キミに処刑場で告白をする

不来方しい

文字の大きさ
36 / 54
第一章

036 ホープダイヤモンドの絆─④

しおりを挟む
 フィンリーから渡されたものがある。スペアキーだ。
 アルバイトなのだから受け取れないと一度は断ったのだが、フィンリーは微笑んで受け取ってほしい、と渡してきた。
 返せとも言われてはいない。まだ繋がりがある。
 中へ入って電気をつけると、いつもと変わらない風景があった。荷物が片づけられてもいない。戻る、けれどいつになるか判らない、と間接的に伝えてきた。
 ハルカはいつも通りにまずはフロアの掃除をした。ガラスケースを磨き、床の埃を取り、レジ回りを磨く。その後は、紅茶作りだ。
 キッチンの戸棚には、横一列に紅茶缶が並んでいる。紅茶党の教祖である彼にとって、酸素や水と同じ役割を果たしている。
 ウバ、ディンブラ、ヌワラエリヤ、キャンディ。ダージリン、アッサム。スリランカとインドの茶葉をそれぞれ国ごとに分けてある。
 フィンリーはストレートで飲むかミルクにするか、気分で変えていた。
 ミルクを入れても香りが負けないものは、ウバとディンブラ。癖のないキャンディも合う。
 ハルカはディンブラを手に取った。世の中の紅茶の中でも、味も渋みも一番紅茶を想像するような味だ。もっと言うと癖がなく、チャレンジ精神があまりない飲みやすい紅茶だ。
 もう一つはウバだ。ミントのようなすっきりした香りが特徴で、負けない香りはミルクにも合う。両方とも日本のペットボトルの紅茶によく使われている。
 悩みに悩んで、ディンブラで作ることにした。
 アンティークを教えるよりいささか早口で教える彼は、紅茶に関して厳しい。ハルカはそれが心地よかった。
  棚からティーカップとソーサーを取り出した。イギリスの有名陶磁器メーカーだ。同じものが二客並んでいる。客人用かと思いきや、それはお客様用に出さなくていいと念を押していた。
 コーヌコピア。ギリシャ語で、角と豊穣を表す。縁の金色が目を引き、陶磁器に詳しくなくとも、高級品だと判る代物だ。しかもティーポットまでセットで買ったのだから、紅茶に対する熱い想いはしかと受け止めた。
 いつもの定位置でカップに口をつけた。余計な渋みはなく、わりとうまくできたのでないかと思う。
 端末の画面がまたもや光った。同じメールアドレスだ。今度は何かの動画つきで、ハルカはおそるおそるタップした。
 画面に流れるのはフランス人二人。流暢なフランス語で、何かの番組だった。
 日本のドキュメンタリー番組でも放送された内容だが、さらに深く追及している。テーマはマリー・アントワネット、ではなく、彼女を処刑したサムソン一家についてである。
 サムソン家は血が途絶えたと言われているが、実際は途絶えてはおらず、隠れて生き延び続けているということ。末裔はイギリスの一家に養子として引き取られていて、今は小さな島国である日本にいるということ。
「──……日本」
 末裔はマリーの隠し財産を持って、逃げ回っている。そこで番組は終了した。
 いろいろな感情が入り混じり、震えがつま先から伝わってくる。怒りや悲しみ、のしかかる運命の重み──一つではなく、複数の絡み合った宿命をまずは整理することにした。
 フィンリーとメールを送ってきた人物と動画を送ってきた人物は同じだ。なぜならメールアドレスが一緒だから。そしてこの相手はハルカ自身がフィンリーと関わり合いがあることも知っている。ここで疑問が浮かぶのは、なぜ『自分自身』なのか、だ。
 フィンリーの交友関係は広いだろう。世界中に顧客を抱えている店主だ。それをただのアルバイトに送ってきた理由を考えてみる。うっすらと、もしかしたらの域を出ない話はあるが、思い当たるのは複数ある。
 交友関係は広くても、日本で一番仲が良く関わっていた人物に送ってきた。こっぱずかしい話である。仲が良いなどと、言える立場でもない。そうだったらうれしい、という完全に願望である。
 もう一つは、フィンリーに何かあったとき、身動きがとれて実際に動ける人物。冬期休暇中の大学生なら当てはまる。
 そして最大の謎は『誰が送ってきたのか』だ。共通の知り合いと聞いて思いつく人物はそれなりに浮かんでも、フィンリーのプライベートを知る人物となるとかなり限定されてくる。
 ハルカは試しにメールを一通送ってみた。
──あなたは誰ですか?
 するとすぐに返事が来た。
──この話に食いついてくれた?
──単刀直入にお伺いします。彼の居場所を知ってますか?
──知らないけれどだいたいは察しがつく。こちらも一から百までを知っているわけじゃない。むしろ知らないことが多い。いきなり消えた彼を見つけ出して、あなたはきっと怒る。そういう感情はあの子を深く傷つける。君に言わずに消えたのは、それほどの仲じゃないからだ。
 翻訳に入れて、出てきた日本語に頭を抱えた。なんて情熱的な内容だろう。フィンリーが見たらなんと思うだろうか。心に住まう猛獣が暴れ出しそうだ。
──それほどの仲……確かに、一週間の間に数日と、たまにご飯を食べに行ったり、長期の休みは彼についていって仕事をする程度の仲です。あなたに比べると、それほど長い付き合いじゃないのかもしれません。
 しばらく待つが、返事はない。間違えたのだろうか。
──反対に、深い付き合いだからなんでも話せますか? 親友や家族に腹を割ってなんでも口にできますか? 俺はできません。話せることがイコール愛情や友情ではないからです。たとえば、ネットの見えない人ならいくらでも話せる場合もあります。フィンリーさんが話してくれなかったことを責めるつもりは微塵もないです。こちらから質問していいですか?
──どうぞ。
──どうして俺にあんなメールや動画を送ってきたんですか? あれだと追いかけろって言ってるようなものです。むしろ俺にメールを送って、こういう質問をされることは想定内だったんじゃないですか。
──過去の人間から呪いを押しつけられたことはあるか?
──どういうことですか?
──もう一度、動画を観るべきだ。
 続けてメールが来る。
──馬鹿げた内容だけれど、彼にとっては馬鹿げた内容じゃない。
 マリー・アントワネット。処刑人のサムソン一家。深い縁で結ばれ、切っても切れない仲。これを絆ではなく呪いと呼ぶなら、そうなのだろう。
──どうにもできない自分に、彼の大事なティーカップをかち割りたくなるね。
──いやいや、駄目です!
 母国のイギリスでも大事にしていたのだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

魅了持ちの執事と侯爵令嬢【完結済】

tii
恋愛
あらすじ ――その執事は、完璧にして美しき存在。 だが、彼が仕えるのは、”魅了の魔”に抗う血を継ぐ、高貴なる侯爵令嬢だった。 舞踏会、陰謀、政略の渦巻く宮廷で、誰もが心を奪われる彼の「美」は、決して無害なものではない。 その美貌に隠された秘密が、ひとりの少女を、ひとりの弟を、そして侯爵家、はたまた国家の運命さえも狂わせていく。 愛とは何か。忠誠とは、自由とは―― これは、決して交わることを許されぬ者たちが、禁忌に触れながらも惹かれ合う、宮廷幻想譚。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

眠らせ森の恋

菱沼あゆ
キャラ文芸
 新米秘書の秋名つぐみは、あまり顔と名前を知られていないという、しょうもない理由により、社長、半田奏汰のニセの婚約者に仕立て上げられてしまう。  なんだかんだで奏汰と同居することになったつぐみは、襲われないよう、毎晩なんとかして、奏汰をさっさと眠らせようとするのだが――。  おうちBarと眠りと、恋の物語。

処理中です...