンテスト出場者募集してます、飛び込み歓迎!」

 「午後1時から当劇団の最新作を上映します! 当日券まだ残っています!」
 「みそカツ買うて!」

 朝食を喫茶店でしっかり食べてきた俺には、みそカツの匂いは少々重かった。
 この辺りの喫茶店はモーニングという朝食セットが大変お得で、コーヒーを注文すると朝食がついてくる。うっかりコーヒーとトーストを別に頼んだら、2食分になってしまう。しかも店によっては、一日中モーニングだったりする。もはや朝ですらない。

 仮にモーニングの提供時間でなくとも、コーヒーを注文すると、おかきやら何やら必ずついてくる。お茶請ちゃうけみたいな感覚だろうか。

 11枚綴りで1回お得、というチケットも定番だ。大手チェーン店の話ではなく、個人営業の喫茶店で、それぞれチケットを発行している。

 モーニングも同じことで、それぞれの店が工夫した結果、サービス旺盛おうせいになったとか。
 だから朝余裕があれば、俺は喫茶店で食べることにしていた。

 案内図を手渡された後、食べ物の匂いから逃げるように、あてどなく歩いていると、後ろから声がかかった。

 「ユーキ、どこへ行く」

 フタケが先に見つけてくれた。周囲の大学生らしい人々に、完全に溶け込んでいる。コトリもいた。彼もそれなりの格好をしていた。俺も大学生らしく見えるよう頑張ってみたが、どうだろうか。

 「ほかの人たちは?」

 誰が聞き耳を立てているでもないのに、先生たちは、とも聞けず、俺はぼかして尋ねた。
 まだ来ていない、ということだった。

 フタケとコトリは、待ち合わせ場所の広場で会い、連れ立って正門まで来てみたところであった。待ち合わせの時間までにはまだ間があった。

 「先に、ぱぱっと遥華さんのところへ行ったらどうかな」
 「時間どのくりゃあ掛かるかわからんし、その間に来てまったら余計よけい怪しまれる」

 俺の提案はあっさり却下きゃっかされた。
 正門から広場へ向かって歩いてみる。左右に露店ろてんが並んでいる。
 専門の業者からレンタルしてきたものだろう。街の祭りで見るような、本格的な屋台である。

 中で立ち働く人間も、全員学生のようであった。この手の屋台で見かける、いい親父が見当たらない。

 屋台ばかりでなく、将棋盤と折り畳み椅子を並べただけの、青空将棋の会場が突如現れたりもした。

 キャラの描かれたカードを広げて、小学生相手にゲームする場所もある。

 並木のところどころに、大きな手書きの看板がくくり付けられていた。

 コンサートというのは、俺も聞いたことのある有名なバンドによるものだった。チケットの値段を書いたチラシがまだ貼ってあり、普段聞くよりも安い値段だった。

 広場の中央付近にステージが組まれ、微妙な歌唱力の歌い手が、ギターの弾き語りをしていた。これも学生らしい。

 「ふーた、遅かったじゃない」
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