貴方の杖、直します。ただし、有料です。

椎茸

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第1章 就職と解雇

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「ユミルは本当に細かい作業が上手いなぁ。あっという間に抜かされてしまったよ。」

ジョンソンは作業中のユミルの手元を覗き込んで感心したように言った。

「店長の教え方が良いからです。」

ユミルには周囲から褒められて鼻高々になり、一気にへし折られた過去がある。
もうお世辞は本気にしてはならない、とユミルは心に決めていた。

「本当だよ。ここ最近は難しい依頼が減っていたが、それでもとても良い腕だ。」

ジョンソンは「うちで雇い続けられないのが残念だ」という言葉を吞み込んだ。
一番ここに残っていたいと思っているのはユミルだと知っていたからだ。

その日の閉店間際、依頼されていた作業がすべて終わってしまったので、ふたりでぽつりぽつり話していると、入口のドアベルが鳴った。

「「いらっしゃいませ。」」

ふたりで出迎えると、そこには長身の男性が立っていた。

「杖の修復をお願いしたいのですが、お願いできますか?」
「はい、かしこまりました。まずはこちらのカードにご記入をお願いします。」

ユミルは客に情報を記入するカードを渡した。
カードには、氏名、連絡先、年齢、職業、主な魔法の使途、杖の材質を記入することになっている。
杖の修復に当たり、欠片が全て揃っていれば問題ないが、一部欠損している場合は、同じ材木を足す必要がある。その材木は樹木の種類だけではなく、産地、年代も揃えた方がより上手く修復ができる。そこはジョンソンの生家の商会の流通をうまく活用していた。

「…職業と使途は書かなければいけませんか?」

途中まで記入した客は、カウンター越しにユミルへ声をかけた。
ユミルがカードを覗いたところ、その二つ以外は既に埋められている。この客の名前はエリック・ドウェルと言うらしい。

「ドウェル様が普段どのように杖をお使いなのかは、修復に当たってとても重要なことでございます。なので、普段の使用状況を知るためにもそちらの項目が必要なのです。ご協力、お願いいたします。」

エリックの他にも、同じようなことを聞いてくる客はいる。
ユミルは以前ジョンソンに教えてもらったとおりに答えた。

「そうなのか…、わかったよ。」

エリックはそう言うと、職業『魔法騎士』、主な魔法の使途『攻撃魔法』とカードに記載した。

「魔法騎士の方でしたか。どちらのギルドに所属していますか?大変申し訳ないのですが、攻撃魔法を使う方には、所属を証明する書類のご提示もお願いしています。」

ユミルがそう言うと、エリックは顔を顰めた。

(これは…、見た目は普通のしっかりとした男性のようだけれど…ヤバい人かも…。)

ユミルはエリックに気づかれないように少し距離を取ると、近くにいたジョンソンに目配せをした。

攻撃魔法を生業とする魔法使い、所謂『魔法騎士』は、魔法局かどこかの冒険者ギルドに所属していることが多いが、一部例外がある。その中でも厄介なのが、魔法を使って犯罪を起こす、魔法犯罪者だ。
魔法局の職員に追い詰められて杖を壊してしまう魔法犯罪者もいると聞く。ジョンソン杖修復店では知らないうちに犯罪に加担してしまうことが無いよう、注意して本人確認を行っていた。

「お見せいただけないのでしたら、当店での修理はお受けできません。」

ユミルの隣にやってきたジョンソンが、ユミルを庇うように前に立って、エリックに告げると、エリックは慌てたように目の前で手を振ってみせた。

「決して怪しいものではありません!」

(怪しい人ほど、そう言うのよね。)

ますます怪しい、とユミルがジョンソンの後ろからエリックを観察していると、エリックが観念したように胸ポケットから身分証を取り出した。

ユミルとジョンソンはその身分証を確認すると、驚きで目を丸くした。

「「魔法局!?」」
「はい、魔法局に勤めています。」

エリックはバツの悪そうな顔をしながら、身分証をポケットに戻した。

「…何か、当店への調査でしょうか?」
「いいえ、全く。本当にただ、杖を直してもらいたいだけです。」

ジョンソンが警戒するように聞くと、エリックは懐から壊れた杖を取り出した。
杖はぽっきりと二つに割れており、少し先端が焦げている。

「このように損傷が激しいものは、魔法局の優秀な杖修復士に直してもらった方が良いでしょう。」

(店長の言うとおりよ!そもそも魔法局の人が来るなんて珍しいし、これほど欠損した杖ならば、絶対にいつもの杖修復士に直してもらった方が良いに決まってる。)

ユミルもジョンソンの横で大きく頷いた。

「ここの評判を聞いてきたのですが…、やはり難しいでしょうか?」
「この店の程度でよければ直すことはできますが、魔法局の方は優秀な方が多く、杖に少しの違和感も許されないと聞いています。どうして、外部に依頼するのか、訳を教えていただけませんか?」
「それが…。そう!次の魔獣討伐の日取りが近いから、急いで修復してほしいのだけれど、魔法局の杖修復士がひとり辞めてしまって、順番待ちになっています。このままでは間に合わないから、ここに来ました。」

ジョンソンの問いに少し迷って見せたエリックだが、急に妙案を思いついたとばかりに目線を上げてジョンソンに詰め寄った。

「お願いします。」

(ドウェル様は悪そうな人じゃないけれど…、魔法局で魔法騎士のための修復が間に合わないなんてこと、ありえるの?)

ユミルは思わず後ろから口を挟んでしまいそうになるが、余計なことは言うまいと、ジョンソンの背中に隠れたままエリックを睨みつける。
ジョンソンも、この言い分には十分納得できなかったようで、迷うそぶりを見せている。

「いくらでも払います、お願いします。」

エリックが頭を下げてそう言うので、ユミルの目の色が変わった。

「おいくらなら、お支払いいただけるのですか?」

無職目前のユミルは、喉から手が出るほどお金が欲しい。
これほど難しい依頼をこなせば、少なからずボーナスが入るのではないかと思ったのだ。
それに、最後に拾ってくれたジョンソンとエレナにも恩返しがしたい。

守銭奴ユミルは、急に目の前のエリックが札束に見えてきた。

「こら!ユミル!いくら高額をいただけても、相手は魔法局職員。失敗したらどうするんだ。」

エリック本人に聞かせるのは如何かと思い、ジョンソンは小声でユミルを叱った。

「でも、先日似たような欠損、確かギルドの魔法騎士だったと思いますが、その修復はとても好評でした。」

レイン・オズモンドがまだ部隊長になる前、ユミルは似たような依頼を受けたことがあった。その魔法騎士がとても修復の出来を褒めてくれたので、口コミでこれから依頼がもっと増えるのでは、と期待していた矢先、レイン・オズモンドが部隊長に就任したのである。このこともあり、尚更ユミルはレインのことを勝手に敵対視しているのだ。

「それはそうだが…。」
「もし上手く修復出来たら、一時的ではありますが、良い収入になります。それに、先にこちらが修復で補償する範囲を通知しておけば、店の瑕疵になることもありません。」

普段ならば魔法局内で杖を修復してもらえる魔法局の職員が頻繁に外部を頼るとは思えない。恐らくこの1回ぽっきりだろうが、ユミルはこのチャンスを逃したくなかった。
ジョンソンも生活が苦しいため、ユミルの意見に真っ向から反対することはできず、色々なリスクを考慮して思考を巡らせていると、エリックが大きめな声で遮った。

「200ガル出します。」

先日の冒険者ギルドの魔法騎士からの依頼は100ガルだった。
欠損が僅かで、攻撃系の魔法を使わない場合は5ガルほどで修理を承っている。こちらは材木の調達費用もあるので、ほぼ利益にならない。
ちなみにユミルの月の給料は30ガル程度で、件の依頼ではボーナス10ガルを貰っている。

ジョンソンとユミルはその金額に目を丸くした。

「先に100ガル、修理後に100ガルお支払いします。修理の度合いもこの店の“いつも通り”で構いません。お願いできませんか?」

エリックがジョンソンらの懸念を察知したように、畳みかけて言うので、ジョンソンは決意を固めた。

「わかりました。お受けいたしましょう。期日はいつまでですか?」
「3日後のこの時間までに、お願いします。」
「3日後?随分急ですね。」

先日の依頼は2週間の時間を貰っていた。
修復が難しければ難しいほど、集中力を使うため、1日に進められる作業に限界があるからだ。
今回はポッキリといっているので、材木の継ぎ足しの量はそれほど多くなさそうだが、少しは材木を調達する必要もあるだろう。

ジョンソンはエリックにバレないようにユミルに目配せをすると、ユミルも覚悟を決めて頷いてみせた。

(お金様のため、頑張るぞ!)

「わかりました、それでは3日後のこの時間までに受け渡しができるよう、進めます。」
「ありがとうございます。こちらがまず100ガルです。」

エリックはそう言うと、小切手を取り出して、慣れたように金額を記入してジョンソンに手渡した。

「確かに、受け取りました。」

ジョンソンは小切手が本物のものかどうか確認した後、カウンターの引き出しから取り出した複写式の紙にいくつか文言と数字を付け足すと、エリックに差し出す。

「こちらが契約書になります。内容を確認していただいてよろしければ、署名をお願いします。」

エリックは契約書をじっくりと読んだ後、契約書に署名を入れた。
ジョンソンが控えをエリックに渡すと、エリックは安心したように微笑んだ。

「困っていたので、引き受けてくださって助かりました。どうぞよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ、当店を頼っていただきありがとうございます。お力になれるように努めます。」

エリックがドアベルを鳴らしながら退店すると、ジョンソンとユミルは向き合って神妙に頷きあった。

「ユミル、この修復を頼めるかい?」
「はい、そのつもりでした。頑張ります。早速、材木がなくてもできる作業から、取り掛かります。」
「今日は既に閉店の時間だけれど…そうだね、3日後に間に合わせるには、早めに作業を始めた方が良いか。遅くならないようにするんだよ。」

ジョンソンはそう言って店じまいをすると、材木の至急の注文をかけてから、店の隣にある自宅へと帰っていった。

ジョンソンがいなくなると、店内はしんと静まり、ユミルの足音と呼吸の音だけが響いている。ユミルは奥にある作業場に向かうと修復する杖と向き合った。

(こんなに難しい仕事は初めてだから、緊張するけれど…どこかわくわくする気持ちもあるわ。それに、もしこれが成功したら、きっとボーナスが待っているはず!)
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