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第4章 遠征

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今回、魔法局による山麓における魔法犯罪者の捕縛は思ったよりも時間がかかってしまった。
首都郊外で起きた事件と同様に、原因不明の魔獣発生があったのだ。

ただ、レインはそれを予期していたので、大幅に陣形を崩されることはなく、時間はかかったものの、確実に手配中の魔法犯罪者を全員捕縛した。

しかし、予想外のことが起きたのはその後だった。
魔法犯罪者が魔法局に気づかれないように町の近くに時限式の特殊な移転魔法を発動させていたのだ。

通常、移転魔法は自分と周りの空間を移転させる魔法なので、術者が近くにいなければ魔法は発動しない。

しかし、魔法犯罪者のうちのひとりが、新たな魔法を発明していたのだ。
術者が近くにいなくても、ある特定の場所からある特定の場所へ、予め道を引いておいた空間同士を移転させる魔法だ。
色々な発動要件はあるようだが、魔法犯罪者はその魔法を応用して、魔獣の多い地域から、特定の場所へ魔獣を移動させて、あたかもその地で魔獣が異常発生しているように見せかけていたのだ。

時限式の罠を読みきれなかったこと、また、ホテルに留まっていた魔法騎士が若手ばかりでうまく機能しなかったこと、これがホテルまで魔獣を侵攻させた敗因だった。

町の外に仕掛けた罠は、魔法局に一泡吹かせてやりたい、そんな気持ちで仕掛けたられたものらしかった。

どうやら、今回の魔法犯罪者は首都メトロポロスで冒険者ギルドに所属していた魔法使いで、此処のところめっきり数の減ってしまった依頼に、魔法局を逆恨みして問題を起こしたようだ。

ユミルは目が覚めた後で、レインから事の顛末をこのように聞いた。

(やっぱり、魔法局、というよりレイン・オズモンドを逆恨みしていたのは、私だけではなかった…!)

ユミルは思わず変な表情をしてレインを見た。

「何だ、傷が痛むのか。」

レインは、ユミルが目覚めた後、ユミルの部屋に書類を持ち込んで、ユミルの様子を見ながら仕事をしていた。
ラウルの完璧な治癒魔法のお陰でユミルの左腕にできた傷口はすっかり塞がったが、無くなった血液は補充できていないので、暫く寝ているように言われたのだ。

一方、ユミルはレインの前でギャン泣きしてしまったことが、今更ながらに恥ずかしい。

「…ダイジョブデス。」
「大丈夫、という顔には見えないが。」
「…ただの逆恨みってわかってますけど、私も最初はオズモンド様のせいで無職になった!って怒っている時期がありました。こんな目にあって何ですが、ちょっと同情しちゃいます。」
「それはエバンズ伯爵令嬢から聞いている。『どうせ貴方はユミルから嫌われている』とね。」

アデレートはそんなことをレインに伝えていたのか、とユミルは頭が痛くなる。この雇い主はずっとユミルに嫌われていると思いながらユミルを雇っていたというのか。しかし、レインは仕事のためなら人に嫌われていようと好かれていようと無頓着なのだろう。

「今は違いますよ。」
「そうか。」
「意外とちゃんと話を聞いてくれるし、良い人だなぁと思ってます。」
「それは、君が話を聞かないと怒るからだろう。」

レインが少し口元に笑みを浮かべながら言うので、ユミルは以前、レインに「偏屈野郎め」と言ったことを思い出した。

「…その節も大変失礼しました…。」
「別にいい。…それより、今回は本当に申し訳なかった。」

レインはそう言って頭を下げた。

「ホテルに残した警護が不十分だった。」
「頭を上げてください。オズモンド様は私を助けてくれました。」
「でも、君に怪我を負わせてしまった。」
「優秀な治癒魔法士のお陰で、すっかり元気です。」

レインが申し訳無さそうに目を伏せるので、ユミルは左腕をぐるぐると回して見せる。

「それに、オズモンド様が来てくれたとき、本当にほっとしました。きっと、他の住民の皆さんも、同じ気持ちだったと思います。」
「いいや、住民たちは、君に助けられたと思っているだろう。」
「そんなこと、ありません。私なんて…ケルベロス1頭に四苦八苦でした。」
「…正直、私は君がどこかに逃げていると思ったし、そうしていて欲しいと思っていた。君は魔法局の魔法使いじゃない。…でも、君は立派に魔法使いとして、民衆を守ってみせた。本当に立派だ。」

レインが力強くユミルに伝えるので、ユミルは一度止まった涙が再び溢れてしまった。
魔法使いであることを初めて誇らしいと思った。

「…どうして泣くんだ…。」

また泣き出したユミルに、レインは困ったように呟いた。
この男は、慰めることが心底下手なのだとユミルは再認識したが、もう暫く泣いて困らせてもバチは当たらないだろう。
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