窓辺へ続く青春に僕たちの幕が上がる

不来方しい

文字の大きさ
30 / 33
第一章 桜色の日から

030 異世界の恋人

しおりを挟む
──怪我をした。
 そうメールが送られてきてから頭が真っ白になり、人の声が遠くなった。
 前向きに考えられるならメールをするだけの元気があるととらえられるが、それはあくまで他人だった場合だ。身内で、しかも恋人となるとメールの相手は本人なのかとぶっとんだ方向までいってしまう。
 次に電話がかかってきて、ようやく本人だとほっとできた。
 ちょっとしたミスで打撲したらしく、骨には異常がないとのこと。
 それでも歩くのが困難であるため、動物園まで迎えに行くことになった。
 駐車場に車を駐めて降りた瞬間「あれアキじゃね?」という一瞬でばれる大声が耳に届いた。遅れて「彼氏の送り迎えかな?」とこれまた周囲に聞こえる声もセットで届いた。
 羞恥と心配が入り混じり、ファンサービスはできる状態でもなく足早に指定された裏口へ急いだ。
「怪我をした倉木窓夏を引き取りにきました。藤宮と申します」
「お待ちしていました。中へお入り下さい」
 けたたましい動物の鳴き声と独特の獣臭がする。
 毎日ここで仕事をするとなると、秋尋にはきつい。よほど好きでないと、続かない仕事だ。
 控え室を通り奥の部屋に行くと、他の従業員に囲まれている窓夏がいた。
「窓夏」
「あっくん」
 最初が肝心だと、秋尋は丁寧に頭を下げた。
 気づかれた上、そういう目で見られても、気にしない素振りを見せる。
 窓夏の右足は固定されていて、松葉杖まである。
「骨に異常はないんだよな?」
 近づいて太股に手を押くと、窓夏も重ねてきた。
「うん、大丈夫。けど歩くのに支障が出ちゃってて、松葉杖渡された」
「軽傷でも使えるようなら使っておけ。負担かければかけるほど、治りは遅くなるぞ。……どうしてこうなったんですか?」
 過保護なほど他人の心配を背負った窓夏は、怪我人であるのにもかかわらず平気そうな顔をして笑っている。回りの人間が苦しそうだ。であれば原因は窓夏の不注意ではないと断言して、他の従業員に聞いてみた。
「こちらの不手際なんです。今日、象の担当者がお休みになって急遽倉木さんに頼んだんです。昨日の段階で戸締まりをしっかりしていなくて、倉木さんを見たとたん、子象が檻を開けて後ろから抱きついてしまって……」
「象は僕と遊んでほしかったんだよ」
「窓夏、何の擁護にもなっていない。お前は怪我をしたんだからな」
「それはそうだけど……」
「働いているお前にしか分からないこともある。けど、怪我人の家族である俺にしか分からない感情もある」
「本当に申し訳ございません。警察にも連絡をし、すべてカメラも見せて状況の説明をしました」
「であれば、後は警察にお任せします。法できっちりと判断していただけたら、俺としてもいくらか心の荷が下ります」
 責めてもどうにもならない問題で、窓夏の怪我が良くなるわけでもない。今はこの場を収めて窓夏を負担のない家に連れて帰ることが一番だ。
「立てるか?」
「うん、大丈夫」
 慣れない松葉杖を使わせるよりお姫様抱っこで運びたかったが、窓夏は嫌がるだろう。
 彼のペースに合わせて駐車場まで戻ると、先ほどの女性たちがまだいた。離れてこちらに携帯端末を向けようとしている。
 気づかないふりをしてさり気なく窓夏を隠すが、怪我人がいると分かると彼女たちは端末を下げた。
「フェラーリでお出迎えなんて、僕って貴族だった?」
「かもな。かっこいい王子様、こちらへどうぞ」
 窓夏を助手席に乗せてから運転席へ行くと、女性たちはこちらを凝視するだけでもう端末を向けていなかった。
 怪我人を見て隠し撮りをする気はさすがに起こらなかったらしい。
「──っ…………」
「大丈夫か?」
「ちょっと響いただけ」
「手も痛めてるのか」
「転んだときに地面に手をついちゃって。でも骨も無事だし、軽く湿布してもらった」
「両方右なのは痛いな」
 窓夏は右利きだ。右手が利き腕だと、おそらく足も右利きだろう。
「足が治るまでお休みだから、家の仕事は僕がやるね」
「それだと休む意味がないだろ。リハビリしててくれ。ご飯は普通に食べられそうか?」
「食欲はある。肉が食べたい」
「かしこまった」
 ステーキにするかハンバーグにするかメニューを考えていると、隣ですき焼きの歌を披露される。夕飯は決定事項だった。
 スーパーでちょっと高めの牛肉を買い、家に戻った。
 いまだに歌い続けるすき焼きの歌を焼き魚に変更して歌ってみると、この世のものとは思えない顔になった。
「僕がお風呂入ってる間に焼き魚になるの?」
「ならない、冗談だ。つーか一人で風呂に入れるのか?」
「なんとか頑張る」
「頑張らせるために家に連れてきたわけじゃない。俺も一緒に入る」
「やらしーことしない?」
 秋尋は一瞬間を置いて、
「それとこれは別と言いたいが、今日は難しいだろうな」
「きゃー」
 お姫様抱っこのままバスルームへ行き、一枚一枚丁寧に脱がす。
 予想はしていたが、痛々しいほど痣が浮かんでいた。
 これだけ真っ白でシミ一つない身体なだけに、悪気のない子象へ恨みの一つも言いたくなる。
「動物に罪はないのは分かる。それでも気持ちをどこかに押しつけないと、平常心を保っていられない」
「あっくんの立場だと、そうなると思うよ。機材が身体にぶつかって怪我をしたってなったら、僕だって仕事関係者の人に物申したくなるだろうし」
「……ちょっと楽になった」
 毒のある発言を認めてもらえれば、正しくなくても浄化される気がした。
 曇った視界が開けていく。
 頭は打っていないようなので、いつもの力で洗った。タオルで泡立て、撫でるように身体を泡まみれにしていく。
「痛いところはないか?」
「それよりくすぐったい」
「ここ?」
「あっ……、うん……」
 股間に手を伸ばし、熱を帯びた肌に触れる。泡ではないものの体液も借りて、精袋を揉みながら手のひらで包み、先端まで滑らせていく。
「ひぅっ…………!」
 ぴしゃりとタイルに漏らしてまだ漏れ続ける性器に触れると、背中がびくりと反応する。拒絶ではなく、快楽によるものだ。
 精管に溜まるものも押し出してやると、奥で眠っていた快感も放出した。
「さあ、逆上せる。もう上がろう」
「あっくんは?」
 服のままでいる股間の膨らみを見て、窓夏は物欲しそうな顔をした。
「しゃぶっちゃだめ?」
「だめ。また今度な」
 むずむずするが、仕方ない。しゃぶったところを見ておもいっきり口の中に出したいが、万が一にでも無理をさせて仕事復帰も遅れたりしたら、ひとときの愛に酔いしれるべきではないと思う。
 秋尋は奮い立たせ、できるだけ彼の身体を見ないようにしながら窓夏の着替えを手伝った。

 食欲を発揮した窓夏が秋尋より肉を食べ、いつもより少し豪華な夕食を終えた。
 ほんのりと桃色に染まる首と頬に違和感を感じ、額に手を当ててみる。
「窓夏、熱を測ろう」
「いや……ないよ……?」
 目が泳ぐのを見て、嫌な予感がした。
 逃げようとする彼を引き寄せ、パジャマのボタンを外して体温計を差し入れる。
 くすぐったそうに身をよじる姿にむらっとしながらも、耐えた。
 見える乳首を吸いたい、舐めたい、頬擦りをしたい──。
「すけべ」
「その通りだ。今日は甘えさせてくれ」
 残念ながら、平常体温とは言い難い微熱だった。
 体温計を持って唸るのは、確信がないのにないと言い張った窓夏ではなく、秋尋だった。
 窓夏はいいこいいこと秋尋の頭を撫でる。
「今日は早く布団に入ろう」
「我慢できるの?」
「するしかない。窓夏の身体が一番大事だ」
「俺の身体にかける……?」
「ッ……なんでこう、こういうときにそういうお誘いするんだ……」
 こうなったら妄想でどうにかするしかなかった。
 窓夏を部屋に届けた後、トイレに行こうと立つと袖を掴まれる。
「ここでしたら? 見たいなあ」
「悪趣味だぞ」
 窓夏の手を布団の中に入れ、トイレで吐き出した。
 恋人がすぐそこにいるのに虚しくなるが、怪我が悪化されるよりは全然いい。
「いい子にしてたか?」
「してたよー。隣が寂しいなあ」
「今日は甘えん坊だな」
 隣に滑り込むと、早速足を絡ませてきた。
「これだけ世話をしてもらえるなんて、嬉しいし情けなくなるしもっと甘えたくなる」
「情けなくなる必要はないが、とことん甘えてくれ。お前からメールが来たとき、ヒヤヒヤしたんだぞ」
「あそこまで真っ青になってるとは思わなかった。どうにもならないときはあるけど、気をつけるね」
 もう一度額に手を当てると、やはり熱かった。
 ちゅ、と音を立ててキスを贈り、臀部の辺りを何度も叩いた。
 窓夏の大きな目はゆっくりと閉じていき、やがて一定の呼吸が聞こえてくる。
「おやすみ、窓夏」
 愛しい愛しい恋人は、今日も胸の中で安心しきった顔をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

処理中です...