便利屋リックと贄の刑事

不来方しい

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第二章 便利屋として

021 見えなくも繋がる道

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「遊んでほしいのか?」
 一見、強面にも見えるウィルをまじまじと見つめ、子供はリックの袖を離した。
 ウィルはしゃがむと、怪我をしていない手で子供の頭を撫でる。
「腕はどうしたんだ?」
「あ、あの……」
 ぎょっとしたのは、母親だけではない。リックもだ。
「怪我をしたのか?」
「…………、………………」
 子供は声にならない声を上げる。
 美術館であるのにもかかわらず、ウィルはいつもより二割り増しの声の大きさだ。なんてわざとらしい。
 近くにいた男性が近寄ってきた。歩き方がウィルとそっくりで、警察官そのものだった。
「どうしました?」
「子供が怪我をしているようなんだ」
「それは大変だ。どれ、見せてごらん」
 気取った演技にあたふたする女性を前に、シン・オーズリーもやってきた。
 オーズリーは子供と母親の間に無理やり身体をねじ込み、しゃがんで子供の腕を取る。
「痛みはありますか?」
 オーズリーは優しく問いただす。いくら声を柔らかに言っても、リックは彼の正体を知っているだけに職務質問にしか見えない。
「この子はどうしたんです?」
「転んだだけよ。そうよね?」
 母親は強めに言うが、ベンは俯いたまま動こうとしない。
「足の痣は? まるで紐で縛られたような跡ですが。まさか転んだわけではないですよね?」
 オーズリーは強めに問うと、母親の肩が震え始めた。
 話を聞かせてほしいと穏やかに言う警察官に、母親はうなだれて顔をしかめた。
 親と離されたのに、ベンと呼ばれた少年はほっとした顔を見せた。
 私服警官に連れられる様子を黙って見ていると、ウィルはロビーのソファーに腰を下ろしたので、リックも横に座った。
「まさか彼女一人を張るためにこんな大所帯で来たわけじゃないよな」
「どうだろうな。悪の組織の親玉かもしれん」
「可能性はゼロではないね。似てなかったし。……なんか、お腹が空いてきた」
「お前……腹が空くんだな」
 意外だとウィルは零す。「心外だな」と言い返した。
「心外? ルームシェアしてからお前は一度も腹が減ったと言ったことはないぞ。朝食すら忘れる始末だ。もっと食え」
「胃の大きさは人それぞれなんだよ。朝からあんな太いソーセージ食わせるからだ」
 横を通り過ぎる男性が口笛を鳴らす。
 怪訝そうに眉をひそめるリックの隣で、ウィルは腕を組んで知らないふりをする。
 帰りもウィルの運転で─途中でスーパーマーケットに寄り─帰宅する。
 ウィルの好みは甘いものや肉だ。けれど魚料理を出してもなんでも食べる。要はたんぱく質が好みである。
 チリビーンズとサーモンのムニエルを作っていると、置きっぱなしの携帯端末が光った。
 鍋から目を離すと、様子を見ていたのかウィルがキッチンに入ってきて代わりに引き継いだ。
──子供の面倒を見てほしい。
「どうした?」
「仕事の依頼だよ。子供の面倒を見てだってさ」
「いいんじゃないか。お前の体調の良し悪しによるだろうが、行けるようなら少しずつ再開してもいいだろう」
「子供の面倒なんて見たことないよ」
「妹がいるんだろ」
「いるけど数えるほどしか会ったことないけどね。前に結婚してたって言ってたけど、子供はいた?」
「……………………」
 穏やかな空気が張りつめたものに変わる。
「その話題はな、」
「うん」
「禁句だ」
 鍋の中のチリビーンズがごぼ、と音を立てる。ウィルは火を消し、棚から皿を取り出す。
 不穏な空気となる中、今日の夕食はあまり会話の進むものではなかった。

 朝にはふたりの空気はいつも通りに戻っていて、リックも蒸し返したりはしなかった。
 便利屋と探偵の大きな違いは、いきなり仕事の依頼が入るか先を見据えての依頼が入るかの違いだ。便利屋は前者であり、だから便利屋と呼ばれるのだろう。
 指定された場所に向かい、マンションの二階へ上がる。
 出迎えたのは、髭を蓄えた男性だ。最初はリックを見て驚いたようにじろじろ見ていたが、すぐに微笑み中へ招き入れた。
 子供が覗き、リビングにはおもちゃが散らばっているのが見える。
「実は今日、子供の誕生日なんです」
「それは……おめでとうございます」
「見ての通り、部屋はこんな状況で」
 中に上がると、まずはリビングに通された。
 散らかし放題のおもちゃが、足の踏み場がないほど凶器と化している。踏んだらおもちゃの破壊と足つぼ効果のマッサージで、子供と大人の悲鳴が起こるだろう。
「シングルだとなかなか手が回らなくてね。せめて誕生日くらいは綺麗に過ごしたいと思ったんだ」
「ここの掃除で構いませんか?」
「ああ……頼みます。俺はキッチンで料理を……」
「やだ!」
 利発そうな少女が目の前に現れ、拳を握りしめた。
「だってパパの料理美味しくない!」
「いくらなんでもひどくないか……パパだって一生懸命頑張ってるんだ」
「ねえ、お兄ちゃんつくってよ」
「僕が?」
 少女はリックの腕を掴む。けっこう痛い。あまりの力強さに料理への情熱を力説されているようだった。
「パパがお片づけで、お兄ちゃんが料理」
「……申し訳ない。ご飯は作れますか?」
「それほど手の込んだものは作れませんが……材料があれば、簡単なパウンドケーキくらいは焼けます」
「やった!」
 少女はまだ幼い男児を抱きしめ、ケーキケーキと歌を歌う。
「ケーキの他に、好きなものは?」
 身をかがめて声をかけると、少女は元気よく手を上げた。
「バーベキュー!」
「バーベキューか。お兄さんも大好きだよ。そういや最近やってないなあ。家の中だとバーベキューはできないから、ステーキでいいかな?」
「うん。それでいいよ。フレンチフライも食べたい」
「分かった。ポテトがあったら作ろうか。キャロットは好き?」
「……………………うん」
「OK。止めておくよ」
 冷蔵庫には大きな肉の塊も、乱雑に押し込まれたポテトもある。
 まずはポテトを細切りにし、水にさらす。その間に肉を食べやすい大きさに切り、塩と胡椒で味をつける。
 焼いている間に、水にさらしておいたポテトの水切りをし、薄力粉を軽くまぶす。
 油で揚げて塩を振っていると、子供が陰から覗いていた。
「マヨネーズは?」
「あるよ。マヨネーズで食べる?」
「うん」
 少女は冷蔵庫を開けると、マヨネーズとケチャップを出しテーブルに置く。
「偉いね。いつもパパのお手伝いしてるの?」
「ママいないから。パパの料理はあんまり美味しくないし」
「そっか。でもパパも一生懸命作ってくれてるんだよ」
「あ、でもね、フレンチフライは美味しい」
「ならパパの作ったフレンチフライより、味は落ちるかもしれないね」
 リビングは少女の父の頑張りで、歩けるくらいには片づいていた。
 本棚にはブルーレイやDVDが大量にあり、ジャンルを問わず並んでいる。
「たくさん作って下さりありがとうございます」
「いえいえ、口に合うと良いんですが」
「ねー、ケーキは?」
「ケーキはこれから焼くんだよ。バナナがあるから、バナナのパウンドケーキにしようか」
「うん!」
 パウンドケーキはそれほど難しくはない。ネットで調べた材料にバナナを混ぜるだけだ。
 焼いている間にステーキを切ってフレンチフライを添えると、依頼人の男性は作り置きのサラダを出した。それを見て、子供からは悲鳴が起こる。
「いつもこうなんですよ」
「栄養があるイコール、美味しいとは限りませんからね」
 ツナの入ったサラダを真ん中に置き、子供たちはしぶしぶ椅子に座る。
 オーブンレンジからは、バターとバナナの甘い香りがしてきた。
 ふっくらと仕上がり、真ん中が裂けてバナナが顔を出している。
 あとは型から取り出してあら熱を取るだけだ。
「どうかな?」
「おいしい!」
 焼けたパウンドケーキを見せると、食べていないのに少女は歓声を上げる。リックも嬉しくなり、顔を綻ばせた。
「ママの料理みたい」
「……家を出てしまったんですよ」
「ああ……そうだったんですか」
「思わぬところから仕事が入ってきたって、家のことを何もしなくなってしまったんです」
「何の仕事をしていたんですか?」
「映画の特殊メイクですよ。そこで彼女と出会ったんです」
「ということは、あなたも……?」
「ええ、映画やドラマのシナリオを書いてます。よろしければ、チケットをもらってくれませんか? 今話題のアクション映画があるでしょう? あれに押されてしまい、全然話題にならないんですよ」
「必ず観にいきます。けっこう映画は観たりするんですよ。あの、映画の特殊メイクって、どんなものを?」
「怪人系を得意としてしましたけど、依頼があればどんなものでもこなしていました。元妻の関わる映画も、よろしければご紹介しましょうか? メールで送りましょう」
「ありがとうございます」
 二枚のチケットは、誰かと行けということだ。恋愛映画であるため、彼はきっと気に入るだろう。
 それにしても、ここへきて新しい情報が手に入りそうで、リックは武者震いが起こる。焦ってはならないのに、次から次へと、まるで誰かに誘導されているかのようだ。依頼人である人良さそうな彼も、もしかしたらと、とんでもない方向へ思考が先回りしてしまう。例の組織の一味であるはずがないのに。
 子供たちとも別れを告げ、リックは家に帰った。
 ドアを開けると、肉の焼ける良い香りがした。一人暮らしでは体験できない、貴重な幸せだった。
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