パブリック・スクール─薔薇の階級と精の儀式─

不来方しい

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第一章

021 ウィリアムの気持ち

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 午後に守衛所のドアを叩くと、サイラスが出迎えた。
 本当は前日に来ようと思ったが、昨日は儀式の日だ。深夜の間に行われるため、寝不足のリチャードに用件を告げるのは心苦しい。
 リチャードはいつもの一糸乱れぬ隊服姿で、事務作業をしていた。
「こんにちは。すみません仕事中に」
「休憩をしようと思っていたところだ。そこに座れ」
「失礼します」
 ソファーに腰掛けると、リチャード自らお茶の用意をし始める。
「儀式は滞りなく終わりましたか?」
「それはお前がこれから話す内容と関係があるのか?」
「かなり関わっていますね」
 真っ黒な液体にミルクを入れ、ウィルはカップに口をつけた。
「教祖様……俺は父と手紙のやりとりをしているんですが、」
「今はそこに触れないでおこう」
「助かります。昨日届いた内容です」
「いいのか?」
「ええ。リチャードさんに見てもらうべきだと思ったんで」
 父に愛されていると感じる。次期教祖候補だからだろう。数多くの義兄弟がいる中で、一番父の遺伝子を色濃く受け継いでいるからだ。下にはクリスがいるが、父は一度たりとも手紙を出したことがない。
「──要約すると、なんとしてもクリスが神の御子だと認めさせてほしいと」
「そういうことになりますね。リチャードさんへの疑いの目は、ナイトの称号を自分のために使わないからだと。父の考えでは、クリスが神の御子なのは確定事項のようですね」
「お前の目にはどう映る?」
「おそらくなっているでしょうが……信頼して言ってほしいという気持ちと、俺自身もボロを出さないとは絶対に言いきれないので、言うべきではないという気持ちですね。ただ幼少の頃からクリスは悪魔に愛されてきました。クリスと遊んだりすると、必ずって言っていいほど夢を見るんです。クリスを守ってやってほしいと。兄である俺がクリスの弱みにつけ込めば、きっと白状すると父は思っているようです」
「残念ながら、プライドと強い意思の固まりだぞ、あいつは」
「俺もそう思います。ろくに話したことのない父は、クリスの性格をいまいち理解できていないようです。手紙の返事は、しばらく経ってから『儀式はしっかり行っているようだ。神の御子にはなっていない様子です』と伝えておきますね」
「そうしてくれ」
「時間稼ぎはできるでしょうが、父がこのままで終わるとは思えません。アメデオに襲われた件でしばらくはおとなしくなっていましたが、また生き生きとし始めている様子ですよ」
「随分と俺に協力的にだな」
「あまり考えたくないことですが、父が死んだら俺も教祖候補に選ばれます。実は、なりたいとも思ってるんですよ。そうすれば、可愛い弟のことを見守ることができる」
「弟が可愛いのは判るが、無償の愛の範疇を超えているようにも見える」
 微笑を浮かべたくても、苦しい笑顔にしかならない。
「リチャードさんと話すと、毎度疑われますね。けれど疑うべきだと思います」
「わざわざこうして手紙まで見せてきたんだ。ある程度の信頼を寄せてクリスを守りたい気持ちは伝わっている。だが、それとは別に何か望みがあるんじゃないのか。俺としてもきれいごとばかりより欲を見せてくれた方が、人間味を感じる」
「無償の愛……か。アーサーは元気にしていますか?」
 アーサーの名前を出したとたん、やや緊張気味になってしまった。気づかないリチャードではない。
「儀式が終わった後もまるで変わらない。呆れるほどだ。自分は選ばれないという自信があるように見える。望みがアーサーなのは意外だな」
「無謀なのは判ってますよ。将来は教団のために尽くさなければならない立場で、子をたくさん儲けなければならないんですから」
「教団は体外受精を受け入れているぞ」
「ははっ……そもそもアーサーが俺を好きかどうか判らないですし。父の手紙の件もそうなんですが、もう一件お話ししたいことがあります」
「言ってみろ」
「図書室の奥にある鍵のかかった部屋ですが、中に入れますか?」
 リチャードは目を細めた。カップを口につけ、ひと息置こうとしている。
「何があるのか判っていて聞いているのか?」
「学園の秘密はつまってそうだなあとは思っています」
「成績優秀の特待生は許可を取れば入れるようになっている。異国の言語や歴史、宗教など、学園で学んだ以外のことがあの中にはある」
「成績は一応、トップを取り続けています。儀式のことや、教団の秘密なんかもあるんじゃないんですか? 興味本位ですが見てみたいと思いまして」
「そういったものは生徒の手が届く範囲に置いておかないものだ」
「一縷の望みってやつですよ。まあ勉強したいってのも本心ではあるので、許可がほしいです」
「夏期休暇中には許可を出そう」
「ありがとうございます。それはそうと、クリスは元気にしていますか?」
「気になるなら呼ぶがどうする」
「今日はやめておきます」
「アーサーでもいいぞ」
「いやだなあ。俺の気持ちは恋愛より弟の心配が優先です。そこをはき違えないで下さい」
「そういうことにしておいてやる」
 ソファーから立ち上がってお礼を言うと、
「ウィリアム。俺はアーサーも救いたいと思っている。予備生の中には忠誠心があり、率先して神の御子になりたがる子もいる。アーサーはそういうタイプではない。できれば、儀式でも傷ついてほしくはない」
「ありがとうございます。その言葉が聞けて、ほっとしています」

 ふらふらと散歩をしながらベンチに座っていると、ちょうどアーサーとサイラスが通りかかった。
「よっ」
 ウィルは片手を上げると、アーサーは破顔して手を振った。
 そんな様子を眺めていたサイラスは、
「ウィリアム、頼みがあるんだけど」
「なんでしょう」
「俺、これから守衛所で仕事なんだ。彼を寄宿舎まてで送り届けてくれないかな」
「……構いませんよ」
「じゃあよろしく」
 あの一瞬で、サイラスに気持ちがばれてしまった。それで任せてくれようとしたのだから、ある種の信頼はあるということだ。普通、予備生をただの生徒へ任せるなどあってはならない。
「ヌガーさんきゅな」
「俺の方こそありがとうございます。子供の頃も含めて」
「よく覚えていたなあ」
「忘れないですよ」
 寄宿舎の方角へゆっくりと歩いていく。
「儀式、つらいか?」
 見上げるアーサーの顔は、形容詞がつかないような顔をしている。
「俺、」
「うん」
「……………………」
「どうした?」
 なるべく優しく聞いてみると、アーサーは立ち止まった。
「実は、」
「うん」
「儀式、してないんです?」
「ん? どういう意味だ? 予備生なんだろ?」
「するときとしないときがあるんです。一人選ばれたから、もう行う必要はないと。俺の担当はサイラスさんなんですが、リチャード様にばれたら……って話をしたら、彼からの命令だったみたいです。ただ、まったく行わないのは神の逆鱗に触れる可能性があるから、半々って感じです」
「儀式の場で何をしているんだ?」
「寝てます」
 昨日、リチャードはアーサーに傷ついてほしくないと言った。こういうことか、と一人納得する。
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