ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

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タイムループの終わり 〜10分間のその先へ〜

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 歌い終わるとなんだかスカッとした晴れやかな気分になった。みんなが「リアルジャイアンリサイタル」とか言う中、パチパチと一人だけ拍手をしながら近づいてきた男がいた。

「お前言うだけあってマジで音痴だなぁ。けど俺も結構歌下手でさ。でも部活で忙しいし、恥ずかしいから練習とかはしてこなかったんだわ。だから、お前が休み時間に歌の練習するってやつ、一緒に参加しても良いか?」

 後頭部を照れ臭そうにぽりぽりと掻きながらはにかむハンサムメンの名は、猿渡光太郎。人の良いオーラを全身にこれでもかと纏わせた、ループが終わったら友達になりたいと思ってる男ナンバーワン。ああ本当に。本当に君は良いやつだよ。

「あ、うん。よろしく猿渡くん」

 僕は笑って、いつかのループの時のように、イェーイと手を挙げる。

「軽っ」

 彼もまたいつかのように笑いながら僕の意図を汲んでハイタッチをしてくれた。

「ねぇ!それ私も参加していいかな? ほら私合唱祭委員だし。」

 そこに橘恵美もスタスタと小走りで机から駆け寄ってきた。

「うん。もちろん。でもごめんね、橘さんは合唱委員で色々やってくれてるのに、更に忙しくしちゃうっていうか」

「ううん。本当は、私も朝とか昼休みとか練習したいなって思ってはいたんだけどね。いまいちみんな乗り気じゃなさそうっていうかさ。そんなんめんどい、とか、断られるのが怖くて結局勇気が出なくて言えなかったの。だからね、藤崎くんの提案は嬉しかったの! あー、頑張ろうとしてくれてる人が居るんだなって」

 味方がいるということを示すという目標はどうやら達成できたらしい。彼女も猿渡君と同じように、照れ臭そうにして頰をかいた。

「そっか。じゃあ、お願い。音痴だけど、ピアノなんかの機材運んだりは僕でも出来るからさ、なんか手伝えることがあったら言ってよ。」

「あーそういや橘って学級委員もやってるもんな。大変そうだなぁ。俺もなんかやることあったら手伝うわ。」

「いやいやいいよいいよっ。そんな気を使われてもなんか小っ恥ずかしいからっ。」

 橘恵美は顔を赤らめて慌てたように手をわちゃわちゃさせた。
 そんなこんなしていると、視界の端に席を立ち上がった加藤菜々子がこっちに歩いてきているのが見えた。

「おいっ。」

 威圧的な声に、橘恵美がびくりと怯える。大丈夫、こいつなんちゃってヤンキーだから。その証拠に今も怯えた様子の橘恵美を見てしょんぼりしたように少し顔を歪ませている。

「その……い、色々感情的になって悪かった、な。えっとふ、藤崎? その練習だけどさ、私も参加したいんだけど。ダメ……か?」

 彼女はそうモジモジと手足を動かしながら告げてきた。彼らのイメージでは悪名高いヤリマンヤンキーである彼女のそのような仕草は異常事態らしく、クラス中が騒めき出す。

「ええっ」

と橘恵美も目を丸くして意外そうな声をあげた。まるでタヌキにでも化かされたかのような顔である。きっと僕も今同じような顔してるだろう。

「んだよその顔はっ。自分より下手な奴が逃げてねーのに、これ以上情けない真似できるわけないだろうがっ。文句あっか!」
「いえ無いです」

 僕の顔が気に食わなかったのか、また逆ギレされた。おかしいなぁ、橘恵美も同じようなマヌケ顔してるのに。あとさりげなく僕の方が歌が下手だと言われて少し凹んだ。

「その、私も歌がへ、下手なんだよっ。それがバレるのが怖くてサボってた。その、悪かった。」

 彼女はくるりとクラスメイトの方を向いてそう言い、頭を下げた。

「うん。まぁ君曰く社会的に死亡するレベルの恥を晒した僕がいるから、そのくらい恥でもなんでもないから安心しなよ。」
「うっ。悪かったって謝ったろ。根に持つなよっ 」

 優しい言葉をかけたのにまた怒鳴られた。

「気にしてないって。音痴同士仲良くいこう」
「音痴っていうなっ。事実だけどなんか心が痛むんだよっ」

 胸ぐらを掴まれる。しかしそこで彼女はハッとしたように手を離すと、僕の顔を見て、首を傾げた。

「なぁ。お前と話すのって、今日が初めてだよな?」
「いや、多分そうだけど。急にどうしたの」
「いやさ……なんていうか初めて話したって感じがしないんだよな。距離感っていうかなんていうか違和感が……。どっかであったか?」

 彼女はどうもしっくりしないようにしきりに首を傾げながら小声でブツブツと呟いた。そんな彼女の言葉に、僕の心臓がドクンと跳ねる。

「あ……えっと。僕、初対面の人に良く馴れ馴れしいって言われるんだ。きっとそのせい、じゃないかな」

 僕は胸の痛みに耐え、なんとか言葉を絞り出した。
 そう、彼女に記憶は残ってなどいない。ただ、僕の友達に対するような接し方に違和感を感じてるだけに過ぎないのだ。デジャヴですらない。そうわかっていても胸はズキズキと痛んだ。

「そう……なのか?」
「そうだよ。」
「じゃ、菜々子が参加するなら私もかなー。」

 彼女は納得いかない様子だったが、加賀恵がはいはーいと手を挙げて参加表明をしてきたことによって、話は有耶無耶になった。

「結構増えるなー。じゃあほかに参加したい奴挙手―。」

 そう言って猿渡くんが促すと、結構な人数の手が上がり、

「うわこんな居るんだ。なんか嬉しいね」

と橘恵美がなんだか嬉しそうにはにかんだ。

「じゃ、面倒くさいし希望者は自由参加って事で。」

 猿渡くんがそう言うと「挙手の意味―」「ちゃんと数えてよ」と優しさに溢れたヤジが飛んだ。……やっぱり人気者なんだなぁ猿渡くん。

……そして、ついにもうすぐ10分だぞと体内時計が告げていた。何故だろう。僕はこれまでのどんなループよりも、今回の10分間が無かったことなって欲しくないなと、そう思った。

そしてチャイムが鳴る。

「そういえば加藤さんと加賀さんって一度も練習に参加してないからパート分けすらしてないよね?」
「……ホント今までサボってて悪かった。今思うとホントかっこ悪いことしてたな、私。」
「ううん。私も加藤さんや加賀さんの外見とか、噂で一緒に練習しようって怖くて声かけられなかったし、お互い様だよ。だから、これから一緒に頑張ろうね。歌ってちゃんと練習すればするだけ上手くなるから!頑張ろ!」
「おおお、おぅ。」

 僕は目をパチクリと瞬かせた。チャイムの音が聴こえているのに教卓に立つ星野先生の姿が視界に入ってこない。
 僕の目に映るのは、橘恵美に手を握られてしどろもどろになっている加藤菜々子と、それを生暖かい目で見るクラスの人々。そして爆笑している猿渡くんと加賀恵。

「えっと、橘。私高音とか声裏返って出ねぇんだよ。だからなんだっけ、そ、ソプラノ? ってやつは多分無理だと、思うわ。」
「んー。じゃあアルトかなぁ。加賀さんは?」
「私はどのパートでもいけるかなー。強いて言うなら高音歌いたい感じ?」
「お前はさらっと歌うからなクソがッ」

 軽く答える加賀恵に、加藤菜々子が悪態を吐く。そんなやり取りを見続けて、体内時計が正確になってからしばらく見ていなかった時計を確認する。そして少しばかり遅れて僕はようやく気づいた。ああ、タイムループは終わったんだということに。

 僕は自然と微笑んだ。同時に、堪えようもなく涙が溢れそうになった。

「それじゃあ僕は電子ピアノを持ってくるよ。いっつも橘さんが持ってきてるし。」

 そう言って涙腺が崩壊する前に足早に教室を出る。

「あっ藤崎くん。」

しかし、教室のドアをくぐる前に橘恵美に呼び止められた。
 涙をグッと気合いで堪えて僕は振り返って彼女を見る。

「その……色々ありがとね。」

 はにかんだような笑顔とともに彼女から発せられた言葉に、堪えていたはずの僕のダムは決壊した。

「ええ、藤崎くん!?」
「おいど、どうしたんだよ、藤崎。だだだ大丈夫かっ? やっぱアレか? みんなの前で歌ったの恥ずかったのか!? 無茶言って悪かったっておい。てかなんで笑いながら泣いてんだよお前っ」

 橘恵美と加藤菜々子が、滲んだ視界の中で僕に駆け寄ってきて声をかけてくれる。
 10分が経っても二人から僕の名前が発せられた。そうか、もう忘れられなくても良いんだ。そう思うと涙が次から次に溢れ出した。
 
 クラスメイトの前で大号泣という失態を最後にして、世界は時間の牢獄から救われ、同時に僕の非日常は終わりを告げた。
 でもあれだ。合唱祭が成功するかは全てこれからなわけで。またクラス中が委員長に全てを押し付けてしまう時が来るかもしれないわけで。だからまぁ、美味い弁当を食べさせてもらった恩くらいは、これから返していこうと思う。
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