私は既にフラれましたので。

椎茸

文字の大きさ
31 / 90
第2章 過去のふたり

31

しおりを挟む
2時間ほどが経過したころ、リリーが部屋に戻ってきた。
何やら少し慌てている様子だ。

「お嬢様、学園寮の前でユリウス様がお待ちです。」

ユリウスと今日は会う約束をしていないはずだ。
ルフェルニアはここのところ会うお誘いをするのも気が引けてしまい1ヶ月程度顔を合わせていなかった。

「今日は、特に約束をしていないと思うけど、どうしたの?」
「急ぎ、お嬢様にお伝えしたいことがあるそうです。」

(何か用事があったかしら?)

ルフェルニアは頭の中で探してみるが、ユリウスと話す必要があることは見当たらなかった。

ただ、せっかく来てくれているというなら、会いに行こうと外へ出ると、ミネルウァ邸の馬車の前でユリウスが腕を組んで待っていた。

「ユリウス、どうしたの?」
「とりあえず馬車に乗って。」

ルフェルニアは逆光でユリウスの表情に気づけなかったが、声がいつもより少し固い。
ルフェルニアは言われるがまま馬車に乗り込むが、頭の中はハテナでいっぱいだ。
ユリウスは当然のようにルフェルニアの隣につめて座ると、御者に王都のミネルウァ邸に向かうように指示して、それきり黙ってしまった。

「ユリウス、どうしたの?」
「それがわからないなんて、ルフェは会わない間に薄情になったみたいだ。」

ユリウスの責めるような発言にルフェルニアは困惑する。

ユリウスは偶に拗ねたふりをしてルフェルニアを揶揄うことがあるが、珍しいことに今日は本当に拗ねているようだ。顔もルフェルニアの方に向けることなく、正面を向いたまま。
ただ、ルフェルニアには本当に心当たりがないのだ。

「ごめんなさい…。」

ルフェルニアが困りきったように小さな声で謝ると、ユリウスは漸く視線をルフェルニアに向けた。

「…デビュタントのことだよ。」

ユリウスは困っているルフェルニアを見て諦めたのか、いつもの優しい声音で呟いた。
ルフェルニアは合点がいった。きっと、リリーが伝えたのだろう。

「色々とお母様が用意してくれるみたいだから、ミネルウァ公爵家からお借りしているリリーの手は煩わせない予定よ。さっき採寸はしてもらっちゃったけど…。」

ルフェルニアは、ミネルウァ邸の侍女を、寮生活のサポート以外で使用することに怒っているのだと思った。だからリリーもユリウスに伝えたかどうかを気にしたのだ。リリーの雇用主はミネルウァ公爵家なのだから、当然だ。デビュタントの準備となれば、侍女も業務量が増えてしまう。

「そうじゃないよ、君のデビュタントは僕がサポートするって約束だっただろう?」

ユリウスがルフェルニアの両手を握って見つめてくるので、ルフェルニアは可能な限り顔をのけぞらせて距離を取ろうとした。

(近い近い近い!!)

「そんな、ユリウスは気にしないで。普通は両親が面倒を見るものでしょう?」
「気にするよ、だって、王都でのことはミネルウァ家で面倒を見る約束だろう?」

ルフェルニアが王都に滞在している間、確かにミネルウァ公爵家のサポートを受けているが、これ以上は身に余る。そう思ってルフェルニアは首を横に振る。

「大丈夫よ。お母様が新しくドレスを用意してくださるし、学園のお友達が誘ってくれたの。」
「まだこれから準備するんだろう?それなら、僕に用意させて。エスコートも僕がするからね。」

ユリウスは依然ルフェルニアの手を握ったまま、そうすることが当然であるかのように言った。
ルフェルニアは勢いに押されそうになれながらも何とか抵抗する。

「ありがとう!御厚意だけ受け取っておくわ!それにエスコートは友達が…、」
「友達って女の子じゃないの…?」

してくれる、とルフェルニアが声に出す前にユリウスが暗い声で遮った。
これ以上ユリウスの瞳を見ているといつもみたいに流されてしまう、そう思ったルフェルニアは全力で顔をそらしているので、ユリウスの様子の変化には気づかない。

「え?男の子だけど…。」
「…サムエル・アルノルトか。」

ユリウスが低い声でそう呟くと、ルフェルニアはかっとなった。
ルフェルニアは一度だってユリウスとの手紙にサムエルの名前を出したことはない。

「ちょっと!貴方、リリーに私のことを報告させていたの!?」

ルフェルニアは思わずユリウスの手を払う。

(女子のプライベートな会話を盗み聞きしようなんて、最低よ!)

多分、何でもユリウスに報告していた以前のルフェルニアなら、ユリウスに何を知られても怒ることはなかった。
今は、悩んだ末に手紙に書かないこともある。そのことが、自分の知らないところで漏らされていたことが許せなかったのだ。

「ルフェ、ごめんね…。僕はただ心配だっただけなんだ。君は最近、教えてくれないことが多いから。」

ユリウスはよっぽどルフェルニアに拒絶されたことがよほど堪えたのか、目に見えてしょんぼり落ち込んでいる。
「嫌いにならないで」と消えそうな声で言うと、ユリウスはルフェルニアを見つめた。

(ユリウスはずるい、こうすれば私が言うことを聞くと知ってのだから。)

ユリウスの「お願い」をルフェルニアが跳ね除けたことは一度もない。
跳ね除けた、というよりは、跳ね除け”られ”た、と言うべきか。
ルフェルニアはユリウスの綺麗な瞳でじっと見つめられると、小さい頃の”可愛いお人形さんみたいなユリウス”を思い出してしまい、拒めなくなるのだ。

(だって、可愛いのだから仕方ない。)

「怒ってごめんなさい。最近、学園で私の知らないユリウスの話しをたくさん聞くから、ユリウスが遠い人になっちゃった気がして…。ちょっと寂しかっただけなの。」

ルフェルニアがそう謝ると、ユリウスは心底安心したように微笑み、ルフェルニアをそっと抱きしめた。

「ううん、ごめんね。でも学園の人が話す僕なんて、ただの張りぼてさ。僕のことはルフェが一番わかっているよ。」

(いや~~~~~~~~!!!!!)

抱きしめられたルフェルニアは心の中で絶叫した。
既に馬車の隅に追いやられていたため、逃げ場もない。
ユリウスのちょっと掠れたような切ない声が、余計にルフェルニアの羞恥心を刺激した。
ユリウスは最近さらに背が伸びたのか、抱きしめるとルフェルニアがすっぽりと隠れるほどだ。

ルフェルニアはユリウスの固い胸や腕に、異性を感じてしまい緊張で息が止まる。

「あの…。到着しました…。」

ルフェルニアが気を失いそうになる寸前、御者が遠慮がちに外から声をかけてきた。
止まってもなかなか出てこない2人を心配したのだろう。

ユリウスは真っ赤になっているルフェルニアを見て満足そうにすると、先に馬車を降りて、ルフェルニアに手を差し伸べた。
ルフェルニアとしてはしばらく1人で落ち着きたいところだが、仕方がない。

腰を上げ、ユリウスの目を見ないようにして降りようと足を踏み出す。

「あっ!」

ルフェルニアはユリウスから目を背けるのに必死になっていたためか、馬車のステップを踏み外してしまった。

ルフェルニアは来たる痛みに想像してぎゅっと目を瞑ったが、想像していた痛みは訪れず、代わりに温かいもので包まれたような感触がした。

ルフェルニアが恐る恐る目を開けると、ユリウスに抱き留められていたのだ。

「よそ見をしていると、危ないよ。」

(…!…!!!!)

ルフェルニアは今度こそ失神しそうになった。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした

鍛高譚
恋愛
婚約破棄―― それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。 理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、 失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。 ――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。 領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった “生きるために本当に必要なもの”に向き合い、 誠実に、地道に改革を進めていく。 やがてその努力は住民たちの信頼を集め、 彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。 そんな彼女の隣に立ったのは、 権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。 過去に囚われる者は没落し、 前を向いた者だけが未来を掴む――。 婚約破棄から始まる逆転の物語は、 やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、 誰もが望む結末へと辿り着く。 これは、捨てられた令嬢が 自らの手で人生と未来を取り戻す物語。

処理中です...