骨董商リュカと月の神子

不来方しい

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第一章 ふたりの出会い

06 時代を越えた宝物

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 新しくアルバイトを始める件を親戚に伝えたところ、返ってきたのは「ふーん」であった。
 他人に興味を示さないのは楽でもあるが、心にすきま風が入り込んでくる。
「新しいバイトってどこで?」
 従兄弟の京野大地だけは興味津々だ。
「骨董屋さん」
「なんだそれ。やっぱり興味あったのか」
「家にいっぱいあるってだけで、俺はそんな知識ないよ。じゃあ、バイトに行ってきます」
 今日は骨董屋で初めてのアルバイトだ。服はスーツでなくてもよく、私服で問題ないと言われている。
 裏口で暗証ボタン式で扉が開く。定期的に変えられる番号はその都度覚えなければならない。
「おはようございまーす」
 控え室はロッカーも椅子もテーブルもほぼ白だ。
「おはようございます。早いですね。こちらを洋服の上から着て下さい」
「水屋着だ。珍しい。骨董屋だからですか?」
「……よくご存じですね」
「これ知ってるイギリス人の方が珍しいかと」
「お洋服が汚れるといけませんので、上から羽織って下さい」
 リュカは扉を閉めて出ていった。
 すぐに着替えて売り場へ行くと、リュカは誰かと電話をしていた。
「有沢さん、お願いがあります。所用で外出しなければならなくなりました。ご予約のお客様がいらっしゃるまでは戻りますので、お待ち頂けますか?」
「わかりました。何かしておけばいいことはあります?」
「ショーケースの埃取りをお願いします。掃除用具はレジの中にあります」
「わかりました。いってらっしゃい」
「……………………」
「ん?」
 リュカは振り向いた。固まっている。意味が判らず、優月は顔を覗き込んだ。
「……留守番をお願いします」
 リュカは早口で言い残すと、さっさとフロアを後にした。
 ショーケースの中にはアンティーク風のアクセサリーが置いている。どれも手軽に買える値段だ。本当に高いものは、店に置けないのだろう。
 リュカ・T・ラヴィアンヌ。店の名前はTALE。彼を知れば知るほど謎が増えていく。
 埃取りを任せられたが、それほど数は多くないためすぐに終わってしまう。床掃除やレジ回りも拭いたりしたが、リュカは帰ってこなかった。
 インターホンが鳴った。リュカであれば鳴らさず入ってくるだろう。画面には、知らない男性が立っている。整えられた髭を生やし、杖と帽子を被った、いわゆる紳士を想像するような人だ。
「こんにちは。ご予約の方でしょうか?」
 男性はにこにこと笑うだけで、何も話さない。
 かえって笑顔が怖かった。
「すみません、店主は今、留守でして……」
 彼は笑みを見せながら英語を話し始めた。
「ええと……アイキャンノット……」
 しどろもどろになりながら、優月は何とか答えようとする。
 横から現れたのは、我が店の店主だ。優月は胸を撫で下ろした。
 彼は両手でリュカの手を掴む。白い手に不躾で無骨な手が蠢き、優月は勢いよく扉を開けた。
「ノー、ノー! ダメ! ……あれ」
 とにかく放せとジェスチャーを交える。が、すでに手は放れていた。それどころかリュカはすん、とした澄まし顔で少し距離を空けている。
「ハ、ハロー」
 男に挨拶をすると、ウィンクが飛んできた。優月の回りにはいないタイプだ。
「有沢さん、裏へご案内下さい」
「はーい……」
 片言すぎる英語で奥の部屋へ案内する。
 親しいところを見るに予約が入っていた顧客のようだが、優月にとっては初めての客人だ。
 リュカはお茶を持ってきた。
「俺、何してればいいですか?」
「私の後ろで待機」
 耳元でこそこそとやりとりし、優月は言われた通りにソファーの後ろへ行く。
 リュカは白い手袋をし、木箱を持ってきた。中には細長い箱が入っていて、紐がついている。何か模様も描かれていた。
 客人は英語で感動のワードを口にしている。それくらいなら理解できるので、優月もうんうんと頷き同調した。
 驚愕したのは、客人は財布を取り出し、何十枚もの札を目の前で数え始めたからだ。優月はこんな大きな金額を今まで見たことがなかった。リュカは淡々と数え、何か英語で言った後に裏口へ消えていった。
 客人は席を立つと、またもやリュカに近づいてくる。手を握ろうとしたので、凝り固まった笑顔のまま間へ入った。
「センキューソーマッチ!」
 笑われそうなほど片言英語で元気よく発音すると、彼は「オー」と言い、笑みを作りながら店を後にした。
「つっっかれた……なんだよ今の……」
「お疲れ様でした。初めての接客はいかがでしたか?」
 リュカは涼しい顔だ。余計なことまで言いたくなる。
「いやなんですか今の。接客というよりただのセクハラじゃないですか。それともリュカさんの国ではあれは普通なんですか?」
「普通ではありませんが、購入して下さったことは事実ですので、お客様には変わりないです」
 優月はうーだのあーだのと唸るしかない。声にならない感情とはこのことだ。やるせない。
「あなたがいてくれて、助かりました」
「もしかして、いつもこんな感じなんですか? ひとりだと特に」
「お客様によります。本日はあなたがいたので、控えめでした」
「あの人が来るときは、俺を呼んで下さい」
 リュカは目を伏せた。悲しい微笑みだ。板挟みになる彼をどうにかしたくても、どうにもできない。優月も狭い空間に挟まれている。
 リュカは一度カップを下げ、新しいお茶を持ってきた。
「オレンジブロッサムです。ストレスの緩和に効果があると言われています」
「今まさにぴったりですね! 頂きます」
 さわやかで、すっきりする味だ。ストレートは飲み慣れていないが、砂糖もミルクもなしで飲みたい気分だった。
「そういえば、さっきの骨董品ですが何ですか?」
「印籠はご存じですか?」
「時代劇とかのやつ! 知ってます。見せると、ははーって土下座するのって、前々から謎なんですよね」
「元々は薬などを入れておくためのもので、紐で腰にくくります。室町時代から入ってきたもので、流行り出したのは江戸時代に入ってからです」
「へえ、なんで薬箱が土下座になるんですか?」
「印籠に対して土下座をしたわけではなく、印籠についている家紋です。位の高い家柄の家紋を見せることで、跪かせているのです」
「すごい知識。初めて知りました。値段にもびっくりしましたけど」
「有名な方の家紋が入った印籠をお探しの方でした。彼は時代劇で使用される骨董品の収集家です。あれは特別に値段が跳ね上がっています」
「実際はもう少し安いんですね」
「骨董品はピンキリです。高いものだと、二百万を超えます」
「にっ…………俺、ここでバイトしていて大丈夫かな」
 見たこともない札束を積まれたときもだが、とんでもない金額を目にするのは初めてだ。
「誰でも良くてとったわけではありません」
 店というスタイルをとってはいるが、誰でも入れるわけではなく予約制で儲かるのかと心配していた。だがこれだけ高価な品を抱えているのだから、防犯の面も考えれば予約制は当然といえる。
 このあとは予約の客人はいなかったが、アクセサリーを見たいという客人は何人か入ってきた。
 優月は接客はしなくていいと言われていたので、フロアに立って微笑んでいるだけに終わった。
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