窓辺へ続く青春に僕たちの幕が上がる

不来方しい

文字の大きさ
16 / 33
第一章 桜色の日から

016 祖父

しおりを挟む
 パジャマに着替えてバスルームを出ると、廊下にも肉の香りが広がっていた。
「シャワーありがと」
「どういたしまして。パジャマも動物か」
「子供っぽいと思ったでしょ?」
「こだわりの強さに脱帽してる」
「うわ、肉が霜降りだ。しかも木箱に入ってる」
「たまには豪華にって思って」
「しらたきは?」
「肉が固くなるから今回は入れない。さあ、食べよう」
 炭酸ジュースで乾杯し、一気に胃の中へ流し込んだ。
 冷たくて、アルコールとシャワーで火照った身体を冷やしてくれる。
「すげー食べたかったんだ。ひとり暮らしだとあんまりこういうのやらなくて」
「今はひとり用のなべとかあるけど、僕もすき焼きはやらないなあ。家族とはなべやらなかったの?」
「基本的におじいさんの好きなものしか出さないから。藤宮家にとっては特別な人だし、誰も逆らえないよ」
「あっくんは全然華道はやらないの?」
「やらないね。道具にすら触らせてもらえないし。俺は異質な人間だから、おじいさんからしてもいないものとして扱いたいんだろうな。可愛がるのは弟だけで、お年玉ももらった記憶がない」
「それは寂しいね。差をつけられている感じがする」
「ああ。だからひとり暮らしをして、好きな人と一緒に暖かい家庭を作りたいんだ。よくあるような、一般的な家庭がいい。お互いにいってきますといってらっしゃいを言えて、一緒にご飯を食べる。当たり前に経験できるものは、俺にはないから。なあ、」
 秋尋が箸を置いたので、窓夏も卵を溶く手を止める。
「近いうちに親に話して、いろいろ決着をつけようと思うんだ。そしたら一緒に住まないか?」
「ここに?」
「衣装部屋に使ってた部屋を片づければ、スペースが空くし。……もうお前と離れるのが嫌なんだ。会って別れるたびにまた十年会えないんじゃないかとか、夢まで見ちまう。ここにいてほしい」
 彼の気持ちが胸を締めつける。
「もしそうなったら、お友達からお願いしますはランクアップするか?」
「する。でも今日は無理だよ。あっくんと遊ぼうと思って、トランプとかいろいろ持ってきてるんだから」
「泊まりなのに?」
 信じられないと言った声だ。
 窓夏もまけじと遊ぼうと全力で誘う。
「うん」
「俺よりトランプ?」
「あっくんと遊びたいんだよ」
 秋尋は窓夏の器を奪い、霜降り肉を入れていく。
「子供の頃にできなかった遊びを、今日はたくさんしよ? かくれぼでもいいし、ゲームでもいい」
 彼と過ごせなかった小学生時代を、ともに歩みたいと思った。
 中学生のときも、秋尋は一目置かれる存在だった。小学生の頃も、きっと変わらなかったはず。
 すき焼きと締めのうどんを堪能した後は、肩を並べてテレビゲームに熱中した。
 二十三時を過ぎればベッドルームへ行き、今度はトランプでババ抜きの勝負だ。
「俺、いつもひとりだったから、こんなに遊んだのは生まれて初めてかも。ふたりでババ抜きはあまり勝負にならないな。でも楽しいよ」
「うん、僕も楽しい。兄弟になれた気分」
「そういう関係もいいな。たまんない」
 窓夏があくびを連続でしたところで、お開きとなった。
 この日、同じベッドでしりとりをしながら眠りについた。
 窓夏は幸せな夢を見た。一軒家で大きな庭に犬を走らせ、縁側には秋尋が座っている。
 秋尋が何か言っているが、夢のせいで何を言っているのか聞こえない。ただ、はにかんだ顔から彼も同じ気持ちだと嬉しくなった。
 幸せな夢はずっと続き、翌日は昼まで目覚めることはなかった。

「泊まったのは二度目だったか」
 朝食も秋尋にお任せし、窓夏はテーブルに昨日のトランプでタワーを作って遊んでいる。
「そうだね。前は僕の家だったから」
「お前の家で同棲でもいいかもな」
「ああ、もう、壊れちゃったじゃん」
 タワーは無惨にも崩れ落ちてしまった。
「そろそろよけてくれ。もうすぐできる」
 昨日の残ったすき焼きにうどんと野菜を足し、溶き卵が入っている。
「豪華」
「肉はほとんど入ってないけどな。いただきます」
 朝食と兼用の昼食は、ほんの少しの霜降り肉入りでちょっぴり豪華だ。
「同棲の話の続きは?」
「昨日さ、恋人っていうより子供がお泊まり会をしたみたいだったろ? すげー楽しかったんだ。あんなに笑ったの久しぶりってくらいに。ずっとこんな日が続いてほしいと思った。だから、明日にでも実家へ行ってくる」
「急に?」
「覚悟ができたんだ。やっぱりお前といたいから。多分、殴られるか勘当のどちらかだと思う。顔を腫らしたら優しく慰めてくれ」
「膝枕して顔冷やしてあげる」
「……殴られたくなってきた」
「あっくん、ちょっと怖い」
「どんな結果になっても、俺と一緒にいてくれ」
 たっぷり野菜が入ったうどんを平らげ、片づけは窓夏が引き継いだ。
 返事の代わりは、自室になるであろう部屋の掃除だ。



 実家から連絡がきたのは、こちらが一報入れるより先だった。
「おじいさんが倒れた?」
 家族と見なされない関係性であっても、聞いた瞬間は地に足がついていない感覚が襲ってきた。
「……分かりました。ええ、すぐに向かいます」
 そう言いつつ電話を切ったものの、家を出た後はどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
 中学生以来、ほとんど足を踏み入れていない屋敷は、庭がだいぶ変わっている。
 桜の木が成長し、隣に新しく二本植えられていた。
 池には錦鯉が増えている。足音に反応して水面に波が立ち、水しぶきが上がる。
「お帰りなさいませ」
 家政婦のお出迎えに一揖した。
「旦那様のところへご案内します」
「その前に母さんに会ってくる。離れだろ?」
 家政婦は唇を結び、眉間にしわを寄せた。
 倒れた祖父より異端の母か、と言いたいのだろう。まったくもってその通りだ。そこだけは譲れない。
 家政婦の横を通ると、小さなため息が聞こえた。
 離れへ行くには、中からも外からも行ける。中を通れば近道だが、秋尋は遠回りの道を選んだ。
 同じ家でも、物置小屋だ。本家とはまるで違う。
 怒りが込み上げながら、秋尋はインターホンを押した。
「秋尋?」
「久しぶり、母さん」
 母は息子の顔を見るや、背中に腕を回した。
 秋尋も小さな身体を抱きとめる。
「しばらく連絡できなくてごめん」
「頑張っているのは知っているもの。いつもテレビでね」
「ありがとう。荷物だけ置かせてもらってもいい? 先におじいさんのところへ行ってくるよ。あとがうるさいから」
 ドアを閉めて、秋尋は肩を落とした。
 テレビしか楽しみがないという母は、自由に出られるものの座敷牢獄に閉じ込められているようだった。
 彼女も無理やり部屋から引っ張りだせたらどれだけいいか。
 けれど、意外とこの生活が気に入っているという。
 父に命令されるがままに生きるより、自由な今が一番いいと。
「遅くなりました」
 心にもないことを口にし、ずかずかと遠慮なしに襖を開けた。
「先ほど、眠りについたばかりです」
 主治医はもう帰るところで、道具を片づけていた。
「年齢も考えると、無理をしていい年ではありません。息子さんもしっかりと話しをして下さい」
「分かりました」
 心にもない言葉を口にし、医者を見送った。
 祖父の顔は真っ白で、血の気があまり感じられない。
 強気だった顔から覇気がなくなり、弱々しい顔つきへ変わっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

処理中です...