便利屋リックと贄の刑事

不来方しい

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第二章 便利屋として

022 揺らぐ道に見えた光

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 夕食後にチケットの話をウィルにすると、明日にでも行こうと即決だった。
「そんなに行きたかったのか?」
「結構有名だぞ」
「ふうん。本人はあまり話題にならないってぼやいてたけどね」
 夕食を食べた後、寝ようと声をかけると無言で薬をつきつけられた。忘れていたため、リックは小言も言わずに素直に受け取る。
「塗ってやろうか」
「傷口はぐろいよ。塞がってるけど穴空いてたし」
「俺はもっと穴空いてるぞ」
「……だったね」
 いまだに包帯が外れないウィルだが、暇さえあればダンベルで身体を鍛え始める。指で腕立て伏せを始めたときは、さすがに止めてくれと懇願した。身体に血管が浮き出るたびに、あのときのように血が吹き出しそうで怖かった。
 ダリル・デュー。依頼人の名だ。DDとしてシナリオライターなどをしていて、本も執筆している。ネットで調べてみると、そこそこ有名な人のだった。元妻のことにも書かれていた。映画の特殊メイクを中心に活動中だと軽く触れられている。
 ダリルからメールが届いた。妻は『ジョアン』として活動しているらしい。
 試しに『ジョアン』と入力して特殊メイクについて調べるが、一つもヒットしなかった。
「単語が間違ってるんじゃないのか?」
「Joann……いや合ってるよ。珍しい名前でもないからか? それほど有名じゃないから?」
「まるで隠されてるみたいだな」
「どこかの秘密組織みたいに?」
 特殊メイク、映画、ドラマ……思いつく限りの単語を入れても、結果は同じだった。
 腑に落ちないまま就寝し、翌日は寝不足になった。ウィルも目の下の血行がよくなく、朝から同じ顔だと笑い合った。
 オレンジジュースをお供に、大きなスクリーンに映し出された映画を観た。有名なものではなくても、見ごたえがある映画だった。人の気持ちの移り変わりがよく表現されていて、ありきたりでも納得のいくハッピーエンド。すすり泣く声も聞こえてくる。
「ラブストーリーが好きなんだろ? もっと泣くかと思ったのに」
「泣いてほしかったのか? 感情を表に出さない訓練もしているんだ」
「ハンカチが無駄になったじゃないか」
「また撃たれたときのためにとっておいてくれ」
「あの…………」
 スーツを着たビジネスマン風の男性が、リックを見上げている。
 ウィルは腰に手を当てる仕草に、持ってきたかと咎める視線をぶつけた。
「もしかして、便利屋の方ですか?」
「え? はい……そうですが……」
「ダリル・デューはご存じですか?」
「お知り合いですか?」
「実は、この映画に関わらせて頂いたものです。ダリルから話聞いています。お世話になったと感謝していました。どうしても映画の評判が気になってね。こうして時々足を運ぶんです」
 男性と握手を交わすと、彼はぜひパーティーに来てほしいと誘いをかける。
「パーティー?」
「映画公開を記念したパーティーがあるんですよ」
「でも、僕は映画を作った人間ってわけじゃ……」
「せっかくだから参加させてもらえ。こんなチャンスは滅多にないぞ」
 隣からウィルが茶々を入れる。
「ぜひあなたもどうです?」
「俺もか?」
「もちろんですとも」
「よろしく頼む。俺はウィル、こちらはリック」
「おい」
「では明日の十七時に。場所は……」
 すらすらと口から出る場所は、ロサンゼルスにあるホテルだった。
 男性と別れ車に乗ったとたん、リックは文句の一つでも言ってやろうかとするが、ウィルの方が早かった。
「『ジョアン』について知りたかったら、懐に潜り込むべきだ。俺個人でも気になるしな」
「ウィルの勘?」
「ああ。勘だ」
 『ジョアン』は今、何をしているのか。どこにいるのか。気になるがウィルを巻き込みたくない気持ちもあり、あまりパーティーには乗り気ではなかった。けれどウィルが近くにいたら、うまくいくような根拠のない自信が沸いてくる。
 半々の揺れに身を任せていると「肉と魚のどっちがいい?」と独り言に近い質問が飛ぶ。「魚」と答えた。
「お前と住むようになってから、魚を食べる量が増えた」
「健康的でいいじゃないか」
「だな。ついでに野菜の摂取量も」
「僕とずっと住めば長生きするかもよ」
「……それはいいアイデアだ」
「それ、本気で言ってる?」
「お前は事件によく絡む。近くにいれば守れるし、情報も入ってくる」
「便利屋兼情報屋もありだね。っていうか、いつものジョークの口調じゃないんだけど」
「家賃もかかるだろうし早いところ荷物移動させるぞ」
「もしウィルのガールフレンドが来たいとか言ったらどうするのさ」
「そんな心配はしなくていい。結婚はもうこりごりだ。俺とお前でルームシェアしたっておかしくないだろう」
「ないけどさ」
「なら決まりだ」
 強めのブレーキを踏み、ウィルは反対方向へと曲がる。リックのマンションがある方角だ。
「必要なものを取りにいくぞ」
 半笑いで、ウィルの声はいくらか弾んでいた。
 そんなに見張れることがが嬉しいのかと軽口を叩きたくなったが、横切るパトカーにふたりして背筋を伸ばしたので、リックは笑いをこらえるのに必死で肩が揺れた。

 朝一でダリル・デューからメールが来た。パーティーは私服で構わない、ぜひ映画の感想を聞かせてくれ、と。
 さらに驚いたのが、パーティーへ誘ってきた男性が映画を作った監督だと分かった。名前はイアン・エドニー。試しに映画についてネットで検索してみると、昨日会った男性の顔写真が大きく取り上げられていたのだ。
「良かったな。もしかしたら俳優の誘いがあるかもしれないぜ」
「それを言うなら君の方だろう? ドラッグの売人役とか」
 運転手役を名乗り出たウィルに有り難く甘え、指定されたホテルへ向かった。
 黒塗りの高級車が駐車場に綺麗に並び、違う世界に来たかのようだった。
 ウィルは気にする素振りも見せずに隣に駐め、行こうと促した。
「映画のパーティーに誘われたんだが」
「ご案内します」
 チケットも何もなくてっきり止められるかと思ったが、いとも簡単に通してくれる。進む道に砂利すらないと、かえって警戒心が溜まりに溜まるものだ。
「……………………」
「なんだ?」
「いや……なにも」
 ウィルのことで、一つ知ったことがある。
 彼は警戒心と誰かを守ろうという思いが働くとき、決まって一歩前に進み出る。おまけに口数が減る。彼自身気づいていない癖だ。
 大きな背中を追うと、広いパーティー会場へ出る。ビュッフェスタイルの料理が並び、グラスに注がれる液体が宝石のようにかがやいている。
「来てくれたんですね。ありがとうございます」
 ダリル・デューだ。数日前に会ったときとは違い、スーツを着こなし無精ひげを剃っていると、映画関係者といっても嘘に見えない。
「楽しい映画でした。万人受けするというか、安心して観ていられる映画だなあと」
「無難ですよね。でもああいう綺麗な終わらせ方は、やはり評判がいいんですよ。バッドエンドはどうしても後味が悪い。そうです、モリスさん。今日はどうしてもあなたに話があって呼んだんです」
「なんでしょう?」
「実は、次の私の映画に出てほしくて……数日前に初めて会ったとき、驚きました。今書いている台本の役にぴったりなんですよ」
「ちょっと待て、」
 リックが口を開くより先に、ウィルが口を挟む。
「俳優……ってことですか?」
「そういうことになります。台詞はそれほど多くないんですが、ちょっとアクションがあって」
「お前、自分の身体……」
「分かってるよ」
「身体? 体調が悪いのですか?」
「肺の手術をしたんです。でももうほとんど大丈夫ですから」
 人の波を避けて向かってきたのは、映画監督のイアン・エドニーだ。
 握手を交わすとイアンはダリルと目配せし、次回作の話を切り出した。
「次の映画も、彼と一緒に作ろうと話していたんです。線の細く、それでいて手足が長い男性を探していてね。雇った便利屋がイメージにぴったりだと電話がかかってきたんです」
 パーティーへ来てほしいと懇願した理由だ。リックは納得するが、出演していいものか簡単に決めていいものではない。
「出番は多いんですか?」
「主役ではないからそれほどじゃないんですが……多少のアクションがある。これがけっこう重要な役でね。合う俳優がいなければストーリーも変えるべきじゃないかと話していました」
「いつまで決めなければいけませんか?」
「二週間でどうでしょう?」
「分かりました。それまでに返事を決めておきます」
「期待したいところです。それじゃあ」
 去っていく二人を見つめていると、注目を浴びてしまった。
 ウィルはミネラルウォーターの入ったグラスをもらい、片方をリックに渡す。
 喉が渇いていたのか、するすると喉を通り抜け、胃を冷やした。心地良さを味わっていると、お代わりはどうかとボーイは差し出す。リックはお礼を言って手を伸ばした。
「で、受けるのか?」
「懐に入るチャンスじゃないか? うまくいけば『ジョアン』を探れる。君だって言ってたじゃないか」
「あれはパーティーの話だ。役者の話じゃない」
 身体を心配してくれているのは見え見えだ。
 冷たい液体のおかげか、いくらか頭が冷えた。『ジョアン』のことばかり頭を占めていたせいで、今ある現状を冷静に見ることができた。
 彼らのことは何も知らない。いくら有名な監督とシナリオライターといっても、危険がないわけではない。
 ウィルは適当に取り分けた皿をリックに渡し、自身もたんぱく質を中心に彩りよく盛りつけていく。
「お前の話を聞いて、俺も『ジョアン』についてネットで探ったんだ」
「うん」
「何もでなかった。おかしいくらいに」
 回りの音が何も耳に入らないほど、ウィルの声が浸透した。
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